第43話 残念な暗殺者(中編)

 いつものように夕暮れが訪れ、いつものように夕闇に包まれた聖王国の聖騎士訓練場はいつものように静寂に包まれていた筈であった。


 しかし、今宵は少し、いや、いつもとは大分違っていた。


 そこは、まさに決戦の場となっていた。


 その緊迫感たるや、まさに、天下分け目の決戦さながらであった。


 東―森の中でスクスク育った森の天然バカ王―ハムスケ。


 西―聖王国で空気を読まず育ってきた天然バカ剣士―レメディオス。



 両者は訓練場の中央で睨み合う。


 「貴様、できるな…」


 そんな睨み合いの中、レメディオスが鬼気迫る表情で大剣を構え、口を開く。


 (むしろ、できない方の頂点共でしょうがーーーーー!!)

 

 そんな状況下、レイナースは的確に心の中でツッコミをかましていた。


 「そう言うお主こそ、なかなかの強者でござるな。」


 ハムスケは、まるで宿命のライバルを目前とした口調で語りかけた。


 (もはや、強いとか弱いとかのレベルを超越してるわーーーー!!)


 聖騎士の訓練場が混沌に呑みこまれようとしている中、レイナースは心の中で叫ぶ。


 (なんなの!コレーーーーーー!!)


 この場で唯一の正常な人間であるレイナースは冷静に己が置かれた状況を分析していた。


(なんですの!この状況!この中で唯一、真面な私がなんでこのおバカ達に付き合っていなければならないですの?)


 そう思いつつ、この場を一刻も早く離脱しようと後退る。

 しかし、モモンの騎獣である魔獣―いや、森のバカ王があのバカ女を暗殺に来た経緯を知らなければならないと考え、足を止めた。


 このバカ魔獣は、己が主―モモンがこのバカ女に死んでほしいと言ったから暗殺に来たと言っていた…

 モモンが、そう考える気持ちも分からないでもない…

 私が、もしこのバカ女の生殺与奪の権利を持っているとしたら、間違いなくこの世に塵も残さず無に帰してほしいと思うだろう。

 しかし、あのモモンがそう言う事を陰で言っていたと考えると心の中にモヤモヤした感情が渦巻いてくる。

 レイナースは思う。

 あの英雄的な態度、あの真の漢を思わせる発言、あの哀愁漂う広い背中を持つ男も只の人間であったという事だ。

 別に人間、裏表あって当然だとレイナース自身、思っていた。

 むしろ、裏表のない人間などいないという事をかつての経験で知っていた。

 

 しかし、あのモモンもまたそうであったと考えるとレイナースは落胆した。


(そうよね…人間に期待をした方が悪いのよね。私を含め、人間なんてロクなもんじゃないわ…)


 そんなこんなを長々と思考している中、レメディオスとハムスケ達の近況は更なる混沌を極めていた。


「そうなんでござるよ。殿は、その時、『お前、もう帰っていいぞ…』と言ったんでござるよ。」


「それは酷いな…わざわざ、呼び出しておいて、もう要らないから帰れとは…お前の主は、酷い奴だな。」


「そんな事はないでござるよ!殿は拙者にいつも優しいでござるよ。拙者が失敗をしても笑って許してくれるでござるよ!」


「そうか?私は、この世でもっとも優しく、そして、もっとも漢らしいお方を知っているぞ。その方は、値がつけられない程の貴重なマジックアイテムを惜しげもなく、私の為に、お使い下さったのだ。」


「それは、なかなかの男でござるな…」


「そうだろう?そして、その時なんと言ったと思う?」


「なんて言ったのでござるか?」


「『人を助けるのに理由がいるのか?』」


 レメディオスは、歯を光らせてモモン(故パンドラズ・アクター)の仕草を真似て言い放つ。


「グギョォォォォー!! それはカッコイイでござるな!」


「フフフ…。どうだ!私の慕うお方は!」


「それなら、こっちも殿のカッコいいエピソードを話すでござる…」


「・・・・・・・・」


(もはや、暗殺関係なくなってるーーーーー!!)


 すっかり、お互いの主(モモン)自慢の女子トーク合戦になっていたほんわか雰囲気の中、レイナースは心の中で渾身のツッコミを決めていた。


※ハムスケは女の子(メス)です。


「あなた!!そもそもここには暗殺しにきたんじゃなくって!!」


溜まらずレイナースは、心の中の声を表に出す。


「・・・・・」


「・・・・・」


 レイナースの物言いを聞き、一呼吸の間を空けて、レメディオスとハムスケはお互いに無表情で見つめ合った。


「そうでござったな…。拙者はお主をブチ殺しに来たのでござった。」


「フフ…。それはこっちのセリフだ。貴様を叩きのめし、お前の主の名前を吐かせてやろう。」


 再度、お互いに覇気のある雰囲気を醸し出し、その場に緊迫感が立ち込める。


「・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「無駄なやり取りが長すぎるーーーーーーーー!!」


 レイナースは、たまらず王都中に響くほどのツッコミを大声で張り上げた。



「それでは、これからお主をブチ殺すでござるが、その恰好でいいでござるか?動き辛そうでござるよ。こちらは正々堂々と暗殺したいでござるよ…」


(それって暗殺じゃないわよーーーー!!!ただの一騎打ちじゃない!!)


 絶え間ないボケの応酬で、もはや、レイナースは自動ツッコミマシーンと化していた。


「暗殺者のくせに生意気な事を言う…。いいからかかってこい。」


レメディオスがそう言いながら、重装甲の鎧を纏い、大剣を振りかざした時だった。


 その刹那にハムスケの姿がかき消える。


 そして、次にハムスケが姿が現したのは、レメディオスの眼前であった。


 突如、姿を現したハムスケは体を回転させ、レメディオスの重装甲の鎧に後ろ足で蹴りを繰り出す。


 余りの速さに全く反応できていなかったレメディオスは、その余りに凄まじい蹴りをまともにくらい、数十メートル先の訓練場の外周の壁まで吹っ飛んでいった。


―ドゴォォォォン!!


 レメディオスは壁の石壁に激しく衝突した。

 衝突した衝撃で、その周りの石壁は崩れ落ち砂煙が立ち上る。


――――――!!


 あまりの急展開にレイナースは、無言のまま、呆然とその場に立ち尽くす。


「・・・・・」


(なんですの!?今の動き、まったく捉えられなかったですわ…。まるでそう、あのテストの時のモモンのように…)


「どうでござるか?拙者の武技『縮地』でござるよ!実戦で試せてうれしいでござる。」


 武技がきまり上機嫌になったハムスケを、レイナースは俯瞰して見ながらその表情を怖がらせていた。


(武技を使う魔獣なんて聞いた事がないわ。そもそも、魔獣ってそれだけで反則級に強靭じゃない!その魔獣に武技が使われたら人間に勝ち目がある訳ないわ…)


 レイナースがそう考えていた時だった。

 訓練場の砂煙舞う中から人影が写る。

 その人影は、ゆっくりと歩きながら砂煙の中から姿を現した。


 そこには、重装甲の鎧が剥がれ落ち、薄着の衣服が所処破れてボロボロになっている状態のレメディオスが立っていた。

 衣服はボロボロではあったが、大きな外傷はなく、覇気のある面構えをしたレメディオスの姿がそこにあった。


(あの攻撃を受けて、起き上がってこれるなんてこの女、バケモノですの!?)


「なかなか、やるな。名も無き暗殺者とやら…。丁度、訓練相手に困っていた所だ。貴様に付き合ってもらうとしよう。」


 レメディオスはそう言うと、持っていた大剣を構え、ハムスケに向かって駆け出した。


 「望むところでござるよ。」


 ハムスケは、レメディオスを正面で迎え撃つ。


 重装甲の鎧を脱いだレメディオスの動きは、先程と比べようがない程、俊敏であった。

 一足でハムスケの元まで距離を詰める。


 そして、その大剣を上段からハムスケ目掛けて振り下ろした。


―ガキィィィィン!!


 しかし、その大剣の剣戟は、訓練場の石畳に突き刺さり、甲高い金属音を発するだけであった。


 レメディオスがその大剣を振り下ろす寸前で、ハムスケの姿はかき消えていたからだ。


 石畳に剣戟を繰り出したレメディオスは、背後に現れたハムスケの回転蹴りにより、再び、数十メートル先の石壁へと吹っ飛ばされる。

 これまた、再び、石壁は崩壊し砂煙が舞い上がる。


(死んだーーーーーーーー!!)


 刹那にレイナースは、心の中で絶叫した。


(あの女、確実に死にましたわ…さっきは、鎧のおかげで助かったけれど、これはさすがに死にましたわ。)


 レイナースはそう思いつつ、この魔獣の宣言通りレメディオスが暗殺された事により、その攻撃が今度は自分に向けられるのではないかという不安に駆られていた。


(私が、モモンの『死んでほしい』リストに載っていない事を祈るしかないわ…)


 レイナースは、祈る気持ちでその場に立ち尽くし、魔獣の次の動向を窺う。


 魔獣がこのまま立ち去ればよし。もし、自分の命も狙ってくるようであれば、ダメ元とはわかっていても力の限り、逃げに徹しようと…


 そんな中、またしても砂煙舞う中から人影が写れ、ゆっくりと歩きながら砂煙の中から姿を現した。


 それ人物は、紛れもなくレメディオスであった。

 先程のボロボロの衣服は吹っ飛び、ボロボロの下着姿の…ほぼ裸族となったレメディオスの姿がそこにあった。

 体中擦り傷まみれだが、大きな外傷は見当たらなかった。

 そんなレメディオスは俯きながら、小さく何かを呟いていた。


「……………。そうだ……。私が求めていたのは…。お前のような相手だ…。」


 そんな小さな呟きはレイナースの耳には届かない。

 ただ、ボロボロの下着を纏い、ゆらゆらと歩みを前に進める。

 うつろな目をして俯きながら、そして小声でブツブツと囁きながらフラフラ歩く様は、まさに、ゾンビさながらであった。


(この女、もはや人間じゃなーーーーい!!!)


 そんな状況下、レイナースは、この場に居合わせた事…いや、この国に来てしまった事を死ぬほど後悔していた。


(なんですの!!こんなおバカの頂上決戦からのこの展開、頭がついてきませんわ。

 それにあの凄まじい攻撃を受けて、なんで生きてますの…

 あんな攻撃を受けたら普通の人間は、原形を残さずにグチャグチャですわよ。

 人間はバカを極めると超人になれるんですの?)


 もはや、異次元の決戦場と化したその場で、レイナースは頑張って考察していた。


 そんな状況下で、レイナース以上に先程の攻防を考察をしていた者がいた。


 ―それは、凄まじいハムスケの攻撃を耐え忍んだレメディオス自身であった。



(さっきの攻撃はヤバかった…

 とっさに武技『鉄壁』を起動していなければ、即死だった…

 しかし、『鉄壁』が、こんな効果がある武技だったとは…

 やはり、『初心忘れないように使うべき』だな)


―武技―『鉄壁』


 それは、聖騎士見習いとなった者が、必ず修得しなければならない武技である。

 その効果は…

 僅かに防御力が上がり、僅かに痛みに対する耐性がつくという武技…というか武技とはいうのはおこがましい程の心持ち程度の武技であった。

 冒険者達の中でもその効果の薄さから発動しない者が殆どであり、それを発動しようものならば、「コイツ、ビビってるぞ!!」と言われ、ネタにされるという感じの武技である。


 レメディオスも、その貧弱な武技を身につけてはいたものの、修得以来、その武技を使った事は皆無であった。


 しかし、そんな貧弱な武技にも一つだけ利点があった。


 それは、発動時間がほぼ皆無という事だ。


 正確に言うと皆無ではないが、他の武技は最低でも発動に一呼吸の間が必要だ。


 だが、この武技の発動時間は、その半分以下ですむ。


 ―『マズイッ!!』という瞬間に発動するのだ。


 戦で亡くなった聖王国の聖騎士達は、ほぼこの武技を発動しながら死んでいったと言っていい。


 そんな只の防衛本能ではないかと言われてしまってもしょうがない武技にレメディオスは感謝した。


「よかったでござる。簡単に死んでしまってはつまらないでござるよ。」


 ハムスケは、喜々揚々とした声を張り上げる。

 そして、今度はハムスケからレメディオスに向かい駆け出した。


 その速さは高速であるが、先程までと違いギリギリ、レイナースの目で捉えられる速度であった。


「拙者の『斬撃』をくらうでござるよ!!」


 ハムスケはそう言うと、レメディオスの眼前に迫る前に自らの腕(前足)を交差する。

 その刹那に、見えない衝撃の刃がレメディオスに襲い掛かる。


 襲いかかった衝撃波は、レメディオスをかすめ、訓練場の石畳を縦横微塵に切り裂いていく。


 その衝撃波が過ぎ去った後、訓練場に僅かな静けさが訪れた。


 「やっぱり、この技は、遠距離では当たらないでござるな。」


 ハムスケは、その静寂の中、残念そうに項垂れる。


 (なんなの⁉この魔獣!!どれだけ武技を修得してますの!?そもそも、武技は人間が亜人やモンスターに対抗する為に、かつての先人たちが編み出してきたモノでなくって!! それをこうも簡単に魔獣に使われたら、私達、人間はこれからどうやって生きていけばいいんですの!?)


 そんな『レイナースが生きてきた中で絶望にさいなまれた瞬間ベスト5』にこの状況がランクインした時だった。


 訓練場全体に不気味な笑い声が響く。


「フフフ…フフフ…フハハッハーーーーーーー!!」


 その甲高い笑い声は、訓練場全体、いや王都全体に響くかのように轟いた。

 その発信源は、訓練場の中央に立つレメディオスであった。


「そうだ…私が求めていたのは、こういう相手だ…。

 私は、モモン様を越えなければならないのだ…あの方を守る為に…

 私は、この世の誰よりも強くならなければならないのだ!!」


 大地が震えるほどの殺気、いや、鬼気がそこにはあった。


(闇落ちしたーーーーーー!!このバカ女、闇落ちしましたわ!!)


 聞いた事がありますわ…。

 人間生きていればなんとかなる…

 違いましたわ。

 人間が自分の欲望に呑まれた時、己の中の悪魔に囁かれますの。それは普通であれば、他愛のない話ですわ。

 人よりいい暮らしがしたい…

 一生、休んで暮らしたい…

 とりあえず、寝たい…

そんな慎ましい願望を。


 しかし、そんな願いを遥かに凌駕する欲望、願望、色欲を望んだ時、己の中の悪魔が囁いてきますの。


―お前は力が欲しいのか………。と


 その言葉に耳を傾けたら最後。その者は最後の決断を迫られますわ。


 その回答にYESと答えたら、その悪魔はこう囁くと言われていますわ…


―そうか。力を与えてやろう。しかし、お前のすべてを貰うぞ!!―と。



「・・・・・・」


 そんなかつて聞いたお伽噺を思い出しながら、レイナースは目の前で行われている死闘(?)を無言で見守っていた…


 そんなレイナースの想像もあながち間違っていたわけでもなかった。


 レメディオスは、聖騎士から暗黒騎士へとクラスチェンジを遂げていた。


 聖王国よりも一人の男を、そして、最強の力を求めたレメディオスは、暗黒騎士のクラスを得る条件を満たしたのだ。


 暗黒騎士―レメディオスは、ゆっくりと大剣を構え、不敵に笑う。


 「かかってこい。貴様の首、モモン様に献上させてもらう。」












 

 












 




 


 


 


 

 














 























 

 

 






 









 

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