第28話 試される力

 魔導教団本部の訓練施設にてモモンの配下になるべく、そのテストが行われようとしていた。


 テストの内容は―鬼ごっこ


 ルールは、


 モモンは一切、相手に攻撃をしない。モモンが後ろから肩を叩くとアウトとなり、肩を叩かれた者は退場となる。モモンが全員をアウトにしたらテスト終了。


 相手側は、武器、魔法、飛び道具、等すべての攻撃可。そして、一撃でも当てる事が出来たら、彼ら全員、合格という内容だ。


 しかも、モモン一人で、親衛騎士団、魔導兵団の四十一人の兵士達、レメディオス、レイナース、ラキュース、ガガーラン、イビルアイ、ティア、ティナ、計四十八名を同時に相手にする。


 しかも、ただの四十八人ではない、アダマンタイト級冒険者五名、聖王国一の剣士、それに聖王国の選りすぐりの兵士達だ。それに、レイナースも只者ではない雰囲気を醸し出している。


 モモン様がいくら強くても、このメンバー全員の攻撃を同時に受ければ、一撃くらいは当たってしまうだろうと、ネイアは思っていた。このテストが始まる前までは…


 テストに臨む四十八名は、テスト前に作戦時間が与えられた。


「私、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラが、この作戦会議を取り仕切らせて頂きます。異論のある方はいらっしゃいますか?」

 ラキュースの言葉に誰も異論はなかった。


「それでは、作戦について何か意見がある方はいらっしゃいますか?」

 ラキュースの言葉に、数名が手を上げる。


「それでは、そこの方。」

 ラキュースは、手を上げた親衛騎士団の兵士の一人を掌で指した。


「は、はい。私は、聖王国親衛騎士団の三番隊の隊長をしております。ブライン・ロイドと申します。私は、アダマンタイト級冒険者である青の薔薇の皆さんに作戦を立てて頂きたいと思います。私は、その作戦に従います。」

 その兵士がそう言うと、親衛騎士団のすべての兵士が同意した。


「魔導兵団も同意見です。我々もそれに従います。」

 その場にいた魔導兵団の中で最も位の高い者が発言した。


「そうですか。それでは、レメディオス殿、レイナース殿はそれでよろしいですか?」

 ラキュースの言葉にレイナースは首を縦に振る。


「私は、このテストに死んでも合格しなければならない。モモン様の配下になれるならば、どのような作戦でも従おう。」

 レメディオスは、鬼気迫る表情で述べる。


「…わかりました。それでは、こちらで作戦を検討させて頂きます。イビルアイ。このテスト、あなたはどう見ているの?」

 ラキュースはイビルアイに質問した。


「作戦以前に、まず、皆に覚悟をしてもらいたい。」


「覚悟って?」


「…モモン様を殺す覚悟だ。」


「!!!!」

 イビルアイの言葉にそこにいるすべての兵士達が動揺した。


「ば、馬鹿を言うな‼我々が仕えたいと思っているお方を殺すなど‼それにモモン様はこちらを攻撃しないのだぞ!」

 レメディオスは、思わず叫ぶ。


「まず、その覚悟がなければ、我々に勝ち目はない。」

 イビルアイは淡々と言う。


「どういう事?」

 ラキュースがイビルアイに問う。


「昨日のモモン様の戦いを見た者ならわかるだろう?モモン様の凄まじいスピードを。手加減して我々に勝ち目があると思うか?」


「…そうね。我々の実力ではモモン様に手加減している余裕などなかったわね…」

 ラキュースの言葉に、皆、沈黙する。

 レメディオスも、その言葉には反論できない。


「皆、モモン様を信じていないのか?私は誰よりも信じているぞ。私が殺す気で攻撃をしかけてもモモン様は決して死なないとな。」


 イビルアイのその言葉に、レメディオス、他の兵士達はこの青の薔薇の魔法詠唱者がいかにモモンを信頼しているのか痛感した。

 そして、自分達も負けてなるものかと奮起した。


「私もモモン様を信じている。誰よりも…。よかろう。その覚悟とやらしてやろうじゃないか!」

 レメディオスが意気揚々と宣言した。


「イビルアイ。それで作戦はあるの。」


「ああ。勝てるかどうかは微妙だが、負けない作戦ならな。」


「負けない?」


「ああ。魔導王はミスをした。いかにモモン様の強さを信頼していても勝利条件を訂正するべきではなかった。」


「その作戦とは?」

 ラキュースの問いに、イビルアイは作戦の全容を述べる。



 

 訓練場の中央にテストを受ける者達が隊列を組んで待機していた。

 最前列には、レメディオス、レイナース、青の薔薇のメンバーが並んでいる。

 魔導王、ネイア、ナーベは、中央から五十メートル以上は離れた訓練場の壁際でその様子を窺っていた。

 そこに、モモンの姿はない。

 暫くすると、施設の入口の一つから黒い影が現れる。

 その影は、施設内に入るとその姿を現した。

 その姿を見た兵士達の顔に動揺が走る。

 そこに現れたのは、確かにモモンであるが、いつもと違う様相をしていたからだ。

 頭部にはいつも身に着けている面頬付き兜を装着しているが、その体には、いつもの全身鎧ではなく、蒼き異国の雰囲気を漂わせた装束を纏い、軽装の鎧を身に着けていた。

 そして、いつもの巨剣は装備しておらず、武器という武器は身に着けていなかった。

 モモンは、ゆっくりと訓練場の中央へと歩を進める。

 モモンはその隊列の前まで来ると、その動きを止めた。


「それでは、始めようか。」

 モモンは、兵士達に言い放つ。その低く重厚な声色はすべての者にプレッシャーを与える。

「モモン様。開始の合図はどうしますか?」

 最前列にいたラキュースはモモンに話し掛けた。


「そちらの好きにしてくれて構わない。私はそれに合わせよう。」


「分かりました。それでは、こちらが動いた瞬間がスタートという事でよろしいでしょうか?」


「ああ。」


 モモンの言葉の後、モモン以外のすべての者が武器を抜く。そして構える。

 

 その場に僅かな静寂が訪れた。

 

 静寂を破ったのは、レメディオスの一声だった。


「モモン様‼参ります‼」

 その声と共に、剣を突き出しレメディオスがモモンに向かって駆け出す。

 

 剣を構えたラキュース、戦鎚を振りかぶるガガーランがそれを追う。二人は、レメディオスの両脇からモモンに向かって弧を描くように追走した。


 三人がモモンに迫る。


 三人がモモンの目前に来た時、ティア、ティナが、すでにモモンの背後に回り込んでいた。

 五方向からの同時攻撃、しかし、これはまだ作戦の一部でしかない。

 その僅かな間、イビルアイは後方で魔法を詠唱していた。


 「ワイデンマジック・アシッド・スプラッシュ‼〈魔法効果範囲拡大化・酸の飛沫〉」


 その魔法が発動すると、モモンの上空から酸の雨が広範囲で降り始める。

 その効果範囲内には先に攻撃をしかけた味方もいる。

 味方をも巻き込む特攻戦術である。

 五方向からの同時攻撃プラス上空からの広範囲の酸の雨。

 そこに逃げ場はない。

 しかも、その攻撃が目前に迫っている状況でモモンはいまだ、微動だにしていない。


 (もしかして、これで決着がついてしまうのか?)


 イビルアイがそう思った時、それは起きた。


 レメディオスの突き出した剣がモモンの肩に突き刺さろうという瞬間、


 酸の雨がモモンに降りかかろうとする瞬間、


 ティア、ティナのナイフがモモンの背中に突き刺さろうという瞬間、


 ガガーラン、ラキュースがモモンに向けて武器を振り下ろそうという瞬間、

 

 モモンの姿が忽然と消える。それも、一瞬で。


 瞬きをしていたらまったく気付かない程、瞬きをしていなくても理解できない程の速さで、である。

 

 皆のすべての一撃が空を切る。そして、皆、酸の雨のダメージを受けるが、その痛みを感じるより、今、自分達が見た光景の衝撃の方が大きいのか、その場に無言でフリーズした。

 

 その光景を遠目で見ていたネイアも驚きで言葉を無くしていた。

 いや、遠目で見ていたからこそ、更に驚いていた。

 ネイアは自分の動体視力に自信を持っている。

 今まで、間近で見切きれない動きはあったが、俯瞰して見切れない動きがなかったからだ。

 しかし、遠目でもモモンの動きは見えなかった。そればかりか、ネイアの視界のどこにもモモンの姿がない。

 

 そう、まさに消えたのだ。この訓練場から。一瞬にして。


 訓練場の中央にいる兵士達もその光景を見て戸惑っている。

 攻撃を仕掛けた者達は一瞬でフリーズを解き、自分の周りを見渡して武器を構え直す。



「あと、どれくらい掛かりそうだ?」

 ネイアの横にいた魔導王が突然、呟いた。


 ネイアは自分に聞かれたと思い、慌てて「分かりません」と答えようとした時、


「あと、五分といったところでしょうか。」

 魔導王の質問に答える声がした。


 ネイアは、その声がした方向に振り向く。

 

 そこには、モモンが両腕を組んで立っていた。

 

 そう、自分の真横に。

 

 ネイアは、混乱する。

 

 それもその筈だ。ここから五十メートル以上離れた所で戦っていた者が、その姿を消して、僅か数秒で自分の横に立っていたのだ。

 

 しかも自分に気付かれる事なく。


 ネイアは、お化けを見るような目でモモンを見つめる。

 

 そして、それはモモンの姿を捉えたすべて者が同じような目をしてモモンを見つめていた。


 「それでは遅いな。あと三分で片付けろ。」

 

 「畏まりました。」

 魔導王の言葉に、モモンが力強く返事をした。


 

 








 

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