第40話 情報収集(前編)


「イビルアイ様。どうぞお入りください。」


 『白銀の煌めき亭』の支配人であるジャンポール=ホバンス三世は、支配人室の扉を開き、青の薔薇の魔法詠唱者を部屋の中へと招き入れる。


「ああ。お邪魔させてもらう。」


 イビルアイはそう言うと部屋の中へと颯爽と入っていった。

 そして、支配人室に入ったイビルアイは、その内装に軽い衝撃を受けた。

 それは、支配人室の中は、お世辞にも立派とは言い難かったからだ。

 たしかに部屋の隅々まで清掃は行き届いていたが、本棚や机、椅子などはとても高級宿屋の支配人室の調度品とは思えない質素な物であった。

 そして、その部屋の広さは、おそらくこの宿屋のどの部屋よりも小さいものと判断できる程小さかった。


 部屋に入るとイビルアイは支配人のものと思われる机の前に置かれた小さな椅子に腰を下ろした。


 イビルアイが椅子に腰を下ろしたタイミングでジャンポールは支配人室の扉を音もなく閉め、流れるような足取りで自分の席へと座る。


 その仕草を仮面越しに熱い視線で見つめていたイビルアイは確信する。


(やはり、この御仁はモモン様に通じる所がある…

その洗練された身のこなしもそうだが、なにより、その礼儀正しい態度、そして、高級宿屋の支配人でありながら、奢る事なきその精神。まさに紳士と呼ぶにふさわしい。)


 イビルアイは、自分の人を見る目の凄さを実感していた。

たまに大幅に間違ってしまう事があるが、それは長く生きているから発生してしまう事で、誤差の範囲と考えている。

 

(どんなに優秀な人間でも短い人生の中で何度かミスするものだ。

その何倍も生きている私にもミスがあってもしょうがないだろう…)


 それがイビルアイの言い訳、いや思考回路であった。

 そして、その長く生きている事で発生したミスを差し引けば、自分は凄い慧眼の持ち主であるという自覚があった。


 イビルアイは、その自慢の慧眼でこの『白銀の煌めき亭』の支配人にこれからの秘め事を相談しても間違いないと確信した。

 そして、この支配人に見たモモンに重なる部分に思いを馳せる。

 

 イビルアイは、かつてモモンに会えず、王国にいる事を余儀なくされた際、時間が許す限り、モモンの情報収集に努めていた。


 モモンがどのように今や魔導国の首都となっているエ・ランテルに現れたか。

 その後どのようにして冒険者としての功績を上げたのか。

 そして、魔導国に、いや魔導王に仕えて以降、どのような事をおこなっているのか。などである。


 王都で得られる情報は乏しく、ほとんどがモモンに会う前に仕入れた情報と同じであったが、それでも新たな情報をいくつか獲得する事に成功した。


 その一つは、モモンがヴァンパイアを追ってこの地に来たという情報だ。

 そして、それは国家絡みの事で、下手に手だしできないという話であった。

 今にしてみれば、その情報の真偽は明白だ。

 モモンは、元王子で自分の国を滅ぼしたヴァンパイア達を滅ぼす為にこの地に来たのである。

 まさに情報通りであった。

 イビルアイは自分の情報収集能力の優秀さも自覚した。


 そして、モモンがどのように冒険者としての功績を上げたのかを調べた時、得られた情報にイビルアイは衝撃を受けた。


 なんと銅級から地道に昇級して行ったのだという。

 それも、誰もが受けたがらない依頼をこなしてだ。


 冒険者なら誰もが知っている裏技がある。

 駆け出しの冒険者でも、金さえあれば、冒険者組合に賄賂を贈るなり、上級冒険者に金や装備品を貢いで仲間になるなり、いくらでも簡単に昇級できるのだ。

 

(モモン様は元王子であり、そして、あの類まれな装備品を見ても明らかにお金には困っていなかったのは明白だ。

 しかし、そのような汚い手を使う事はモモン様のプライドが許さなかったのだろう。)


 そして、自ら冒険者というもののありようを示したかったのではないかとイビルアイは考察している。

 実際、面倒な依頼を一つ一つ真摯にこなしていく姿に幾人かの冒険者は心を撃ち抜かれたと聞く。

 

 そして、魔導王の軍門に下った後のモモンの情報を収集した時、モモンの高潔さを再確認した。

 

 魔導国が建国され、魔導王がエ・ランテルに現れた時、それに悠然と対峙したモモンの雄姿を聞いたイビルアイは顔を紅潮させた。


(やはり、モモン様こそ英雄の中の英雄だ。まさに英雄の王なのだ。

 そして、私の愛しいお方なのだ!)


 しかしその後、魔導国建国以降のモモンの情報はほぼ皆無であった。

 モモンは魔導国の支配下となったエ・ランテルの民を守り、精神的なケアをしているという情報以外は。


 しかし、イビルアイにとってはその情報だけで充分であった。


 イビルアイはあらゆる妄想した。

 

 魔導王を滅ぼそうと暗躍しているモモン。


 エ・ランテルの民のため、街を巡回しているモモン。


 悪徳エルダーリッチに正体を隠して近づき、「俺の顔を見忘れたか?」と言って

 成敗するモモン。


 そんないろいろなモモンを妄想していた頃の自分を思い出して、イビルアイは仮面を赤く染める。

 

 そして、そんな異次元の思考から帰還したイビルアイは、熱い視線で仮面越しに机に座ったジャンポールを凝視する。


(いろいろあったが、ついにモモン様と今夜、結ばれるのだ!

 絶対、失敗は出来ない!なんとしてもモモン様を喜ばせなくては‼

 その為には、この御仁に教えを請わなくてはならないだろう…)


 そのイビルアイの熱い視線に答えるようにジャンポールもイビルアイの仮面に熱い視線を返した。

 僅かな間、支配人室は、かつてない緊張の空気に支配されていた。


 「それでイビルアイ様、ご相談とはどのようなご用件なのでしょうか?」


 ジャンポールは、力強い瞳でイビルアイに問う。


 「そ、その、実はこれから、わ、私のこの世でもっとも愛する男性に会うのだが、そ、その、ど、どのような事をすれば私に夢中になってくれるのだろうか?」


 イビルアイは、仮面を真っ赤にしてジャンポールに問う。


 イビルアイの言葉を聞いたジャンポールはすべてを察する。

 そして、一息つき言葉を発っした。


「まずは、『パパ。大好き。』と言われてはいかかでしょうか?」

 





 

 








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