第38話 英雄の事情

 突然現れた蟲モンスターが花売りの少女に襲いかかろうとしていた。

 しかし、その蟲モンスターは、少女の間近まで来ると、これまた突然現れた黒い壁に弾かれる。


 そこには、少女を守るように立つ漆黒の英雄の姿があった。

 その漆黒の英雄―モモンは花売りの少女を守るように立ち、背中から襲ってきた蟲モンスターの攻撃をその全身鎧で弾き返した。


 そして、モモンはうずくまり、その少女を守るように覆いかぶさる。

 蟲モンスターは、それから何度もモモンの背後に襲い掛かるが、すべての攻撃がモモンの全身鎧で弾かれていた。


 周りにいた市場にいる人々は、皆、突然現れた蟲モンスターと、少女を守るため攻撃を受け続けるその英雄の姿を無言で見つめていた。


 

(やはり、所詮は蠅という事か…)


 蟲モンスターの攻撃を受け続けながらモモン―アインズは思った。


 この蟲モンスターは、あの凶悪な毒物によって死亡した蠅がクラスチェンジしたモンスターだ。故に知能は低い。だから、ほぼ本能で行動している。

 この蟲が少女を襲ったのは、この少女の体格が小さいからだ。本能的に自分より弱者と認識した者を襲っているのだ。実際、周りの人間には目もくれず、今もこの少女だけを狙っている。

 そして、アンデッドである為に、私の存在を生物として認識せず、ただの壁として認識しているのだろう。

 その証拠に、この蟲モンスターの攻撃は、攻撃というよりはただの体当たりだ。

 

(さて、これからどうするか…。パンドラズ・アクターの為にもこのモンスターを捕獲せねばなるまい。)


 アインズは、当初、すべての蟲モンスターを葬り去ろうと考えていた。しかし、パンドラズ・アクターが今も尚、毒に侵されている事を思い出し、解毒薬を作成する為、検体を捕獲しようと一体だけ処分せずに残したのだ。

 だから、時間停止後、瞬間移動と戦士化の魔法を発動し、今に至るという訳だ。


 その蟲モンスターの攻撃、いや、単なる体当たりを受けながらモモンは捕獲方法を模索していた。

 はっきり言って、この蠅モンスターの攻撃、いや体当たりはダメージゼロである。

 そして、この蟲が毒に侵されていたとしても同じアンデッドである私には効果はない。

 敵の標的となっている少女を抱きかかえている限り、そして、この蟲が他の攻撃目標を見つけない限り、この蟲はこの場を離れないだろう。

確実な捕獲方法を考えている時間は十分あった。


(この蟲を確実に捕らえる方法を考えなくてはな、下手な攻撃では、簡単に消滅してしまう…)


 今までいかに効率的に敵にダメージを与える事ばかりを考えてきたアインズにとって、この脆弱な蟲を生かしたまま捕らえる事は、難題であった。

そんな時だった。


「モモン様ーーー‼」

「モモン様ーーー‼」

 モモンの名を呼ぶ者達がその場に集まってきた。

 ネイア、ナーベ、イビルアイ、レイナース、更には、今日非番にした筈のレメディオスや青の薔薇のメンバーがモモンの元に駆け寄って来ていた。


(まずい!アイツらが来たら、この蟲は跡形もなく処分される。)


 すかさずアインズはナーベラル・ガンマにメッセージを飛ばす。


―ナーベラル・ガンマ‼至急。この蟲を低位の氷結魔法で無効化しろ‼

―畏まりました。


 モモンに駆け寄りながらナーベは魔法を詠唱する。


「アイスボール〈氷球〉」


 ナーベの手に浮かんだ小さな魔方陣から白い冷気の靄が蟲モンスターに向かって噴き出した。その靄は一瞬で蟲モンスターを覆い尽くす。


 そして、白い靄の中から何かがゴトンと地面に落ちてきた。

 それは、凍り付いた蟲モンスターであった。

 凍り付いた蟲モンスターはそのまま、地面に伏したまま動かなくなる。


 蟲モンスターが動かなくなったのを確認した市場の人々は、大きな歓声を上げる。


―ナーベラル・ガンマよ。その蟲を回収して、魔導国の訓練用ダンジョンに転移しろ。そして、ダンジョン内の最奥にこの蟲を隔離しておけ。

―はい。畏まりました。


 ネイア達がモモンの元に駆け寄ってくる。

 

「モモン様‼お怪我は御座いませんか⁉」

 ネイアはモモンの元に駆け寄り、心配そうに聞いた。


「問題ない…」

 モモンは、花売りの少女をお姫様抱っこで抱えながら立ち上がる。

 

 その光景を見た人々は、皆、モモンを輝く瞳で見つめていた。


 皆、見ず知らずの少女を自らを盾として守る英雄の姿に見惚れていた。


 モモンは、抱えたその少女を優しく地に降ろす。


 花売りの少女は、地面に立つと満面の笑みを浮かべた。


 そして、その少女は、持っていた籠から売り物の花を一輪、モモンに差し出す。


 暫くの沈黙の後、モモンはその花を大事そうに受け取った。


 それは、そこにいた誰もがモモンという英雄に恋する光景であった。


 絶大な力を持ちながら、弱き者を守る英雄。そして、心優しき偉大な英雄に。


 そこにいたすべての者が恍惚の表情を浮かべながらモモンを見つめていた。


(モモン様。カッコ良すぎる。)

 レメディオスは思った。


(どうしてこの男は、こうも人を惹きつけるのだろうか…)

 レイナースは思った。


(昨日はあのような冷徹な事を仰っていたのに…本当の貴方は、どちらなのですか…)

 ラキュースは思った。


(さすが、アインズ様の配下の方だ。アインズ様のようにお優しい…)

 ネイアは思った。


(コイツ、狙ってやっているのか?狙ってやってなかったらかなりの人タラシだな…)

 ガガーランは思った。


(モモン)

(カッコいい)

 ティア、ティナは思った。


(さすがはモモン様‼宇宙一カッコイイ‼)

 イビルアイのテンションは爆上げだった。


 ネーベはその隙をついて蟲を回収して魔導国に転移するのであった。




 結局、王都の視察はその出来事の後、中止となった。

 それは当然と言えば当然だ。

 視察中に、敵襲があったのだ。今後、またこのような惨事が起きないとも限らない。

 モモン達は、レメディオスや今日非番だった青の薔薇のメンバーも伴い聖王城へと帰路に就いた。

 その帰路の途中の時だった。


「なんであの蟲モンスターにモモン様は攻撃を仕掛けなかったんだぁ?モモン様なら瞬殺だろ。」

 ガガーランがイビルアイに問う。


「お前。そんな事もわからないのか…。だから、脳筋って言われるんだ。」

 イビルアイは、呆れながら答えた。


「なんだと!」


「モモン様なら確かにあの蟲モンスターを滅ぼす事など容易だ。しかし、モモン様が力を使われたら、周りの人々をも巻き込む事になっていたかもしれん。」

 イビルアイは説明を続ける。


「モモン様は、あの少女を、いや、あの市場にいた人々を守るために、あえてあの蟲モンスターの攻撃を受け続けたのだ。そんな事もわからないのか?」

 イビルアイの言葉を周りにいた兵士達は黙って聞いていた。

 そして、誰もがそんな偉大な英雄と行動を共にしている事に心の中で歓喜していた。



「結局、あの蟲は何だったんだろうな?」

 イビルアイの言葉に気まずくなったガガーランが話題を変えるように呟いた。


「さあな。わからないが、おそらくはあのヴァンパイア共の送った刺客だろうな。」

 イビルアイはその質問に答える。


(すべてはお前が作った弁当が引き起こしたんですけど‼)


 それを聞いていたモモン―いや、アインズは心の中でツッコむ。

 

(それにしても、あの弁当が本当に好意で作られた物か怪しくなったな…。あのままあの弁当をナザリックに持ち帰ったら、ナザリックが崩壊する危険があった。この者は、シャルティアを洗脳した者に繋がっているやもしれん。)


「イビルアイ。お前の作ってくれた弁当を無駄にしてしまった。すまない事をした。」

 モモンは探りを入れる。


「い、いえ、お気になさらずに。また、作ってきますので‼」

 イビルアイは喜々揚々に声を上げる。


 モモン―いや、アインズはイビルアイの言葉に驚愕する。


(また、あの凶悪な毒物を製造するだと…)


 そして、アインズはこの青の薔薇の魔法詠唱者が敵勢力の者だと確信する。


(そうだな…考えてみればこの者はヴァンパイア。今回の敵の刺客であったとしても不思議ではなかったな…)


 アインズはそう考えると、イビルアイの横に近づき周りの皆に気付かれない様、囁いた。


「イビルアイ。今夜、時間を取れないか?」


「ええ‼こ、今夜ですか?か、構いませんが…」

 突然のモモンの言葉に、イビルアイは驚き、そして、困惑した。


「それでは、午後十時頃、私の部屋に来てくれないか?」

 

「‼‼‼」

 モモンの言葉に、イビルアイは体をビクっと硬直させる。

 そして、イビルアイは俯いたまま無言となった。


(警戒されたか?この者の狙いがモモンの命ならば、誘いに乗ってくると思ったんだがな…)


「か、か、か、畏まりました…。モモン様…」

 イビルアイは、仮面を真っ赤に染めて小声で呟いた。



 





 















 




 









 


 

 


 



 







 

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