第29話 当然の決着

 ネイアの横に立っていたモモンは、訓練場の中央へとゆっくり歩を進める。


 その様子を見ていたイビルアイ達は内輪で話し始めた。


「今の動き、見切れた者はいるか?」

 イビルアイの質問に言葉を返す者はいなかった。


(モモン様のスピードが昨日の比じゃない。モモン様は普段の全身鎧を脱いだら、ここまで速く動けるのか。このスピードは想定外だ…)


「どうやら我々の攻撃では、モモン様にかすりもしないという事だな。それでは例の作戦に賭けるしかない。」

 イビルアイは決意した。


「皆、作戦実行だ‼」

 イビルアイは、大声で叫ぶ。


 その言葉を聞くと、すべての兵士達が二人一組となり、訓練場内に広がった。

 そして、お互いの背中をくっつけ合わせ、武器を構えて待機する。

 計四十八人、二十四組のペアが出来上がった。

 親衛騎士団、魔導兵団はそれぞれがペアになり、レイナースもそれに加わる。

 それ以外は、イビルアイとレメディオス、ガガーランとラキュース、ティアとティナ、がお互いにペアを組んだ。


 これが、イビルアイが考案した作戦だ。

 敗北条件は、背後から肩を叩かれる事。

 ならば、背後を無くせばいい。

 これならば、負けはない。

 モモンが我々を無理矢理引き剥がそうとした場合は、あとはこっちが痛がった振りをするだけだ。

 それで攻撃されたと訴えれば、モモンの負けは必然。

 魔導王はミスをした。

 モモンの力を過信するあまり、力ではどうにもならないルールを作ってしまったのだ。

 

 かといって、このままではじっとしていても決着はいつまでもつかない。

 あとは、この状態でダメ元でモモンに攻撃を仕掛けて当たればラッキー、モモンがこちらに攻撃を仕掛けてくれればラッキーという作戦だ。

 最悪、決着がつかない場合は、こんなテストを実施した魔導王に責任転嫁して、モモンの配下にしてもらうという条件を呑んでもらう様交渉をする、という算段だ。


 皆、ペアを組んだ状態でその場に待機して、モモンが次にどのような行動に出るのか窺う。

 

 すると、モモンは、一番近くにいる親衛騎士団の兵士ペアへと近づいていった。

 その兵士ペアはモモンに攻撃を仕掛ける様子もなく、ただ、モモンを待ち構えた。


(そうだ。それが正解だ。下手に攻撃を仕掛けて背中を見せたら、モモン様に狙われる。ならば、モモン様が何かされるのを待つ方がいい。)

 イビルアイはその様子を観察する。


 モモンの正面に立つ兵士は、ただただ、近づいて来るモモンを待ち構えた。

 そして、モモンが目前まで来たところで、その兵士は自分の目を疑う。

 モモンが一瞬で、自分のペアとなっている兵士に姿を変えたのだ。

 その兵士は、あまりの出来事にフリーズする。

 そして次の瞬間、肩を叩かれた感触に襲われる。

 ふと肩に目をやるとそこにはモモンの手が置かれていた。

 兵士は自分に何が起こったのかわからなかった。

 ついさっきまで背中に感じていた仲間の兵士の感触は、いつの間にかモモンの体に触れている感触にすり替わっていた。

 

 そして、それは、そのペアの兵士も同じであった。

 ペアの兵士は、首を回して背後のモモンを見ていた。

 次の瞬間、その姿が消えた。そして景色が変わった。

 慌てて首を正面へと向ける。目の前には自分のペアの兵士が立っている。

 そして、ペアの兵士は背後からモモンに肩を叩かれていた。

 それを目にした兵士に更なる衝撃が走る。

 自分も肩を叩かれていたのだ。背後から。

 その兵士は、自分の背後に目をやった。

 そこには、モモンが立っていた。

 

 その兵士達は、自分に何が起こったのか理解できないまま、ただただ、立ち尽くす。

 しかし、何が起こったのか理解できていないのはその兵士達だけではなかった。


「モ、モモン様がふ、二人…」

 それ光景を遠目で見ていた兵士の一人が呟いた。


 その出来事を俯瞰して見ていた者は、更に理解ができないでいた。

 モモンが兵士のペアに近づいた時、兵士と姿が入れ替わり、更には、モモンが二人になっていたのだ。この状況を説明しろという方が無理であろう。


「青の薔薇の魔法詠唱者!あれは何なのだ!モモン様が二人いるぞ‼」

 それを見ていたレメディオスは叫ぶ。

「分かる訳ないだろ‼」

 あまりの出来事にイビルアイも冷静さを欠く。


 この後、更なる衝撃が皆を襲う。


「ラキュース。昨日、飲んだ酒が今頃になって効いてきたみたいだ。モモン様が四人に見えちまってる。」

「いいえ、ガガーラン。私も四人いるように見えているわ。」

 

 分裂したモモンが更に分裂し、四人になっていた。


 そして、分身の術を使用した四人のモモン―いや、パンドラズ・アクターが扮した弐式炎雷は、変わり身の術を使用して、次々と兵士達の肩を背後から叩いていく。


 その光景を見たイビルアイは思う。あれが、武技かスキルかわからないが、


(モモン様…そんなの反則じゃないですか!)




 「一切、攻撃はしないとは言ったが、四人に増えないとは言ってないからな…」

 その様子を見ていたアインズは、小さく呟いた。


(弐式炎雷さんは、防御力を捨て、すべてを隠密能力と攻撃に全振りした人だったからな。コピーとはいえ、自分でもその動きは捉えきれない。ただ、防御力はゴミだから、もし、パンドラズ・アクターが洗脳されて弐式炎雷さんになった場合は、その機動力を上回る広範囲魔法一発で消し飛ばすんだけど…)


 そして一分も経たないうちに、半数以上の兵士達が肩を叩かれ、アウトとなっていた。


「どうするんだ!このままでは我々も時間の問題ではないか‼何か他に手はないのか‼」

 レメディオスは、背後にいるイビルアイに向けて叫ぶ。

「…ティア、ティナ。お前たちに聞きたいことがある。」

 イビルアイは、近くにいたティア、ティナに聞く。

「何?」×2

「あの四人のモモン様は実体か?それとも幻か?」

 イビルアイは二人に問う。

「わからない。だけど、実際に兵士に同時に接触しているから」

「実体だと思う。」

 ティア、ティナは、答える。

「ならば、最後の賭けに出るしかないな。」

 イビルアイは呟いた。


 その後、二分が経過しない内に、イビルアイ達三組以外の者達はすべてアウトとなっていた。


 イビルアイ達は、その段階で当初の作戦を断念し、お互いに背中を合わせていた態勢を解いた。

 そして、イビルアイ達は一か所に集まる。


(一体、何をするつもりだ?もう、観念したという事か?)

魔導王―アインズがそう思った時、ラキュースとイビルアイは魔法を詠唱した。


「ワイデンマジック・プロテクションエナジー・ネガティブ‼〈魔法効果範囲拡大化・負属性防御〉」


「ワイデンマジック・アシッド・スプラッシュ‼〈魔法効果範囲拡大化・酸の飛沫〉」


 ラキュースの魔法によって、イビルアイ達の体はそれぞれ、黄緑色に輝くオーラに包まれる。

 そして、イビルアイの魔法によって発生した酸の雨は、モモンではなく、イビルアイ達に降り注ぐ。

 酸の雨は、黄緑色のオーラによってダメージは軽減されるが、イビルアイ達の衣服を、皮膚を、髪を徐々に溶かしていく。

 そんな中で、イビルアイ達は黙ってその酸の雨を浴び続ける。その苦痛に耐えながら。

 そして、モモンに向かってにじり寄っていく。


「な、なんだと…」

 アインズは思わず、呟く。


 四人に分身したモモンは、その魔法範囲外に立ち尽くす事しかできなかった。

 もし、イビルアイ達に近づこうものならその酸の雨にうたれる事は免れないからだろう。

 

 魔法の効果が切れる前に、イビルアイ達は新たに同じ魔法を詠唱する。

 そして、更なる酸の雨が降り始める。

 魔法を唱えながらも、イビルアイ達は、モモンへの距離を縮めていった。

 これが、イビルアイが考案した最後の賭けである。


 酸の雨に打たれている状態でモモンに近づいていく。モモンに攻撃が当たる範囲まで来たら、攻撃を仕掛ける。

 体をこの魔法範囲内から出しさえしなければ、モモンはこちらに何もできない。

 あの四人になったモモンがすべて実体だとすれば、この酸の雨に入った時点で、その攻撃は免れないからだ。 

 そして、イビルアイ達が魔法を詠唱し続けられる限り、この酸の雨に耐えている限りは決して敗北はない。

 はっきり言って、まさに捨て身の戦法である。

 

(こうなったら、もう持久戦しかあるまい…魔力が続く限り何度でも挑んでやるさ。)

 イビルアイが覚悟を決めた、その時だった。


 魔法範囲外にいた四人のモモンは、一人へとその姿を戻す。


 そして、次の瞬間、すべての者が幻を見た。


 モモンが酸の雨に突入したのだ。

 しかも、モモンは酸の雨を躱しながらイビルアイ達に迫っていく。

 酸の雨を躱す。その超絶の動きを皆を見た者は、それが幻にしか見えなかった。


 モモンは、イビルアイ達に一瞬で到達すると、まさに、目にも止まらない速さで、背後から肩に触れていく。それが叩いたのかどうかわからない程の残像を残して。

 そして、モモンは魔法範囲外へと一気に駆け抜けると、ひざまずきその動きを止めた。


 その幻影を見たすべての者が凍り付く。

 イビルアイ達も今、目の前で自分達に起こった事が頭の中で理解できていない状態でいた。

 イビルアイ達は黙ってその場で固まる。


 そして、酸の雨が降り終わった時、ネイアは叫んだ。


「こ、これでテスト終了です‼」




 


 

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