第56話 英雄の会議

 聖王城の会議室には、急遽、モモンによって招集された聖王国の要人達が集まっていた。


 モモンは、その会議室の上座に座り、寡黙に佇む。


 モモンの両隣にはダークエルフの少女達が従者のように控えていた。


 「急な招集に応じて頂いて感謝する。」


 招集された一通りの要人達が席に座り、モモンに向かいその視線を投げかけた時、モモンは起立し、感謝の意を述べる。



 「い、いえ、モモン様に呼ばれれば、馳せ参じて参ります。」


 

 そのモモンの言動に、その要人の一人である聖王国魔導教団教主、

 また、現在、聖王国の軍事の大半を占めている魔導兵団を束ねる立場にいるネイア・バラハは恐縮していた。 



 「それでモモン殿。これは一体どのような会合なのだろうか?」



 その要人の一人であった聖王―カスポンドがモモンの自らの疑問を投げかける。



 「そうだな。単刀直入に用件を話そうか。


  これは作戦会議、いや、『カリンシャ奪還作戦会議』と言った方が話が早いか…。」


 

 「!!!」


  モモンの言葉に、そこに集まった者達は、皆、衝撃を受ける。



  確かに聖王国にとってヴァンパイアに占領されたカリンシャの奪還は、優先事項だ。



  しかし、最優先事項ではない。



  未だ敵の全貌は不明のままである。


 

  数日前の戦いでモモンにコテンパンにされたとは言え、

 

  今日、明日にでも奴等の襲撃があってもおかしくない状況なのだ。



  そんな状況下で、そのモモンの発言に衝撃を受けるのは当然のことであろう。



 「モモン様!そ、それはあまりに早計ではございませんか⁉」



  聖王国の財務担当大臣であるローランド・ベロ・クライシスは、荒らげた声を発した。



 「クライシス卿。どうしてそう思うのだ?」



 「い、いえ、それでは私の見解を述べさせて頂いてもよろしいでしょうか…。」


 

 「ああ、是非頼む。多くの者の意見を聞きたくて集まってもらったのだからな。」



 「は、はい。あくまで私の見解ですが、今はまだその時ではないと思います。


  確かにカリンシャは、大都市であり、聖王国の重要拠点です。


  それを奪還する事は、我々にとって大きな意味があります。


  しかし、敵の正体も未だ判明していませんし、何よりも敵の勢力の実態が掴めておりません。


  他の都市も占領されている可能性もありますし、それ以上に危惧しなければならない事は、


  敵の手の者が言ったとされる『南聖王国が敵の手に落ちた可能性がある』という事です。」



  クライシス卿は、己の見解を述べる。


  しかし、クライシス卿は知らない。


  その『敵の手の者』が、ヴァンパイアとなった元主君であったことを。




 「・・・そうだな。敵の情報が掴めていない状況で敵の拠点に赴くなど、愚行以外の何物でもないな。」



  モモンのその言葉にクライシス卿は満足気な表情をした。己の意見が認められた事に。



 しかし、モモンの次の言葉でクライシス卿は、元の青白い表情に戻ることになる。



 「という事は、敵の情報がある程度掴めているのであれば、攻め込んでも何の問題もないという事だろう。」



「モモン様は敵の情報を把握されているのですか⁉」



 クライシス卿は驚きを隠せない。



 彼は、モモンが王都に訪れてからその行動を逐一、監視していた。



 どうしてそんな事をしていたかというと、モモンに上手く取り入ろうという機会を模索していた事に他ならない。


  

クライシス卿は、実に賢い男だ。いや、ずる賢い男と表現した方が正しいだろう。



彼は今の聖王にとっくに内心見切りをつけていた。自らの直感で確信していた。


『このままこの聖王に付き従っていたら破滅する』と。



そんな彼は、次のパトロン相手をモモンに見定めた。

  

 

そういった経緯でモモンを監視していたクライシス卿は知っている。



(王都に滞在している間に、この男にそんな時間はなかった筈だ…。)




「ああ。ある程度ではあるがな。アウラ。頼む。」



「はい‼ モモン様‼」


  

モモンに名を呼ばれたダークエルフの少年は、気合の籠った返事をして一歩前に出た。


(あれ?この子、こんなにモモン様に対して礼儀正しかったっけ?)


 

そのダークエルフの少年の態度に少し違和感を持ったネイアはそう思った。




「私はモモン様に命ぜられて敵の偵察を行ってきました。


 その情報を報告します。


 まず、南聖王国のすべての都市を偵察した所…」



 「な、何っ‼」


 「すべての都市だと‼」


 「そんなバカな‼」



 ネイアの報告途中に集まった要人達から驚きの声が上がった。



 「何?あたしの報告に文句でもあるの?」



 ダークエルフの少年―アウラの殺気立った視線を受けた者達はあまりの威圧感でその身を拘束された。




 「アウラ。そこまでにしろ。



 それと聖王国の方々、アウラは魔導国の中でも、とても優秀な人材だ。



 アウラの報告を疑う事はしないで頂きたい。」



 聖王国の要人達は、その言葉を受けて押し黙る。



 そんな中、アウラはモモンの言葉を受けて、顔を真っ赤にしてとても嬉し恥ずかしそうな仕草をしていた。



 「それでは、アウラ。続きを頼む。」



 「は、はい!モモン様‼」



 アウラは、聖王国の要人達に向けて自らの偵察してきた情報を伝える。



 その内容を聞いたネイアは、驚きの連続であった。



 まず驚いたのは、南聖王国の全都市の偵察を僅か一日で完了したという事だ。



 もし、聖王国一速い早馬でそれをおこなったとしても三カ月はかかるであろう。



 そして、さらに一日で北聖王国の全都市の偵察を完了したというのだ。



 それらの報告でお腹一杯なのに、さらには問題となっているカリンシャの現状の状況も

 


 偵察してきたという。



 余りの情報量の多さにネイアの理解が追い付かない状態になっていた。



 その膨大な情報の中でネイアが理解できた事は、こんな所であろう。



    

―まず、南聖王国を支配したというのは敵のブラフであった事。



 このダークエルフ少年の報告では、南聖王国の都市は、特に混乱している様子はなかったという。



 敵の手の者が潜んでいる可能性はあるが、完全に支配しているという事はないとの事であった。



―そして、北聖王国内の敵の勢力は、我々の最悪の予想よりは多少マシであったという事。



 我々が予想していた最悪は、王都以外のすべての都市が敵の手に落ちている事であった。



 しかし、カリンシャより王都側の全都市が今だ健在であり、

 

 カリンシャより遠く離れた都市も問題なく存続しているとの事であった。



 ただ、いい報告はここまでで、カリンシャ近辺と


 それより南の北聖王国の都市は、敵の手に落ちているという報告がなされた。



 ―最後の報告では問題のそのカリンシャでは、その敵勢力が増やした眷属達を集結させて


  誰かが何かしらを企んでらしいという所で報告は締めくくられていた。



  「・・・・・・・・。」



  アウラの報告を聞き終わった聖王国の要人達―ネイアを含めた、は苦々しい表情をしながら



  口から言葉を発する事ができず、誰かこの絶望的な現状を打開する意見を述べてくれと心の中で願っていた。




  「―という事だ。さあ、『カリンシャ奪還作戦会議』を始めよう。」



  そんな中、モモンが意気揚々と声を発した。



  「ま、待って下さい。モモン様。



   はっきり言って我々にはこの現状を打開するような作戦は思いつきません。



   すべてモモン様のご意見に従います。」



  ネイアは、皆の意見を代表するように声を上げる。



  「それで本当にいいのか?私の意見で作戦が決定してしまうのだぞ?」




  「・・・・・。はい、私はそれで構いません。他の方は如何でしょうか?」



  ネイアは、聖王やその他の要人達を見渡して確認する。



  「無言は同意と見なさせて頂きます。もう一度お聞きします。この作戦のすべてを


  モモン様にお任せするという事に反対の方はいらっしゃいますか?」



  ネイアの多少威圧感の籠った声を聞いて誰も何も言葉を発しはしなかった。



  「モモン様。決はとれました。この作戦の…、いえ、この聖王国の未来をモモン様に委ねさせて頂きます。」    



  誰も声を発しない状況を見て、ネイアはモモンに告げる。


  己の想いを、希望を偉大な我らが神―アインズ・ウール・ゴウンが遣わせた英雄に―



  「フッ。それは責任重大だな。」



  モモンは、まさに英雄にだけ許されるような余裕な態度を見せつける。



  その雄々しさにその場のすべての者が心の中で平伏する。



  両脇のダークエルフの少年、少女達もキラキラした瞳、惚けた顔をその英雄に向けていた。




  その英雄モモン―に扮したアインズは心の中で強く思う―




 (・・・・・・。会議って皆で意見を出し合って話し合うモノなんじゃないの⁉


  それに他の国の人間に、簡単に自分の国の未来を委ねるって―コイツら常識無さすぎじゃない⁉)



  と―

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