第22話 英雄の戦い

 悪魔騎士―イビルナイトの軍団の中心に、その武人は立っていた。


 その武人は巨漢の体躯をしていた。


 そんな巨漢な体躯でも更に巨大なイビルナイト達の中にいるととても矮小な存在に映った。


 しかし、そのような状況でも、その武人は誰よりもこの戦場に映えていた。


 月の光に照らされ、真紅に輝いた異国の鎧。


 その武人の両手には、それぞれ違う幻想的な光を纏う異国の剣が握られていた。


 右手には、電撃を纏う波打つ巨剣。

 

 左手には、その巨剣を上回る長さの長剣。


 異様な存在感を醸したその武器…そして、その武人の様相は、遠目で見てもまさに異様であった。


 何よりその存在感がその戦場を支配していた。


 


 

「あれは、一体何なんだ…」


 その光景を見ていた一人の兵士が呟いた。


 聖王国の正門に控え戦況を見守っていた兵士達も、突如現れた異形の武人を茫然自失した形相で見つめていた。


 そんな誰もがその状況を呑みこめていない時だった。


―シュッ…


 その空間全体に、音にならない音が静かに響く。


 その音は、聖王国の正門から遥かに離れたイビルナイトの軍勢のど真ん中から発せられた。


 一時の静寂が訪れた戦場でなかったならば、誰もが聞き逃したであろう音であった。



 その音が響いた次の瞬間、その武人の周囲のイビルナイト十数体がシュレッダーに裁断された書類の如く引き裂かれた。


 そして、裁断されたイビルナイト達の切れ端は無機質な紙屑のように地に落ちる。


 そして、その残骸は、あっけなくただの灰となって消滅していった。



「‼‼‼」


 その武人の剣筋を見ていたすべての者に衝撃が走る。


 いや、詳しくは見えなかった事を見ていたという方が正しいか。

 

 遠距離ではあるが、そこにいる者で、その武人の神速の剣筋を見切れるものは誰一人としていなかった。

 

 その後も、その謎の武人は、周囲のイビルナイト達を次々とその見えない両手、見えない剣筋で切っていく。


 まるで紙を裁断するかの如く。



 味方を滅されたイビルナイトの軍勢は、怒ったかのようにその武人に向かって先程のように塊となって押し寄せる。


 しかし、その塊は、その武人の攻撃範囲に入ったが最後、あっけなく先程のイビルナイトと同じように細切れにされて灰となって消えていった。



 本来であれば、聖王国の兵士達は、そんなイビルナイトが無残に滅ぼされているこの状況を歓喜しながら観戦するところだが、その余りの強さに、ただただ、黙って傍観する事しかできなかった。



「あれは、一体、何者なのだ?モモン様はどうされたのだ?」


 イビルアイの横に歩み出たレメディオスが呟いた。


「モモン様は、死んだのですか?」


 そんな中、兵団の中から出てきたレイナースは、イビルアイ達の方に向かって聞いてくる。



「‥‥いや、おそらく、あの赤い鎧を着ている者が、モモン様だ。」


 イビルアイは、暫くの沈黙の中、口を重く開いた。



(そうだ。私は知っている。

 モモン様が王国でヤルダバオトと戦われた時、次々とどこからともなく、武器を交換されていた事を…

 おそらく、あの鎧や剣もその要領で交換された物であろう…)



「しかし、体格がモモン様より遥かに大きいではないか!」


 レメディオスはイビルアイの言葉を信じられないのか大きな声を上げる。


「魔法が付与されている武器や防具は、その使用者によって形を変える事はよくある事だ。逆に、付与されている魔法によって体格を変化させているのかもしれん。」


 イビルアイは自らの推察を述べる。


「あれが、モモン様…」


 レメディオスはそう呟くと、その武人を凝視する。


 我が君の戦いを目に焼き付けようと…



「そうだろう?ナーベ。」


 イビルアイは、ナーベに同意を求める。


 癪だが、モモン様とコンビを組んでいるナーベならばこの状況を把握している…


 と、イビルアイは判断したからだ。


 しかし、ナーベの返事はない。


 しかも、いつも冷ややかな表情のナーベが顔に冷や汗を掻いていた。


 そして、いつもと違いその表情も歪んでいた。


 それを見たイビルアイは焦る。


 「ど、どうした?モモン様になにか問題が…」


 「今の私にはその答えは言えません…。モモンさんから直接お聞き下さい。」


 苦虫を噛むような顔でナーベは答えた。


 「モモン様…」


 ナーベの言葉に、不安を抱きながら、イビルアイは巨躯の武人の戦いを見つめる。




 

 そんな中、巨躯の武人―パンドラズ・アクターが扮した武人武御雷は、まるで単純作業を繰り返すが如く、イビルナイトの軍勢をただただ細かく切り刻んでいくのであった。







 まさにその頃、ナザリック地下大墳墓内にて遠隔視の鏡を使ってその戦闘を見ていたアインズは、自分の顔に両手を当ててうずくまっていた。



(アイツ、速攻で、はみ出しやがった~~~!!!

 あれ程注意したにも関わらず‥‥)


 アインズは、もはや、人選うんぬんの問題ではないと認識した。


(つーか、はみ出してるっていうか、あれって完全にあふれ出しちゃってるよね?)


 アインズは、冷静(?)に分析する。


(しかも、武御雷八式と斬神刀皇の二つの神器級の武器持ちだしているし。斬神刀皇はコキュートスが持ってた筈なのに‥‥借りてきたの?)


 アインズは、もはや取り返しがつかない所まで行っちゃっているんじゃないかと感じていた。


(何?この子、馬鹿なの⁉)


 アインズは、造物主としての責任を大きく感じていた。


(どうすんだよ!はみ出しちゃったら、収拾つかなくなるじゃん!)


 アインズは激しく動揺した。

 しかし、アンデッドの特性により、アインズは抑制される。


(ま、まあ、アイツなりに考えているんじゃないかな?一応、明晰な頭脳を持つという設定にした訳だし…。ここは暫く様子を見るとするか…)


 

 抑制されたアインズは、すべてをプラス思考に切り替えた。


というか、プラス思考でもしないとやってられないという方が正解か⁉


 ともかく、アインズは未来の自分にすべてを丸投げした。







 パンドラズ・アクター扮した武人武御雷は、イビルナイトの軍勢を紙きれの如く、ただただ裁断していった。


 その光景の見ていた聖王国の兵士達、イビルアイ達は、ただただ、その光景を傍観する。


 人々が恐れ、そして束になってかかっても勝てない異形の怪物を、無造作に滅していく存在を見て、その場にいる人間は、息を呑んで見つめている事しかできなかった。


 そして、その場にいるすべての兵士が、その存在がただの人間ではないと、認識した。



 同じ人間という弱い種族でありながら、人間では到底及ばない強者の化け物を傍若無人に滅ぼしていく存在を。


 兵士達は熱い視線をその者に向ける。



 ―あれこそ、我々の英雄、いや、我々の王の姿だ!!


 という視線を…





「ガガーラン。あの剣筋を見切れる?」


 戦いを見守っていたラキュースがガガーランに問う。


 自分には全く見えないが、青の薔薇の近接戦闘のスペシャリストである彼女ならば、あの武人の強さを判別できると考えたからだ。


「無理だね。あたしがあそこに立ってたら一瞬で微塵切りにされて終わりだね。」


 ガガーランは、熱い視線でその戦いを見つめながら、紅潮した顔で答える。


「ティア、ティナ、あなた達は?」


 ラキュースは次に青の薔薇で最も俊敏で並外れた動体視力を持つ彼女達に意見を求める。


「無理・・・・」×2


 彼女達も、珍しく熱い視線でその戦いを見つめながら答えた。


「そう…」


 ラキュースは仲間たちの回答に落胆しながらも、その戦いを凝視する。

 魔導国の戦力を把握するために。

 

 しかし、その瞳はまるで憧れの勇者を見つめているかのように光輝いていた。





 聖王国の陣内で、そのような状況になっている中、戦場のモモン―いや、パンドラズ・アクターが扮した武人武御雷は、目の前のイビルナイトをただただ作業のように殲滅していく。



 戦闘が始まって、五分と経たないうちに百以上いたイビルナイトの軍勢は、武人武御雷(コピー)によってその総数の半分以上が葬り去られていた。


 その場の誰もがその謎の武人の勝利を確信していた。


 そして、その場の誰もがその圧倒的な武人の力に酔いしれていた。



 ―その時だった。


 巨躯の武人によって宿滅されようとしていたイビルナイトの軍勢の後ろに黒い靄のようなものが空間が突如、出現した。


 それも、三つ。


 その空間からそれぞれ黒く蠢く何かが顔を覗かせる。


 そして、その三つの空間から、異形の化け物達が這い出てきた。


 その化け物達は、バサリと広がる漆黒の大きな翼を羽ばたかせた。


 その筋肉隆々の体は蠢くような真黒な剛毛で覆われていた。


 顔は牛の形相をして、頭部には大きな猛牛の角を生やしていた。


 そこには、まさに、これでもかという程の悪魔っぽい悪魔が三体、出現した。


 その悪魔達は、地上二十メートル程の高さで留まっていた。


「新手か‼」


 新たな悪魔の出現にイビルアイは思わず叫んだ。


 突如現れた巨大な悪魔達は、両手を天に翳す。


 その巨大な悪魔達の両手には、それまた巨大な魔法陣が展開された。


 先程の魔法詠唱者の少女の魔法陣には及ばないまでも、それは巨大な魔法陣であった。


 そして、その魔法陣を介して、悪魔達の頭上には直径五メートルはあるであろう紅蓮の巨大な火球が出現した。




 (あ、あれは、ファイヤーボール〈火球〉ではない。もっと高位の魔法だ!

 まずい!

 あの距離では、モモン様の攻撃が届かない!)


 その巨大な紅蓮の火球が、三つ同時に、イビルナイトの軍勢と対峙している謎の武人に向かって放たれた。



「モモン様-----------‼」



 その絶望的な光景を見たイビルアイの叫び声が大きく響く。



――――ドオオオオオオオオオンンンンンンンン‼‼‼


 放たれた紅蓮の火球は、武人に衝突すると大爆発を起こす。


そして、その周辺を、いや、その何もない荒野を真っ赤に染め上げた。



 その光景を見て、戦いを見守っていたすべての者が息を呑む。


 そして、思う。


(これは、我々の知っている戦ではない。

 これはまさに、この世の支配権を賭けて争う人間の英雄と悪魔達の壮絶な戦い。

 これは、戦争ではない聖戦だ…)

 



 「モモン様…」



 イビルアイは、広大な大地に燃え盛る紅蓮の炎を見つめて弱々しく呟く。



 誰もが、その光景を見て絶望した。


 全く別次元の戦を見せつけられたという事もあったが、唯一の希望の人物がその紅蓮の炎の中で悶え苦しんでいるだろうと思うと、絶望と共に深い悲しみに苛まれていた。


 その場にいた誰もが絶望により呆けながらその紅蓮に盛る炎を見つめていた。



そんな中、その紅蓮の炎よりも眩い閃光が煌めいた。



 次の瞬間、その場にいたすべての者は、後に語り継がれるであろう英雄王の戦いを目にする事になる。



―それは一瞬だった。



 突然、大地に広がった紅蓮の炎が、その内側から放たれた凄まじい光と衝撃波で弾け飛んだ。


 イビルアイ達がいる数百メートル離れた防御魔法内にもその振動が伝わる程の衝撃であった。


 その凄まじい光とその衝撃波で、戦場に佇んていた五十を超えるイビルナイトの軍勢が一瞬で吹き飛び、塵となっていく。


 すべてが吹き飛んだ地上の荒野に立っていたのは、巨躯の武人だけであった。

 その武人は、まったくもって無傷であった。そして、その躰からは、無数の蒸気が吹き上がっていた。

 次の瞬間、その武人の姿が消えた。いや、それ程の速さで、跳躍をした。

 空高く、悪魔の一体に向けて。

 高さ二十メートルはあるであろうその距離まで一瞬に到達すると、その悪魔をこれまた一瞬の内に、その両刀で十字に切り裂いた。

 切り裂かれた悪魔は、灰となって消え去っていく。

 そして、武人は空中で体を回転させると、その両方の刀をそれぞれ、二体の悪魔に向けて振りかざす。

 その瞬間、光り輝く刀身から、光の刃がその悪魔に向かって放たれた。

 光の刃は、二体の悪魔を真っ二つに両断する。

 両断された悪魔達は、灰となって消えていった。


 その一瞬の出来事に、すべての者は言葉を失う。

 

 巨躯の武人は地面に降り立つ。

 

 その巨体から、着地の瞬間、多量の砂埃が舞った。

 

 その砂埃が晴れるのを、すべての者は黙って見守る。

 

 砂埃が徐々に晴れていく。


 その砂埃の中に映った人影が徐々に姿を現す。


 そこには―

 

 漆黒に輝いた絢爛華麗な全身鎧に身を包み、


 大きな真紅のマントを棚引かせ、


 背中に二本の巨剣を背負う、


 ―英雄王が立っていた。




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