第41話 情報収集(後編)

 『白銀の煌めき亭』の支配人であるジャンポール=ホバンス三世は、青の薔薇の魔法詠唱者を伴い、支配人室に向かっていた。


 イビルアイより相談を持ち掛けられたジャンポールは、その相談事がどのような事が分からないが誠心誠意、力になろうと心に決めた。


 ジャンポールがそのように強く思ったのは、単にイビルアイがこの宿屋の宿泊されているお客様だからという理由からだけではなかった。

 もちろんそれもあるが、王国で名を馳せている冒険者チームである青の薔薇がこの宿屋に訪れた時からジャンポールは、イビルアイの事を気にかけていた。


 ジャンポールには、誰にも話していない秘密があった。

 それは自分がタレント持ちだという事だ。


 その事を生まれてから誰にも言ってはいなかった。

 その理由の一つは、タレント持ちという事で、面倒ごとに巻き込まれる事を危惧したからだ。

 ただでさえ、ジャンポールは持ち前の大柄な体格により人より悪目立ちする。さらにタレント持ちと知られた場合、迫害を受けたり、好奇の目に晒される可能性があると判断したのだ。

 そしてもう一つの理由が、このタレントが大した能力ではないという事だ。


 ジャンポールのタレントは、『声を聞けばその人の年齢がわかる』能力である。


 ジャンポールはこの能力の事をタレント能力と気付くまでに時間が掛かった。

 気付く前は、単に勘がいいという事で自分の中で納得していた。


 しかし、その効果は百発百中であり、年齢を詐称している者でさえも的確に見破る事が出来た時、その能力がタレント能力であると気が付いたのだ。


 しかし、気づいた所で、あまりに使い道のない能力であった。


 女性のお客様に「私、幾つに見える」と聞かれた際、実際の年齢より少し若く言う時に役に立つぐらいである。

 ご婦人というのは扱いが難しいもので、あまりにかけ離れた若い年齢を答えると「どうせお世辞でしょ」と気分を害してしまうのだ。


 そんな事もあってか、普段からその能力の事を自分でもそれ程気にしない様に日々過ごしていた。


 しかし、そんな中、かの有名な冒険者チーム「青の薔薇」がこの宿屋を訪れ、それを出迎えた際、ジャンポールは衝撃を受けた。


 なぜなら、そんな冒険者の中に、齢十二歳の少女がいたのだ。

 しかも、最近、チームに入ったわけではないという。

 こんな年端もいかない少女が冒険者という過酷な世界で生きている事にジャンポールは心の中で涙した。



 ジャンポールには娘がいる。

 妻が命を落としながらも授かった大事な一人娘であった。

 しかし、今はどこにいるかわからない。

 ジャンポールの娘は、この宿屋を継ぐ事を拒絶し、数年前、幼馴染の男と駆け落ちした。

 以降、その行方は不明のままである。

 聖王国が魔導王によって亜人の支配から救われた際、娘の行方を捜したが、結局、何の情報も得られなかった。

 本来、まともな親であれば、宿屋を再開させるより、娘の行方を捜す事を優先するだろう。

 しかし、ジャンポールは代々受け継いできた宿屋を再開させることを選んだ。

 おそらく、娘はそんな自分勝手な父親に愛想をつかしたから出て行ったのだろうとジャンポールは自覚していた。

 しかし、今、ジャンポールが娘の為にできる事は、この宿屋、いや、娘が帰ってこられる場所を守る事だけだと強く想ったのだ。


 そんな娘への想いも相まって、ジャンポールはイビルアイに少し特別な感情を抱いていた。


 そんな彼女からの相談を持ち掛けられたジャンポールは、気合を込めて自らの支配人室の扉を開け、イビルアイを招き入れる。


「イビルアイ様。どうぞお入りください。」


「ああ。お邪魔させてもらう。」


 イビルアイは、支配人室に入ると、支配人の机の前の椅子に腰を下ろした。

 ジャンポールは、扉を閉めると、自らの机に向かい、椅子に腰を下ろす。

 そして、ジャンポールとイビルアイはお互いを熱い視線で見つめ合う。


 その緊張の中、ジャンポールが口を開いた。 


 「それでイビルアイ様、ご相談とはどのようなご用件なのでしょうか?」


 その言葉の後に、仮面を紅潮させながらモジモジとした仕草を暫く繰り返した後、言葉を発した。


 「そ、その、実はこれから、わ、私のこの世でもっとも愛する男性に会うのだが、そ、その、ど、どのような事をすれば私に夢中になってくれるのだろうか?」


 その愛らしい仕草に、ジャンポールは己の昔の娘の姿を重ね、瞳を熱くする。

 

 昔、娘が幼き頃、そのようなモジモジした仕草で支配人室に入ってきた事を思い出した。

 その日もジャンポールは、支配人室にて宿屋の仕事を黙々とこなしていた。

 そんな中、支配人室の扉に小さなノックの音が響く。


 「扉は空いています。入りなさい。」


 ジャンポールが声を掛けると、扉はゆっくりと開いた。そして、そんな扉の後ろから小さな影がひょっこり顔を出した。

 その影は、幼い我が愛しき娘であった。娘は扉に半分、体を隠し、モジモジとした仕草でジャンポールを俯きながら見つめていた。


 「シンディ。どうしたのだ。ここはパパの仕事場だぞ。」


 「パパが帰ってこないから来ちゃった。」


 「そうか。でもまだ仕事が終わらないのだ。シンディは先に帰って寝てなさい。」


 「……」


 ジャンポールの言葉を聞いてもシンディは帰ろうとせず、その場で体をモジモジさせていた。

 その様子を見てジャンポールは、椅子を立ち、扉の前に歩みよる。


 「どうしたのだ。シンディ。聞こえなかったのか?」


 ジャンポールが、扉の前に到達する寸前、シンディが扉から勢いよく飛び出してジャンボールの太腿に飛びついた。


 いきなりのタックルでも体格のいいジャンポールは、微動だにしない。このやりとりもいつもの娘とのスキンシップの一環に過ぎない。


(仕事にかまけすぎて娘には寂しい思いをさせているな…)


 仕事人間のジャンポールでも娘を愛していない訳がない。むしろ、もしこの宿屋か、娘の命かの選択を迫られたら、ジャンポールは迷わず娘を選ぶ男である。

 

 そんな気持ちで足元の娘を見ると、おそらく道端に咲いていたであろうキレイな花を数本束にして紐で括った花束モドキの物をその手に持っていた。


「その花束はどうしたんだい?」


ジャンポールは不思議そうに聞く。


「今日はパパの誕生日だから、プレゼント!」


その言葉を聞き、ジャンポールは今日が自分の誕生日である事を始めて気付いた。

そして、娘からの初めての誕生日プレゼントを見つめ、目頭を熱くする。

ジャンポールは、瞳に溜まる液体を堪え、足元の娘の体をその太い両手で抱え、胸に引き寄せ、抱っこをした。


「シンディ。ありがとう。パパ、嬉しいよ。」


ジャンポールのいつもの凛々しい表情は消え、満面の笑みがそこにはあった。

その笑顔につられて、シンディが声を出して笑い出す。

ジャンポールはたまらず、そのひげ面で愛する娘の顔に頬刷りをした。


「やだぁ~。ジョリジョリは嫌い~~」


 その時、支配人室には、間違いなく幸せな笑い声が響いていた。


 娘とのかつての思い出に一瞬浸ったジャンポールは、イビルアイの後ろの壁に掛られている額縁に目をやる。


 そこには、枯れた花が押し花にされ、飾られていた。


 ジャンポールはイビルアイの相談を聞き、すべてを察する。


(そうですか…ついにお父様にお会いになるのですね…)


 この年頃の少女にとってもっとも愛する男性とは、父親をおいて他にいないだろう。

 おそらく、幼き頃、いや、もしかしたら、生まれたばかりの時にその能力を買われ、親から引き離されたため、そのような言い方をされているだろうとジャンポールは考察した。

 この歳の少女にとって父親とは特別な存在であろう。さらに引き離されていたのであればなおの事だ。

 本当は、「パパ」とか「お父さん」とか呼べばいいものを、おそらく、父親からの愛情を知らずに育ったから、そんな不器用な言い方になってしまうのだ。


 (なんと悲しい運命のもとに生まれた少女なのだろうか…

そして、父親の愛情を求め、しかも、父親に嫌われない様に振舞うため、見ず知らずの私のような男に助言を求めてくるなどなんと健気な少女なのだろう…)

 

 ジャンポールは過去、娘に言われて嬉しかった言葉ランキングを検索した。

 そして、堂々の第一位の言葉をイビルアイに贈る事にした。


(ここは、そうあの言葉しかあるまい…)


「まずは、『パパ。大好き。』と言われてはいかかでしょうか?」

 

 ジャンポールは、真剣な眼差しで言葉を発した。


 その言葉を

聞き、イビルアイに落雷に似た衝撃が走る。


(なんと、そんな上級ワードが飛び出して来るとは‼この男、やはり、間違いない‼)


 イビルアイも伊達に長年生きてきたわけではない。酒場等で娼婦と男とのやり取りを聞き耳を立てて聞いた事があった。

 たしか、その時は、娼婦が男の事を『パパ』と呼んで、甘い声で囁き、男にいろいろとおねだりをしていた。そして、パパと呼ばれたその男はだらしない顔をして骨抜きにされていたのだ。


(なるほど。どういう状況でそのワードを使っていいか分からなかったが、先手必勝で使っていくワードであったのか…)


「なるほど。それは勉強になった。それで、次はどのような行動に訴えればいいのだろうか?」


「そうですねぇ。最初の言葉で父…いえ、相手の方は、心が鷲掴みにされていると思いますので、次は、ハグでしょうか?」


 ジャンポールの言葉に、イビルアイは核爆発級の衝撃を受けた。


「な、なんだと‼そ、それはちょっと展開が早すぎないか?」


 イビルアイは、取り乱して狼狽する。


「いいえ、今までお互いに心も体も離れていたのです。ここは、それらを埋めるためにもスキンシップを取る事が最善と言えるでしょう‼」


 ジャンポールが自信を持って答える。


(な、何という事だ。この御仁は、私とモモン様が離ればなれになっていた事さえもわかるのか‼そして、実に的確なアドバイス‼この御仁の言う通りにすれば間違いない‼)


「わかった。あなたの言うとおりにしよう。で、その後はどう進めればいいのだろうか?」


「そうですねぇ。その後は、お互いにどのような気持ちで想い合っていたのかを話し合っては如何でしょうか?」


「え?ハグの後にか?」


「はい、そうですが、何か不都合でも?」


「い、いや、ハグの後は、そ、そのキッスとか、どうとかではないかと思ってな…」


 イビルアイは仮面を真っ赤に染めて声を震わして答えた。


「イビルアイ様、離れた時間を埋めるためには、まずお互いに語り合う事が重要かと思います。それにキスというのは、おやすみの時にとって置かれた方がいいかと…」


「お、おやすみだと!!!」


「そうです。ベットでおやすみになる時に行う恒例行事であります。」


 ジャンポールはかつて娘が幼き頃、仕事から家に帰った時、眠っている娘の頬にキスをしていた事を思い出しながら言った。


(なるほど‼恒例行事であったのか…危うくタイミングを間違える所だった…)


「それでは、肝心のベットでおやすみするにはどのように行動を行えばいいのだろうか?」


 イビルアイは鼻息を荒々しく吐きながら、ジャンポールの前まで顔を近づけて質問する。


「そうですね。それからの行動はイビルアイ様ではなく、相手の方の行動にお任せになった方がよろしいのではないでしょうか?」


「????。どういう事だ。私から行動しなければ満足して頂けないかもしれないではないか?」


 ジャンポールの言葉にイビルアイは不安気に答えた。


「イビルアイ様。その言葉、相手の方が聞かれたらお怒りになられるやもしれません…」


「な、なんだと‼どういう事なのだ!私は何か間違った事を言ったのか?」


「イビルアイ様、相手の方を信じておられないのですか?」


「な、何を言うのだ!この世の中で一番信じているわ!」


「良かった…それを聞いて安心しました。それでは、相手の方がどれ程あなたの事を想っているのかも信じて頂けるという事でよろしいですね?」


 ジャンポールは、優しい父親の表情をした。


「あなたが、相手の方を想っている以上に、その方は、あなたを想っている筈です。それだけは忘れないでいただきたい。そして、その方の気のすむようにさせて上げてほしいのです。それがきっと、お互いの為に一番いい事なのだと私は思います。」


 イビルアイはジャンポールの言葉から暖かいような何とも言えない想いを感じる。

 

(私は、モモン様が自分を想ってくれている事を忘れていた。

 私は、本当の意味でモモン様を信じきれていなかったのだ。)


「支配人。すまない。私が間違っていた。」


 イビルアイは、ジャンポールに頭を下げる。


「いえ、私も口が過ぎました。私の想いを語ってしまいました。」


「支配人の想い?」


「はい。私は妻に先立たれ、そして、妻が命を落としながらも生んだ一人娘も現在、行方が分かっておりません。」


「それは気の毒に…」


「そんな娘とイビルアイ様の姿が重なり、どうしても他人事とは思えない想いから熱く、語ってしまいました。」


「そうなのか…」


「申し訳御座いません。しかし、乗り掛かった舟ですから、全力でイビルアイ様の力にならせて頂きます。

 それで、イビルアイ様は、どのような服装でお会いになるご予定ですか?」


 イビルアイは、服の事など全く考えていない自分に気が付いた。

 そして、どうしていいかわからず天井をただぼーと見上げた。


「その様子では、そこまで気がいっていなかったようですね。それでは、私の方で

ご用意させて頂いてよろしいでしょうか?」


「い、いいのか?しかし、実はあまり時間が無いのだ…」 


「お任せ下さい。実は、娘の着ていた服なのですが… でも、間違いなく相手の方に気に入って頂けると思います。それではすぐに取って参ります。」


そう言うと、ジャンポールは足早に支配人室を出て行った。


イビルアイは、ジャンポールが戻ってくるのを支配人室で心を躍らせながら待つ。


そんな中、イビルアイは先程のやり取りを思い出し、ある疑問が頭を霞める。


(なんで、支配人の中で娘と私の姿が重なるんだ?年齢でいうと私は支配人より遥かに上だろうから、娘とはかけ離れているだろうし、顔は仮面をしているからわからないはずだ。という事は、身長か?)


と、いろいろ思案を巡らすが、結局、娘としてアドバイスをされていた事に気付かないイビルアイであった。



十数分後、ジャンポールは支配人室の扉を勢いよく開けて戻ってきた。


そして、その手に持っていた服をイビルアイに見せるように高々と掲げた。


イビルアイは大きな息を呑み、目を輝かせてその服を見上げた。

















 


 


 

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