第46話 女の戦い(後編) 

 聖王国の王城前の橋にて繰り広げられていた青の薔薇のメンバー間の抗争は、イビルアイの勝利で決着する寸前の状況となっていた。


 圧倒的な力量差を見せつけられたラキュースは、橋上に立っているイビルアイとの距離をとる形で橋の袂と後退した。


 そんなラキュースの後方には、戦槌を砕かれたガガーラン、運河に叩きつけられずぶ濡れとなったティア、ティナが、集っていた。


 そんな彼女たちは、ボス戦のボスに向けるような殺気だった目線でイビルアイを睨みつけていた。


 「ラキュース。アイツ、やたら強くなってないかい!?

  なんかの魔法のバフがかかっているのか?」


 「わからないわ。でも、洗脳の効果が表れているのかもしれないわ。

  洗脳されている者は、自分の生死を問わず、力を全振りしてくる事を厭わないでしょう。」


 「バーサク状態っていうことかい?」


 「ええ。イビルアイは自分がモモンの恋人であると思いこまされているわ。

  おそらく、叶わない願望につけこまれたのね。

  今のイビルアイは、モモンとの仲を邪魔する我々を全力で排除しようとしているわね。」


 「アイツ、面倒臭い洗脳にかかっちまってるね。」


 ガガーランは、半ばあきれ顔で呟く。


 「以前から、イビルアイは、人生、男で失敗するタイプだと思っていた…」


 「そうそう。あれは、散々貢いだ挙句、あっさり捨てられるタイプ…」


 ティア、ティナもあきれを通り越して可哀想なモノを見る目でイビルアイを見つめていた。



 「お前らーーーーーーーー!!!!聞こえているぞ!!!


  そう言う話は、本人に聞こえない所でするのが礼儀だろうがーーーーーー!!!」


 イビルアイがラキュース達の井戸端会議につっかかる。


「それにお前達。私は洗脳などされていないぞ。

 お前達が現実を受け入れられなくて、そう思い込みたい気持ちはわからないでもないが‥‥」


 「イビルアイ。」


 「なんだ?ラキュース?」


 「洗脳されている者は、みんな、そう言うのよ…」


 ラキュースは、可哀想な人を見る目でイビルアイを見ると、諭すように語りかけた。


 「そんな目で私を見るなーーーー!!!


  大体、お前達と遊んでいる時間は、私にはないのだ!!


  私とモモン様の邪魔できない様に数時間、いや、明日の朝まで眠っててもらうぞ!!!」


 飛行魔法で空中にゆっくり浮かんだイビルアイは、両手をラキュース達の方向に向ける。


 その刹那、イビルアイが翳すその両手の前に、極大の魔法陣が展開された。


 「何だい!?あんな魔法陣、見た事がないよ!?」


 「あれは…」


 「多分、ヤバイ…」


 「みんな!!私の後ろに!!!」


  何が起こるのか分からないが、かつてない程の危機感を感じたラキュースは自分が使用できる最高位防御魔法を展開し、ガガーラン達を背後に呼び寄せる。


  そんな中、極大の魔法陣の中央から、眩き光を放ち始めた。


  その光は、日も落ちすっかり暗闇に支配された聖王城前の陸橋の周りを照らす。


  音にすると、ジジジジジと嫌な音を発していたその眩き光が更に輝きを増す。


  そして、その極光が―—―—――


   ―という所で、突如、その極光は何事も無かったように霧散して消えた。


  その光景を注視して身構えていたラキュース達は、啞然としてその場に佇む。   


  その途端、極光を放つ魔方陣を展開していたイビルアイは、突如、飛行魔法にてその場から高速で離脱し、トンズラをかました。


  誰も居なくなったその橋上の空間をラキュース達一同が一瞬、ポカンと見つめる。


  「…は?」


  ラキュース達は明らかに自分達が知らないとてつもない魔法を放とうしていたイビルアイが、突如、トンズラをかました状況に困惑し、その場に立ち尽くした。





  (し、しまった…。これは想定外だった‥‥)


 トンズラをかましたイビルアイは、その時、飛行魔法で空を滑空しながら、そう思考していた。


 イビルアイの想定では、ラキュース達を排除した上で、気兼ねなくモモンとの愛の営みに勤しむ事は既定路線であった。


 それを容易く行える力量差はあるし、実際、あの魔法を放っていれば、おそらくそうなっていただろう。


 しかし、それは今、自分が着ている衣服がどうなってしまっても構わないのであれば…の話である。


 この『白銀の輝き亭』の支配人から借り受けた衣服は、魔法的な効果も何もない。


 いや、それどころか日常的な一般の衣服に比べても格段に耐久性が劣るモノである。


 先程のラキュース達との攻防で、すでに衣服の継ぎ目に限界が来ている事を肌で、いや、それ以上に耳元で聞こえる「ビリッ」という小さな音で感じていた。


 現状のこの衣服の状況をわかりやすい表現で例えるとしたら、今、この衣服は、上位モンスターの攻撃を受けまくり、全身骨折をして、地に伏している、流血しまくりの新米冒険者みたいな状態だ。


 はっきり言って、少しでも過度な衝撃を受けたら死ぬ(分解する)。


 そんな状態であの魔法を放ったら、多分、後に残るのは、戦闘不能となったラキュース達と、ある意味で戦闘不能の状態に陥る哀れな姿をした自分であるという事が容易に想像できた。


 そうした状況を考慮した結果、これ以上の戦闘を避け、逃げに徹するという選択がもっとも現実的、いや、目標達成に繋がると考えたのだ。


 イビルアイは、ラキュース達の追尾を撒こうと王都の上空に急上昇し始めた。


(これからどうしたものか…。奴らを撒いて城に着いたとしても、このままでは、アイツらに邪魔される可能性が高いな…。)


 そんな王都の上空に急上昇したイビルアイを補足したラキュースは、叫んだ。


 「ガガーラン!!」


 そう叫んだラキュースは、己が足元の石畳に魔剣キリネイラムを突き立てる。 

 そして、てこの原理を利用してその石畳の敷石の一つを走行しているガガーランの目前へと弾き飛ばした。


 「あいよ!!」


 そう言うと、ガガーランはその敷石を、自然な動作でつかみ取ると腕を自らの後方に曲げ、大きく振りかぶる。


 「どっせーーーーーーい!!」


 ガガーランは、その反動以上に腕を振り返し、手に掴んでいた敷石を弾丸のように天空に投擲、いや、発射した。



 ガガーランによって天空に発射されたその敷石は、一直線に空を飛行するイビルアイに向かって飛んでいく…。

 というか、その一瞬で、イビルアイの後頭部に到達し、撃墜した。



―ドガァァァァァァァン!!  



 イビルアイを見事に撃墜したその敷石は役目を果たし、王都の街道に墜落し、轟音を鳴り響かせる。


 そして、撃墜されたイビルアイは、その落下の中、目の前に真ん丸な瞳をした魔獣の姿を垣間見た。


―ゴツン!!!


 ガガーランの投石によって撃墜されたイビルアイは、その落下先に偶然いた魔獣の頭部へと頭突きをかます。


 その謎の魔獣は、イビルアイの頭突きをまともに喰らい、イビルアイと共に建物の屋根下へと転がり落ちていった。


―ドゴォォォォン!!


 市街地の街道に、屋根から転げ落ちた魔獣の落下音が大きく鳴り響く。


 その音を聞いて、王都の市街地の街道を歩いていた数多の通行人達が、その場に群がり始めた。




「一体、全体、何なんでござるよ…」


 そんな状況の中、屋根下の街道に前のめりに落下した魔獣―ハムスケは、困惑した口調でそう呟いた。


 そんなハムスケの背中に、魔法少女のような恰好をした仮面をつけた少女(イビルアイ)が飛行魔法で浮遊しながら舞い降りる。



「お前は、モモン様の騎獣ではないか!?

 なぜ、こんな所にいるのだ⁉」


「は!?何を言っているのでござるか!?


 拙者は、『ハムスケアサシン』でござるよ!!


 某は、殿とはまったく関係……」


 と言った所で、ハムスケは動きを止める。


 なぜならば、すでにハムスケは以前の姿―『漆黒の布を纏った謎のアサシン』コスプレをしておらず、ただのハムスケ状態になっていたからだ。


 「そうでござった。拙者は、今は殿のペットのハムスケでござった。」


 ハムスケは、困惑しながらも自らに言い聞かせるように小さく呟く。


 「お前、もしかして、モモン様に言われて私を迎えに来たのか⁉」


 そんな中、ハムスケの背中に降り立ったイビルアイは、喜々揚々とハムスケに向かって声を荒らげた。


 「それはどういう事でござるか?拙者は、只の通行人…いや、只の通行魔獣でござるよ。それに拙者は、殿に内緒で今、ココにいるのでござるよ。」


 そのハムスケの答えを聞き、イビルアイは少し落胆気味に答える。


 「そうか……。実はな。私は、これからモモン様と会う約束をしているのだ…」


 「殿と…でござるか?」


 「ああ。今晩の十時にモモン様の部屋で愛の‥‥いや、大事なお話し合いをする事となっているのだ…。」


 「そうでござるか。それならば、某がそこまで連れていってあげるでござるよ。」


 「それは、ありがたいが…。実は、それを邪魔する者達がいてな…。」


 「邪魔する者でござるか?」


 「ああ、モモン様の貞操を狙う者達だ。」


 「そ、それは厄介でござるな…」


 「???。お前は、ラキュース達を知っているのか?」


 「その者達は知らないでござるが、殿の貞操を狙う者達はいっぱいいるでござるよ。」


 「な、何だと!!!それは本当か!!」


 「本当でござるよ。某が知る限り、ナザリックはそう言った野獣達の巣窟でござるよ。」


 「‥‥。…その『ナザリック』とは一体何なのだ?」


 「拙者も未だによく分からないでござるが、ルプスレギナ殿が言うには、殿の『はーれむ』らしいでござるよ。」



 「!!!」


 そのハムスケの言葉に、イビルアイはとてつもない衝撃を受ける。


(モモン様の『ハーレム』だと…。

 まあ、その存在も無くはないと想定していたが…。

 モモン様は紛れもなく英雄、しかも英雄中の英雄だ。

 やはり、英雄は色を好むというし、女を求めるのは必然か…

 しかも、伴侶である私がモモン様のお傍に長らくいなかったのだ。

 モモン様がその寂しい思いを紛らわそうとその『ナザリック』なるものを築いたのも、言うなれば、私の責任だろう…)


 イビルアイがそんなこんなを思考している中、街道に落下したハムスケと、その背中に立つイビルアイの周りには、市街地の街道を通行していた人々や、衝撃音を聞きつけた周辺に住む住人たちが群れ出し始めた。


 そして、そんな状況の中、ハムスケとイビルアイの前に、ラキュース達が駆け寄って来ていた。


 「!!!」


 ラキュース達は、イビルアイが踏み台にしている魔獣の姿を見て衝撃を受ける。


 「…。厄介なのが来ちまったね…」


 「確か、『森の』…」 


 「『賢王』…」


 「ええ…。いよいよ…という事かしら…」


 「これは、きな臭くなってきたねぇ。」


 ハムスケの目前に詰め寄るラキュース達からは、ハムスケに向けて殺気だったオーラが発せられていた。


 「なんなんでござるか!? 

  この状況、全く理解できないのでござるよ!!」


  そんな状況を呑み込めていないハムスケは、己の背中に立つイビルアイに答えを求める。


 「こいつ等が、先程言ったモモン様の貞操を狙う卑しい女共だ…」


 「そうでござるか…。納得でござるよ。」


 ハムスケは、モモン(アインズ)の貞操を狙っている魔獣達の姿を一瞬頭の中に浮べ、身震いする。

 

 「イビルアイ!!! これは最終通告よ。


  貴方が、まだ、自我を有しているならば、私達に従いなさい!!


  それと、確かモモンの騎獣の『森の賢王』でしたか…


  貴方が私達の邪魔をするならば、我々の敵と見なします。」


  そんな中、魔法少女(イビルアイ)を背中に乗せたハムスケに向かって、ラキュースが宣戦布告をした。


 「このような事を言っているでござるが、どうするでござるか?この者達を撒いて殿の元に一緒に行くでござるか?」

 

 「‥‥いや、この状態のまま、モモン様の所に向かっても、こうなっては私がモモン様と愛の…いや、話し合いをしている時に、邪魔されかねん。」


 「そうでござるか。それならば拙者がこの者達の相手をしてあげるでござるよ。」


 「それは本当か!? しかし、奴らはそれなりに強いぞ!?」


 「そうでござるか?凄く弱そうに見えるでござるよ。」


 「…そうだったな。お前はあのモモン様の騎獣であったな。

  すまない。それでは奴らの相手をしてくれるか?」


 「任せるでござるよ。それでは、3秒後に目を瞑って殿の元に向かうでござるよ。」


 「え?それはどういう…」


 イビルアイがその言葉を発している中、ハムスケは、己の口に手を突っ込む。


 そして、黒い球体を口の中から取り出した。


 「シズ殿に借りてきた閃光弾を受けるでござるよ!!」


 ハムスケは、そう言いながら、その黒い球体を己の足元へと叩きつける。


 その瞬間、王都の街道は眩い光に包まれる。


 ラキュース達、騒ぎを聞きつけ集った王都の街道の通行人達は、その眩い光に目を眩ませる。


 ラキュース達の目が正常に戻った時には、その場にイビルアイの姿はなかった。


 「!!。逃げられたわ。城に向かうわよ!!」


 そう叫んだラキュースが、城に向かおうと一歩駆け出した時であった。


 その通行方向に、巨大な壁が聳え立つ。


 そして、その巨大な壁は、野太く低い声を発した。


 …いや、実際は、野太く低い声を演出しようと頑張っているハスキーボイスを発した。


 「これから某が、おぬし達の相手をしてあげるでござるよ。

  某に出会ってしまった事、それがおぬし達の人生最大の不幸でござるよ…」













 









  


 







 





 










 









 



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