第69話 漆黒の騎士

 朝日が昇り、薄青色に染まりだした空の下、王都ホバンスの街道は、その穏やかな朝焼けの空色とは裏腹に色めきだった活気に満ち溢れていた。


 その街道は数えきれない人々が埋め尽くしていた。


 しかし、そのような状況であっても街道の真ん中には空間が開いていた。


 これからその空間を通るであろう人物の為に…


 ローブル聖王国が王都ホバンス。


 つい一年程前、その都市は、人々の混乱と絶望の感情に支配されていた。


 そして、つい先日も同じような状態に陥った。 


 だが、現在、人々は心の底から安堵と安心感に満たされていた。


 なぜならば、今、ここには英雄がいるのだ。


 英雄の中の英雄、まさに英雄王と呼ばれるにふさわしい御方が―

 



 そんな中、突然、街道の周りに集った群衆の中に一筋の道ができた。


 その道を謎の黒い影が通過していく。


 黒い影が進むとそれに合わせるかのように前方に道が拡がっていった。


 その道は、埋め尽くされた人々が黒い影の者を『コイツはヤバい』と避けた結果、できた道であった。


 謎の黒い影の者は、そんな状況をまったく気にせず、聖王城に向けて歩みを進める。


 そんな中、その気配に気づかず、ベストスペースで英雄の姿を拝もうと四苦八苦している小太りの中年オヤジの背中が、その黒い影の者の進行方向を塞いだ。


 その時、周りの者達は、心の中で叫んだ。


『オ、オヤジ‼ 後ろ‼ 後ろ‼』―と。


 一触即発の状況かと思われたが、その何も気づいていない中年オヤジに黒い影の者が、話し掛けた。

 

 「これは、何の騒ぎだ?」


 「なんだぁ? お前さん。この王都にいて知らねぇのか?」


 中年オヤジは振り返らず、後ろから掛けられた声に答えた。


 「用があって、少しばかり王都を離れていた。


  これから、祭りでもあるのか?」


 「まあ、祭りっちゃ祭りみたいなもんかな。


  なんせ、あのモモン様がカリンシャを奪還する為に出立されるんだからな。」


 「な、なんだと‼ それは本当か⁉」


 「お前さん、本当に何も知らなんだな。


  ワシも十歳若かったら、モモン様についていく軍に志願したんだがな。」


  そう言って中年オヤジは、後ろを振り返る。


  そうして後ろを振り返ったオヤジは、その黒い影を見るや否や、腐ったミカン色の顔色に変わっていった。


  そして、中年オヤジは、腰を抜かして石畳の上にペタッと力なく座り込む。


  その黒い影は、見た者をそのような状態にしてしまう存在であった。


そんな中、その黒い影は、体を震わせ『関わっちゃヤバイ』オーラを全身から発していた。


  周りの人々は、そのオーラを避ける様に後ずさる。


  (何という事だ! 訓練にかまけ過ぎていた。


   本末転倒とは、まさにこの事だ。


   早く、あのお方の下に、馳せ参じなければ‼)


  そう思った謎の黒い影は前傾姿勢を取ると、超絶の速さで駆け出した。


  その超絶の高速移動する影をなんとか避けきった人々は、呆気とられた表情をして、その影が向かった方向を見つめる。


  そう、聖王城の方向を―


  その一連の騒動で腰を抜かした中年オヤジは、座り込みながら小さく呟いた。


  「・・・・あれって、一体、何やの?…」   






 聖王城前に設けられた広場には、モモンに同行する為に選抜された兵士達が隊列を組み、キレイに整列していた。


 その数は千人―


 一万人の兵士でも余裕で入るその場所にとって見たら、とても寂しい情景であった。


 その前方に設けられた儀式用の祭壇の上には、モモン、ネイア、グスターボがそんな兵士達を見下ろすように控えていた。


 集められた兵士達を見渡して、ネイアは殺気立っていた。


 この集められた兵士達の内訳は、魔導兵団の兵士―九百、そして、親衛騎士団の兵士―百である。


 ネイアとしては、千人すべてを魔導兵団の兵士で構成したかったが、親衛騎士団の中にもモモンについていきたいと熱望する兵士は数多くいる。


 その結果、お互いの戦力差で分配を決めた。


 現在、この王都にいる魔導兵団の戦力は三万強、それと比較して、親衛騎士団の戦力は、三千弱。


 それらを加味して、魔導兵団からは九百人、親衛騎士団から百人を選抜する事になった。


 そうして、集められた兵士達であるが、如何にも手練れた精鋭揃いの魔導兵団の兵士達に対して、親衛騎士団の兵士達は、いかにも弱そうな新米、老兵達の集まりであった。


 「グスターボ殿。これは一体、どういう事ですか?」


 そんな中、ネイアはグスターボに小声で話し掛けた。


 穏やかな口調であるが、その声には明らかに怒りが籠っていた。


 バイザーをしてるが、その下には、即座に目の前の者を軽く数十人は殺しそうな、ネイアの血走った眼がグスターボに向けられていた。


 「ネ、ネイア殿。申し訳御座いません。これは、聖王様のご命令なのです。


  親衛騎士団の精鋭達は、この王都に残すようにとの…」


 「・・・・・それにしても、いくら何でもこれはないのではないですか?」


 「これも聖王様のご命令なのです…。


  騎士見習いや、引退間際の兵士達の中から選抜するようにとの…。」


  その言葉を聞いたネイアは、その殺意を、怒りを聖王に向ける。


 (・・・・・・・。いい加減、殺っちゃおうかな。アイツ…。)


 「どうした。何か問題でもあるのか?」


 その時、モモンがネイアとグスターボに近寄り声を掛ける。


 「い、いえ、なんでもありません。何か手違いがあったようで、親衛騎士団から新兵や老兵が招集されてしまったようのです。


  すぐに、魔導兵団でその代替要員を手配しますので何も問題ありません。」


 「それには及ばない、その新兵達は、私が提示した条件を飲んで志願したのだろう。ならば、こちらは構わない。」


 「し、しかし、少しでもモモン様のお力になれる者を…。」


 「ネイア殿。気持ちは嬉しいが、それは無用な心配だ。


  大体、私に手に負えない敵が現れたならば、この国の精鋭が束になって掛かっても時間稼ぎにもならないだろう。」


  そのモモンの言葉にネイアは、自分の無力さを嘆いた。



  暫くすると、モモンは千人の兵士の前に立ち、言葉を発した。


  その言葉は、魔法のマイクにより拡声し、その広場に響き渡る。


 「聖王国の兵士達よ。今回の招集に応じて貰って感謝する。」


  モモンの救国の英雄からの感謝の言葉に、兵士達は胸を熱くする。


 「それでは、確認の為、今一度、其方達に聞きたい。


  本当にいいのか?


  この地を離れれば、其方達は、おそらく、この地に戻る事はできないだろう。


  それでも私についてくるのか?


  辞めるならば、今の内だぞ?」


  モモンは、そんな脅し文句のような質問をするが、そんな脅しに屈するような兵士は、その場にはいない。


  兵士達は、黙ってモモンに熱い視線を投げかける。


  「そうか…。ならば、もう聞くまい。」


  モモンは、その熱い眼差しを、沈黙を了承と受け止めた。


  「それでは、共に行こうか。カリンシャへ。」


  モモンのその言葉で兵士達の覇気が上がる。


そんな時だった―


―バァァァァァァァァァン!!!!!


 モモンのいる祭壇の反対に位置する、広場の屋外側の大きな重鉄性の正門の扉が轟音を上げて開いた。


 まるで、ビックリ箱のフタのように有り得ない勢いで開かれた扉の先に、その場にいたすべての者の視線が注がれた。


 そこには、漆黒の全身鎧の兵士が立っていた。


 その鎧はモモンと同じ漆黒色の全身鎧であるが、モモンの鎧と比べて、そのデザインは禍々しい、まるで黒い触手が巻き付いたかのようなフォルムをしていた。


 そして、面付き兜に至っては、悪魔の顔を模しているかのように邪悪な面構えをしており、背中にはモモンの剣に匹敵するような大剣を背負っていた。


 その大剣も、まるで黒い炎をモチーフにしている禍々しいデザインの鞘に納められていた。


 その漆黒の全身鎧の兵士は、扉を開くとゆっくりとモモンの元へと歩みを進める。


 その漆黒の兵士は、モモンと比べて小兵ではあったが、その存在感はモモンと同等、『コイツ、マジでヤバイ』感で言えば、モモンを軽く超越していた。


 だが、そのあまりに不審な兵士が、モモンに向かって近づこうとしている様子を見ても、誰もその場を動こうとはしなかった。


 なぜならば、その場の兵士達、グスターボ、ネイアでさえも、心の中でこう思っていたからだ。


 『また、すんごいのキタ――(゚∀゚)――!!』


 —と。


 超巨大なドラゴン、恐ろしき魔獣の軍団、そして、その魔獣を従えるエルフの少年、さらには、星すら落とす魔法エルフ少女―そうした面々を前にすると少々インパクトの欠ける強大な防御魔法を使う絶世の美女—


 そんな魔導王の空前絶後の配下達を次々に短時間で見せつけられてきた―


 彼らにとってみたら、その明らかに尋常ではない登場をしたその兵士を見て、思う事は、「また、追加されたわー!!」程度のモノになっていた。

 

 もし仮に、今、突然、この場にUFOが飛来して、その中から宇宙人が現れたとしても、「はいはい、また、魔導王陛下の配下ね」と納得できる程、彼らの思考回路はマヒっていた。


 そうして難なく多くの兵士達の隊列の隙間を通り抜けた漆黒の兵士は、モモンの眼下に迫ると片膝を地につけて、頭を垂れ平伏する。


 そして、言葉を発した。


 「モモン様。遅れ馳せた事、誠に申し訳御座いません。」


 その声を聞き、モモンの真横にいたネイアはその者の正体に気づき、ハッとなる。


 そんな中、モモン―いや、アインズは、祭壇の上から熱い視線でその漆黒の兵士の姿を見下ろしていた。


(アレ?これって『アレ』だよな?)


 アインズは、モモンの姿で平静を装ってはいるが、その漆黒の兵士の姿を見て、内心ではとんでもなく驚いていた。


 アインズのその驚きとは―


 『アレ』がまだ、ナザリック内でもある意味、未知数の存在である事。


 そして、『アレ』は、ナザリック第八階層の最奥に封印してあった筈である事。


 ―ではなかった


 アインズがなにより驚いたのは、そのアレを『身に纏う者』が目の前に現れた事であった。


 


 その漆黒の兵士は、アインズ―いや、モモンからのその熱い視線を感じると取り乱す。


 「モモン様!! し、失礼しました!!」


 そう言うと漆黒の兵士は、己が面付き兜に慌てて手を当てる。


 すると、その面付き兜はまるで生物のようにその鎧の襟元に収納された。


 そして、その兵士は、自らの素顔を晒す。


 聖王国最強の剣士と謳われたその顔を―


「私とした事が、兜を外さずにモモン様に対面するなど。


 モモン様。私にどうか罰をお与え下さい。」


 その漆黒の兵士―レメディオスは、モモンに顔を上げ、懇願した。


 そんな中、モモンは相変わらず、黙ってレメディオスを凝視していた。


 正確に言うならば、『アレ』を見つめながら、考え込んでいた。


(なぜ、この女、『アレ』が装着できているんだ?


 『アレ』が今まで実践運用できなかったのには、多々、様々な理由があるが、一番ネックになっていたのが、使用条件を満たす者が見つからなかった事の筈だ…。)


 『アレ』の使用条件を満たす者―


 それは、第一人間種である事。


 第二にレベル80以上の戦士クラスを有する者である事。


 そして、第三に闇属性の者でなくてはならない事。


 そもそも、人造人間 (ホムンクルス)以外、まともな人間種の存在しないナザリックでは、その第一条件すら満たす者が存在しなかった。



(どうなっているんだ?


 『アレ』が身に着けられているという事は、この女は、第二条件以下の条件を満たしたという事になる。


 テストの時、この女の戦いを見たが、せいぜいレベル45程度のものだった。


 それに、この女、聖騎士であった筈だ。


 それが闇属性持ちになったという事は、聖騎士から暗黒騎士にクラスチェンジしたとしか考えられない。


 この短時間で、一体、何が起こった?)


「あの、モモン様…。どうかされましたか?」


 そんなこんなを思考して無言で佇んでいたモモンに向かってレメディオスは問いかけた。


「いや、なんでもない…。その姿に少し見惚れていただけだ。」


 そのモモンの言葉を受けて、レメディオスは完熟のトマトのように顔を赤らめた。


「それで、その鎧は一体どうした?」


 モモンはレメディオスに問いかける。


「は、はい!! モモン様とお揃いの色に新調致しました!!」


 レメディオスは満面の笑みで答える。


「・・・・・・・・・。」


(そんな事、聞きたいんじゃねーよ!!!)


 アインズは心の中で思わずツッコミを入れる、が、


(まあ、この者に聞いてもまともな答えが返ってくる筈ないな。


 この女がナザリックの第八階層に侵入して、『アレ』を持ち出せる訳がない。


 ナザリックの者が、この女に提供したと考えるのが妥当だ…


 あ、そういえば―)


 アインズは、思い当たる出来事を思い出す。


 (そういえば、あの『モモンハーレム王事件』が起こった夜、デミウルゴスがメッセージで何かの許可を求めてきていたな。


 こっちはそれどころの状況じゃなかったから、適当に返事をしたが‥‥


 あれは、『アレ』の使用許可を求めていたのか‥‥。)


 『アレ』は、そもそも、デミウルゴスの眷属―


 そう考えると、この流れの辻褄があう。


 しかし‥‥


 (アイツ、いきなり、『アレ』を実践運用するとはな…


 『アレ』が、これまで実践運用できなかったのは、使用者がいないという理由が大きいが、その他にも、色々問題がある事はデミウルゴスもわかっている筈‥‥


 ・・・・・。いや、構わないか・・・。


 いや、むしろ、この女は、これ以上いないという程の適格者だな。)


 アインズは、内心、デミウルゴスの慧眼に感心していた。



 「モモン様、その、如何でしょうか…。モモン様のお気に召しませんでしょうか…。」


  自らを黙って見つめる主に向かって、レメディオスは不安そうに聞いてきた。


 「いや、とても似合っているぞ。レメディオス。」


 「あ、ありがとうございます。モモン様。」


  レメディオスは、モモンの言葉に喜びを爆発させた。


  そんな中、モモンは誰にも聞こえないような小声で呟いた。


  

  「ああ、本当にお似合いだ。貴様の死装束としてな…」






 




 

  






   


 








  




  






  


  


















 







 













 




















































 










  

  









 














 




 
































  

  



  












































 















 しかし、モモンの言う通り、有象無象の兵では確実にモモンの足を引っ張って。


 そう考えたネイアは、出来うる




 




 









 








































  







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る