第50話 理不尽な契約

 モモンに突如、契約を提示されたイビルアイは即座に快諾した。


(契約??なんだ?『ナザリック』なるモモン様のハーレムに入るための契約かなんかか?)


モモンは、イビルアイの座るソファーとは反対側のソファーに腰を掛けた。


モモンとイビルアイは長机を挟んで対面する。


「それでは、契約の儀式といこうか。」


モモンは、そう言うと、マントに隠れた腰のあたりに手をやると小さな小箱を取り出し、長机の上に置いた。


「モモン様。これは?」


「これは、これからお前と行う契約の儀式で必要となるものだよ。」


モモンにそう言われたイビルアイは、その小箱をマジマジ見つめた。


「それで、最終的な確認なのだが、お前は『ナザリック』に入り、私に従うという事でいいのだな。条件面は、アルベドと折り合いがついたと聞いている。」


(あの女。モモン様に何を言ったんだ?まあいい、モモン様と一緒に暮らせるのであれば、あのハーレムのお局様の顔を立ててやらんことも無いか…)


「はい。私に異存はありません。」


「そうか。それでは契約を始めよう。」


 モモンは、長机に置いた小箱の蓋を開けた。小箱は蓋がパカッと開くと、箱の中には、真紅の光を宿す宝石があしらわれた指輪が布生地の中に埋まっていた。


 その指輪を見たイビルアイは、途端に顔を下に向け、両手の拳に力を入れて震え出す。


(こここ、これは……、コ、コココココーーーーーー、コンニャク‥‥、いや、婚約指輪ゎーーーーーーーーーーーーキタァァーーーーーーーーーーーーーー!!!)


 これは、イビルアイの長く生きてきた歴史の中で、もっとも嬉しいサプライズであった。


(な、何という事だ。まさか、契約というのが、婚前契約であったとは‥‥。

 プロポーズをそんな事務的な作業のように淡々と行うなうなんて。

 モモン様‥…クールでカッコイイーーーーーーー!!)


 「ど、どうした?何か問題でもあるのか?」


 イビルアイの尋常じゃない様子を察したモモンは、イビルアイに声を掛ける。


 「い、いいえ!!!問題なんてこれぽっちもありません。ノープロブレムです!!」


 「そうか、それでは契約の証として、この「誓約の指輪」をお前に贈ろう。」


 そう言うとモモンは小箱から指輪を取り出し、イビルアイの方に宝石を翳す。


 その真紅の宝石が淡い光を放ち始めた。


 「それでは契約を始めようか。これから私のいう事にすべて肯定で返事をしてくれないか?」


 「はい。わかりました。」


 「お前は、私をお前の主人と認めるか?」


 「もちろん、認めまくります!!」


 イビルアイは、モモンの言葉を全身全霊で肯定しまくる。

 イビルアイの言葉に反応して『誓約の指輪』の宝石は、怪しげな赤い光を発していた。


 「お前は、その身、その心をすべて私に捧げる事を誓うか?」


 「はい、誓いまくります!!」


 イビルアイの言葉に反応していた『誓約の指輪』の宝石は、一瞬、眩い光を放つと先程までの只の煌めく宝石へと戻っていく。


 「…いいだろう。これで契約は完了した。イビルアイ。左手を前に出してくれないか?」


 「こうでしょうか?」


 イビルアイは、モモンの前に少し恥ずかしそうな素振りで自らの左手を差し出した。


 モモンは、その差し出されたイビルアイの左手の薬指に、ゆっくりと『誓約の指輪』を嵌める。


 その光景は、まさに、結婚式でよく見かける光景と酷似していた。


 そんな劇的な状況に頭が追い付いてきていなかったイビルアイは、真っ赤に染め上がった顔を右手の掌で押さえていた。

 

 (なんだーーーーー!!愛する男性に求婚され、結婚‥‥。

  私の人生、いや、ヴァンパイア生でこんな事は絶対ないと思っていた…

  いや、そうではない。諦めていたのだ。

  私には、そんな資格はないと…。

  モモン様…。貴方に出会えて私は幸せ者です。)


  イビルアイは、指輪がはめられた左手を自らの顔の前に近づけた。


  真紅に輝くその宝石を見ると、その宝石はイビルアイの視界の中で光り出した。


  「あ、れ?おかしいな…」


  イビルアイは、その時、自分の体の変化に違和感を覚える。


  その婚約指輪を穴が開くほど見つめたいのに、己の視界が段々とぼやけてきたからである。


  イビルアイの視界はどんどん狭まっていった。

  そして、その時には体は硬直して自らの意思で動けない状態となっていた。


  そんな中、イビルアイは左手の掌の隙間からモモンの姿を垣間見る。


  「モ、モモン様…」


  イビルアイは、助けを求めるかのようにモモンの名を呼んだ。


  イビルアイに名を呼ばれても、モモンはまるでその状況を観察するようにただ寡黙に佇んでいた。


  そのまま、イビルアイは意識を失う。


  そんなイビルアイを見据えて、モモンは小さく呟いた。


  「私は裏切り者を容易く信じる程、愚かではないのだよ…」



  


 


  それからどれくらいの時間が流れたのだろうか…


  イビルアイが次に目を開いた時、見たものは明るくなりだした鈍よりとした空であった。


  いや、暗くなりだした空であろうか。


  実際、今の時刻がすぐに想定できない状況で、頭に靄が掛かったような状態であったイビルアイは、即座に周りを見回して今置かれている状況を判断しようとした。


  石畳に仰向けで寝ていたイビルアイは上体を起こす。


  (ここは、一体どこなのだ? 私はなんでこんな所で寝ているのだ?

   それになんだ?頭をぶん殴られた直後のようなこの感覚は?)


  上体を起こして、周りを見回したイビルアイは、その場が聖王国の王都の路地裏である事を認識した。

  そして、自分が今、現状の着ている衣服を見回す。

  そこにはいつも通りの赤きローブを身に纏い、いつも通りの仮面を被っているイビルアイの姿があった。


  自分の姿を確認したイビルアイは、再び自分の周りを見回した。

  そこに、イビルアイと同じように石畳に横たわり熟睡している青の薔薇のメンバー達の姿を見つけ、昨日の夜、起こった騒動を即座に思い出す。


  すると、イビルアイは大きなイビキを掻きながら熟睡しているガガーランの元に足早に駆け寄った。


  「起きろーーーーー!!! この脳筋女ーーーーーー!!!」


  イビルアイはそう叫びながら、ガガーランの寝顔をゲシゲシと蹴り始めた。


  そのゲシゲシ音でラキュース、ティナ、ティア達が目を覚まし、頭を抱えながら上体を起こす。


  「私達は…、一体…」

 

  「頭・・・・」


  「イタイ・・・」


  そんな中、イビルアイの足蹴りを物ともせず、ガガーランは気持ちよさそうに未だ就寝中であった。


  「それならばこうだーーー!!!クリスタルランス!!!」


  イビルアイの詠唱によりガガーランを突き刺すべく空から小さめの水晶の槍が降り注ぐ。


  その槍が、ガガーランを貫こうとする寸前、ガガーランが目を見開き、身を捻り体を回転させてその攻撃を躱す。

  体を回転させた勢いで立ち上がったガガーランがイビルアイを睨みつけた。


  「お前!!仲間を殺すつもりかい!!!」


  「何を言う。お前を起こすためにはあれぐらい許容範囲だろう。」


  「どこに仲間を起こすのに物理攻撃魔法を使うヤツがいるんだよ!!」


  「いや、ここにいるではないか!!」


  『青の薔薇』恒例の身内喧嘩が始まろうとしていた。


  「二人とも、朝から騒がないでもらえる?」


  その状況を見かねたラキュースが仲裁に入る。


  「ラキュース。邪魔をしないでくれるか?そもそも、昨晩はコイツのおかげでエライ目にあったのだぞ?」


  「まあ、そうだけど…」


  「昨日、何かあったっけ?」


  「何だと!!覚えていないのか⁉お前が昨晩、酔った勢いでモモンの騎獣にケンカを仕掛けたせいでこっちは全滅しかけたんだぞ!!」


  「そうだっけか!?昨日の事は、頭が痛くてイマイチ思い出せないんだよね。」


  「お前というヤツはーーーーー!!」


  「イビルアイ。待ってちょうだい。ガガーランは私が魔導国の戦力を知りたいと言っていた事を実行しただけよ。今回の事は、私の責任よ。それに止めようとせず、我々もその戦いに参加してしまったわ。」


  「…そうだな。お前にも責任はあるな。お前達もなぜ参戦したのだ?」


  「そうね。私もよく思い出せないのだけど‥‥。酔った勢いかしら…。」


  「ガガーランのヤツはともかく、お前がそんなに羽目を外すのは珍しいな…。」


  「ああ、思い出したわ。あの魔獣クソ強かったねえ。あれ?そう言えば、お前は参戦していなかったんじゃないかい?」


  「私は、お前達と違ってバカじゃないからな。お前達の戦いを観察していたんだ…。おそらくな…。」


  「おそらく?おそらくってどういう事だ?」


  「私も昨日の記憶がはっきりしていないんだ。モモンの騎獣に不意打ちを喰らったせいかもしれんが…。」


  「そうかい…こっちも似た感じだね。昨日の事がまるで夢でも見ていたかのような感覚だな。あの魔獣、なんかの精神攻撃をしてたのか?」


  「何とも言えんな。魔法かもしれんし、魔獣には、爪や牙に特性を持ったモノもいると聞いた事がある。」


  イビルアイは、ラキュースの方に向き直った。


  「ラキュース。これからどうするんだ?」


  「どうするって?」


  「魔導国の戦力を調べたいというお前の目的は、ある程度は達成できたのではないか?ならば、我々がここにいる必要はもうない。

   ラナーに報告する為、王国に戻った方がいいのではないか?」


  「そうね。その通りだわ。

   でも、私はもう少しここに残りたいの。まだ、やるべき事が残っているから。」


  「なんだ?それは?」


  「魔導国の戦力はとんでもないという事は分かったけど、それならば尚更、魔導国と王国を橋渡ししてくれる者を見つける必要があるわ。」


  「なんだと。それは、モモンと交渉して破談になった事で終わったのではないか?」


  「そうね。モモンは無理だったけど、まだ、交渉の余地を残している者はいるわ。」


  「それは、一体誰だ?」


  「あのダークエルフの少女達よ。」


  「それは無理じゃないのか?奴らこそ、魔導王にベッタリな者じゃないのか?」


  「だからよ。この件、その魔導王と最終的には交渉しなくてはならなくなると考えているわ。」


  「!!!。自分が何を言っているかわかっているのか?」


  「ええ。わかっているわ。でも、王国を守るためならばダメ元でも試してみたいのよ。」


  ラキュースは、決意した力強い眼差しをイビルアイに向ける。

  イビルアイはそんなラキュースの覚悟を聞き、押し黙る。


  「これは、あくまで私の独断。貴方たちが付き合う事はないわ。

   貴方たちは、ラナーに報告する為に王国に先に戻ってて。」


  「おいおい。つれないじゃないか。あたいは付き合うぜ。」


  「鬼リーダーがいないと『青の薔薇』じゃない…」


  「そうそう。私達がいないと鬼リーダーが暴走する…」


  「…ありがとう。それじゃあ、付き合ってもらうわ。イビルアイ。

   貴方は、王国に戻ってラナーに報告して。

   私達は、もう少しこの戦の戦況を見守りながら、様子を見るわ。」


  「‥‥‥‥。お前、私が転移魔法を使える事を知っているだろう?」


  「そうね。それが?」


  「ラナーには、暇を見つけて転移魔法で戻って報告しておいてやる。

   それになんだ。なんで私にちゃんと答えを聞こうとしないんだ?」


  「答えって?」


  「そ、その一緒に残るかどうかの…」


  「それは貴方が王国に戻ろうといったから…」


  「ええい!! わかった!!わかった!!私も付き合ってやる!!感謝しろよ!」


  「・・・・・・」


   イビルアイの発言にイビルアイ以外のメンバーの目が点になる。


  「ハーハッハ!! イビルアイ、お前、ツンデレだね!!」


   ガガーランが豪快に笑い出し、イビルアイを弄りだす。


   その光景を見て、ラキュース達も笑い出した。


  「なんだ、なんだ、お前達。私をバカにしているのかーーーー!!!

   そんな事より、我々はモモンの騎獣にケンカを売ったのだぞ。

   今まで通りモモン達に同行できると思っているのか?」


   イビルアイは仮面を赤くしながら、ラキュースに質問をぶつける。


  「そうね。それも王国に戻れない理由の一つだわ。このまま逃げ出すように

   我々がここを離れたら、下手をしたらその事を魔導国が王国に戦を仕掛ける

   火種に使われるかもしれないわ。

   ここは、昨日の事を謝罪して許してもらうしかないわね。」


  「…向こうが許してくれなかったらどうするんだ?」


  「その時は、その時考えましょう。まあ、大丈夫じゃないかしら。

   こちらが一方的にやられただけだったし、モモン、いえ、モモン様は

   心の広い方ですもの。おそらく許してくれるんじゃないかしら。」


  「…まあ、そうだな。本当か嘘かわからんが、寿命が縮むという武器を使用して

   他国の民を救おうとするようなお人よしだからな。」


  「そうと決まったら、早く宿屋に戻って準備を整えましょう。

   今日は、我々全員がモモン様の傍使いにあたる事になっていた筈よ。」


  ラキュースはそう言うと、王都の薄暗い路地裏から朝日に照らされている街道に向けて歩き出す。


  ラキュース以外のメンバー達はそんなラキュースの後ろにつき、歩き出した。


  そんな中、イビルアイのみその場に立ち止っていた。


 (なんだ?なんなんだ?この胸に大きな穴が開いたような空虚な気分は?

  まるで動いていた心臓が突然止まってしまったような感覚は?

  ヴァンパイアになって以降、ずっとそうであった筈ではないか…)


  イビルアイはふと、自分の左手を掲げて何もついていないその薬指をマジマジと見つめた。


 (この薬指には、とても大事な、かけがえのないモノを嵌めていたような…

  なんだ?私はなにかとんでもなく大切な事を忘れてしまったのではないか?)


  「イビルアイ!! 何をしているの?置いていくわよ!?」

 

  そんな薄暗い路地裏に立ち止まっているイビルアイに、街道に出て朝日に照らされ、美しい金髪を輝かせたラキュースが呼びかける。


  「・・・・。ああ、わかっている。今、行くさ…」


  足取り重く、イビルアイは一歩を前に踏み出した。


  






 

 

 

  


  


  


   





  





  


  







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