第64話 英雄の方針
聖王城の会議を終え、そして、その後、別邸に向かう道ながら変な兵士に弟子入りを志願されて—
そんな全ての工程を乗り切った漆黒の英雄モモン—というか、アインズは別邸の一室の机に座りこう思っていた・・・
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・疲れたわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
それまで、もう、もはや、アンデットだとしても疲労を感じてしまう程の重労働をアインズは行っていた。
その重労働の緊張がほぐれたアインズは、その机に上半身をどっぷり寝かせて放心状態になっていた。
(もう、これ以上、精神的疲労は勘弁して…
肉体的疲労は無いけど、それ以上に精神的な疲労は堪えるわ・・・・)
アインズは、いや、鈴木悟は、リアルワールドでブラック企業で働いていた時を思い出し、こう思っていた。
(あの頃は、精神的にも肉体的にもきつかったけど、
体を動かしていれば、別に何とかなったし、精神的にもこれ程追い込まれる事はなかったな‥‥。)
—と。
忌まわしい『モモンハーレム王事件』の後処理をやりきったアインズは燃え尽きる寸前であった。
(どうやら記憶の改変は問題なく行えたようだな・・・・。)
アインズは、あの『モモンハーレム王事件』の証拠隠滅に並々ならぬ労力を費やしていた。
そんな労力の一つが、「青の薔薇」のメンバー達全員に使用した魔法『モーデフィケーション・アムネジア・オール〈全体・記憶・改変〉』である。
その魔法は、アインズが研究中の記憶操作の魔法の一つであった。
いかに膨大なMPを有するアインズであっても、人一人分—さらに、その者の数年分の記憶操作を行えば、そのMPは早急に枯渇してしまう。
『コントロール・アムネジア《記憶操作》』の魔法とは、それ程、金喰い虫ならぬ、魔力喰い虫の魔法なのだ。
故に、アインズは、今回の証拠隠滅に開発途中の魔法『モーデフィケーション・アムネジア・オール〈全体・記憶・改変〉』を試みた。
『モーデフィケーション・アムネジア・オール〈全体・記憶・改変〉』
この魔法は、その名の通り、複数人の対象者の記憶を書き換える魔法だ。
しかし、この魔法の実態は、記憶操作というよりは、催眠術に近いのかもしれない。
本来の記憶操作では、まず、魔法をかけた対象者の記憶を探索して、実際の記憶をこちらの都合のいい記憶に書き換えるのだが、この《全体記憶改変》は、そういった工程を行わない。
この魔法は、単に記憶の変更項目についての指令を出して、「対象者内で自ら記憶を書き換えてもらう」のだ。
今回、《全体記憶改変》で行った記憶の変更項目は、「モモンに対する好意的な記憶の抹消」、そして、「モモン貞操争奪戦の記憶の抹消」、それに対する「記憶の補填」である。
あと、ついでに「過去のモモンに対する好感度」を僅かにマイナス域に設定した。
この《全体記憶改変》では、そうした細かな感情の操作も行える。
さらに、この《全体記憶改変》には、その他にも様々な利点がある。
その利点の一つは、この魔法は、本来の記憶操作魔法よりも遥かにMPの消費量が抑えられるという点だ。
本来の記憶操作では、過去の記憶を操作する程、膨大な魔力が必要になるが、この《全体記憶改変》では、その過去の記憶の書き換えを対象者が自身が勝手に行ってくれるので、そういった魔力のロスがない。
しかも、複数人に同時に発動しても、消費する魔力量は一人分に発動する魔力量とさほど変わらない。
これは、自らが取得している範囲魔法拡大系のスキルが発動していると考えられる。
そのスキルがこの研究中の魔法にも発動したという嬉しい誤算であった。
そして、もう一つの利点は、複数人に書き換えた記憶の整合性が取れるという点だ。
本来の方法で複数人の記憶操作を行った場合、一人一人の記憶に辻褄を合わせていかなければならない。
例えば―
イビルアイ「ラキュース~! アナタ、モモン様の事~。どう思ってるの~。」
ラキュース「何言っているのよ~。アナタこそ、どうなのよ~。」
イビルアイ「え~。そんな事~言えない~。ガガーランは、どうなの~。」
ガガーラン「もち、あたしはモモン様一筋たい。」
ティナ「キャー‼」
ティア「大胆発言‼」
―と・・・・いう会話を青の薔薇のメンバー内でしていたとする。
こういった記憶を修正しようとした場合、本来の記憶操作では、とてつもなく面倒な作業になる。
何せ、一人一人にこの会話とは別の代替えした記憶を植え付けなくてはならないのだ。
更には、一人一人、対象者自身の目線での記憶の書き換えが必須となる。
ハッキリ言って、とてつもなく面倒な作業だ。
しかも、その代替えした記憶に僅かでも差異があった場合、対象者達に違和感を抱かせる事になるだろう。
最悪、自分達が何者かに記憶を操作された事に気づかれるのだ。
その点、《全体記憶改変》は、対象者達内で記憶の書き換えが共有して行われるので、その心配がない。
こんな利点ばっかりの《全体記憶改変》であるが、欠点もある。
まず、記憶の書き換えが対象者達内で自己完結するため、魔法を掛けた側がその効果を確かめられないという点だ。
ハッキリ言えば、こちら側からは魔法が成功していたかどうか確証を得られない―という事である。
しかも、アインズは、三人以上の《全体記憶改変》を行った事がなかった為、失敗する可能性の方が高いのではないかと想定していた。
だから、本来であれば、青の薔薇のメンバー達全員の「魔導国に訪れてからこの騒動に至るまでのすべての記憶」を抹消して、リ・エスティーゼ王国に送り返したい所であったが、《全体記憶改変》の経過観察を見るために、アインズは「今回の騒動全般の記憶書き換え」に留めたのだ。
そして、もう一つの欠点は、本来行っている対象者の記憶の確認作業を省いている為、相手の真意を窺い知れないという点だ。
しかし、この点は、今回に関して言えば、最大の利点なのかもしれない―と、アインズは思っていた。
なぜなら、もし、この者たちの記憶を探って、この者たちが、モモン(パンドラズ・アクター)に惚れる瞬間の記憶を直視したら、今度こそ、間違いなく精神が天に召されて逝ってしまう確信がアインズにはあった。
(先程の反応を見る限り、青の薔薇のメンバー達全員にかけた《全体記憶改変》は、無事、成功したようだ。アルベドには、この騒動の件に関して記憶から抹消するように言い含めたし、これでこの不幸な事件のすべては闇に葬れたな…。
いや、まだだ。これからあの者達と接する時は、決して好意を持たれないように気を付けないとな…。)
心の中で一瞬、安堵したアインズであったが、改めて気を引き締めていた。
一時期、『魔導国内では、すでに其処ら辺の八百屋のオバちゃんでさえモモン(パンドラズ・アクター)のハーレム要員になっている可能性がある』という想定に至ったアインズであるが、一晩が経ち、頭が冷えた事で冷静に物事を判断できるようになっていた。
(相手は、たった数日で、あのパンドラズ・アクターに惚れるという偉業(?)を成し遂げた者達なのだ。
こちらが、少しでも気を許したらあの者達に惚れられてしまうぞ!!)
アインズは、この騒動のネックとなった「青の薔薇」という冒険者チームについて、とある見解に思い至っていた。
アインズが思い至った見解、それは、王国のアダマンタイト級冒険者チーム「青の薔薇」とは―その名の通り、頭の中が薔薇だらけの―。
まさに、少女マンガ脳の者達の集まりである!!
―という見解であった…
(あの冒険者チーム「青の薔薇」のメンバー達は、惚れっぽい…そして、男に飢えた女たちの集まりなのだ‥‥
そうでなければ、あのモモン(パンドラズ・アクター)と出会って僅か数日で、メンバー間でモモンの貞操を奪い合う争奪戦などを繰り広げる—なんて、とんでも展開になるはずがない!!
ヤンキーが捨て犬に傘を翳しただけで胸キュンしてしまう程にイチコロな…
登校時に転校生と正面衝突しただけでニコロになってしまう程にチョロい…
まさに!! そんな!!
頭の中がお花畑の女達で構成された冒険者チームなのだ!!)
—という見解に・・・
(「青の薔薇」というチーム名に、そのような由来があったとはな…。)
アインズはそんなムチャクチャな見解を感慨深げに思考していた。
(私は、パンドラズ・アクターのような失態はしないぞ!!
あの者達が、王国に戻りたくなるように徹底的に嫌われまくってやる‼)
そう、心の中で決意した時であった—
その時、アインズにメッセージが入る。
—アインズ様。
—ナーベラルか。そうだ。お前に確認したい事があった。
あのモンスターの検体は、無事にダンジョンの最奥に留めているか?
アインズは、あの忌まわしい騒動が生み出した極悪の産物の所在について質問する。
(そうだ。いろいろあって忘れていた。
こうなっては、あのモンスターからパンドラズ・アクターが現在、侵されている未知の毒物の解毒剤を作り出すしかない。)
しかし、ナーベラルからアインズの想定のナナメ上の回答が返ってくる。
—実は、その事でご報告が・・・
それが、あのモンスターが何者かの手によって持ち去られました・・・
そのメッセージを受けて、アインズは、暫くの沈黙の後、言葉を発する。
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
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