第59話 英雄のトラウマ(中編)
敵の刺客(イビルアイ)を迎え撃つ準備がある程度整ったアインズは、
偽ナザリック大墳墓の第八階層に転移する。
そこには、薄暗いまさに土木工事真っ最中といった空間が拡がっていた。
(偽ナザリック大墳墓の完成は、まだまだ時間は掛かりそうだな…。)
少し残念な気持ちになりながら、アインズはその空間を通り抜ける。
そして、地下への階段を下ると、アインズは階段下の大きな扉の前に立つ。
すると、その扉はアインズを出向かうようにゆっくりと開いた。
その扉の先には、それまでのジメッとした土木工事現場とは対照的な豪華絢爛の装飾で彩られた部屋が拡がっていた。
アインズは、その部屋に入る前に、『パーフェクト・ウォリアー《完璧なる戦士》』の魔法を発動し、自身の姿を漆黒の英雄モモンへと変える。
モモンへと姿を変えたアインズは、部屋に入ると一回り部屋を見渡した。
(ここに誘い込めばこっちのものだな。)
この部屋には、バフ効果以外のほぼすべての魔法が使用できない結界が張られている。
また、ある程度のマジックアイテムの効果も無効化される。
相手の女ヴァンパイアは、魔法詠唱者だ。
つまり、この空間では、手も足も出なくなるという事だ。
それにこちらには、レベル100の戦士クラスのアルベドがいるのだ。
あちらがどのような手札を隠し持っていたとしても、ここは我々の領域だ。
アインズがそんな事を考えていると、背後の扉が開く音がした。
「アルベドか…。」
アルベド以外の者をその場に呼び出していないアインズは、当然、その扉を開いた者の名を言い当てた。
「アルベド。急に呼び出してすまなか—」
後ろを振り向き、その扉から現れた者の姿を見たアインズはそう言ってフリーズする。
「ア、アルベドよ。そ、その恰好は一体!?」
「!? 私の恰好に何か不手際がありましたでしょうか!?」
「い、いや、というか何で完全武装をしているのだ⁉」
そう、アルベドは漆黒の全身鎧を纏い、そして手にはバルディッシュを装備していた。
「アインズ様が敵の刺客と対峙する—とあらば、万全の準備が必要になると考えまして…。何か不都合が御座いましたでしょうか?」
「・・・・・・。」
(不都合というか、部屋に漆黒の全身鎧を着た戦士二人いるって、違和感バリバリじゃない!?
こんなの相手を刺激するだけでまともな話し合いにならなくなるぞ。)
「‥‥アルベドよ。今回はまずは、相手と交渉を行うつもりなのだ。
だから、なるべく相手を刺激するような恰好は控えてほしいのだ。」
「も、申し訳御座いません。アインズ様。私の配慮が足りませんでした。
それでは、すぐに着替えさせて頂きます。」
そう言うとアルベドは、その場で全身鎧を脱ぎ始める。
「ま、待て!!待て!! アルベド!! なぜここで脱ぐ!」
その大胆行動に焦りつつアインズは、アルベドにツッコんだ。
「アインズ様。この部屋の結界内では装備変更のスキルが使用できません。
だから、脱いでいるのですが…」
「いや、だからってここで脱ぐ必要性はないだろう!?」
「私は構いません。」
「こっちが構うわー!!」
そんなアインズのツッコミも空しくアルベドは生着替えを進めていく。
アインズは紳士の嗜みとしてその生着替えを見ない様にアルベドに背を向ける。
(これも自分がアルベドの設定を書き換えてしまった影響か!?)
その時であった—
—ドォォォン!!!
アインズの眼前の正面扉がとんでもない勢いで開いた。
開かれた扉から突入してきた者の姿を見たアインズは、心の中で絶叫する。
(いきなり魔法少女キタァァァーーーーー!!!)
アインズは、突然現れた魔法少女コスプレした美少女(イビルアイ)に衝撃を受けながら、かつての友人との他愛もない会話を回想していた。
「モモンガさん。魔法少女ってどう思います?」
「ペペロンチーノさん。それどういう意味で聞いてます?」
「いや、単に女性の好みの話をしてるんですけど?」
「女性の好みの話でいきなり魔法少女とか、マニアック過ぎません?」
「モモンガさん!! 魔法少女がマニアックなら、異次元世界でメタモルフォーゼしたアヤカちゃんはどういう位置づけになるんですか!!」
「そ、そうですね・・・。アヤカちゃんは異次元の化け物になっちゃったんでしたよね・・・。
すいません。ペペロンチーノさん。魔法少女はマニアックの内に入りませんね。
むしろ、王道中の王道でしたね…。」
「そうですよ。モモンガさん。わかっているじゃないですか。
魔法少女は王道中の王道。
だけど、邪道の魔法少女こそ、嫁にする価値があるんですよ。」
「邪道の魔法少女?
マンガやアニメの主人公の王道の魔法少女とどう違うんですか?」
「モモンガさんは、分かっていませんね。邪道こそが魔法少女の神髄なんです。
魔法の魔とは、悪魔の魔なんです。
魔に導かれて希望も夢も奪われて、悶え苦しむ少女…
それが魔法少女の本来あるべき姿なんですよ。」
「ぺ、ペペロンチーノさん。その考えはちょっと…
少し、病んでませんか?」
「モモンガさん。病んでいるくらいが丁度いいのが魔法少女なんです!!」
—そんなかつての親友との他愛の無い会話を。
しかし、その『いきなり!!魔法少女』を青の薔薇の魔法詠唱者である女ヴァンパイアと認識したアインズは我に返る。
(こ、この女ヴァンパイア…。来るの早すぎないか!?
約束は十時頃の筈だ。まだ、九時にもなっていないぞ…。)
そう、血気盛んなイビルアイは遅刻ならぬ、大早刻をかましていた。
イビルアイは、部屋に入ると体をウネウネさせ、何やら、強大な奥義を発動させてるかのような体勢を取る。
(こ、これは、ヤバイ!! 相手は、かなり好戦的だ!!
しかも、自分が知らない魔法を放とうとしている!!)
アインズがそう警戒している中、イビルアイの口からあの言葉が発せられた。
「パパ!!大好き!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
イビルアイがそう叫んだ後、その空間にはシーンといった沈黙が舞い降りた。
そんな中でアインズは敵の発したその魔法名を聞き衝撃を受けていた。
(『パパダイスキ』!? 聞いた事がない魔法だ!!
パラライズの上位互換魔法か何かか!? )
その魔法が詠唱された後、周囲に魔法の発動した効果が発現しなかった事で安心したアインズは、胸をなでおろす。
(ど、どうやら、あの女の未知の魔法は、この部屋に張り巡らせた結界によって
無効化されたようだな…。
しかし、この女、相当こちらを恨んでいるようだ。
対峙して早々に魔法攻撃を仕掛けて来るとは…)
敵の魔法が無効化された事に一安心したアインズは、イビルアイに交渉を持ち掛ける。
「…イビルアイよ。こちらとしては、無駄な争いは避けたい。
お前が、望むモノはなんだ?
私が、それを叶えてやろう。
そのかわり、お前がこちら側につくという事でどうだろうか?」
「はい!!!モモン様、このイビルアイ、すぐさま、モモン様の元に参ります!!!」
そんな中、アインズが提案を言い終える前に、イビルアイは食い気味に服従宣言をする。
その余りの唐突な服従宣言にアインズは困惑する。
(あれ?そこは普通、『お前のような者になど従うものか!!」とか、
「お前に私の望むモノは叶えられないさ…」とかじゃないの!?)
「い、いや、お前にも仲間がいるのではないか?その…仲間を裏切る事になるのだぞ?そ、その決断は早すぎではないか?」
「いえ!!あんな奴ら、もう仲間とは思っていません!!すぐさま、モモン様の元に参ります!!」
(エエーーーーーーー!!
そこは、例え本当にそう思っていても、もう少し勿体ぶらなきゃいけないトコじゃない!?)
そんな女ヴァンパイアの仲間を裏切る気マンマンの態度にアインズはドン引きしていた。
「そ、そうか…。それでイビルアイ、お前の要求は何だ?
お前はあれだけの事をしたのだ…。
我々…いや、私に何か望むことがあるのではないか?」
アインズは、その女ヴァンパイアの仲間を容易く裏切っても、叶えたい願いに興味を持った。
「???。いえ、私には特に望むモノなどは…」
「今更、何を言う…。お前は‥‥私(の命)を狙っていたのであろう?」
アインズの言葉に、イビルアイは顔を熟したトマトのように赤面させた。
その反応にアインズは衝撃を受ける。
(やっぱこの女、気を失っている間にモモン(自分)に何か変な事をされたと思っていたのか⁉
それでモモンを恨んで今回の犯行に及んだという事か!?
そもそも、こちら側に寝返る振りをしてまた、あの猛毒をモモンに盛ろうと画策しているのではないか!?
まあ、アンデッドである私にはあの毒は効かないが…。)
「まあ、今は、その事は不問としようか…。では、私に何を望む?
お前の望みは何だ?」
モモンは、相手を刺激しない様に交渉を続けようとした。
しかし、その時、いつの間にか着替えが完了し、横に控えていたアルベドが突然口を開いた。
「アインズ様!! これからの交渉は、私にお任せ頂けないでしょうか!!」
「な、何を言っているのだ⁉アルベド!!私はモモンだ。」
「申し訳御座いません。モモン様…。相手は女…。それもヴァンパイアです。
モモン様もそのような者が、いつもムチャクチャな要求をしてくる事を実感していると思いますが…」
「一体、何が言いたいのだ?」
「私は、このような者の対処には日頃、慣れております。この者との交渉は、私にお任せ頂けないでしょうか…」
アインズは、アルベドの言葉に納得する。
(そ、そうだな。あの女は相当モモンを恨んでいる。
私とでは冷静な話し合いが行えない可能性があるな…。)
そう思い至ったアインズは、アルベドに交渉の全てを任せて退室した。
アインズは、部屋の外でアルベドとイビルアイの交渉が終わるのジッと待つ。
当然の事ながら、アインズとはいえ、魔法無効化の結界内でどのような交渉が行われているのかを知る術はない。
そんな中、女ヴァンパイアとの交渉が終了したのか、アルベドが扉を開き、部屋の外に出てきた。
アルベドは異様な雰囲気を漂わせ、下を向き、俯いたまま、アインズの元にゆっくりと歩み寄る。
「ア、アルベドよ。交渉は無事に終わったのか?」
そんな異様な雰囲気を漂わせているアルベドに、アインズは戸惑いながらも声を掛ける。
「はい。アインズ様。何の問題もございません。」
アインズの言葉に、アルベドは顔を上げると、とびっきりの満面の笑みをしてそう答えた。
「そ、そうか…。それはよかった…。」
アインズはそう言いつつも、心の中でこう思っていた。
(そのあまりに不自然な笑顔自体が問題、大アリだろーーーーーー!!)
—と。
「アインズ様。このアルベド。
あの者を喜んでナザリックに迎えいれたいと思います。」
アルベドは、その満面の笑顔でそう述べる。
「は?ナザリック?」
(一体、どんな事を話し合ってたんだ?別にナザリックじゃなく、モモンとか、聖王国側に寝返るという話でよかったんだが…。)
「そ、そうか。よくやった。アルベドよ。
それで、あの敵の刺客はどのような条件を提示してきたのだ?」
「はい。それは私が相手のすべての要求に応えるという事で成立致しました。」
「え?」
アインズは、アルベドのその回答に違和感を覚える。
はっきり言ってそんな交渉とか得意でないアインズでも理解できた。
(それって騙されてるんじゃない!?)
—と。
「アインズ様。私はあの者がどのような存在の者であったとしても歓迎致します。
そして、あの者がナザリックの一員になってからも、親切、丁寧をモットーに面倒を見させて頂きますわ。」
アインズはそんなアルベドのあまりに不自然すぎる言動を見て確信した。
(そうか…。そういう事か‥‥。)
—と。
アインズは即座に自らのアイテムボックスからレアアイテムである『スリーピング・ビューティー《眠りの森の美女》』を取り出した。
そして、すかさずそのアイテムをアルベドの眼前に翳す。
その金色のリンゴのような形をしたアイテムはアルベドの眼前でこれまた金色に光輝く。
その金色の光を浴びたアルベドは、瞬く間に睡眠状態に陥った。
膝から崩れ落ちるアルベドをアインズは優しく抱きかかえる。
アインズはそんなアルベドをゆっくりと床に横たえると偽ナザリック第九階層一室の扉の前に立つ。
その壮大な扉を自らの両手で力強く、そして、ゆっくりと開きつつ、アインズは確信していた—
(フフ…。フフフ‥‥。ハ、ハハハ!!! ようやく、ようやく出会えたな。
お前、いや、お前達がシャルティアを洗脳した者達か…
あの時は、随分と世話になったじゃあないか!!!
いいだろう…。今回は私が直々に相手をしてやろう!!!)
—と。
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