第58話 英雄のトラウマ(前編)

 「モモンハーレム王事件」


 それは、アインズ―いや、鈴木悟にとってこの世界に転移して以降、最大の黒歴史となった事件といっても過言ではない。


 なぜ、そのような悲惨な事件が起こってしまったのか?


 その原因というか元凶は、一体何であったのか?


 今のアインズは知っている‥‥






 時間は、昨日の夕方に遡る―


 敵の刺客(イビルアイ)の誘い出しに成功したアインズは、ナザリックに帰還していた。

 そして、自室の机に座り、今後の対策を考えていた。


(あの様子、おそらく、あの女ヴァンパイアは、余程こちら側を警戒しているようだな・・・。)


 アインズは、誘い出しの際のイビルアイのドモった返答にそう感じていた。


(ならば、相当、慎重に罠をはらねば逃げられてしまう。


 いや、そもそも警戒して来ない可能性すらあるか…。)


 どのような罠をはろうかと思索しながら、アインズはあの女ヴァンパイアがいつから敵と通じていたのかを考察していた。


 (あの女ヴァンパイア、一体いつから敵と繋がっていた?

  

  王国のヤルダバオト襲撃の時は、その兆候は見られなかった。


  それに魔導国でのエントマとの戦闘の際は、あの者を死の寸前まで追い詰めた筈だ。


  そうだ。あの件以前に今回の敵と繋がっていたならならば…。)


 ―と考察していたアインズに衝撃が走る。


 (そ、そうだった!! あの時、こっちはあの女に相当ヒドイ事をしてしまっていた。

  傷はアイテムで治したが、あの時、あの女ヴァンパイアの心にかなりの傷を負わせてしまったのではないか?

  だから、あの女ヴァンパイアは今回の敵と密通してモモンの暗殺を企てた。

 —と考えるとあらゆる辻褄が合うな…。)


 しかもこちら側は、その際、『その事を秘密にしろ』という圧力までかけている。


 性犯罪者が襲った女に対して、『秘密にしないと、どうなるかわかっているよね?』と言っているようなものだ。


 だとしたら、今回、モモンの命を狙われたのは自業自得、因果応報ではないのかとアインズは考えた。


 (パンドラズ・アクターには悪い事をしてしまったな‥‥。)


 狙われていたのはパンドラズ・アクターのモモンではなく、自分の方のモモンであったと悟り、アインズはパンドラズ・アクターに対して心の中で謝罪した。


 そんな事を思考していた時、アインズにメッセージが入る。


―アインズ様。


―アルベド。何かあったのか?


―パンドラズ・アクターが戦線離脱したと聞き、アインズ様の身が心配になり連絡させて頂きました。


―そうか…。こちらは何も問題はない。


(そうだ。これは私の行動が引き起こした事案だ。


 他の者を巻き込むべきではない。


 しかし、相手は相当モモンを恨んでいる。


 何せ、あんな核兵器級の毒物でモモンを狙ったくらいだ。)


 「!!!」


 そう思考していたアインズに衝撃が走る。

 

 (もしかして、あっちは気を失っている時にモモン(自分)に何か如何わしい事されたとか思っているんじゃないのか⁉)


 下手したらこっちを性的犯罪者と見ている可能性すらある。


 「・・・・。」


 (そんな被害妄想バリバリの女ヴァンパイアと一対一で対峙したら、更なる誤解を受けそうだ。

 ここは、同じ女であるアルベドに同席してもらった方がいいな。)


―いや、アルベドよ。

 そのパンドラズ・アクターに毒を盛った敵の刺客と、今晩対峙する事になったのだが、その折、お前も同席してくれるか?


―!!! か、畏まりました。全力でアインズ様の警護を!

 いえ、私がその敵の刺客を塵も残さず、殲滅致します!!


―待つのだ。アルベドよ。

 今回は、まずは、相手の出方を窺いたい。

 それに、その者には交渉を持ち掛けようと思っている。


(そもそも、今回の件は、自分の配慮が足らなかったために引き起こされた事。まずは、話し合って相手の出方を窺おう。)


―交渉、ですか?


―ああ。今回の敵の全容が未だ不明のままだ。

 そんな中、敵の手掛かりが自らこちらの手の内に飛び込んできたのだ。

 その状況を利用しない手はないだろう?


(そうだ…。


 魔法、アイテムでも解除できない毒物。


 しかも、その毒で死に至った場合、その遺体はアンデッド化し、進化する。

 

 更には、そんなアンデッド共が数十の数に増殖する…


 未だ、その毒物の全ての効果の検証がなされていない状況であるが、現在、判明している情報だけですでに核兵器級の威力の猛毒物だ…。


 そんな超ド級の対生物兵器をあの女ヴァンパイア一人で製造したとは考えづらい。


 必ず、その裏に黒幕がいる筈だ。)



 そう結論付けたアインズは、敵の刺客(イビルアイ)を迎え撃つべく、準備を進めた。


 (確かに、今回の件に関しては、こちらに非がある…。


  だが、あちら側はモモン(パンドラズ・アクター)を攻撃した。


  しかも、あんな超絶の猛毒物で…。)


  アインズは、敵の刺客(イビルアイ)に対して譲歩する気は全くなかった。


 (確か『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』だったっけか?


  そう。あっちが先に撃ったんだ。


  じゃあ、こっちが撃っても文句は言われない…よね!?…。)


 アインズは敵の刺客(イビルアイ)を迎え撃つ準備が整うと、聖王の別宅へと転移魔法を発動させる。

 

 転移魔法にて聖王の別宅に戻ってきたアインズは、まず、敵の刺客(イビルアイ)が聖王の別宅に訪れた際に備えて、魔法を発動させる。


 「ディレイ・テレポーテーション・オール《遅延転移魔法・全体》」


 アインズがその魔法を発動させると、聖王の別宅の二階に位置するに空間にブラックホールのような漆黒の球体が出現した。


 その漆黒の球体は、別邸二階全体に溶け込むように消え去ってゆく。


(これで敵の刺客となったあの女ヴァンパイアがここに来た場合、偽ナザリックにおびき寄せる事ができるな…。)


 アインズは、この場所に訪れた者を聖王の別邸からアウラ達が建設した偽ナザリック大墳墓の第九階層の一室に強制転移する魔法を発動していた。


 そして、アインズはその一室にも罠を張っている。


 一切の魔法が使用できない魔法無効化の結界を—


 アインズは、その部屋に入った時点で一切の魔法が無力化される結界を張っていた。


 自らがモモンに変身する際、使用するパーフェクト・ウォリアー《完璧なる戦士》などの自身内で発動している魔法は維持可能であるが、その他のすべての外的魔法が使用不可能な結界を…。


 「ああ。そうだ。敵の刺客をおびき寄せなければならなかったな。」


 アインズはそう思い出したように小さく呟くと小さな魔法陣を発動させた。


 「ディレイ・メッセージ〈遅延・伝言〉」


 アインズはその魔法陣に向かって話し掛ける。


 『イビルアイ。よく来たな…


  それでは、目の前の階段を上がって来てはくれないか…。


  階段を上がった先の部屋に私はいる…。』 





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