第39話 事前調査

 王都ホバンスの街並みが沈み始めた太陽によってオレンジ色に染まりだし、街の街灯には光が灯っていく。 

 そんな中、聖王都の中で王都一の高級宿屋『白銀の煌めき亭』の厨房では、夕食の支度が世話しなく行われていた。

 

「もうすぐ、お客様が夕食に見えられる。早く準備を整えるのだ‼」


 厨房の外からカウンター越しにスーツ姿の筋肉隆々の逞しい初老の男が厨房内の料理人達に向かって大きな声を張り上げる。


「ホバンス様、申し訳御座いません。本日、市場で騒ぎがあった影響で、夕食の準備に遅れが出ております。」


 コック帽を被った膨よかな見た目の中年の男が初老の男に駆け寄り言った。


「料理長。それは分かっている。ただ、それとこれとは話は別だ。我々はお客様が望むサービスを提供する義務がある。我々はお客様の僕だ。何があろうと我々は、お客様を第一に考え、そしてお客様に満足させなければならない。」


 そう言うと、筋肉隆々のダンディな初老の男は、料理長の肩を優しく叩く。


「畏まりました。必ず間に合わせます‼」


 そう言うと料理長は、初老の男、『白銀の煌めき亭』の支配人であるホバンスに背を向け、急いで料理の仕上げに取り掛かる。

 それを見たホバンスは、安心した表情をして自らの業務に戻っていった。


 ジャンポール=ホバンス三世は、この『白銀の煌めき亭』の支配人であり、亭主である。

 亭主でありながら、自らお客様に接客し、そして、お客様の望むサービスを率先して行っている。 

 それは、『白銀の煌めき亭』こそが、自分のすべてと考えているからだ。

 ホバンスは、自分の宿に宿泊した人々を家族と考えている。

 それは、この宿屋を受け継いだ時から、いや、ホバンスの祖先がこの場所に住み始めた時代から始まった。

 その祖先達は、異国で迫害を受け、この国に救いを求め逃亡してきた。

 そして、この聖王国に逃亡してきた時には何一つ持っていなかったという。

 金も、装飾品も、その他のすべてを…

 そんな救いを求めてきた貧しい異国の民を、当時の聖王は優しく受け入れた。

 そして、異国の民たちは慈悲深い聖王に感謝した。

 それ以来、その異国民達は、聖王国にて繁栄していったのだ。


 その異国民の末裔である『白銀の煌めき亭』の支配人であるジャンポール=ホバンス三世は今日も宿泊されているゲスト達に最上級のサービスを提供しているのであった。





 「それにしても今日もいろいろあったねえ。」

 ガガーランが、グラスに注がれたワインを一気に飲み干して話し始めた。


 「そうね。モモン様といると体が幾つあっても足りないわ。」

 前菜を呑みこんだラキュースがため息混じりに答えた。


 「同意」×2

 ティア、ティナも首を縦に振りながら答える。


 「・・・・・・・」

 そんな青の薔薇のメンバー5名が同じ卓上で晩餐を囲みながら会話している中、イビルアイのみただ無言で下を向きながら俯いていた。


(今日の視察が終わってからイビルアイの様子がおかしいわ…)


 普段なら青の薔薇のツッコミ担当であるイビルアイが会話に参加してこない状況にラキュースが思慮する。


(どうせイビルアイの事だから、モモン様、いえ、モモン絡みなのはわかりきっている事だけど・・・

 昨日も何か勘違いしていたようだし・・・)


 昨日行ったモモンとの会談は結局、破談となってしまった。それもその筈だ。

 モモンはすべて魔導王に従うと発言したからである。

 そう言われてしまっては、ラキュースはモモンに対してどんな要求をしても無駄だと判断した。

 そして、交渉すべきは魔導王という判断に至ったのだが、イビルアイに最初その事を伝えた際、猛反対された。

 もっと自分を大切にした方がいいとか、魔導王を相手にするぐらいなら適当な相手を何処からか調達してくるだとか訳の分からない事を言ってきたのだが、それでは和平交渉に遅れが生じるという意見を述べると、なぜか仮面を赤面させて引き下がった。

 

(それもどうせ、モモン絡みでしょうけど…)


 ラキュース、いや、イビルアイ以外の青の薔薇のメンバーは当然の事ながら、イビルアイがモモンに夢中であるという事は気付いている。


―というか、モモンの事を語る時、あれだけのテンションで騒がれれば、例えオーガだったとしても気が付くだろう。


―ていうか、王国中の冒険者の殆どの者が知っている周知の事実である。


 さらに残念な事にその事に気付いていないのがイビルアイのみである、というのが皮肉の極みであろう。


 そんなイビルアイを昨日、モモンと会談したラキュースは心配すると共に、危惧していた。

 それは、昨日のモモンが会談した時の応対は、英雄と呼ばれる者としての所作とはあまりにかけ離れていたものだったからである。

 魔導王の命令一つで王国の民を殺すと述べたあの発言は、決して嘘やブラフではないとラキュースは肌で感じた。

 モモンが魔導国に仕える以前からあのような発言をする人物であったかどうかは、これまで、あまりモモンと行動を共にしていないラキュースには判断ができなかった。

 しかし、魔導国に仕えた事によってあのような人物になったという事であれば、魔導王に洗脳された可能性が極めて高いとラキュースは考えていた。

 その場合、モモンに近づこうとする者は同じ道を辿る危険がある。

 ミイラ取りがミイラになるというやつだ。

 ラキュースは、聖王国にいる間は、モモンに仕えつつも、情報収集を目的とし、モモンとはある程度距離を取ろうと考えていた。

 そして、イビルアイ以外の青の薔薇のメンバーにはすでにその事を伝えると共に、自衛を促している。

 しかし、イビルアイにはその話はしていない。

 いや、その話をしてはいけないという方が正解か。

 もし、その話をイビルアイにした場合、『愛の力で洗脳を解く』とか、『姫のキスで呪いが解ける』とか訳の分からない暴走を起こしかねないと容易に想像できたからである。

 故に、ここは見守るという選択肢を選らばざる負えなかった。


 「イビルアイ。どうかしたの?」


 見守るという選択をしたラキュースであったが、いつまでも無言でフリーズしているイビルアイに痺れを切らせ、声を掛ける。

 その声に僅かに体をビクつかせて反応したイビルアイは下に俯いていた顔をゆっくり上げて小さな声を発した。


 「そ、その、こ、これはあくまで世間話なのだが、一般的に女が愛する男性と初めて夜を共にする時、どのような行動をとるのが正解なのだろうか?」


 「・・・・・・・・・」


 イビルアイの言葉に青の薔薇のメンバーの皆がその動きを停止し、無言となった。


 「あ、あくまで世間話だぞ。これは、あくまでガールズトークというヤツだ。決して早急にそのような状況になるとか…。そ、そういう事ではないからな‼」


 イビルアイは誰も聞いていないのに仮面を赤くして声を荒げる。


 その言葉の後、青の薔薇のメンバーの周りに空虚な静寂が訪れた。


 (モモン様のお部屋に訪問する時間が迫って来ている。本来であれば、高級娼婦あたりにしっかり情報収集を行ってから事に及びたかったが、今はあいにく時間もないし、この聖王国に土地勘もない。ならば、ダメ元でこいつらから情報収集を行うしか手はない。)


 イビルアイは一旦、転移魔法で王国に戻り、情報収集を行う事を考えたが、王国に戻った際に何らかのトラブルに巻き込まれた場合、この千載一遇の機会が失われてしまうと思い、その案は却下した。

 しかし、何も知らない生娘がモモン様を満足させられるとは、到底思えない。

 だがら、藁にもすがる思いで、生死を分かち合ってきた仲間に助言を求めたのだ。


 無言の静寂を破って放たれたのはガガーランの一言だった。


 「それは、要はセッ〇スの事かい?」


 その言葉に、ガガーラン以外の青の薔薇のメンバー達に雷のような衝撃が走った。


 「バ、バカ野郎が‼そこは、もう少しオブラートに包んでだな。愛の営みとか夜の営みとかなんとか…」


 イビルアイが赤面しながら恥ずかしながらツッコむ。


 「オブラートとかいっても、セッ〇スをセッ〇スと言って何が悪い?その方がわかりやすいと思うけどねぇ。」


 「セッ〇スを連呼するな‼だから、お前は脳筋なんだ‼」


 「もう、いい加減やめて頂戴。子供のケンカじゃないんだから…」


 ガガーランとイビルアイの掛け合いをラキュースが頭を抱え呆れながら納める。


 「イビルアイ。どうしてそんな話をしたのか教えてくれる?」


 ラキュースが真剣な眼差しでイビルアイに問いかける。


 「な、なんだ⁉。だから只の世間話だ。只のガールズトークだと言ったではないか?」


 イビルアイは仮面を赤面させながら、苦し紛れに答える。


 「こんなタイミングでそんな話が出る事自体、不自然よ。」


 ラキュースは冷静に己が見解を述べる。


 「べ、別にただの世間話で聞いただけだ‼答えないならそこで話は終わりだ

‼」


 イビルアイは情報収集を諦め、席を立とうとした。

 

 その動きを見たラキュースが慌てて口を開く。


 「わ、わかったわ。それじゃ私の意見を言うわ。」


 その言葉にイビルアイは再度、椅子に腰を下ろす。


 「その、あくまで私の意見だけど、そう簡単に男性と一夜を共にするというのは、よくないと思うわ。本当にその男性と心が通じ合っているなら、体の関係というのは逆に極力避けるべきじゃないかしら…」


 ラキュースの言葉に青の薔薇のメンバー全員が耳を傾ける。


 「その…。男性の方が本当に想ってくれているとしたら、体の関係の事など気にしないと思うの。だから、ここはプラトニックな関係を継続していく事が正解だと思うわ。」


 そんな青の薔薇のメンバー達からの好奇の目線に晒されながらもラキュースは気丈にも己が意見、というか己が願望を述べる。

 その発言こそがイビルアイの暴走を止める一手と信じて…


 「いかにも処女の考え方だねぇ…」


 そのラキュースの渾身の発言をガガーランが打ち砕く。


 「な!ガガーラン‼あなた、自分が何を言ってるかわかっているの!!」


 「男は所詮、動物なんだよ。子孫繁栄の為に女を求めるなんてのは常識さあねえ。」


 脳筋ガガーランには、ラキュースの発言は効かない(聞かない)。


 モモンからイビルアイを少しでも遠ざけようとしたラキュースの言葉もガガーランのいう正論に塗り潰された。


 「そうだな…ラキュースの発言は、生娘の貴重な願望であるが…

  そ、その世間の常識という面からは逸脱しているな…」


  同じ生娘であろうイビルアイの少し気を使った言い回しにラキュースは無慈悲に辱められる。


 「そういうからには、お前には正解がわかっているのだろうな?」


 イビルアイは、期待を込めた眼差しでガガーランを見据えて聞いた。

 その言葉にガガーランは腕を組み、自信を漲らせて答える。


 「男なんてもんはこっちが股を開けば自然に寄ってくるもんよ‼」


 ガガーランのその発言に、ガガーラン以外の青の薔薇のメンバーは、白き石像と化す。


 続いて、ガガーランはその空気を読まずに発言する。 


 「寄ってこなけりゃこっちからまたがってやるまでさあねえ。」


 その言葉に、ガガーラン以外のメンバーが白き石像から白き灰と化そうとする。


 そんな状況からなんとか回復したイビルアイは、なんとか口を開いた。

 

 「・・・・・さて、ティア、ティナ、お前達の意見を聞いていなかったな…」


 イビルアイが何とか気を取り直して発言した。


 「私達…」


 「経験済み…」


 「!!!!!!!--------」


 ティア、ティナの発言にイビルアイ達は、かつてない精神的衝撃を受ける。


 「な、なんだと!!!」


 「マジか!!!」


 「私だけ!?」


 そのかつてない精神的衝撃を受けたメンバーの中でいち早く回復したガガーランが口を開く。


 「…で、相手はどんな奴なんだい?」


 ガガーランの言葉を聞いたティア、ティナは、ある青の薔薇のメンバーを二人同時に指さした。


 二人が指をさした先には、ラキュースがいた。


 その光景に、すべての青の薔薇のメンバーがフリーズする。


 それが何を意味するのか、これからどんな物語が展開するのか誰にもわからない状況に発展する。


 しばし、長い長い、本当に長い静寂が訪れた。


 

 「‥‥それでは、私は用事があるのでここで失礼する…」


 イビルアイはそんな静寂を破り、晩餐の席を立つ。


(結局、無駄に時間を浪費してしまった…)


 落胆したイビルアイは、何も成果を得られなかった晩餐を後にした。


 そのイビルアイの後ろ姿を観察していたラキュースが小さく呟く。


 「まずいわね…」


 「ああ、でも心配する事ないじゃねぇ?モモン様がイビルアイに欲情するとは思えないぜ。」


 「私の心配しているのはそっちじゃないわ。イビルアイがモモン様に、いや、魔導王に洗脳される事を心配しているのよ…」


 「ああ、そっちの方か。」


 ようやく、ラキュースの考えを理解したガガーランが納得した。


 「必ず、阻止するわよ…」


 ラキュースの言葉に他の青の薔薇のメンバーの皆が首を縦に振る。



そんな中、晩餐の席を立ち、自分の部屋に向かうため、宿屋の階段を上ろうとしたイビルアイに声を掛ける人物がいた。


 「イビルアイ様‼」


 呼び止められたイビルアイは声を掛けた人物に振り向く。


 そこには、筋肉隆々の逞しいスーツ姿の男性がいた。


 歳は、五十前後といった所であろうか、髪は白髪が混じり、顔は端麗とは言えないが、漢らしい顔立ちをしていた。そう、モモンを思わせるような。


 「お前は、たしかこの宿の支配人であったか?」


 人の顔や名前を覚えるのが苦手なイビルアイでも二、三日前にあった人物はおぼろげに覚えている。


 「はい。私、この宿の支配人のジャンポール=ホバンス三世と申します。」


 「それで、私に何か用があるのか?あいにく、私には急用があってな。あまり時間は取れない。」


 「それは申し訳御座いません。ただ、本日、晩餐の途中で突然席を立たれましたので、こちらの提供した料理に不手際があったのではないかと思い、お声を掛けさせて頂きました。」


 「いや、料理に不手際はなかった。それはこっちの事情だ。すまなかった…」


 「いえ、そうであれば構いません。忙しい所、申し訳御座いませんでした。」


 そう言うとジャンポールはイビルアイに一礼をして、後ろを向き去って行こうとする。


 その後姿にイビルアイは、モモンの体格を重ねた。


 (モモン様の体格に似ている。そして、顔立ちもどこかモモン様に似ている気がする…。しかも、この礼儀正しい態度やその所作もモモン様に通じるものがある気がする…)


 ここでイビルアイの頭の中の電球がピカッと灯った。


 (そうだ‼この経験値高そうな御仁にアドバイザーになってもらえば、愛の営みの事を指南してくれるのではないか!)


 そう思い至ったイビルアイは去り際のジャンポールに声を掛ける。


 「ジャンポール殿‼」


 「はい。何でしょうか。イビルアイ様。」


 「そ、その是非とも相談に乗って貰いたい事があるのだが、構わないだろうか?」


 「畏まりました。このジャンポール=ホバンス三世。全力で相談に乗らさせて頂きます。」


 イビルアイに呼び止められたジャンポールは、即座に、力強くそう答えた。















 

 



 



















 



 


 



 

  



 




 

 


 

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