第55話 破滅への誘い

 窓辺から穏やかな朝日が差し込む中、その部屋の主人である一人の男は、機嫌よく自らのティーカップに自らがブレンドしたハーブティーを注いでいた。


 その注がれたティーカップを片手で持ち、自らの書斎の椅子にゆったりと腰を掛けて、その匂いを嗅ぎ、安らぎに満たされる。


 (ああ…。ようやく、平穏が戻ってきな・・・。)


 その男はそう思いながら自分の書斎の窓外の城の外壁に目をやり、このような時間がいつまでも続く事を願っていた。


 そんな時であった。


 「た、隊長!!! コード『レッド』が親衛隊の詰め所に現れました!!! 何とかしてください!!!」


 聖王国親衛隊の若い男の隊員が、その書斎を仕切っていたカーテン―というか、ボロ布をかき分けてそう叫ぶ。


 ブーーーーーーーー!!!


 その叫びに度肝を抜かれたその男―グスターボは口に含んだ自らのブレンドしたハーブティーを勢いよく噴き出す。


 「な!! コード『レッド』だと!! なんで今更!! それにその者は、もう我々、親衛隊とは無縁の存在になった筈ではないのか!?」


 「僕にそんなこと言われても…。実際、コード『レッド』が親衛隊の詰め所に現れて、毎度の如く、難癖をつけてきているのです。隊長。どうにかして下さい!」


 「…わかった。すぐに向かう。ただ、お茶の一杯くらい飲ませてくれ。

 これを飲み終わったらすぐ行くから…」


 「わ、わかりました。隊長!できるだけ早く来てくださいよ!!」


 若い男の隊員はそう言うと、城の片隅にある掘っ立て小屋から飛び出していく。


 その掘っ立て小屋の主であるグスターボは、ティーカップに僅かに残った己がブレンドしたハーブティーを口に含み、窓先の朝日を照らされ、グスターボは強く想った。


 (親衛隊隊長・・・・・・辞めたいな・・・)



 その頃、親衛隊の詰め所では現在進行形でひと悶着が起きていた。


 「お前では埒があかない! 責任者を出せ! いや、聖王をここに連れてこい!」


 そこには、親衛隊の詰め所の受付を担っている若い女隊員に向けて、怒号を浴びせるクレーマーがいた。


 「そんな事を言われましても…。レメディオス様。どうか冷静になって下さい。」


 「何を言う。私は十分冷静だ。だから、聖王を出せと言っているのではないか!」


  そのヘビークレーマー―レメディオスは、そう言うと涙目でタジタジとなっている若い女隊員に詰め寄る。


 「レメディオス様!!少々お待ち下さいませんか。今、責任者がこちらに向かっておりますので。」


 そんな中、その若い女隊員を救うヒーローのように現れた先程の若い男隊員は、そう叫び、目の前のヘビークレーマー(レメディオス)を見据える。


 「その責任者とは、誰だ?」


 クレームの標的を、女隊員からその男隊員にシフトした根っからのクレーマーであるレメディオスは、まるで悪の四天王が如く横柄な態度、そして、その威圧感で睨みつけ、その男に問う。


 「そ、それは、我が聖王国親衛隊隊長、グスターボ様であります!!」


 まさに蛇に睨まれた蛙状態に陥ったその隊員は、絞り出した声でそう叫んだ。


 「グスターボ…。アイツか…」


 その名を聞いたレメディオスの溜飲が少し下がる。


 「は、はい!! そのグスターボ様であります!!」


 「…わかった。それでは、少し待ってやろう…」


 レメディオスのその言葉に若い男隊員は、悪魔の束縛から解放されたかのような笑顔となった。


 しかし―


 「ただ、アイツが五分待っても現れないのならば、聖王を、即刻、私の前に連れて来るのだ。いいな?」


 多くの名立たるヘビークレーマーの中で頂点を極めた―関わるもの、すべてが血を見る…というか、そのあまりの心労に血を吐く。

 まさにレッド―コード『レッド』と通称されるようになった伝説のクレーマーの無理難題にその男隊員は、まるで地獄に叩き落とされたような真っ青な表情をするのであった。


 そんな地獄の底に這いつくばって辛酸を嘗めているような苦渋の顔をしていた若い男の肩に温もりの籠った手がスッと舞い降りる。


 「ご苦労だったな。後は、私が何とかする。」


 「た、隊長!!!」


 その温かい手に肩を掴まれた若い男隊員は、満面の笑みで自らの隊長の登場に歓喜する。


 「グスターボ。久しぶりだな…。」


 「レメディオス…殿。貴方もご健在でなによりです。

  しかし、我が親衛隊に何用なのですか?

  貴方は、この親衛騎士団とは無縁の役職に就かれたと聞いていますが?


 「まあ、そうだな。

  私は、今、この聖王国の魔導兵団とか、聖王の親衛隊とかそんなどうでもいいような役職にはついていないからな…。」


 「では、なぜ、その聖王親衛隊の詰め所に来たのですか?

  私達にとってみたら貴方は、最早、部外者です。そして、貴方もこちら側を部外者と思っているならば、接点はないと思いますが…」


 グスターボは冷静にコード『レッド』の対処しようとしていた。


 その暴虐無人なクレーマーの理を失くした要求を打開しようと…

 

 グスターボは、息を飲み、レメディオス、いやコード『レッド』の反応を慎重に窺う。


  なぜならば、この者の思考回路を熟知しているからだ。


  そう、グスターボは知っている。


  この者に本来、人に備わっている当たり前の論理や世間一般の当たり前の常識がこの者には全く通じない事を…


 「ブガイシャ!? セッテン!? そんな訳も分からない事を言っている間にこれを何とかしろと言っているんだーーーーーー!!!」


  レメディオスはそう叫ぶと、自身の腰に備えていた剣を突如抜き、その剣を詰め所にある受付机に叩きつけた。


 そこには、まるで石化したかのように灰色にくすんだ色をした刀身の聖剣があった。


 「こ、これは!? 聖剣に一体、何が起こったのですか!?」


  聖王国に存在する聖剣の中で頂点に立つ聖剣中の聖剣のその憐れな姿にグスターボは動揺する。


 「それを聞きたいのはこっちの方だ!!

  昨晩から、聖剣がこのような無残な状態になったのだ!!

  これはどういう事だ?

  お前達は私の聖剣に何をした!!」


 「いや、そう言われましても…。こちらは一切関与してませんので…」


  レメディオスの怒涛のクレームにグスターボは声も絶え絶えに己の素直な気持ちを吐いた。

  

 「この聖剣は、お前達から委ねられた物・・・。

  ならば、この聖剣がこのような状態になったのはお前達に原因があるのではないか?」


 「そ、そんな事は決して御座いません。

  実際、聖剣がそのような状態になるのを初めて見ました。

  これは、一体?

  刀身が何者かにすり替えられたとか、それとも、何者かに別の武器に差し替えられたという事ではないでしょうか!?」


 「残念ながら、それはない‥‥。」


 「どうして、そうお分かりになられるのですか??」


 「この刀身に幾つかの傷跡があるであろう?」


 「は、はい…。そうですね…。」


 グスターボは、そのくすんだ色となった聖剣の刀身をマジマジ見てそう言ったが、実際は―


 (一体、どこの事を言っているの!?)


 と思っていた。


 しかし、グスターボは、コード『レッド』に話を合わせる。


 それがグスターボ流のコード『レッド』の対処法だからだ。


 「ならば、わかるであろう。

  この傷の一つ一つが我が戦いの歴史であるという事が!!!」


  レメディオスはそう言うと、鬼気迫る表情でグスターボを見据える。


 「・・・・・・・。」


 (そんなのわかるかーーーーーーー!!

  俺は、別にあんたの母親でもなんでもないんだぞ!!)


  そう思ったグスターボは、自らの母親との記憶を微かに思い出していた。


  部屋の柱の前に立たされて頭の位置でその柱にナイフで傷をつける母親の姿を…


  「グスターボちゃん。こんなに背が伸びて…。その内、この部屋の天井に突き刺さるんじゃないの!?」


  「かあちゃん!! 何言っているんだよ!!そんな事ある訳ないじゃん!!」


  「あら、そう? マミーとしては突き刺さってほしいんだけど…」


  「突き刺さるかーーーー!! っていうか『マミー』なんて初めて聞いたわ!!

   アンタ!!どこのセレブやーーー!!」


  「そうそう、グスターボちゃん。今夜の晩御飯は、豪勢にするわよ。」


  「豪勢!?それじゃあ、外で美味しい物を食べるの?」


  「そうよ。外で美味しい物を沢山食べれるわよ!!」


  「ヤッター!!それじゃあ、いつものように近所の残飯をあさりに行くんじゃあないんだね!!」

 

  「そうよ。いつもの残飯如きと一緒にしないで。何せ聖王様のお城の残飯なんだから…。」


  「結局、残飯なんかーーーーーい!!」


  そんな幼きグスターボのツッコミを聞き、母親は大笑いしていた。


  グスターボはそんなホントにどうでもいい、亡き母との幸せであった頃の思い出を回想する。


  この無慈悲にストレスを加えられている現状を忘れようと―


 「ともかく、すぐにこの聖剣を元の状態に戻せ!!

  私はモモン様を守らねばならないのだ!!

  こんな状態の聖剣では禄に戦えないだろうが!!」


  レメディオスの壮絶クレームにグスターボは我に返り、そのくすんだ色となった聖剣に手を伸ばす。


  グスターボの手がその聖剣の柄に触れた途端であった―


  聖剣はあっという間に自らの煌々しいその輝きを取り戻す―


  まるで、何事も無かったかのように―


 「こ、これは、一体‥‥」


  グスターボはその光景を間近で見て驚きの声を発した。


 「な、何だと!!」


  レメディオスもその光景に驚いた。そして、その光り輝く聖剣の柄に手を伸ばす。


  レメディオスが、グスターボの手を払いのける様に聖剣の柄を握るとその途端、聖剣の刀身は先程のようなくすんだ色の駄剣へと姿を変えた。


 「こ、これはどういう事なのだ!! 

  なぜ、私が触ると聖剣はこのような状態になってしまうのだ!!」


  苛立った声でレメディオスが叫ぶ。


 「‥‥。どうやら、聖剣に問題があるのではなく、レメディオス殿。

  貴方の方に問題があるという事ではないでしょうか?」


  グスターボはコード『レッド』を刺激しない様に慎重に己の見解を述べる。


 「な、なんだと!! 聖騎士である私が聖剣を使えなくなったというのか⁉

  そんな話、笑い話にもならないぞ!!」


 「そう言われましても…。こちらとしてはどうしようもありません。」


 「‥‥。ならば、聖剣なぞどうでもいい。

  こんな聖剣よりも強力な武器はないのか⁉」


  レメディオスはまたしても壮絶クレームをかます。


 「レメディオス殿。この聖王国にその聖剣以上の武器がない事は貴方も存じ上げている筈ですが‥‥。」


 「そんな事はわかっている!! そこをなんとかするのがお前の仕事だろうが!!」


 「そんな…」


 その余りに無理難題なクレームにグスターボはタジタジとなり、回復の兆しが見えていた己の胃腸を痛める。


 ―そんな時であった。


 「ありますわよ…。」


  聖王国親衛隊の詰め所の建物全体にその美しい妖艶な女の声が響き渡った。


  対峙していたレメディオスとグスターボは、その声が発せられた方向に目を向ける。


  そこには、その声に負けない程、いや、その声以上に、煌びやかな、そして、妖艶な衣装を纏った金色の髪をした絶世の美女が立っていた。


  その美女は、自らが持つフワフワの羽があしらわれた扇子を口元に翳しながら満面の笑みでレメディオス達を見据えていた。


 「お前は一体何者だ…。

  いや、そんな事はどうでもいい‥‥。

  お前は今、何と言った?」


 レメディオスは突然起こったその状況に少し動揺しつつも、正体不明の美女に向かって問う。


 「ある…と言いましたの。そんな鈍ら刀よりも遥かに強力でそして美しい武器が…。」


 「そ、それは本当か!?」


 「ええ。本当ですわ。」


 「し、失礼。貴方様は一体、何者なのかな?

  どのような経緯で、今、この親衛隊の詰め所におられるのかな?」


  グスターボは慎重にその美女に向かって己の中に浮かんだ率直な疑問をぶつける。

  なぜならば、その美女の身なりから明らかに一般人ではないと判断できたからだ。


 (どこぞの貴族の令嬢か何かか?

  しかし、こんなにも美しい女性、この国で見た事はない。

  いや、それどころか自分が見てきた女性の中で一番であるあの方に匹敵するほど美しさだ…。)


グスターボはそう思うと、自分が見てきた中でダントツ一位であったその御方の姿を脳内の記憶から呼び覚ます。

あの魔導王の城で拝むことが出来たまさに絶世の美しさを誇るあの宰相の姿を…


 「これは失礼しました。私は、ソリュウ・シャンと申します。

  様々な国を廻り、武器の売買を生業としている者ですわ。」


 「そのような御方が、どうしてこの場にいるのですか?

  ここは、聖王城内…。気軽に入れる場所ではないのですが…。

  どなたかと一緒にこちらに赴かれたのでしょうか?」


 「いいえ、一人でですわ。

  商売の途中、聖王国で戦が起こっているという情報を聞きつけてこちらに参りました。

  武器の売買を生業としている者の情報網を舐めて貰っては困りますわ。

  城の門番の方にその事を話したら、喜んで入れてくれましたわ。」


  (ア、アイツら~~~)


 グスターボは、門番をしていたであろう隊員達の愚行を心の中で責める。

 しかし、この絶世の美女にお願いされたら世の中の大半の男共は、断れないであろうと悟る。


「お前の事情などどうでもいい。

  その聖剣より強力な武器とやらはどこにあるんだ!!」


 「私が販売しております。なんなら、見ていかれますか?」


 「勿論だ‼ 見せてくれ!!!」


 レメディオスは、謎の武器商人、ソリュウ・シャンに懇願する。


 そんな中、謎の武器商人、ソリュウ・シャン―に扮したソリュシャンは、口元を隠した扇子の下で口が裂ける程のニンマリ口をしていた。


 邪な想いに満ちたニヤケ顔で返答する。


 「畏まりました。お客様…。」




  

   

  

  

  


 




  

  

  




  



  


  

  

 

  


  

 



 

   

 






 





 

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