第37話 英雄の災難
アインズは目の前の光景に顎が外れそうなくらい大きな口を開けて驚いていた。
そんなアインズの目の前には、小型犬程の大きさの蟲型モンスターが数十体がその羽音を響かせて空中を飛び回っていた。
(どうしてこんなとんでもない事になったのだ…)
その光景を目の当たりにして、アインズはあまりの出来事にフリーズしていた。
時間は少し遡る。
「モモン様‼どうぞお食べ下さい。」
モモンに弁当箱を差し出して、イビルアイが嬉しそうな声で言った。
「ああ。それでは頂くとしよう。」
モモンはその弁当箱を慎重に受け取ると、大事そうに懐に抱える。この中には未知の凶悪な毒物が収められている。その重要度は非常に高い。
「ネイア殿。このあたりで昼食を取りたいのだがどこか休憩できる場所はあるかな?」
モモンのその言葉にて、モモン達は市場の中央にある商業ギルドの建物内にて昼休憩を取る事となった。
モモンは一人で昼食を取るという要望をネイアに伝えた。
すると、商業ギルド内の最上階にある一番大きな応接室に案内された。
モモンは一人応接室に入ると、応接室内の長椅子に腰を掛ける。
目の前の机に例の弁当箱を置くと、熱い視線をその弁当箱に向ける。
(これが毒耐性、麻痺耐性をも突破し、アイテム、魔法さえも受け付けない毒物か…)
見れば、特に何の変哲もない弁当箱である。銀色の金属製のその箱は、蓋が開かない様に十字の布製のベルトが巻き付けられていた。
モモンは、慎重にそのベルトを解いていく。
そして、慎重にその弁当箱の蓋を開いた。
その中身を見た時、モモン―いや、アインズはフリーズした。
中には、漆黒に黒光りした何かによって形成されたモモンの顔がその弁当箱の一杯に広がっていた。いや、広がっているというよりも溢れ出しそうになっていた。
実際、横から見たら、立体的に膨らんでいた。
そして、弁当の中のモモンの顔はかなりのディフォルメされて丸っこい顔になっていた。
(うわー。これは引くわーーー。アイツ、よくこれを食べる気になったな…)
しかも、漆黒に黒光りしている何かの他に、面付き兜の金細工されている金色の金属部分も得体のしれない黄色い食材で表現されていた。
弁当箱の中身にドン引きしたアインズであったが、本来の目的を思い出し、モモンからアインズへとその姿を戻す。
部屋の前にはナーベラル・ガンマを見張りに立たせているので、この部屋の中ならば変身を解いても問題ない。
元の姿に戻ったアインズは魔法を詠唱した。
「アプレイザル・マジックアイテム〈道具鑑定〉」
アインズの掌に小さな魔法陣が浮かび、その光は、その弁当箱の中身を照らす。
「…やはり、魔法では何もわからないか…」
アインズはその鑑定結果を見て、少し落胆した。
『アイテム種別:不明 効果:不明 攻撃力:不明 防御力:不明 製作者:不明』
(あまり期待はしていなかったが…。少しでもこの毒物の情報が得られるのではないかと魔法を使用したが、結局、何もわからないという事がわかっただけか…)
アインズは顎に手を当てて考え込む。
(この場でこれ以上の解析は行えそうもない。ここはこの弁当をナザリックに持ち帰って解析するべきだな…)
アインズがそう思った時、弁当に一匹の蠅が止まり、その中身を食べだした。
(ほう、この毒物を食べるのか。命知らずな蠅だ。まあ、パンドラズ・アクターが味はイケるとか言っていたからな。そうだ!この蠅がどうなるか観察するとしよう…)
弁当の中身を食べていた蠅は、暫くするとその動きを止めた。
そして、そのまま動かなくなる。
(まあ、そうだろうな。毒耐性さえも突破するこの毒を食べて、ただの蠅が生きていられるはずはない。)
アインズは、その蠅に僅かばかり同情する。このような凶悪な食べ物に手を出したばかりに無慈悲に命を奪われるその蟲に。
しかし、次の瞬間、アインズは自分の目を疑った。
その蠅が動き出したのだ。いや、正確に言うと蠅の中身が、その蠅の外殻を破ろうと蠢きだした。
「な、何だと…」
その異変に気付いたアインズは思わず呟く。
蠅の外殻が避けると、その裂け目からどす黒い何かが大量に飛び出し、蠅を包み込む。
包み込んだどす黒い何かはバスケットボール程大きさの球体の形状になった。
そして、その球体は小型犬程の大きさの異形の蟲モンスターへと形を変えていく。
(どうなっているんだ‼これは⁉)
その予測不能な展開にアインズは驚愕した。
しかし、アインズの驚きは止まらない。
そのモンスターは次に分裂を始めたのだ。一つから二つ、二つから四つ。四つから八つ。
増殖を始めたそのモンスターはアッと言う間に数十という数になり、応接間を埋め尽くす。
「何だぁコレーーーー‼」
アインズは思わず絶叫を上げる。
アインズの目の前には、小型犬程の大きさの蟲型モンスターが数十体がその羽音を響かせて空中を舞いだした。
(どうしてこんなとんでもないことになったのだ…。
これは、恐らくあの毒物の影響であろうが、死後、昇天の羽などのアイテムを使わずにクラスチェンジを遂げるだと…。さらには、増殖スキルも身に着けている。
これは伝説級アイテムどころの騒ぎではない。神器級に匹敵するぞ‼)
「モモンさ―ん!如何致しましたか!」
アインズの絶叫を聞きつけたナーベが扉を勢い良く開けて、部屋に突入してきた。
蟲型モンスターの大群たちはその開いた扉に向かって移動を始めた。
(まずい。こいつら外に出ようとしている。このままでは騒ぎが大きくなる。さらに、こいつらは毒に侵されたアンデッドだ。こいつ等に噛まれたら同じ効果が発生する危険がある。)
「ナーベラル・ガンマ‼至急、防御魔法を張れ‼」
その声を聞くとナーベは即座に防御魔法を唱える。扉の前で、ナーベの防御魔法が展開される。
扉から外に出ようとした蟲モンスターの大群はその魔法の障壁に弾かれた。
出口を失った蟲モンスター達は再び応接室内を飛び回る。
(本来であれば、毒物を回収し、この蟲モンスターを捕獲した上でナザリックに帰還したいところだったが時間が足りないな。それに、この毒物がウィルス性のものだとしたら、ナザリックに持ち帰るのは危険だ。ただの蠅でこの効果なのだ。もし、守護者クラスがこの毒に侵されて暴れ出した場合、ナザリックが崩壊する可能性がある。)
「…残念だが、回収は諦めるか…」
アインズはそう言うと、魔法を詠唱する。
「ナパーム〈焼夷〉」
アインズの魔法が発動し、応接間内が一瞬にして獄炎の炎が燃え盛る。部屋内にいるアインズを巻き込んで。
―ドォォォォォォォォォン‼
凄まじい爆音がすると、商業ギルドの建物の最上階が爆発した。
最上階のすべての部屋が吹き飛び、天空めがけて巨大な火柱が吹き上がる。
市場の人々は、誰もがその爆発に驚き、そして、今も燃え盛っている建物の最上階を見上げた。
ネイアは、その凄まじい爆音を商業ギルド内の一階で聞いていた。音と共に建物全体が大きく振動する。
ネイアは、その爆音がモモンのいる最上階から聞こえたと判断し、急いで階段を駆け上がる。
最上階への階段を駆け上がると、そこには、炎の海が広がっていた。
天井や側面の壁はすべてなくなり、だだ、燃え盛っている炎の海が最上階の床を埋め尽くしていた。
ネイアは、その炎の中で、一人、美姫ネーベが佇んでいるのを発見する。
「ナーベ様‼モモン様は如何いたしましたか‼」
ネイアは、ナーベの元に駆け出した。
「モモンさ―んは、敵を追って行かれました。」
ナーベはそう言うと、天を見上げた。
その頃、アインズは飛行魔法を使用して王都上空に浮いていた。
そして、眼下の王都の街を見下ろす。
「数匹取り逃がしたか…。標的が小さいのも厄介だな。あの蟲共をこのまま放置した場合、この王都が数日で滅びる可能性がある。」
それは、アインズにとって、いや、魔導国にとって、どうしても避けなければならない問題だ。
ここまで一年近く、時間と労力を費やしたプロジェクトの上に、今のこの王都はあるのだ。それを、あの蟲共に潰される訳にはいかない。
意を決したアインズは、魔法を詠唱する。
「タイム・ストップ〈時間停止〉」
魔法を詠唱すると、アインズのまわりの世界がモノクロになり、その動きを止める。
「一、二…、五匹か…」
アインズは、逃げ延びた蟲達をすべて補足し、魔法を詠唱しようとした。
しかし、その蟲の一体が、市場にいる花売りの少女に飛び掛かる寸前の状況を見て、その動きを止める。
(まあ、それぐらいの犠牲はしょうがないか…)
アインズは、〈連鎖する龍雷〉を放とうとしていた。時間停止が解除された後、その雷撃は連鎖し対象の蟲共を焼き殺すだろう。しかし、対象物の間近にいる者もその電撃のダメージの影響を受ける。脆弱な者であれば、即死であろう。
アインズは、魔法を詠唱する。
「ワイデンマジック・チェイン・ドラゴン・ライトニング‼〈魔法効果範囲拡大化・連鎖する龍雷〉」
時間停止が解除される。王都全体の景色はモノクロから色味を帯びたものへと変わる。
その途端、龍のごとくのたうつ白い雷撃が王都の上空を駆け巡る。
雷撃は、逃げた蟲モンスターの一体に命中し、蟲を灰へと変える。その雷撃は、それで消滅せず、すぐさま次の標的を向かい空中を駆けていく。
二匹目、三匹目と雷撃は駆け巡り、次々と蟲を灰へと変えていった。そして、四匹目に命中し、そのモンスターを灰へと変えるとその雷撃は消え去った。五匹目に到達する前に。
消滅を免れた五匹目の蟲モンスターは、目の前の花売りの少女に襲いかかる。不快な羽音を立てて勢いよく。
しかし、その蟲は少女に到達する前に、突然現れた巨大な黒い城壁にその身を弾かれる。
蟲は弾かれながらも、素早く体制を立て直した。
そして、自分を弾いた存在を見据えるように中空に佇む。
その蟲の瞳には、少女を守るように立ちはだかる漆黒の英雄の姿が映っていた。
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