第68話 それぞれの進路(後編)

 王都ホバンスの高級酒場のカウンター席には、冒険者チーム「青の薔薇」の面々が並んで座って酒を酌み交わしていた。


 しかし、そのメンバーの一人―青の薔薇の唯一の魔法詠唱者にして、リ・エスティーゼ王国最強の魔法詠唱者と称されている者だけは、カウンターの隅に座り、一人、不機嫌そうにチビチビと酒を飲んでいた。


 他のメンバー達は、そんな者に一切構わず、楽しく談笑しながら酒を酌み交わす。


 いや、正確に言うならば、その者に絶対関わらないようにしていた―


 というのが、正解だろう。


 長年の経験から彼女達は、感じていた。


―ここで、絡んだら絶対、メンドクサイ事になる―


 と、いう事を…


 そんな腫れ物状態のイビルアイは、突然、苛立つように自らの手に持っていたジョッキをカウンターの上に叩きつけた。


(アアーーーーー!!


 一体、何なんだ。どうして、こうも私はイラついているんだ!!)


 イビルアイは、自ら、心の内で、絶叫を上げていた。


(そうだ!! モモンの魔獣に不意打ちを喰らってからだ!!


 あれからケチが付き始めたんだ!!)


 イビルアイは、ジョッキの中の酒を一気に飲み干すと、再び、ジョッキをカウンターに叩きつける。


(あれからというもの、ロクな事がない…


 泊まっていた宿屋の亭主にストーカーされるわ、ラナーに弄られるわ、さらには、クライムにあんな事を言われるわ、本当に苛立つ事ばかりだ!!)


 そう思いながら、イビルアイは、自らに降り注いだ不幸な出来事の数々を回想していた。



 始めは、モモンの魔獣に不意打ちを喰らい、惨めな敗北感の中、自らの宿泊していた宿屋に朝帰りした時の出来事であった。


 誰もがまだ寝ているであろう時間にラキュース達とその宿屋の扉を開けると受付のすぐ目の前にその亭主は立っていた。


 「お早うございます。お客様。いい朝でございますね。」


 筋肉隆々の男が―はっきり言ってその丁寧な言葉に似つかわしくない、イカツイ年配の大男が、そこにいた。

 しかし、その大柄な体にキッチリとキッカリと黒い清潔なスーツを着こなし、精錬された身振りで青の薔薇のメンバー達を出迎えた。


 「おはようございます。ジャンポールさん。

 

  そうですね。今日は、いい陽気になりそうですね。」


 「ジャン。早起きだねぇ。年寄は朝が早いって云うけど、アンタは早すぎなんじゃないかい?」


 「おっは~~」×2


 イビルアイ以外のメンバーは、そんな言葉を掛けながら、自らの部屋へと向かっていく。


 イビルアイは、そのメンバー達に無言で追従していこうとしていた。


 しかし、イビルアイは、その亭主に呼び止められてしまう。


 「イビルアイ様、その…、少しよろしいでしょうか…。」


 「なんだ? 悪いが、私は、この宿屋の客ではあるが、


  あまり、人とは関わりたくないのだ。」


 そのイビルアイの言葉を聞いた『白銀の煌めき亭』が亭主ジャンポールは、顔を歪ませてあきらかに悲しい表情を浮かべた。


 「な、何なんだ!? お前は!? 私は、間違った事は言ってないだろうが!!」


 そんなイビルアイの言葉は、ジャンポールを悲しませて涙目にするには充分であった。


 「そうですか…。おち…―いえ、イビルアイ様の会いたがっていたお方とは、上手くいかなかったという事なのですね…。」


 「お前は、何の事を言っているのだ!?


  そもそも、私に会いたい者などいない!!


  私は、これまでずっと一人で生きてきたのだからな!!」


 イビルアイのその言葉を受けたジャンポールは、臆面を気にせずその場で急にむせび泣いた。


 そのあまりのトンでも展開にイビルアイは即座にその場から逃げる様に去り、己の部屋へと駆け込んだ。


(な、な、何なんだ!? アイツは!?


 私は、別に、何もおかしな事は…。っていうか、あの者とまともに話した事もなかったではないか‥‥。


 ま、まさか! アイツ、私に気があるのではないか!?


 だから、私にフラれたと思ってあんなに取り乱したのではないか!?)


 そんなイビルアイのトンでも思考も、その後のジャンポールの行動によって現実味を帯びたモノへと真実味を帯びていった。


 宿屋に滞在している時、逐一、イビルアイの事を遠目で見守っている―


 イビルアイのこれからの予定を他の青の薔薇のメンバー達に聞きまわる―


 そんな、まるでストーカーのような行動をジャンポールがとりだした。


 そんなこんなで、今、青の薔薇のメンバー達は宿屋のラウンジではなく、この高級酒場で、酒を飲む羽目になった。


 本来、高ランクの冒険者であれば、他国の見知らぬ場所であったなら、自分達の安全が確保されている場所以外に赴かないのが鉄則である。


 だから、本来であれば、自らが拠点とした宿屋に身を置くべきであった。


 しかし、その宿屋の亭主が変態(ストーカー)―


 その緊急事態により、その宿屋以外の場所で食事をする(酒を飲む)事になったのだ。


(しかし、私とは、なんと罪深き女なのだ。

 

 この仮面とローブで身を隠しながらも、それでは隠し切れない大人の色気に


 男共が寄ってくる‥‥)


 少し前は、不機嫌であったイビルアイであったが、今では完全に調子にノッテいた。

 

 だが、数時間前に起こった出来事を思い返して、途端に不機嫌にリバースした。


(な、なんなんだ。アイツら。


 寄って、タカって‥‥)


 イビルアイは、数時間前の理不尽な出来事を回想する。



 それは、ラキュースに約束した通り、転移魔法で王国に帰還して、ラナーにこれまでの経緯を話し終えた時であった。


「それで、イビルアイ様。


 モモン様とは、どうなったのですか?」


 ラナーは、クリックリッの真ん丸な瞳を潤ませて、イビルアイに聞いてきた。


「ラナー。お前は、何を言っている?


 私があの男とどうなると言うのだ?」


 そのイビルアイの言葉を受けて、ラナーの瞳の輝きは増した。


「イビルアイ様! 是非、是非、モモン様の事をどう思っているのかをお聞かせ下さい。」


 そんなラナーの様子を目の当たりにしたイビルアイは、正直、ゲンナリしていた。


 (コイツ、楽しんでいるな…


  相変わらず、天然なのか、策士なのか、わからないヤツだな‥‥。)


 イビルアイは、ラナーが只者ではないという事は分かっていたが、それがどの程度のモノであるかが、計れないでいた。


 ただ、確実にこの王国の一王女に納まる器ではない事だけは解っていた。


 (コイツは、紛れもなく天才だ。その天然な態度も計算の内か解らないが…


  コイツは、おそらく、このリ・エスティーゼ王国の支配者になるだろう。


  それが、表になるか裏になるかわからんがな…。)


 イビルアイはそんなラナーとの会話を何とかやり過ごす。


 そして、ラナーの部屋を後にして、帰路につこうと転移魔法を発動しようとしている時であった―


 その寸前で、ある人物に呼び止められる。


 「イビルアイ様!!」


 その声の主は、ラナー専属の兵士、クライムであった。


 「クライム。私に何か用か?」


 「いいえ。そういう訳では御座いませんが、その…


  イビルアイ様にどうしても言っておきたい事が御座いまして‥‥。」


 「なんだ? 言っておきたい事とは?」


 「・・・・・・・・・・」


 イビルアイの質問を受けて、クライムは暫く無言で神妙な顔をしていた。


 そして、一呼吸の後、クライムが意を決して口を開いた。


 「イビルアイ様‼ モモン様と早く仲直りして下さい!!


  きっと、イビルアイ様の方から謝れば、モモン様はきっと許してくれると思います!!」


 その言葉を受けて、イビルアイは、「何言ってんだ!?コイツ!?」という反応をするが、その時にはすでに自らの転移魔法が発動していた。


 それによりイビルアイは、発動した転移魔法によって発生した黒い球体に包まれ、聖王国の王都に帰還する。


 そんな、あんなこんなの出来事でイビルアイは、激オコ不機嫌になっていた。


(なんで、私がこんな目にあわねばならんのだ。


 変態筋肉オジサンにストーカーされて、天然(を装っている)王女のメシうまネタにされた挙句、純朴な少年に「仲直りして下さい」と同情される‥‥。


 仲直りも何も私は、あの男(モモン)とは、元より仲良くないわ!!


 ‥‥。しかも、そういえば、クライムのヤツ、「私から謝れば」的な事を言っていたな!


 なんで、私の方が悪いのが前提なんだ!!)



 そんな回想をしていたイビルアイは、自らの不機嫌オーラをその酒場全体に漂わせていた。


 そんなイビルアイを片目で流し見つつ、ガガーランはラキュースに言った。


 「アイツ、大丈夫か? 珍しく、感情的になってないか?」


 「・・・そうね。あんな状態のイビルアイは数年、見ていないわね。」


 「…そう。リグリットが私たちの前を去った時以来‥‥。」


  ティアが少し、悲しい顔をしてそう言った。


 「一体、何があったんだろうな?


  ・・・そう言えば、この所、いろいろ有り過ぎてたわ。ハッハッハッー!!」


  ガガーランはそう言うと豪快に笑いだした。


  そんな中、ラキュースは神妙な顔をし、口を開く。


 「この先の戦いは、私達では太刀打ちできないかもしれないわ…。」


 「なんだぁ?急に深刻な顔をして?」


 「ガガーラン。あなたも見たでしょう?


  あの戦いを…。モモン様は言っていた。


  これから先は、あの敵以上の者が待ち受けているかもしれないと…。


  そんな者達を相手に私達の力がどこまで通用するのか分からないわ‥‥。」


 「‥‥。お前がそんな事を言うなんてな‥‥。


  少し、酔い過ぎじゃないか?」


 「私は、真面目な話をしているのよ‼ 茶化さないで!」


  そんな少し取り乱したラキュースの背後から声をかける者がいた。


 「お前は何を言っているのだ?」


  それは、先ほどまでカウンターの隅で飲んだくれていたイビルアイであった。


 「我々は、名だたる冒険者達の最高位に位置するアダマンタイト級冒険者チーム『青の薔薇』だぞ?


  そんな者が、戦いを―。冒険を恐れてどうする?」


  イビルアイは、ラキュースに諭すように語り掛ける。


 「我々は、意を示さなければならない。

 

  それは、冒険者の頂点に立つ我々の使命だ。」


  そのイビルアイの言葉に、ラキュース、ガガーラン、ティア、ティナ達の胸に熱い情動がわきだった。


 「そうだ。我々は― 」


 そう言い伸ばしたイビルアイに注目する。


 その言葉の先に、冒険者チーム「青の薔薇」のあり様が示されると信じて―


 「―我々は、あのモモンに『青の薔薇の方に、同行してもらって助かりました』


  と泣いて感謝されるまで付いて行かなくてはならない‥‥。


  それが、我々のプライドを傷つけたヤツへの復讐だ!!」


 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


  その時、高級酒場のカウンター席の空間に何とも言えない沈黙が舞い降りた。





























   

















































 




















 

 


  






















































 





























 


































  






 
































 


















 




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