第60話 英雄のトラウマ(後編上)
偽ナザリック九階層の一室の扉をアインズ—モモンは力強く、そしてゆっくりと開いた。
アインズは、その扉をゆっくりと開きながら、あの出来事でシャルティアを殺せざる負えなかった憤りを噛みしめていた。
(お前達が何者だか知らないが、お前達が先にこちら側を撃ったのだ。
だから、こちら側がお前達を撃とうが、殺そうが、滅ぼそうが構わないだろう?)
アインズが扉を開くと、己の宿敵に繋がっているであろう魔法少女、いや、青の薔薇の魔法詠唱者がその部屋の長椅子にチョこんと座っていた。
アインズはその者を見つめながら思考する。
(この女ヴァンパイアが、シャルティアを洗脳したのか?
いや、その可能性は低いな。
もし、この女ヴァンパイアとシャルティアと対峙したならば、この者の強さでは、ワールドアイテムを使用する前にシャルティアに瞬殺された筈だ。
それにこれまでの間、我々にいくらでも牙を剥く機会はあった。
そう考えるとこの者もシャルティアのように洗脳されている可能性が高いな。)
そんな事を考えながらアインズは、いや、モモンはイビルアイを見据えて口を開く。
「イビルアイ。少し…。待たせてしまったかな…。」
(この女ヴァンパイアが洗脳されているかどうかは今はどうでもいい事だ。
今、もっとも肝心な事は、この絶対不可侵の空間内でアルベドが洗脳されてしまったという事だ。
この空間内で洗脳に対して絶対耐性を獲得しているアルベドを洗脳する程のアイテム…
それは、あのアイテム以外には、成しえない事であろう。
「ワールドアイテム」
そうだ。この女ヴァンパイアは確実に、何らかのワールドアイテムを所持してる。
そう…。
おそらく、この女ヴァンパイアは、かつてシャルティアを洗脳したワールドアイテムを所持している筈だ。
アルベドにワールドアイテムを装備させていなかった事が裏目に出た。
いや、そのおかげでそう確信を得られたのだから判断としては間違っていなかったという事にしておこう。)
アインズは、これから敵の刺客となった女ヴァンパイア(イビルアイ)をどう料理してやろうかと思索する。
(この魔法が無効化される空間内での争いは、戦闘での争いではない。
お互いの頭脳とアイテムを駆使した争いになる。
この者はワールドアイテムを所持している。
そして、私もワールドアイテムを所持している。
そうした現状を踏まえると、今のところ、五分五分の状態と言っていい。
しかし、向こうはまだこの空間に張られている結界の特性を把握できていないだろう。
何より向こうは私がすでにアルベドの洗脳に感付いた事を知らない。)
アインズはこの女ヴァンパイアにあのレアアイテムを使う決断をした。
レアアイテム—『誓約の指輪』《エンゲージ》を—
このマジックアイテムは間違いなくレア中のレアアイテムだ。
「流れ星の指輪」のような超レア中の超レアアイテムと比べると数段劣るが…
まあ、効果も「流れ星の指輪」の劣化版といった所だろうか。
そうしてアインズは、ナザリック内に潜入しようとしている敵の間諜に話を合わせつつ、見事、その者に『誓約の指輪を使用させる』事に成功した。
「誓約の指輪」の効果によりアインズの支配下に置かれたイビルアイを見据えてアインズは、誇らしげに呟いた。
「私は裏切り者を容易く信じる程、愚かではないのだよ…」
アインズの目の前には、生気を失った瞳のイビルアイが無表情でただ黙って座っていた。
(やった!やってやったぞ!)
ワールドアイテムを所持する敵の刺客を自らの支配下に置くという偉業を達成したアインズは、心の中で歓喜した。
(しかし、こんなに目論見通りに事が運ぶとは思わなかったな…。)
通常であれば「敵対するあらゆる魔法やアイテム効果をキャンセルする」という、常備している付与効果ですら世界級の「ワールドアイテム」を所持している敵を洗脳する事はできない。
しかし、アインズは「誓約の指輪」の特性を利用して、洗脳ではないがそれに限りなく近い状態にする事でイビルアイを自らの支配下に置いたのだ。
アインズは誓約の指輪を本来の使用目的とは異なる使い方をした。
誓約の指輪は、本来、味方の為に使用するアイテムだ。
つまりは、イビルアイは自ら「誓約の指輪」を発動した。
当然、自分が発動したアイテムには、ワールドアイテムに付与されているキャンセル効果は発動しない。
そして、本来のこのレアアイテム『誓約の指輪』《エンゲージ》の効果は、「パートナーの願いを三つ叶える」というものだ。
その願いというのも、ある程度の制限があるがシステムの制限内であれば、かなりの自由度があった。まあ、ユグドラシル上での話だが—
しかし、使用者にしかその効果は発動しない。
簡単に説明するとしたら、父の日にプレゼントする「何でもやります券、三枚」と言った所であろうか。
そして、アインズが父、イビルアイが子供という位置づけでイビルアイに「何でもやります券、三枚」を発行させたのだ。
さらに、「誓約の指輪」が発動中は、使用者はコマンド入力不可の状態になる。
おそらく設定にも干渉できる為、キャラクターにシステムロックがかかる事が原因だろう。
(どうやら、この世界でも同じような効果が発動するらしいな。)
アインズは、蝋人形のように固まったままの状態で動かないイビルアイを見据えながらそう思っていた。
「さて、準備は整った。お前達の尻尾を掴ませてもらうぞ!」
アインズ—というかモモンは面付き兜の目をピキーンと赤く光らせて意気揚々と叫ぶ。
「そうだな。一つ目の願いは…。先ずは、敵情報の収集が不可欠だな…。」
アインズはそう呟くと叫ぶ。
「誓約の指輪よ!!
我は願う!!
この者が一切の偽りなく、包み隠さず、私の前では真実のみ述べる事を!!」
アインズがそう叫ぶとイビルアイに嵌められた「誓約の指輪」は紅く輝く。
『畏マリマシタ。マスター。
契約者ノ設定ヲ書キ換エマス。』
アインズの声に反応してイビルアイの薬指に嵌められた指輪から機械的な音声が発せられた。
『設定ノ書キ換エニ成功シマシタ。』
「ご苦労。」
アインズはそんなシステム音声に労いの言葉を掛ける。
「それでは、イビルアイよ。お前の知るすべてを語ってもらうぞ。」
モモンの姿をしたアインズは、魔法少女イビルアイの眼前に顔を近づけ、強気な態度を取る…が、
(あ。ヤバイ、この娘やっぱカワイイわ‥‥。)
魔法少女イビルアイの尊さにアインズは赤面して顔を背ける。
「はい。モモン様。私の知っている事をすべてお話します。」
イビルアイは、無表情で淡々とそう述べた。
「コホン。…それでお前はどのようなワールドアイテムを所持しているのだ。」
「ワールドアイテム?私はそのようなアイテムは所持していませんが?」
「…え?持ってないの?」
「はい。持っていません。」
「…マジ‥‥で?」
「はい。マジです。」
「……………。さっき、アルベドを洗脳したよね?」
「洗脳? そんな事はしてませんが。」
「…え?してないの?」
「はい。してません。」
「…ホントに?」
「ホントです。」
「・・・・・・・・・。誓約の指輪よ。この者は本当に真実のみを述べているのか?」
アインズは声を震えさせながら「誓約の指輪」に確認を取る。
『ハイ。マスター。契約者ハ真実ノミヲ話シテイマス。』
「そ、そお・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
(どーなってんのーーーーーーーーーーー!!!
ムチャクチャ予想、外しちゃってんですけどーーーーーー!!!)
心の中でアインズは世界の果てに届くほどの絶叫をした。
(しかも、洗脳されてもいないアルベドをレアアイテム『スリーピング・ビューティー《眠りの森の美女》』まで使って寝かしつけちゃったよ!!
どうすんの!!コレ!!)
そんな大幅に取り乱したアインズであったが、途端に抑制されて落ち着きを少し取り戻す。
(ま、まあ、予想は少し外したが、この者がシャルティアを洗脳した者達に繋がっている可能性はまだある。
それに例え、その者達に繋がっていなかったとしても今回の敵と繋がっている可能性は高い。
その情報を掴めれば、今までの失敗…いや、労力は報われるだろう…。)
アインズは気を取り直してイビルアイへの尋問を再開させた。
「それでは、イビルアイよ。
現在、カリンシャを占拠しているヴァンパイア達を仕切っているのは何者だ?
お前は、その者達と通じているのであろう?」
「私は知りませんし、通じてもいませんが。」
「え?知らないの?」
「はい。知りません。」
「な、仲間じゃないの?」
「はい。仲間でもなんでもありません。」
「あ…。そうなんだー。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
(だ、誰かオレを殺してーーーー!!!
アンデッドだけどーーーーーーー!!! もう死んでるけどーーーーーーー!!!)
アインズは、心の中で頭を抱え首をグルングルン振り回しながら絶叫する。
(もはや、予想が外れているとかそんなレベル越えちゃったよ!!
パーフェクト不正解だよ!!!
……だけど、この娘、あんな猛毒物をどうやって製造できたんだ。
そうだ。この娘がモモンの命を狙った事は間違いない事実…
こうなったら、せめて、その事実確認は行わないと‥‥。)
「イビルアイ。お前は弁当にとんでもないモノを入れたよな?」
自信を喪失したアインズは、これ以上大ケガをしない様に事実確認の質問に切り替えた。
「はい。モモン様、気付かれていましたか。」
(よーし。やっぱりこの娘があの猛毒をモモンに盛ったという予想だけは当たっていたようだ。
あとは、どんな毒を入れたのかと解毒薬の有無と、犯行動機を知る事が出来れば、これまでの大ケガは、少しは軽減されるかもしれない…)
「お前は、一体、あの弁当に何を入れたのだ?」
「はい。タップリの愛を入れさせていただきました。」
「・・・・。す、すまない。変な聞き違いをしてしまったようだ。
もう一度、聞こうか…。お前はあの弁当に何を入れたのだ?」
「はい。モモン様への溢れんばかりの愛を入れさせて頂きました。」
「‥‥ア、『アイ』ってどんな毒物?キノコ系かな?薬品系かな?」
「モモン様、愛は毒物ではありません。」
「え?毒物じゃないの?」
「はい。むしろ、『美味しくなあれ!美味しくなあれ!萌え萌えキュン!!』という感じのモノです。」
「あー。そっちの『アイ』なんだー。なるほどねー。」
「はい。モモン様。別の言い方をすると『ラブ—
「もう止めてーーーーーーーー!!!
これ以上、心の傷口に塩をスリ込まないでーーーーーーーーー!!!」
イビルアイの言葉を遮るようにアインズ—というかモモンは椅子から床に膝から崩れ落ち、両手を地につけて絶叫した。
(何!? この娘。モモンに気があるって事!?
モモンに愛を込めた手作り弁当を差し入れるって事はそういう事だよね!?
何!? それでその手作り弁当がマンガとかでよくある激マズ料理とかのパターンじゃなくて、味はそこそこイケるが超絶の猛毒物だったっていうオチなのかよ!?)
※その通りです。
アインズのメンタルは限界寸前を迎えるが、アンデッドの特性で抑制される事で九死に一生を得ていた。
(すでに大ケガどころの騒ぎではないが、もう最悪、この超絶毒物の製造方法—というか調理方法だけでも入手して、それで何とか解毒方法を見つけるしかないか。そして、この出来事のすべてを忘れてしまおう。)
そう考えたアインズはイビルアイに質問する。
「イビルアイよ。あの弁当の製造方法―というかレシピを教えてくれないか?」
「はい。私の長年集めた素材の中で滋養強壮に良さそうだなと勘で選んだモノを、グツグツと煮込みます。徹底的に煮込めば完成です。」
「‥‥そ、それがレシピ…か?」
「はい。それがレシピです。」
「‥‥へぇ‥‥。」
(勘って何だよ!?
それってレシピに書いてあったら一番マズイヤツじゃん!!
いや、そんな事よりも煮込んだだけであんな核兵器級の猛毒物を作るって…
一体、どんなとんでもないモノを入れたんだ⁉)
「・・・・・・。あのイビルアイさん。
その…勘で選んだモノとは、どのような具材を投入したんでしょうか?
その具材をできるだけ、詳しく具体的に教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
なぜかアインズは丁重に遜った言い回しで弁当に使用された食材の内容を尋ねる。
「はい。グルドリザードンの足の付け根のビラビラした部分とか、ホルンビド鳥の喉の奥のツルツルした部分とか、ギザンバランドランの股間のビラビラした部分とかでしょうか。後は、どのモンスターのどの部分であったのか忘れてしまいました。」
「…ハハハ、そうですか…。忘れちゃいましたか…」
(もう何がなんだかわかんないんですけどーーーーー!!
そもそもツルツルとか、ビラビラした部分って、何なの⁉
いや、そんな事よりも自分ですら訳のわかっていないモノを好意を持っている人間に食べさせようとするなんて…
この娘…
狂ってるよーーーーーーー!!
精神構造どうかしちゃってるよーーーーーーーーーー!!!)
アインズは心の中で絶叫しつつ、目の前のサイコ魔法少女に心の底から恐怖していた。
「あ。申し訳ありません。モモン様。もっとも大事な具材を言うのを忘れてました。」
「な、何!? そのもっとも大事な具材とは一体何なんだ?」
「はい。モモン様への溢れんばかりの愛―
「お願い!! 暫く黙っててくれないかな!!!
もう、無理だからーーーーーー!!
これ以上はこっちの精神が天に召されちゃうからーーーーーーー!!!」
精神的に追い込まれたアインズは食い気味にイビルアイにキレた。
—そんな中、イビルアイの薬指に嵌められた「誓約の指輪」は答えた。
『マスター。二ツ目ノ願イハ、ソレデ宜シイデショウカ?』
「お前も暫く黙っててーーーーーーーーーー!!」
精神崩壊寸前のアインズは、「誓約の指輪」にもガチギレした。
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