第52話 女帝の思考(後編)
アインズより任された下等ヴァンパイア(メス豚)との交渉。
その責務を全うしようとしていたアルベドは持ち前の明晰な頭脳を働かせていた。
目の前にいるメス豚(イビルアイ)を改めて見回しながら、思考する。
(このメス豚は、今回のアインズ様のご計画の中でまさにイレギュラーな存在ね…。
私とデミウルゴスの想定では、今回のアインズ様のご計画は、聖王国の侵攻…
というか、信仰…そう、聖王国中にアインズ様信仰を加速させる事が軸であった筈だわ。
そして、そのご計画一部に、アインズ様が事前に造り出した仮想対ナザリック勢力と、それに対抗してモモンに扮したパンドラズ・アクター率いるナザリック軍との模擬演習も含まれていていた筈‥‥)
今回のアインズ様のご計画の概要を、私とデミウルゴスはそう結論付けていた。
パンドラズ・アクターが謎の刺客により戦線離脱…
その知らせを受けた時、アルベドは動揺した。
(これは、どういう事⁉
パンドラズ・アクターを再起不能にする存在…
・・・一体、何者なの?・・・)
その知らせを受けた直後、アルベドは即座にアインズへとメッセージを飛ばす。
―アインズ様。
―アルベド。何かあったのか?
―パンドラズ・アクターが戦線離脱したと聞き、アインズ様の身が心配になり連絡させて頂きました。
―そうか…。こちらは何も問題はない。
…。いや、アルベドよ。
そのパンドラズ・アクターに毒を盛った敵の刺客と、今晩対峙する事になったのだが、その折、お前も同席してくれるか?
―!!! か、畏まりました。全力でアインズ様の警護を!
いえ、私がその敵の刺客を塵も残さず、殲滅致します!!
―待つのだ。アルベドよ。
今回は、まずは、相手の出方を窺いたい。
それに、その者には交渉を持ち掛けようと思っている。
―交渉、ですか?
―ああ。今回の敵の全容が未だ不明のままだ。
そんな中、敵の手掛かりが自らこちらの手の内に飛び込んできたのだ。
その状況を利用しない手はないだろう?
―・・・・・。
(今回の敵? 今、聖王国を脅かしている敵勢力は、アインズ様がお創りになられた仮想対ナザリック勢力だけの筈‥‥。まさか、その裏で第三の未知の敵勢力が暗躍しているというの?)
―どうした?アルベド?
―いえ、まさか、そのような未知の敵勢力が存在しているとは…
申し訳御座いません。その敵勢力の存在を把握しておりませんでした。
―謝罪する必要はない。今、お前には私の代わりにナザリックと魔導国の管理を任せている。
そんなお前が敵勢力の事を把握できていないのも、致し方がない事だ。
―ア、アインズ様…。
そのようなお優しいお言葉を頂き、恐悦至極に存じます。
畏まりました。
このアルベド、アインズ様の意向に全力で対処させて頂きます。
―そ、そうか…。よろしく頼むぞ。アルベドよ…
そうした経緯を経て、アルベドはイビルアイと対峙していた。
(下等ヴァンパイア…。いえ、そう侮っていてはいけないわね。
なにせ、この者はアインズ様の御子になる為に、パンドラズ・アクターを毒を盛ったのだから…
なんて恐ろしい思考をしているの!!)
アルベドは、心の中で衝撃を受けていた。
(それにしても、パンドラズ・アクターがアインズ様の御子だという事。
そして、パンドラズ・アクターが、現在モモンとして活動している事。
最低でも、この二つを知っていなければ、今回の末恐ろしい計略を実行できなかった筈だわ…
このメス豚は、どういう訳かナザリックの内情に精通している…)
そう思考していたアルベドにイビルアイからあの言葉が投げかけられた。
「貴様、『ナザリック』でも高位の者であろう?
そんな者が、『自分のご主人様』の名を間違えるとは、如何なものかと思うがな…」
(!!!。なんて事…。まさか、アインズ様の本当のお名前…。
世界一、いえ、宇宙一高貴で愛らしいお名前の事も知っているというの…
舐めていたわ…
この者は、只の下等ヴァンパイアではない…
ナザリック、いえ、モモンガ様に近づく厄介な害虫だわ…)
そう思考したアルベドは、イビルアイに向かって探りを入れる。
「!!!。・・・・・・・・予想通り、『ナザリック』の内情に随分、詳しい様ね…。
そうね。私は階層守護者統括、アルベドよ。
アイ―いえ、モモンガ様から『ナザリック』の管理を任されているわ。
貴方は、『ナザリック』の事を一体、誰に聞いたのかしら?」
「さあ、誰だろうな?」
イビルアイのその言葉を受けて、アルベドは平静な表情を保ちつつも、心の中はマグマの如く煮えたぎっていた。
(このチンチクリンの幼女ヴァンパイアがーーーーー!!!)
その時、アルベドは、内心、この害虫を即座に塵にしようと思考した。
しかし、相手が手の内を見せていない状況で、それを行えば、モモンガの命令に背く事になる。
なにより、全知全能の主人が未知と述べていた勢力の刺客だ。
その敵勢力の情報を手に入れれば、主人からご褒美が頂けるかもしれない…
―などと、邪な事を考えつつ、アルベドはイビルアイとの交渉を進めていった。
しかし、そんな交渉の中、その害虫の一言でアルベドのそうした思考は吹っ飛んだ。
そう、あの一言で…
「そうだな…。私の存在が『ナザリック』たるモノをある意味生み出した原因だからな…」
その言葉を聞いた刹那、アルベドは光速で思考を巡らせた。
(この害虫…。今、何と言ったの?
『ナザリック』を生み出した?
そう言ったの?
・・・・・・・・・・。
…蟲の分際で、そんな大それた発言、冗談だとしても万死、いえ、兆死に値する・・・・。)
コンマ数秒でそう思い立ったアルベドは、目の前の蟲を即座に駆逐しようと殺意を抱く。
しかし、コンマ数秒でまた、新たな思考を巡らせる。
(いえ、おかしいわ。
あれだけ『ナザリック』の情報に精通しているのなら、それが冗談や失言で済まされる言葉でない事は分かる筈よ…
では、この蟲は頭のネジがブッ飛んでいるという事?
いえ、モモンガ様の御子であるパンドラズ・アクターを的確に狙うような策略家よ…
それでは、先程の発言は一体⁉)
またまた、コンマ数秒でそう思考したアルベドは、今、置かれている状況を即座に分析していた。
(『ナザリック』を生み出した…。そんな事を言えることを許されているとすれば、モモンガ様と共に『ナザリック』を創造された他の至高の御方だけよ…
!!!。ま、まさか、この蟲、いえ、このヴァンパイア、他の至高の御方の関係者なの!!)
そう思考したアルベドに、先程までとは違う殺意が生まれていた。
(『ナザリック』は、モモンガ様だけの物よ。
貴方達は我々を捨てた…。…いえ、そんな事はどうでもいいのよ。
モモンガ様は時より、寂しそうな顔をされるわ。
私にはわかるのよ。
その時、モモンガ様が他の至高の御方の事を思い出されている事を…
貴方達はモモンガ様を一人ぼっちにした。
その罪は、兆死どころでは済まされないわ。
この世の苦痛という苦痛を死ぬまで与え続けても足りないわ。)
しかし、そんな殺意も今の状況を冷静に分析した思考に掻き消された。
(いえ、その可能性は低いわ。
私が得ている情報では、この蟲は、この世界で二百年以上存在している筈…
他の至高の御方が二百年以上前のこの世界に転移した可能性はなくはないが、それならば、私の情報網に引っ掛かっている筈だわ。)
その時、アルベドは即座に最も可能性が高い選択肢に気が付いた。
(‥‥。そうね。その可能性が一番高いわね。
いえ、そうとしか考えられないわ。
これは交渉ではないわ。モモンガ様が私に課した試験なんだわ。)
そう考えると今までの出来事にすべて説明がついた。
そもそも、本当にこの者が他の至高の御方の関係者だとした場合、モモンガ様が率先して交渉行っていた筈だわ。
しかし、モモンガ様は私の進言を受けてあっさり身を引いた。
そもそも、今考えればパンドラズ・アクターが毒を盛られ、再起不能に陥るという時点からこの話はおかしかった。
あのモモンガ様に創造されたパンドラズ・アクターが、そんな失態を犯す程バカである筈がない。
それによくよく考えてみれば、敵の刺客がこんな魔法少女コスプレでこの場に現れる事自体、有り得ない事よ。
私は、今、他の至高の御方が現れた時、それを殲滅する部隊の編成を行っている。
モモンガ様に悟られない様に…
だが、モモンガ様にその叛意が気付かれた事で、今回の試験が行われたのだろうか‥‥
この試験が行われた経緯を、そして、その審査を、モモンガ様に直接聞く訳にはいかないだろう。
それは、自らの手で自らの首を絞めるという事だから。
ただ、そう結論付けたアルベドだが言わずにはいられなかった想いを口にする。
「モモンガ様は、長年連れ添ったかけがえのないモノ達に、固執しているの…。
だからこそ、その忌まわしい記憶を呼び覚まさないように振舞ってくれないかしら。」
(モモンガ様…。私はこの身が朽ちるまで貴方と共にあります。そして、この世の誰よりもモモンガ様を愛しています。
もし、モモンガ様の害する者が現れたら、このアルベド、命を懸けて排除致します…。たとえ、どのような存在であったとしても―)
アルベドは、天女の如き、神々しい表情を浮かべ、イビルアイに懇願した。
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