第54話 英雄の所作
快晴の朝日に照らされた聖王の城の別邸前の広場には、晴れやかな表情をしたこの国の兵士達が集っていた。
その兵士達は、己が心に決めたアイドルを出待ちしているファンの如く、その輝いた瞳でその別邸の扉を早く開くようにと見つめていた。
そんな出待ちファン、いや、兵士の後ろに控えていたイビルアイは、その者達の愚かさを心の中で軽く笑っていた。
(まったく、なんなんだこいつ等は…。
こいつ等、モモンにどんだけ執心しているのだ。
たしかに、とてつもなく強いし、顔はカッコイイし、優しいし、まさに漢の中の漢って感じなのはわかるが、タダそれだけではないか…。
・・・・・・・・・って、アレ?)
「イビルアイ。どうかしたの?」
心の中で軽く混乱し、無言状態であったイビルアイを心配してラキュースが声を掛ける。
「…いや、なんでもない。ただ、この者達がモモンの事を憧れの目で見ている事が滑稽でな…。」
「滑稽?それはどういう意味?」
「モモンは、確かに強い。しかし、己ですべてを背負う我儘な奴だ。
そんな唐変木に憧れた所で、誰も相手にはされないだろうからな。」
「じゃあ。貴方とは相性がいいんじゃない?」
「な、何言ってるんだ!!ラキュース。私とモモンが相性がいいなんて冗談としても笑えないぞ!!」
「そうか?我儘と唐変木ってお前の為にある言葉じゃないかい?」
ガガーランがイビルアイ達の会話に割り込む。
「何を言っているのだ!! 私程、周りの事を考えて行動している心の広い者などいないではないか!!」
イビルアイのその言動に、他の青の薔薇のメンバー達はゲンナリした表情をした。
と、その時、別邸の正面玄関の扉がゆっくりと開かれる。
開かれた扉から、漆黒の英雄―モモンがその姿を雄々しく現した。
「おおーーーー!!! モモン様!!!」
「モモン様!! この鎧に、サインを下さい!!!」
「その鎧に触ってもいいですか!?」
―という言動をしたい出待ちの兵士達ではあったが、さずがに英雄を前にそのような行動は自重した。
ただ、己がアイドルを前にその姿を己が眼に焼き付けようと熱い視線を送る。
別邸の正面玄関の扉から姿を現したモモンは、目の前の広場に集った兵士達の前に歩みを進める。
「皆、今日も集まってもらってすまない。本日もよろしく頼む。」
兵士達の眼前に立ったモモンは、そう言うと軽く頭を下げた。
その英雄の言動に、その場にいたネイア、魔導兵団の兵士、聖王国親衛隊の兵士、青の薔薇のメンバー達は目を見開き驚愕した。
(な、なんで、このような御方が私のような一兵士に向かって労いの言葉を掛けて下さるのだ?)
その中の一兵士に過ぎない魔導兵団五番隊隊長―バラックは思った。
バラックは、現在、魔導兵団五番隊隊長ではあるが、元は聖騎士団にいたれっきとした聖騎士であった。
バラックは幼き頃から剣術にのめり込み、周りには剣聖と呼ばれるような天才剣士であった。
本人もそうもてはやされて悪い気はしなかった。
いや、それどころか自らこそこの世で一番強い剣士であると錯覚した。
そういった経緯で聖騎士団のスカウトを受けて聖騎士となったバラックは、周りの聖騎士達すべてを見下すようになっていた。
(いつか、この国一の剣士だとかいう聖騎士団団長のレメディオスとかいう女を蹴散らして俺がこの国一の、いや、世界一の剣士と認めさせてやる!!)
そう思い上がっていたバラックは、王都勤務を志願した。
自らの野望を叶えるために…
しかし、その王都勤務が叶う前にそれは起こった。
亜人達との戦争が―
その戦争は、バラックの思い上がった鼻っ柱をへし折るには充分な戦、いや虐殺の嵐であった。
剣聖と謳われた自らの剣は、強固の亜人の前には全く歯が立たなかった。
さらには、己よりも数段上の剣さばきの亜人にも遭遇した。
そんな自らの尊厳を失いかけた戦いの中、魔導王陛下とヤルダバオトのあの壮大な聖戦を目の当たりにしたのだ。
バラックはその時、自らがいかにちっぽけな存在であったかのを自覚した。
そして、思ったのだ。
俺は弱者だ。だから、強き者に従おう―と。
そう思ったバラックは魔導教団の戸を叩いた。
そういう経緯で魔導教団に入ったバラックであったが、魔導王陛下に狂信的な信者達とはあまりそりが合わなかった。
すべてにおいて魔導王陛下を崇める盲信的な思想についていけなかったという事もあるが、魔導兵団に剣士として己が敵わないと思うような者がいなかった事の方が大きかったかもしれない。
まあ、教主であるネイア様の弓の腕前には驚愕したが…
そんな魔導兵団から抜けようかと思っていた所で今回の戦が起こった。
その戦いは、俺にあの聖戦以上の衝撃をもたらした。
あの剣さばき、いや、あの見えない剣戟は俺の今まで生きてきた、いや、俺がこれから百年、二百年生きていたとしても一番衝撃を受けた出来事として語り継ぐだろう事象であった。
あれは、この世界で一番、まさにこの世界一の剣士の剣戟であった。
そして、その後、その世界一の剣士に頭を垂れた。
その時には、この魔導兵団がら抜けようなんて思いはさらさらなくなっていた。
むしろ、この魔導兵団に所属していた事でその剣士に出会えたのだ。
そして、その剣士に一時とはいえ、仕える事ができたのだ。感謝の言葉しか出ないであろう。
しかし、その世界一の剣士から己達に向けて感謝の言葉が送られている状況にバラックは、己がどれだけちっぽけな存在であったのかを再認識した。
(・・・・。あれほどの強さを誇りながら、なんて謙虚な御方なのか…。昔の自分が恥ずかしくなる…。この謙虚な姿勢こそ、この御方の強さの秘訣かもしれない!この御方に教えを請い、俺はなってやる‥‥。世界で二番目に強い剣士に!!!)
「‥‥。ネイア殿。私はなにかおかしな事を言ったかな?」
集まった兵士達の光輝く瞳から発せられる熱い視線に晒されたモモンは、先頭に立っているネイアに助けを求めるかのように口を開く。
「い、いえ、それよりもモモン様。今日はどうなさいますか?」
「そうだな。昨日はいろいろあったせいで市場の視察が中途半端となってしまった。今日も市場の視察をしたいのだがいいだろうか?」
「も、もちろんです!! 問題なんてこれっぽっちもありません。」
「そうか。それではよろしく頼む。」
モモンは、そう言うとネイアに向かって軽く頭を下げた。
その仕草に、ネイア、いやネイア以外の者も慌てた様子を見せる。
「モ、モモン様!! こちらは助けられている身です!! モモン様はなんなりと命じて頂くだけでいいのです!!」
ネイアは慌てふためきモモンに向かって声を荒げた。
「いや、お願いをする時には頭を下げるのは礼儀というものであろう。」
モモンは淡々とそう述べる。
(‥‥まるでアインズ様みたい‥‥。)
見た目は全く違うもののモモンの言動にネイアはアインズを感じていた。
「どうしたのかな。ネイア殿?」
「い、いえ、すいません。なんでもありません。それでは、昨日のように
市場が混乱しないように手配致します。」
アインズを想って惚けていたネイアは慌てて答える。
「そうか。よろしく頼む。」
ネイアは、モモンの言葉を受けるとダッシュで市場に向かい駆け出した。
その後姿を見つめていたモモンに向かい、後ろから声が掛けられる。
「モモン様、少しよろしいでしょうか。」
モモンがその声のした方向に振り向くと、ラキュース以下、青の薔薇もメンバーが集まっていた。
「なにかな?ラキュース殿。」
「実は昨晩、私達はモモン様の騎獣に戦いを仕掛けてしまいました。」
「ああ。その事か。その件なら聞いている。」
「申し訳ありませんでした。決して我々はモモン様と敵対しようと思った訳ではありません。」
ラキュースはそう言うと、モモンに向かって深々と頭を下げる。
ラキュース以下の青の薔薇のメンバーもラキュースには及ばずとも頭を垂れた。
「ああ。わかっているさ。どうやら随分と酔っていたそうじゃないか。酒は飲んでも飲まれるなというからな。いい教訓になったんじゃないのか。
私の騎獣にコテンパンにされたのであろう?」
そんなモモンの態度は、先程とは違い、まるでいじめっ子のような言い草となっていた。
「はい。手も足も出ない程に…」
ラキュースはその言い回しに多少の屈辱を感じながらも、頭を下げながら絞り出すように声を出す。
(なんだ。この男は!?
多少…いや、すんごく強いからと言ってこの態度はないだろう‥‥
確かに、この男の言う通り、こっちに非があるがそんな言い方をしなくてもいいだろうが!!)
―と、ラキュースの後ろに控えていたイビルアイは思っていた。
「まあ、その事に関してはこちらとしても不問としたい所…
謝る必要などない。こちらとしてはそっちからのクレームを覚悟していたくらいだからな。」
「?。クレームとは?」
「お前達のような、か弱い者達の同行を許してしまった私に対してのな‥‥」
「!!!」
モモンの発言に青の薔薇のメンバー全員が衝撃を受ける。
屈辱という名の衝撃を‥‥
「お前!!! 言っていい事と悪い事があるだろうが!!!」
モモンの言葉に即座に反応したイビルアイがモモンに向かって吠える。
「いや、すまない。ではこう言えばいいのかな?
『お前達は足手まといだ。とっとと王国に帰った方が身のためだぞ』と。」
「ムッキーーー!!! お前、とことん嫌なヤツだな!!漆黒の英雄だか何だか知らんが、お前、女にモテないだろう!!!」
「イビルアイ!! そこまでにして!! 私達に非がある事に間違いはないわ!!」
ラキュースが暴走気味のイビルアイを制してその場を納める。
「モモン様。それでは昨晩の事は水に流していただけるという事でよろしいでしょうか?」
モモンを睨みつけてラキュースは、唇を噛みしめながら問う。
「ああ。それで構わない。そして、先程も言ったが王国に戻ってはどうだろうか?ここから先は、命の保証はできないぞ?」
「‥‥。いえ、モモン様に同行させて頂きます。どんな状況でも自分達の身ぐらい守れない様ではアダマンタイト級冒険者は名乗れません。」
「そうか…。それならばそれで構わない。ただ、私の邪魔はするなよ。」
モモンは、そう言うとラキュース達に背を向けて城外に向けて歩き出す。
(な、なんなんだ。あの男、ムチャクチャ失礼なヤツではないか!
王国でのヤルダバオト襲撃の時は、いろいろ助けられた気もするが、あんな嫌なヤツ、馬に蹴られて死んでしまえ!!
いや、馬程度ではアイツは死なないか‥‥。そうだ!ドラゴンに踏まれて死んでしまえばいいのだ!!)
イビルアイは、仮面を紅潮させて怒りゲージをMAXにさせていた。
その時、イビルアイ達が立っていた別邸の広場が薄暗い闇に包まれた。
その直後まで煌々と日の光に照らされていた中での闇にまるで突然夜になったかのような錯覚を覚える。
その闇に包まれた者達は、当然その原因となった存在を見つけようと天空を見上げる。
そこには、巨大なドラゴンがいた。
そのドラゴンは本来、太陽があるべき空間をすっぽりと覆い隠す程の大きさであった。
(まさか…。本当にドラゴンが現れるとは…)
イビルアイは、そのドラゴンをみて己の願望が現実になってしまったのではないかと一瞬疑った。
そんな超巨大なドラゴンが姿を現していたのに、その場にいた者達で驚愕の声を上げる者はいなかった。
なぜならば、以前見た事があるドラゴンだったからである。
その時、そのドラゴンの背中より小さな影がこの広場目掛けて降ってきた。
その影は、モモン目掛けて一直線に舞い降りる。
その小さな影は、モモンの目前に迫ると体をクルッと一回転させるとモモンの眼前に平伏すかのように跪く。
「モモン様!! 只今、戻りました!!」
その小さな影は、自らの主に報告するかの如く、凛々しく、そして、嬉しそうな声を発する。
「ご苦労だったな。アウラ。それで敵の動向はどうだった?」
その小さな影―ダークエルフの少年は、モモンに向かって己が偵察してきた情報を伝える。
その情報を一通り聞いた後、モモンは少し残念そうに呟いた。
「…どうやら市場の視察にはいけなくなりそうだ‥‥」
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