第62話 英雄のトラウマ(後編下)
アインズは、聖王の別邸の二階の一室の椅子に鎮座していた。
アインズは前のめりに長机に両肘をつき、両手を握り合わせて、鋭い視線で周りに広がる光景を眺めていた。
そう、その散々たる光景を―
アインズの目の前には、この世を滅ぼしかねない猛毒弁当を差し入れるサイコ・ヤンデレ・地雷・魔法少女―イビルアイが、生気を失った瞳で椅子に座り佇んでいた。
そして、アインズの座っている椅子の横に広がる絨毯の上には、王国のアダマンタイト冒険者チーム「青の薔薇」のイビルアイ以外のメンバーであるラキュース、ティナ、ティア、ガガーランが白目をむき、口から泡を噴き出した…憐れな状態で転がっていた。
はっきり言って、これがテレビであったならば、ソッコー、モザイクがかかり放送中止に成る程の無残な状態で…
アインズは、その光景を一回り見渡した所で強く想う。
(……………………。ホント…。どうすんの…。コレ…………。)
―と。
「殿、どうするんでござるか?この者達、殺っちゃうでござるか!?」
そんな中、ハムスケがワクワクしたような何かを期待しているキラキラの瞳をしてアインズに聞いてきた。
「そんな目をして物騒な事を言うんじゃない。」
アインズはそう返答するが―
(いや、それが正解か?
確かにこの騒動の証拠隠滅には、それが一番効率がいいし、なにより確実だ…。)
ハムスケの言葉に一瞬、心が揺らぐ。
(いや、ダメだ。ダメだ。
なによりこのサイコ・ヤンデレ・地雷女の消滅を願わなかった理由に直結するではないか…。)
アインズがイビルアイの未来永劫の消滅を願わなかった理由—
それは、複数あった。
まず、一つは、イビルアイ、いや、冒険者チーム「青の薔薇」がリ・エスティーゼ王国の王女ラナーから遣わされた使者という事だ。
王女ラナーとは、現在、協力関係にある。
そして、そんな彼女はナザリック入りを希望している。
そんな者が遣わした使者―手駒をこちらで勝手に処分したら、要らぬ叛意を向こうに抱かせるかもしれない。
アルベド、そして、デミウルゴスが知者と謳っている存在を敵に廻すなど、愚者の行いだ。
そして、もう一つの理由は、「青の薔薇」のアダマンタイト級冒険者チームとしての知名度の高さだ。
その名の特異性もそうだが、女性のみ、しかも、美女、筋肉女、忍者姉妹、仮面女という—個性が溢れまくった面々で構成された冒険者チーム「青の薔薇」は、現在、見聞きしているどのアダマンタイト級冒険者チームよりも知名度という点において、頭一つ以上抜き出ていた。
そんな冒険者チームのメンバーがこの状況の王都で行方不明となったら、その嫌疑は、モモン―そして、魔導国に向けられるだろう。
リ・エスティーゼ王国にその嫌疑を向けられるだけなら、まだいい。
しかし、すでに属国となっているバハルス帝国やこれから関わってくるであろう他の国々に対して、いらぬ不信感は抱かせる行動は避けた方がいいだろう。
—しかし、この二つの理由は、三つ目の理由の為に、アインズがひねり出したものかもしれない。
その三つ目の理由とは―
それは、アインズの―いや、鈴木悟の残滓に他ならない。
アインズはイビルアイの消滅を考えた時、思ってしまったのだ。
(オレがこの娘を殺したら、ペペロンチーノさん、怒るだろうなぁ。)
―と。
そして、アインズは、もし、仮にかつての友がその場に居合わせた状況を空想した。
(この娘、多分、ペペロンチーノさんのストライクゾーンど真ん中だもんな・・・。
もし、自分がこの娘を殺した所を見たら、ペペロンチーノさん、きっと血の涙を流しながら自分を殺しにかかってくるんだろうな…。
いや、あの人の事だから、もっと‥‥そう、ナザリック大墳墓を滅ぼす勢いで大暴れするんだろうな・・・・。)
そんな空想を思い描きながら、アインズは想う。
(…そんな事あり得ないけど‥‥)
そう想ったアインズであるが、かつての親友が決して望まない決断を下す事が出来なかった。
—故に、アインズはこのサイコパス・ヤンデレ・地雷・魔法少女を殺さない—という決断に至った。
目の前に広がる凄惨たる光景を達観しながらアインズは思う。
(それにしても、この者達はパンドラズ・アクターの演じていたモモンの何処に惚れたのだ?
アイツにそんなスキルを設定した覚えはない筈だ。
それに、アイツのモモンの姿は、私が演じていたモモンをコピーしたモノ…。
そこに違いはない筈だ…。
アッ!! そういえば…)
「ハムスケ。お前はパンドラズ・アクターと私が入れ替わった時、すぐに気が付いたな?」
アインズは、何かに気づいたようにハムスケに質問した。
「当たり前でござるよ。拙者!殿に忠誠を誓った身‼ 殿の事ならなんでもわかるでござるよ‼」
「あ。そう言うのはいいから。
それよりもどうやって気付いたのだ?
パンドラズ・アクターのモモンと私のモモンは外見上は見抜けない筈だ。」
「…殿。相変わらず、ツレナイでござるよ‥‥。」
ハムスケはアインズの反応に、一瞬寂しそうな反応をするが、アインズの質問にハキハキと答えた。
「そんな事はないでござるよ!!影武者殿と殿とでは、雰囲気が全然違うでござるよ!!」
「雰囲気だと?一体、どのように違うのだ?」
「影武者殿の雰囲気は、いつもキラキラしているでござるな。」
「キ、キラキラか?」
「そうでござる。いつもキラキラでござるよ。」
「そ、そうなのか…。それで私のモモンはどのような雰囲気なのだ?」
「殿は、いつもドロドロでござるよ‼」
「ド、ドロドロなのか?」
「そうでござる。粘っこいくらい、いつもドロドロでござるよ!」
そのハムスケの発言を受けて、アインズは少し考え込む。
(ドロドロ‥‥。それは、私の絶望のオーラとかの負のスキルが関係しているのか?
いや、パンドラズ・アクターもそのスキルをコピーしていた筈‥‥。
では、コピーだからその効力が弱まったという事か?
そうだとしても、アイツ(パンドラズ・アクター)のキラキラとは一体何なのだ?
それに該当するようなスキルは設定した覚えはないが‥‥)
無言で考え込んでいたアインズを見て、ハムスケは慌てて声を上げた。
「と、殿!! イイ意味でござるよ!!
とってもイイ意味での粘っこいドロドロでござるよ!!」
ハムスケは自分の発言でアインズが落ち込んている、と察して全力でフォローしようとしていた。
(イイ意味での粘っこいドロドロって何!?)
アインズは心の中でツッコむが、ハムスケ(自分のペット)に気を使われている事を察して、冷静になる。
(ハムスケに気を使われるとはな…。
考えてみれば、この騒動はまだ自分のテリトリー内で起こった事‥‥。
いくらでも修正のしようがある…。)
そう考えたアインズは、目の前に広がるカオスな状況を見据えて思う。
(こんな状況を何とかするのが上司―いや、アイツを創造してしまった私の仕事だな‥‥。
アイツがやらかした事は、創造主である私の責任…
ならば、この件の後始末は私が行わなくてはいけないな…。)
アインズは目の前に広がる凄惨な光景を見据えてため息混じりに呟いた。
「 ヤレヤレ…。これはかなりの大仕事になりそうだ…。」
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