第61話 英雄のトラウマ(後編中)
聖王国の別邸の二階に位置するその一室には、まさに静寂という言葉に最もふさわしいあの音が鳴り響いていた。
シ—―—―――――――――――――――ン‥‥
—という・・・
その部屋の中央に対峙して配置されていたソファーの上には、二人の人物が座っていた。
一つのソファーには魔法少女コスプレをした美少女が鎮座していた。
その美少女—イビルアイは、生気を失くした瞳でただそこに蝋人形の如く静止していた。
もう一つのソファーの上には、漆黒の英雄モモンの姿を解除し、本来の姿―ナザリック大墳墓が支配者―アインズ・ウール・ゴウンに戻ったアインズがそこにいた。
アインズは、魔法少女コスプレをしたイビルアイを見据えて思う。
(どうすんの‥‥。コレ‥‥。)
—と。
アインズは、目の前に鎮座しているイビルアイの処遇をどうするべきか戸惑っていた。
(そもそも、このサイコパス・ヤンデレ・地雷・魔法少女—いや、青の薔薇の魔法詠唱者がモモンに惚れた事がこの大惨事の原因ではないのか?
何でそんな事になった?
王国でのヤルダバオト(デミウルゴス)襲撃の件の時、確かにこの者とは友好的であったが、ここまで好意を向けられる関係ではなかった筈だ…。)
その時、アインズはイビルアイにエントマとの戦闘の後、「モモン様の事、大好きです。」と告白されていた事を思い出す。
(あれは、そういう意味だったの!?)
ナザリック内の女性陣以外から愛の告白など一度もされた事も無かったアインズ―というか鈴木悟は、その言葉をこう捉えていた。
『この度は、助けて頂き有難う御座います。モモン様。』
—の上位互換の言葉として—
(この娘、いつからモモンに惚れていたの!?)
アインズは自らの記憶から、これまでのイビルアイとの出来事を回想する。
王国でヤルダバオト(デミウルゴス)からイビルアイを助けた時―
一緒にヤルダバオト(デミウルゴス)の討伐に向かった時―
そして、その後、ヤルダバオト(デミウルゴス)を撤退させた(なんとかした)後の事を—
「・・・・・・・・・・。」
(別に…。特段、何にもなかったよな・・・・。)
アインズは自らの至高の鈍感さを発揮していた。
そう考えたアインズは、思い至る。
(じゃあ、何!?
この娘、魔導国で再会したモモン(パンドラズ・アクター)に惚れたって事!?)
そう思い至ったアインズは、元々、この凶悪な猛毒物(弁当)が向かうべき所に向かった結果であったと確信し、安堵した。
(そうだ!! すべては、アイツ(パンドラズ・アクター)が元凶だったんだ。
そうだ。そうに決まっている。
現実世界で女性と付き合った事もモテた事も無い—そんなオレが演じていたモモンがモテる筈がないじゃないか‥‥。)
アインズ—いや鈴木悟は、過去(リアルワールド)の経験から女性関係にかなり卑屈な支配者になっていた。
(これからどうする?結局、振り出しに戻ってしまったな…。
いや、振り出しというよりはマイナスの状態といっていいか…。)
アインズは、この一連の騒動を今回の敵による襲撃と考えていた。
しかし、蓋を開けてみれば、はっきり言って今回の騒動は、自爆案件だ。
(自ら(パンドラズ・アクター)の手で自ら(パンドラズ・アクター)の首を絞めた。ただそれだけの事…。)
アインズは、目の前の蠟人形の如くフリーズ状態で佇むイビルアイを見据えて、思う。
(この女ヴァンパイアに、もはや利用価値はないな…。)
そう思ったアインズは、重く口を開く。
「誓約の指輪よ…。
我は願う。
この者が一生涯、手料理を作れなくなる事を…。」
アインズの言葉に、イビルアイに薬指に嵌められた「誓約の指輪」は光り輝き反応した。
『カシコマリマシタ。マスター。
契約者ノ設定ヲ書キ換エマス。』
誓約の指輪は、そうシステム音声を発すると数十秒沈黙する。
暫くの後—
『設定ノ書キ換エニ成功シマシタ。』
誓約の指輪から発せられたそのシステム音声にアインズは心の底から安堵した。
(…。これでこの世界の滅亡が避けられたな‥‥。)
アインズはこの願い事を述べる前に、当初の目的であった『このあらゆる魔法やアイテムでも解毒できない猛毒物』の軍事利用は、とっくに諦めていた。
(なにせ、内容物から製造方法に至るまで、謎が多すぎるのだ。
それに、おそらく、あの猛毒物の製造にはこのサイコパス娘の料理スキルが大きく関わっているだろう。
マンガとかでよくある、美味しい食材だけで料理した筈なのに激マズ料理が出来上がるあのお決まりのパターンだ。
そんな不安定な要素の塊だらけの代物を軍事利用できる筈もない。
いや、きっとそんな事をしようとしたら、昔、流行ったあのゾンビゲームのような惨状になるだろう…。)
アインズには、その光景が脳裏に一瞬浮かんだ。
謎のウィルス(差し入れ弁当)によって汚染されていく‥‥
まさに地獄絵図と化したナザリック大墳墓の光景が‥‥
故に—
アインズは、未来永劫、永遠と繰り返されるかもしれない悲劇を…
そして、この世界を滅ぼしかねない禁忌を…
封印するという—
―まさに、負の連鎖の元を絶つ願い事をした。
アインズはこの願い事を口にする前に、イビルアイの未来永劫の消滅を口にしようと思ったが、それは複数ある理由から却下した。
しかし、この世界すらも滅ぼしかねない猛毒物を作り出せる、まさに核兵器級に危険な存在を野放しにできる筈もない。
そう思い至ったアインズは、最も現実的で実現可能な願い事を「誓約の指輪」に願ったのだ。
「誓約の指輪」によって叶えられた願いは、半永久的に作用する。
アインズは、「誓約の指輪」の効果により核兵器級の猛毒物の製造元を潰した事に安堵していた。
(・・・・。これでこの凄惨な事件の元凶の一つは潰せたか…。
後はこの者のモモン(パンドラズ・アクター)に関する記憶を消せば、すべては何事も無かったという事にできる筈だ…。)
そう考えたアインズは叫ぶ。
「誓約の指輪よ!!
我は願う!!
この者の記憶からモモンに関するあらゆる記憶を—」
―その時であった。
—ドン!! ドン!! ドン!!
突然、アインズのいる部屋の扉を叩く音が鳴り響いた。
アインズは願い事を中断し、その扉を注視する。
(一体、何者だ?こんな時間にモモンを尋ねてくるとは…。)
アインズに一瞬、緊張が走るがその扉から発せられる声に安堵する。
「殿~~!! 殿~~!!」
(なんだ…。ハムスケか‥‥。
アイツ、まだ、ナザリックに戻っていなかったのか⁉)
安堵したアインズは、手を挙げて指を鳴らす。
すると、部屋の扉が勢いよく開いた。
この一室に入るにはアインズが許可した者しか入れない結界を張っていた。
「殿~~!!」
開かれた扉の先からハムスケがアインズに向かって勢いよく飛び出してきた。
「ハムスケ。どうした?
それよりもお前、まだナザリックに帰還していなかったのか?」
アインズは、自らの眼前に駆け寄ってきたハムスケに向かって声を掛ける。
「殿ーーーー!!。コレ、どうすればいいのでござるか!?」
ハムスケはそう言うと、背中に乗せていたモノをアインズの目の前に無造作に放り投げた。
「お前!! コレ、一体、どうしたのーーーーーーーー!!!」
アインズは、その無造作に放り投げられた無残なモノ達を見て絶叫した。
アインズの目の前に、王国のアダマンタイト級冒険者チーム『青の薔薇』の—
—ラキュース
―ガガーラン
―ティア
—ティナ
—の以下四名が、ボロ雑巾のように無造作に投げ捨てられた。
その投げ捨てられ方も無残であったが、その者達の状態も、白目をむき、口から泡を噴き出し、まさにボロ雑巾のような無残な状態であった。
そのボロ雑巾のようなモノ達を見て、アインズはそのモノ達の仲間であるイビルアイに説明を求める。
「イビルアイよ。これは一体、どうなっている!?
この者達は、お前の仲間であろう!?」
そのアインズの言葉を受けたイビルアイは、生気無い目ながらも蔑む視線で、その無残なモノ達を見据えて答えた。
「モモン様。この者達は、もはや、仲間でもなんでもありません。
この者達は、モモン様の貞操を狙う卑しいメス豚共です。」
「ホント、どうなってんのーーーーーーーーーーーーー!!!」
イビルアイの言葉に、アインズは絶叫した。
その余りに衝撃的な出来事で、精神が天に召されかけたアインズであったが、アンデッドの特性による抑制で何とか十死に一生を得ていた。
その後、何とか冷静になったアインズは、このような惨状に至った経緯をイビルアイとハムスケからレクチャーされる。
この一連の騒動のレクチャーを受けたアインズは、椅子に座りながら真っ白になって燃え尽きかけていた。
(・・・・・・・・・・・・・・。どうしてこうなった…。
なんで、モモンが昔のラノベの主人公のようなハーレム王的なキャラになってるの!?)
アインズは、イビルアイとハムスケのいささか—いや、大幅に偏ったレクチャーを受けていた。
その内容は‥‥。
青の薔薇のメンバー全員、モモンに惚れている—とか…
メンバー内で、モモンの貞操を奪う争奪戦が繰り広げられた—とか…
—であった。
そんなレクチャーを受けたアインズの精神は、十一度目の死に向かっていた。
そんな精神的に弱っていたアインズは、これまでの一連の騒動の原因が、すべてアイツ(パンドラズ・アクター)のせいだと確信した。
(‥‥。パンドラズ・アクターがこんなにも女にモテるとは…。
ナザリック内では、かなりのウザキャラとして見られていると思っていたが‥‥。
し、しまった!!!
最近の魔導国でのモモンの活動はすべてパンドラズ・アクターに任せていた!!
青の薔薇のメンバー達と出会って、たった数日でこれなのだ‥‥。
下手したら魔導国内では、すでに其処ら辺を歩いている町娘でさえもハーレム要員になっている可能性があるぞ!!)
そう危機感を覚えたアインズは、目の前で白目をむき、口から泡を噴いて無残な状態で転がっている、すでにハーレム要員である青の薔薇のメンバー達の姿に目を向ける。
そんな青の薔薇のメンバーの
―ラキュース、
—ティア、
—ティナ、
そして…
—ガガーランに視線を向けた時、アインズはフリーズする。
(ストライクゾーン広すぎじゃない!! アイツ!!!)
ガガーランに目を止めたアインズは電撃に貫かれたような衝撃を受けていた。
(い、いや、別にアイツの女性の好みが広いとかの問題じゃないから、この場合、守備範囲が広いって事になるのか?? それとも、魔法影響範囲が広いって事になるか???)
アインズは混乱状態に陥った。
そして、アインズは先程の『魔導国内では、すでに其処ら辺を歩いている町娘でさえハーレム要員になっている可能性がある』という想定を、『魔導国内では、すでに其処ら辺の八百屋のオバちゃんでさえハーレム要員になっている可能性がある』という想定に下方…—いや、上方修正した。
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