第30話 与えられた使命
ネイアによりテストの終了が告げられた。
その終了の宣言を、それに臨んだ兵士達は、呆然と立ち尽くしながら聞いていた。
酸の雨に打たれていたイビルアイ達も、そのダメージを感じる様子もなく呆然と立ち尽くす。
あらゆる事が想定外だった。
モモンのスピードも。モモンが四人に増えるのも。モモンにいつの間にか背後を取られることも。
唯一、想定内だった事といえば、モモンが強すぎるという事だけだろう。
「あああああ‼」
レメディオスは、ひざまずき地面を両手で叩いて大声で叫んで、悔しがる。
それに対して、ガガーランは、やられちまったみたいな顔でそんなに悔しがっていない。
他の兵士達は、モモン様のあまりの強さを見たためか、狐につままれたような表情で立ち尽くしていた。
そんな中、壁際で観戦していた魔導王が、イビルアイ達の方へ近づいて来た。
イビルアイ達の目の前まで来ると、
「おもしろいものを見せて貰った。このポーションを使って傷を治すがよい。」
魔導王は、いつの間にかその手に持っていたポーションの瓶をイビルアイ達の目の前に六つ置いた。その瓶には紫色の液体が入っていた。
「それはありがたいねえ。」
ガガーランは、そう言うとポーションの一つを手に取り、躊躇なく自分に振りかける。
(こいつバカか!魔導王に出されたものを疑いもなく使用するな!)
イビルアイの思いに反して、ガガーランの傷はあっという間に癒えていく。
その反応を見て、他の者もポーションを使って傷を癒した。
「魔導王陛下。陛下のご期待に添えましたでしょうか?」
モモンが魔導王の前にひざまずき言う。
「モモンよ。よい働きであった。久々にいいものを見せて貰った。」
「お褒めに預かり光栄です。このモモン、これからも精進致します。」
この魔導王とモモンのやり取りに水を差したのは、あの女だった。
「モモン様‼どうか、もう一度チャンスを頂けないでしょうか‼」
あの女―レメディオスがモモンに再び懇願したのだ。
王とその配下がやり取りをしている状況でのこの発言にネイアは思う。
この女は本当に空気を読めない女だと。
ネイアが聖王国の恥をどうにかしようと思った、その時だっだ。
「今、陛下とお話中だ。それを邪魔するとは、貴様、死にたいのか?」
モモンが明らかに怒りに満ちた声でレメディオスを脅す。
それは、いつでも英雄的な態度を崩さなかったモモンからは考えられない発言だった。
今まで一度も見た事のないモモンを目の前にしてレメディオスは言葉を無くし、フリーズした。
「良い。モモンよ。その者がお前を慕ってした行動であろう。その程度、笑って許してやる度量はあるつもりだ。」
「は‼陛下‼」
その魔導王とモモンのやり取りを見ていた者はすべての者は感じた。
魔導王の王としての品格、魔導王へのモモンの厚い忠誠心を。
「そうだな。私は、モモンが全員を捕まえたらテスト終了とは言ったが、不合格とは言っていなかったな。」
魔導王のその言葉を聞き、皆、目を輝かせて魔導王を見つめた。
「そう。お前がこの聖王国に滞在している間は、彼らにいろいろ手伝ってもらうのはどうだろうか?」
「それはどういう事で御座いますか?」
「お前は聖王国の地理には詳しくはないだろう?道案内は必要だという事だ。」
「はい。陛下のご命令とあれば。」
「決まりだな。諸君、それではモモンが聖王国に滞在している間、君達はモモンの従者として仕えて貰ってもいいだろうか?」
魔導王のその慈悲深い命令をすべての兵士は涙して承諾した。
その光景を見たネイアは思う。
この御方こそ、慈悲深く偉大な我らが神―アインズ・ウール・ゴウン様なのだと。
まさにその頃、ナザリック地下大墳墓内第二階層のシャルティアの部屋では、すべてのヴァンパイア・ブライド達が集められ緊急会議が行われていた。
集められたヴァンパイア・ブライドの前には白い仮面を被ったシャルティアがいた。
「それでは、会議を始めるでありんす。」
「はい。シャルティア様!」
ヴァンパイア・ブライド達が声を揃えて元気よく返事をする。
「それで、ナザリック内で金髪の女ヴァンパイアの目撃情報はあったでありんすか?」
シャルティアの言葉に一人のヴァンパイア・ブライドが手を上げた。
「はい。そこのあなた。」
シャルティアは持ってた指し棒でそのヴァンパイア・ブライドを指す。
「はい。第一階層から第五階層までの調査致しましたが、目撃情報は御座いませんでした。」
「そうでありんすか…」
その時、違うヴァンパイア・ブライドが手を上げて発言する。
「シャルティア様。そのヴァンパイアはもうナザリック内の誰かの胃袋におさまっているという事は御座いませんか?」
「残念ながらそれはないでありんす。そのヴァンパイアが生きているからこそ私が影響を受けているんでありんす。」
「それでは、第五階層より下にいるんでしょうか?」
「それは考えられないでありんす。ナザリック地下大墳墓は下の階層にはそう簡単に移動できないでありんす。移動したならば、とっくに気付かれているでありんす。」
「それでは、すでにナザリック外に出て行ってしまったのではないでしょうか?」
―カラン
ヴァンパイア・ブライドのその言葉に、持っていた指し棒を落した。
そして、シャルティアは膝から崩れ落ち、両手を地面につけて絶望する。
(どうすればいいでありんすか。勝手に眷属を作っておいて、その上、消息不明となり、さらにはナザリック外に逃亡されたなどと知れたら、アインズ様に叱られてしまう。)
その時だった。
ドア番をしていたヴァンパイア・ブライドが会議が行われている部屋に入ってきた。
「シャルティア様。デミウルゴス様が面会をしたいとお越しになっております。」
「今は、それどころではないでありんす!断ってくんなまし!」
シャルティアはドア番のヴァンパイア・ブライドに怒鳴りつける。
「そ、それが、シャルティア様の眷属の事でお話があるとの事です。」
「け、眷属でありんすか?」
「はい。」
「どのような用件か聞いてくるでありんす。」
「はい。畏まりました。」
ヴァンパイア・ブライドは再度、デミウルゴスの元に向かい、そして戻ってくる。
「シャルティア様。デミウルゴス様がシャルティア様の眷属の金髪碧眼のヴァンパイアの事で話があるとの事です。」
そのヴァンパイア・ブライドの言葉にシャルティアは固まった。
それは、アインズ様以外では二番目に知られたくない人物だったからだ。
一番目は当然、アルベドである。
その他の順はアウラ、マーレ、コキュートスと言った所であろうか。
アルベドが一番なのは、アルベドに知られた場合、アインズ様にある事ない事吹き込んで私を貶めようするのは明白だからだ。
デミウルゴスの場合は、あらゆる正論でボディーブローをかまして来るだろう。
そして、悪魔的にネチネチした苦痛を長時間に渡って与え続けてくるのは想像に難くない。
よりによってマズイ人物に知られてしまったとシャルティアは思ったが、デミウルゴスの話を聞かないとこれ以上先に進まないと判断し、デミウルゴスを部屋に招き入れた。
「シャルティア。急に連絡もせず訪問して申し訳ないね。」
「い、いいでありんすよ。それよりも話というのはなんでありんすか?」
「ところで、その仮面はどうしましたか?」
「な、なんでもないでありんす。ちょっと、イメチェン?そうイメチェンでありんす!」
「そうですか。私はてっきりあなたの眷属が強引に仲間を増やした影響を受け、それを隠す為に仮面をつけているのかと思ってしまいました。」
「な!そんな事ある訳ないでありんす。」
(バ、バレてるでありんすか?)
「それで相談なんですが、あなたの眷属に私の指揮下に入ってほしいと言ったら、あなたの命令しか聞かないと言われたので同行をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「は?どういう事でありんすか?」
「貴方は、アインズ様からご計画について聞かされていないのですか?」
デミウルゴスの質問にシャルティアは混乱する。
(アインズ様のご計画?知らないでありんすが、それを認めてしまうと私が眷属を勝手に増やして逃げられた事がバレてしまうでありんす。ここは、デミウルゴスに話を合わせるでありんす。)
(―と、シャルティアは考えているのでしょうね。フフッ。アインズ様。あなたは本当に恐ろしいお方だ。愚者の行動すら読み切り、それを駒にするとは…。私など未だ、あの方の足元にも及んでいないのでしょうね。)
「もちろん。聞いているでありんす。」
「そうですよね。それでは私にご協力をお願い致します。」
「わかったでありんす。」
シャルティアは仮面の中でひきつった顔を浮かべながら了承した。
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