第42話 残念な暗殺者(前編)

 イビルアイが『白銀の煌めき亭』にてなんやかんやしていた頃、聖王国首都ホバンスの市街地の屋根上を高速で動く一つの大きな影があった。

 夕方を過ぎ、市街地には夜の闇が訪れていた。

 そんな夜の闇に包まれ始め、街の街灯に光が灯り始めたころ、その巨大な影は、建物の屋根上をつたい、ジグザグに、そして、高速で動いていた。

 その巨体を感じさせない高速移動は、このような市街地の真ん中でも屋根下の多くの通行人達に気付かれてもいないだろう。

 そんな高速移動を繰り返していた巨大な影は、暫くすると、急にピタッと動きを止めた。

 そして、クンクンと鼻を鳴らす仕草をする。


「ようやく、見つけたでござる‼」


 その大きな影はそう呟くと、ある場所に向けて一直線につき進んでいった。



 

 丁度その頃、親衛騎士団の訓練施設では、銀色の重装甲の全身鎧を纏った兵士が、それまた、大人一人分はあろうかという巨剣を振り回している。

 これは、ここ最近いつも見ている情景であるが、今晩は少し違った。

 その重装甲の兵士と対峙する者がいた事だ。

 その者も負けず劣らずの黒い重装甲の鎧を身に着けていた。

 

 銀色の重装甲を纏った兵士―銀兵士は、黒い重装甲を纏った兵士―黒兵士に向かい、巨剣を振り下ろす。


  叩きこまれた巨剣の剣撃を黒兵士は、これまた大きい巨大な長槍でその攻撃をいなした。


-ガッキィィィン!


 お互いの重量のある武器同士がぶつかり合った事で、訓練場の石畳の上を甲高い金属音が鳴り響く。


 その攻防は、決して速いとはいえない攻防であった。

 これが普通サイズの剣、普通サイズの槍の攻防ならば、ハッキリ言って子供の遊戯程度の戦闘であろう。


 しかし、お互いに重厚かつ、まるで大きな岩のような形状の鎧を纏い、これまた、お互いに長身の成人男性一人分程の巨大な剣、そしてその剣よりも遥か長い槍が衝突しあう様には、なんとも言えない迫力があった。


 その二人の兵士は、低速ながらも重量感のある攻防を繰り広げていた。


 そんな攻防が一段落ついた時であった。


 両者は一足の間合いで動きを止める。


 お互いにその全身鎧で表情は窺い知れないが、お互いの荒い息遣いが訓練場の静寂の中に静かにこだましていた。


 そんな中、黒兵士は、持っていた長槍を己の足元の石畳にブッ刺した。

 その槍は、自らの重量により容易く石畳にめり込んだ。

 そして、兵士の手を離れ自らの重量のみで直立する。


 その行為が、敗北を意味するのか、休戦を意味するのかは窺い知れないが、黒兵士は、その場にひざまづき、動きを止めた。


 その様子を窺っていた銀兵士は、ゆっくりと黒兵士の元に歩みを進める。


 銀兵士は、黒兵士の眼前まで迫ると―


 その巨剣で黒兵士を薙ぎ払った。


 その剣戟に、黒兵士は石畳を滑るように真横へ吹っ飛んでいく。


―スザザザザァァァ‼


 凄まじい音を立てて、吹っ飛んでいくと黒兵士は倒れこみながら動きを止めた。


 その時、訓練場に本当の静寂が訪れた。


 しばしの後、その静寂を打ち破るかの如く、黒兵士が刹那に起き上がる。

 

 そして、自らの兜に手をかけて勢いよくとる。


 「何をしてくれますの‼武器を手放したら普通は休戦って事でしょうが‼」


 その黒兵士―レイナースは、銀兵士に向かって怒鳴る。


 その怒鳴り声に反応して銀兵士も自らの兜を外した。


 「この程度の訓練に休憩など必要ないではないか?」


 銀兵士ーレメディオスはあっけらかんとした顔で答える。


 その態度にレイナースは、自らの苛立ちを数倍に膨らませた。

 

 「ああ‼騙されましたわ。何が『強くなる訓練に付き合わないか?』よ!

 こんなのただただ重い鎧と武器を振り回すだけで強くなれたら、世の中の筋肉バカは、みんな、最強の戦士になっているわよ‼」


 レイナースは、レメディオスにブチ切れした。


 「何を言う。その最強の戦士たるモモン様を参考にこの訓練を考案したのだ。間違いなどあろう筈がないではないか?」


 レメデイオスは、これまたあっけらかんとした顔で答えた。


 その答えを聞いたレイナースは思う。


 (ダメだわ。この女、聖王国一の剣士と聞いていたけど…


  …只の馬鹿だわ‼)


 「こんな…『馬鹿‼』な訓練、これ以上、付き合ってられませんわ!」


 「お前もモモン様に仕えたいのだろう?だから、私の訓練の誘いに乗ったのではないか?」


 そのレメディオスの言葉に、レイナースの体はビクリと反応した。


(そうだわ。少し前の私ならば、このバカ女の誘いなど即座に断っていたわ…)


 別に強くなりたくない訳じゃないけど、私は自分の力の限界を理解している。そして、この世の中には、私がいくら強くなろうと修練を積んでも、敵わない多くの強者いる事も。

 だから、己の力で帝国である程度の地位に上り詰めてからは、強さへの探求よりも自身の保身に努めてきた。

 私は、別にこの世で一番強くなりたいとか、かつてのジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスのように世の中を思いのままに操りたいとか考えた事はない。


 私の望みは、ただただ、平穏な暮らしを…。

 昔のように…


 そう、私の願いは、昔の美しい自分を取り戻し、ただただ平穏で優雅な生活を細々と送りたいだけなのだ。


 私以外の人々が、苦難で打ちひしがれている世の中だったとしても、それを豪邸の窓辺のテラスでお茶をしながら傍観して、ほくそ笑む…


 そんな慎ましい生活を…


 しかし、あの男―モモンに出会った事で、自分の何かが狂ってきているのを感じた。


 私の…当の昔に捨ててきた筈の私の心…


 この醜い世界を知らない、世間知らずのお嬢様であった頃…


 その時、己の眼から見える世界は光に満ち溢れていた。


 愛しい両親、愛しい婚約者、優しい民達に囲まれ、まさに頭の中がお花畑状態であった。


 その頃の自分を思い出すと吐き気がする。


 この世界には夢と希望に満ち溢れていると本気で信じていた自分を…


 しかし、私は、この地で見てしまった。


 己の命をも投げ出して、人々を守ろうとする馬鹿を…。そして、あの壮絶な戦いを…


 あの戦いを見て、心が動かない者がいたとしたら、それは相当の朴念仁であろう。


 あれは、まさに幼き頃に憧れた勇者の戦いだった。


 そんな戦いを魅せられた私は、当に捨て去った筈の想いを胸に抱いてしまった…



 『希望』


 この腐りきった世の中でも、あの男ならば、その先に明るい世界を、輝く未来を見せてくれるのではないかと…


 だから、このバカ女のバカ提案に乗ってしまったのだ。

 あの男の力に少しでもなれるなら強くなろうと思ってしまったのだ。



―と、思考していたレイナースは、途端に赤面する。


(これじゃあ、まるであの男に惚れているみたいじゃない‼)


 「何をしているのだ…いい加減、訓練の続きをするぞ。」


 てんやわんやいろいろ思考していたレイナースを見据えてレメディオスが言い放った。


 「それとこれとは話は別ですわ。こんな訳の分からない訓練にこれ以上、付き合うつもりはないわ。」


 レイナースは、自分の恥ずかしい感情を押し殺すかの如く、レメディオスに言い放ち返した。


 「そもそも、私は、現在、魔導国の兵士ですから、間接的にはすでにモモン様に仕えているといっていい立場ですのよ。」


 (まあ、無断でこの地にきてしまった身ではありますけど…)


 「貴様‼何を言っているのだ!あんなアンデッドに仕えるのとモモン様に仕える事を同列に考えるなど、モモン様に失礼ではないか‼」


 レメディオスは激昂する。


 「そんな事を言っていると、また、モモン様に叱られますわよ。」


 「グッ…」


 レイナースの言葉にレメディオスは引き下がる。



 そんな時だった―


 訓練場全体に突如、大きな声が鳴り響いた。



―そんなに戦いたいならば某が相手をしてあげるでござるよ…


 それは、野太く低い声であった。


 い、いや、大幅に訂正する。


 それは、頑張って野太く低い声を演出しようとしていたハスキーボイスであった。


 「何者だ‼」


 その頑張って野太い低い声を演出しているハスキーボイスに答えるかのようにレメディオスはお決まりのセリフを吐いた。



―フフ…某が『しあい』をしてやると言っているのでござるよ…


 そのセリフが鳴り響くと、訓練場の外壁の上に突如、巨大な影が現れた。


 レメディオス達は、その方向を向き、その影に対峙する。


 雲に月が隠れているため、訓練場の光の量は、外周に灯る松明しかない。


 そんなわずかな炎の光に照らされた巨大な影は、呟いた。


―しかし、「しあい」と言っても…

 

 その時、雲に隠れていた月が姿を現し、その月光がその巨大な影を照らした。


 その巨大な影は、頭部にはこれまた大きな黒い布をグルグルに巻き付けていた。


 その布により、顔はおろか表情すら窺い知れない…


 そんな中、その布の裂け目からは真ん丸くキラキラした瞳に反射した光だけが輝いていた。


 

「『殺し合い』でござるがな‼」



 巨大な影はその姿を現し、そう言うと(おそらく)決めポーズを取った。


 そして、その周りには異様な空気が張り詰める。


―シーーーーーーン・・・


 おそらく、文字にするならばそのような感じの…


 「・・・」


 「某の姿を見て、ビビってしまったのでござるか?

  まあ、それもしょうがないでござるよ・・・」


 その巨大な影は、いや、頭に巨大な黒い布を被った魔獣はそう呟いた。



 (なんで…モモンの騎獣がこんな所に現れたのかしら…)


 そんな中、レイナースはその魔獣の正体に速攻、気付いていた。 

 

 それもその筈だ。

 頭部には黒い布を巻きつけているが、布から下は、昨日モモンが騎乗していた魔獣の姿、そのものであった。


 そのツッコミどころ満載なグダグダな展開の中、レイナースは一人冷静であった。

 

(私、なにかマズイ事したかしら…。モモンの騎獣がこの場に現れるという事は、タダ事ではないわ…)

 

 レイナースは、自らのこれまでの行動を思い返し始めた。

 ただ、思い返すとこれまで自分のあらゆる行動がこの結果を招いてしまったのではないかと感じた。



 「貴様!!一体何者だ‼」



 そのシーンとした緊張感の無い空気の中、一人だけ緊張感を醸し出したレメディオスがその頭に黒い布を巻きつけただけの魔獣(モモンの騎獣)に言い放つ。


 (このバカ女!気付いてないの?相手がモモンの騎獣である事を…

 この女、バカはバカでも聖王国一のバカだわ‼)


 レイナースは、そんな状況下で冷静に分析、というか心の中でツッコんでいた。


 レイナースがそんな事を考えている中でも、二人の掛け合いは通常運転で進んでいた。  


 「フフフ…。それは言えないでござるよ…某は名も無き暗殺者―」


 頭に黒い布を巻きつけただけの魔獣(モモンの騎獣)は、そう言うと、外周の壁から飛び立ち、レメディオス達の前にスタッと降り立つ。

 そして、一本足で立ち、両手を広げて、(おそらく)決めポーズを取った。

 ハムス…―いや巨大な黒い布を被った謎の魔獣は、(おそらく)決め顔をして叫ぶ。


 「ハムスケアサシンでござるよ!!」

 

 頭に黒い布を巻きつけただけの謎の魔獣(モモンの騎獣)―もとい、ハムスケは自身のとっておきの決めポーズ『鶴の羽ばたき』を披露して満足げになっていた。

 そんな中で、『決まったでござるよ』という謎の小声も聞こえていた…


 ハムスケの決めポーズを見せつけられたレイナースは、その場にフリーズする。



 「・・・・・」


 「・・・・・」


 (メチャクチャ名乗っとるー!!)

 

 レイナースは、心の中で大いにツッコんだ。


 (何?この魔獣?馬鹿なの?『名も無き』とかいいながら、メチャクチャ名乗っているじゃないの!

 確か「森の賢王」って魔獣の筈だけど、全く知性を感じないわ。

 どこが賢き王なのよ…

 そもそも、頭に布を巻いているだけで、正体を隠しているつもりなの?

 何?馬鹿なのコイツ!?…

 森の中で一番賢いって事は、森に住む者達の中で一番賢いって事よね…

 森に住んでいるゴブリンやオーガや、トロールよりも………)



 その時、レイナースは真実に気付いてしまった。


 (そうか…コイツは、森の中のバカの王!!『森のバカ王だ』!!)


 ※これはあくまでレイナース個人の見解です。

 


 「それで、その名の無き暗殺者が私に何の用だ?カルカの手の者か?」


 そんな中、レイナース以外の者達は通常運転で掛け合いを進めていた。


 (こっちにも負けず劣らずのバカがいたーーーー!!)


 レイナースは、心の中で壮絶にツッコんだ。


「カルカ?知らないでござるが、そんな事どうでもいいでござるよ。お主は、ここでただ某に殺されるだけでござるから。」


「なんだと?カルカの手の者でないとしたら、貴様は、誰の命令で私を殺そうとするのだ…」


「命令ではないでござるよ。ただ、某の主がおぬしに死んでほしいと言っていたので、拙者が殺しにきたでござるよ。」


「貴様の主?それは、一体何者だ?」


「それは言えないでござるよ。拙者は殿に内緒で城を抜け出してきたのでござる。殿に知られたら怒られるでござるよ。」


 「・・・・」


(城って言ってるーーーーー!!)


 レイナースは、心の中ですかさずツッコむ。


(この王都で城って言ったら聖王の城以外ないじゃない!!

 この魔獣、どこまで馬鹿なの?隠す気あるの?)


「それならば、力づくで聞きださせて貰おう。」


 レメディオスは、覇気のある面構えをして持っている大剣を構える。


(この聖王国一のバカ女剣士ぃぃぃぃ!!)


 レイナースは、間髪入れずに心の中でツッコんだ。


(何?このバカ女、これだけヒントを出されて、まだ気づかないの?

 っていうか、むしろ、こんなの答えそのものじゃない!)


 溜まりかねたレイナースは、思わず口を挟んでしまった。


「…あなた、モモン様の騎獣ですわよね?」


 そのレイナースの一言で、また彼女等の周囲に空虚な空間が生まれる。


「・・・・・・・・・」


「な、何を言っているのでござるか!!拙者は殿とは無関係でござるよ!!

 決して殿のペットのハムスケではないでござるよ!!」


 黒い布を頭に巻き付けたハムスケは、慌てふためき全力で否定する。


(聞いていない事も答えとるーーーーー!!)


 レイナースは、心の中で刹那にツッコむ。


(こ、これは本当に隠す気あるの?ってレベルじゃないわ。自分の名前まで出してるじゃない。むしろ、自分から正体明かそうとしてるじゃない。これは何かの茶番なの?)


「貴様、何を言っているのだ?モモン様の騎獣が私の命を狙う暗殺者の訳がないではないか?」


 そんな中、レメディオスは、涼しい顔でレイナースの方に振り向き、言った。


(この世界一のバカ女がーーーー!!)


 何にも気付いていないノー天気な表情を向けられてレイナースは思わずキレる。


「あなたこそ、どこまでバカなんですの!!アレを見て気付かない方がどうかしてますわ!! あれはどう見てもモモンの騎獣でしょうが!!」


「なんだと…」


 レイナースの尋常じゃないキレ方を見てレメディオスは、冷静になり一考した。

 冷静になったレメディオスは、ハムスケに問いかける。


「貴様…。モモン様の騎獣なのか?」


「さ、さっきから何を言っているのでござるか!!拙者は殿とはまったく関係ないでござるよ!!

 ただのハムスケアサシンでござるよ!!」


 ハムスケはこれまた、慌てふためいて全力でそれを否定する。

 それを聞いたレメディオスは、レイナースの方に向き直り、ドヤ顔で言い放つ。


「ホラ見ろ、モモン様とは関係がないと言っているではないか。」


「そうでござるよ!拙者は殿とは無関係でござるよ!」


 ハムスケもレメディオスの発言に同調する。


「・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」


(このバカ共がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)


 レイナースは心の中で絶叫気味にツッコんだ。







 





 






 


 







 







 



  



 


 





 


 

 






 






 


 


 











 

 










 






 





  



 

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