第70話 英雄の出立 (前編)


 聖王城の正門の扉がゆっくりと開く。


 その扉の前に控えていた王都の多くの国民達は、その扉から出てくるであろう英雄を見ようと、讃えようと心を熱くして、その扉の先を見据えていた。


 そして、その扉の中から最初に出てきたのは―黒い巨馬に跨る漆黒の鎧を纏った騎士であった。


 その騎士を目の当たりにした国民達は、皆、一瞬息を飲み、そして、歓喜に打ち震えていた。


 なぜならば、その騎士こそ、皆が待ち望んでいた漆黒の英雄―モモンであったからだ。


 モモンは単身で城門を抜けると、馬を嗾けて足早に場外へと駆け出した。


 その余りに凛々しい姿にその光景を見た国民達は、心を奪われ、惚けた顔でその英雄の姿を目で追った。


 すると、城内から馬に乗った者達が次々と現れ、モモンを追従していく。


 一頭には、エルフの少年と少女。


 一頭には、絶世の女魔法詠唱者。


 一頭には、何かすんごい鎧を纏った漆黒の兵士。


 さらに、それらを追うように魔導兵団、親衛騎士団の兵士達が馬に乗って駆け出していく。


 その前代未聞の、あまりにスピード感のある行進に人々は、心を打たれる。


 何者も恐れない勇猛果敢さ、まさに、英雄の中の英雄の姿に。


 人々は、王都の外へと駆け出した、勇ましき我らが英雄王に届くように様に、その英雄の名を大声で叫び続けた。



 そんな光景を、聖王城の最上の部屋より見つめている男がいた。


 真っ赤なスーツをキッチリ着こなしたその男は、歓喜に打ち震えていた。


「フフフフフ‥‥。フフフフフ…。」


 歓喜で肩を震わせていた、その男の口から思わず笑いが漏れ出した。


 そんな男の背後には、片膝をつき、その男に頭を垂れている者が二人いた。




 一人は、この聖王国の現聖王カスポンド。


 もう一人は、謎の武器商人ソリュウ・シャン―もとい、ソリュシャンであった。


「すばらしい。端倪すべからざるとは、まさに、あの御方の為にだけにある言葉なのでしょうね。」


 その男―デミウルゴスは、その光景を見て愉悦に浸って呟いた。


「デミウルゴス様。」


「なんですか?カスポンド?」


「その…。アインズ様のご計画がどのようなものかお教え頂けないでしょうか?」


「・・・・・・。」


 カスポンド・ドッペルゲンガーの問いを聞いたデミウルゴスは無言で答える。


「申し訳ございません!デミウルゴス様!


 アインズ様のご計画を少しも理解できていない私をお許し下さい!」


 デミウルゴスの反応を察したカスポンドは、即座に、顔を床に擦り付けて土下座した。


 その行為に、少し困った表情をしたデミウルゴスが口を開く。


「頭をあげてください。私は別に貴方を責めてはいませんよ。


 私でさえ、このご計画の一部を推察するだけで精一杯なのです。


 貴方が何も理解できていないのは、当然と言えば当然の事なのですよ。」


「デ、デミウルゴス様でさえ、計り知れないご計画とは…。」


 直接見ていない筈のこの聖王国の情勢を、そして、この国の要人たちの動向を、数か月、数年先まで見透かしている、まさに、悪魔的な頭脳の持ち主のデミウルゴスでさえ、見透かす事ができない壮大な計画を立てる自らの創造主に、カスポンド・ドッペルゲンガーは、心の底から感服していた。


「いいでしょう。私が理解している範囲内で教えて差し上げましょうか?」


「は、はい!! 何卒、お願い致します!!」


 カスポンド・ドッペルゲンガーは、感謝の余り、その顔を床に擦り付けて平伏した。


「・・・・・・・・・・。」


 デミウルゴスは、カスポンド・ドッペルゲンガーのその行為に、正直、かなりドン引きしたが、現在、自分が推察できているアインズの計画について語り始める。


「ソリュシャン。君は、このアインズ様のご計画がいつから開始されたと思いますか?」


「・・・そうですね。前回の計画が一段落した半年程前あたりでしょうか?」


 急に話を振られたソリュシャンであるが、顔を上げ、涼しい顔でデミウルゴスの問いに答える。


「フフフ・・・。まあ、そうですね。普通は、そう考えるでしょうね。」


「ち、違うのですか!? それでは以前のご計画の最中に、すでにこのご計画ははじまっていたという事ですか!?」


 カスポンド・ドッペルゲンガーは、デミウルゴスに向かって驚きの声を上げる。


「残念ながら、それも不正解です。


 そもそも、前回の聖王国とアベリオン丘陵を支配下に置くために、私が立案した計画自体、アインズ様のご計画の一部でしかないのですよ。」


 デミウルゴスから発せられた真実(?)に、その場のカスポンド・ドッペルゲンガーは驚きの顔をしてフリーズした。そして、ソリュシャンも似たような表情を浮かべていた。


「貴方がたも、少しは理解できたようですね。


 そうです。


 現在、この地にいる全ての者は、アインズ様の手の平で踊らされている操り人形に過ぎないのです。


 私を含めてね…。」


 カスポンドは、自らの創造主―いや、この先、この世界の神に君臨されるであろう創造神の叡智の片鱗を垣間見て、胸を熱くする。



 デミウルゴスは語り始める。この壮大で、偉大で、まさに端倪すべからざる御方が立案した計画の一部を―


 その計画の一部を聞き終わったカスポンドとソリュシャンは、愉悦の表情を浮かべて惚けていた。


 そんな中、デミウルゴスは、眼下の王都の街並みを不敵な顔で見据えていた。


 そして、自らの英雄の出立に歓喜している多くの人々を見ながら、ハニカミながら、呟いた。


 「アインズ様が―いえ、英雄王が悪の軍団を打ち滅ぼしてこの地に凱旋する時、貴方達はどう変わってしまうのでしょうね・・・。」










 




























 



 







 

 






 

















 














 






















 



































  







 その原因は、言わずと知れたものであった。


 かつてより、争っていた醜悪な亜人達に完膚なきまでに蹂躙されたからだ。


 『この世の中は、弱肉強食』


 その言葉の意味を、この国を守護する聖騎士という守護者、この国を治める聖なる存在を信頼し、信仰していたバカでも、ある程度は理解していた。


 しかし、あのような残虐な戦いを、そして、無慈悲な扱いを―何より自分達が本当に食糧と扱われた―人々は、その言葉を痛烈に実感し、そして、絶望した。 



 『我々、人間はこの世界で、最も最弱の種族ではないのか?


  私達は、この世界の強者達に貪られる存在に過ぎないのではないか?』


―と。


 そんな人々の負の感情は、魔導王という絶大な存在に救われた事で、杞憂となった。


 そうして救われた多くの聖王国の国民達は、その絶大な存在を挙って信仰する事となる。


 しかし、その信者間では、かなりの温度差があった。



―魔導王に、直接、命を救われた者、


―魔導王に付き従い、先の聖戦を戦った者、


―魔導王とあの魔皇ヤルダバオトとの壮絶な死闘を垣間見た者、



 そういう者達は、魔導王を狂信的に信仰していた。


 しかし、そういった者に該当しない者達は、ある意味、惰性で魔導王を信仰していた。


 先の聖戦の時の魔導王の絶対的な力、そして、その聡明さ、優しさ―


 その逸話を、現魔導教団教主ネイア・バラハより伝え聞き、魔導王に感銘を受けた者は多くいる。


 しかし、『強いなら、その者に従って保護してもらおう』という、そんな信仰心とは程遠い、己の利益のみを計算して魔導王を信仰している者達も多くいたのだ。



 そんな状況下で、今回の騒動は起きた。


 人間では太刀打ちできないであろうヴァンパイアの大軍の襲来―


 この脅威を退けたのが、仮に魔導王であったならば、今、色めきだっている人々はここまで、心を躍らせる事はなかったであろう。


 その脅威を、一人の英雄―モモンが、その命を賭して退けた‥‥


 その出来事は、ただ、惰性で魔導王を信仰していた人々の心に衝撃を与えた。


 その衝撃とは、いろいろある。


 だが、もっともそのような人々に与えた衝撃とは、『人間でも強くなれる』という感情だ。


 惰性で魔導王を信仰した者達は、この世の中に絶望していた。


 弱い人間に生まれたという現実に。そして、この弱肉強食の世界に。


 しかし、その絶望を希望と変える存在が現れた。


―漆黒の英雄モモン―


 魔導王陛下の配下にして、我らが人間の英雄―


 












 

 





 だが、モモンはそれらの偉業を人間という弱小の種族ながら成した…


 



 魔導教団に、そして魔導王にただ従順をキメこもうと


 思っていた…(仮)信者達は、


 『漆黒の英雄モモン』


 その名を、

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