第21話 戦いの行方   


「ワイデンマジック・メテオフォール‼〈魔法効果範囲拡大化・隕石落下〉」


 その声と共に、天空に数多の光の塊が出現する。

 

 一つ一つが、熱せられた巨大な岩―それよりも大きい何かが、天を切り裂き、落下してくる。


 そして、モモンに目掛けて駆けだして来ていたヴァンパイアの軍勢に向かって降り注いだ。

 

 軍勢に到達した隕石は大爆発を引き起こす。


 大地に凄まじい轟音が響き渡り、発した凄まじい衝撃がヴァンパイアの軍勢を襲う。


 多くのヴァンパイアが千切れ、


 吹き飛び、


 燃え上がり、


 そして、灰と化す。


 イビルアイ達の前には、そんな地獄絵図のような光景が拡がっていた。



 その衝撃に地面は抉られ、巻き起こった爆風で荒野の土砂が天高く舞い、ヴァンパイアの軍勢を覆い隠していった。


 「す、すごい…」


 正門前の兵団の前方でその壮絶な光景を目の当たりにしたネイアは呟いた。



(こ、これは、あのヤルダバオトも使用していた第十位階魔法。でもヤルダバオトよりも威力も範囲も遥かに上だ…)


 他の兵士達も、あまりの光景に言葉を無くし、だだ呆然とその状況を傍観していた。


 それを見ていたイビルアイは思う。


(あのような少女がこんなとんでもない魔法を使えるなんて、おかしいんじゃないのか。魔導国は!でも、これならば、モモン様が戦わなくて済む。)


 例え無傷で終わるとわかっていても、愛する者に刃物が突き刺さる事を容認できる女はいないのだ。


 暫くすると土煙がうっすら晴れていく。土煙の先には、地面は無数に陥没しており、焼けた大地から硝煙が立ち込めていた。


 そして、ヴァンパイアとなった人間の無残な姿があった。


 全身が炎に包まれている者。


 右半身が無くなっている者。


 頭のない者、逆に体のない者もいた。


 そして、もう痕跡も残らずに消失してしまった者の武器や防具が散乱していた。


 敵とはいえ、見るに堪えない状態であった。


 今の一つの魔法で、ヴァンパイアの軍勢の約三分の一程が甚大なダメージを受けた。


 その魔法の範囲外のヴァンパイアの軍勢も魔法の余りの威力に動揺しているのか侵攻を止めた。




(もしかして、これで終わるのか?)


イビルアイはその光景を見て思った。





その時だった。



 突如、百を超える複数の巨大な魔法陣がヴァンパイアの軍勢がいる地面の下に出現した。


 その魔法陣は、紫色に輝き、ドロドロとした蠢く文字のようなものが浮かんでいた。


 すると、その魔法陣は、その上に立っているヴァンパイア達を呑みこみ始めた。


ヴァンパイア達は、呑み込まれまいと必死にもがくが、抵抗もむなしくあえなく呑み込まれていく。


 魔法陣は、先程の無残な姿となったヴァンパイア達も呑みこんでいった。


 そして、そこにいたヴァンパイアの軍勢の殆どが魔法陣に吸収されていく。


 魔法陣に呑みこまれなかったヴァンパイア達はその場を逃げるように立ち去って行った。



(なんなんだ。これは?これもあのダークエルフの少女がやってるのか?)


 イビルアイは状況が理解できず困惑する。


 丘の上を見ると敵の親玉がいるであろう建造物も無くなっていた。




「おおおお‼」


 勝利を確信した兵士達が歓声を上げ始めた。次第に兵士達の緊張感が溶けていく。


 兵士達は皆、ヴァンパイアの軍勢を撃退した可愛いダークエルフの少女を称え始める。


 状況を呑みこめていないイビルアイは、いまだ防御魔法を展開しているナーベに近づいて声を掛ける。


「…終わったのか?」


「いいえ。あの魔法陣はマーレ様のものではないわ」


 ナーベは眉も動かさず淡々と答えた。


「じゃ、じゃあ、あの魔法陣は誰の仕業だ?」


「おそらく、敵側のもの…」


「なんだと!! それでは奴らは自分達の魔法で自爆したっていうのか⁉」


「いいえ…。あれは自爆ではない…。あれは『生贄』…」


「い、生贄だと?味方を生贄にして何をするつもりなんだ?」


 その答えは、ナーベの口からではなく、これから自分が目にするものでイビルアイは理解した。


 ヴァンパイア達を呑みこんだ魔法陣が光り輝くと、その中心から漆黒の粘着質な液体が溢れ出す。


 その液体は魔法陣をすっぽりと覆い隠した。


 すると、その液体は盛り上がり、大きな人型のなにかに形を変化させていく。


 大きな人型をしたそれは、漆黒の全身鎧を纏っていた…


 まるでモモンのように…


 しかし、その鎧の造形はとげとげしく、面頬付き兜には鋭い角が左右に二本生えていた。


 面頬付き兜から覗く瞳には、赤い燃えるような光が煌々と灯り、その大きさは、デスナイトより一回り大きく、身の丈に合った大剣と盾を装備している。


 その人型の何かは次々と、百以上ある魔法陣から生み出されていく…


 その異様な光景は、まさに『絶望』という言葉を表現するには充分な光景であった。


 先程まで、歓声を上げていた兵士達もその光景をまざまざと見せつけられ、黙り込む。


 その光景を見せつけられた兵士達は、これから起こる凄惨な戦場を想像し、そして、これから自らがその異形の化け物共に蹂躙されていく光景を幻視していた。

 

 そして、只、その場に無言で震えながらをその光景を静観していた。




「し、召喚か…しかも、悪魔の…」


 イビルアイは、その状況の正確な答えを口にする。


「はい。あれは、イビルナイト〈悪魔騎士〉ですね…」


 ナーベは、その光景を冷ややかに見つめながら淡々と答える。


「強いのか?」


「まあ、デスナイトより少し強いというところでしょうか…」


 淡々と発せられたナーベの答えに、イビルアイは絶句する。


 それもその筈だ。


 デスナイト一体で人間の約千人の兵力に匹敵する。


 はっきり言って、デスナイト一体だけで一都市が滅びると言っていい存在だ


 しかし、今回我々の目の前に現れた存在は、そのデスナイトより強いという…


 しかも、その数は百体以上‥‥


 まさに絶望に絶望を掛けて、それを二乗した状況であった。


 これでは先程のヴァンパイアの軍勢の方がましではなかったのかと思ってしまう。


 その時、ダークエルフの少女がまた、巨大な魔法陣を展開した。


 そして、叫ぶ。


「ワイデンマジック・メテオフォール‼〈魔法効果範囲拡大化・隕石落下〉」


 再度、天空に数多の光の塊が出現する。


 その数多の光の塊は、赤々しい隕石と姿を変えて天を切り裂き落下してくる。


 その巨大な隕石群は、突如出現したイビルナイトの軍勢に向かって降り注いだ。


 その場には凄まじい轟音が響き渡り、そして、その衝撃で発生した爆風で大地の土砂が一斉に舞い上がる。


 舞い上がった多量の粉塵は、イビルナイトの軍勢を覆い隠していった。




 (いくら、デスナイトより強いといってもこの魔法にかかればひとたまりもないだろう…)



 その壮絶な光景を俯瞰して見ていたイビルアイは思った。


 そして、多量に舞った粉塵が晴れるのを沈黙しながら見守る。


 幾ばくかのの静寂の後、舞い上がった粉塵が晴れ始める。


 その粉塵が晴れた光景を見て、イビルアイは驚愕した。



 なぜなら、あれ程の強大な魔法が叩きこまれたはずの大地に、イビルナイトの軍勢が今だ存在していたからだ。



 そんなイビルナイトの軍勢も、まったくの無傷という訳ではなかった。


 しかし、鎧が多少変形しただけで人としての形を維持していた。


 また、その数も少しも減ってはいなかった。


「な、なんだと!」


 イビルアイはその光景をみて驚愕の叫びを上げる。



「イビルナイトは防御力が高く、魔法耐性もありますから、あの魔法では仕留めきれませんね。」


 そのような状況で、ナーベは淡々と己が分析を述べる。


 ナーベの分析を聞き、イビルアイはさらに絶望した。



(あの凄まじい魔法が効かないという事は、私の魔法など効くはずないじゃないか…)





―ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ…


 暫くの静寂の後、イビルナイトの軍勢は、瞳を煌々と光らせて歩みを始めた。


 イビルナイトの軍勢の巨大な鎧が擦れ合う音が響き渡る。


 さらには、巨体の集団の足音が闇夜に鳴り響いた。




 そんなその場にいた誰もが絶望を抱いた時であった。


 その時、イビルナイト軍勢を前に突き進む大きな影があった。


 その大きな影は、イビルナイト

の軍勢に向かって一直線に突き進む。


 「…モモン様?」


 絶望的な状況で更なる絶望に打ちひしがれていた一人の兵士が、呟いた。


 その時、その大きな影―モモンは百を超えるイビルナイトの軍勢に向かって勢いよく駆け出した。


―ザン!!

  

 モモンはイビルナイトの軍勢の元へと到達すると、最初に対峙したイビルナイトをいとも容易くその大剣で両断した。


 その余りの速さと、余りにあっけないイビルナイトのやられっぷりにその光景を目の当たりにした兵士達は言葉を無くす。


 その後も、モモンは目の前のイビルナイトの軍勢をモノともせず、イビルナイト共をいとも容易く切り裂いていく。


 その余りに凄まじい武に魅せられた兵士達は、その光景を呆然と見守っていた。


 そんな中、イビルナイトの軍勢は動きを変える。


 一人一人の攻撃では、この者に勝てないと判断したのか、イビルナイトの軍勢は四つの塊へと形を変えた。


 その塊は、モモンを四方から囲み、圧し潰すように呑みこんでいく。


「モモン様‼」


 その光景を見ていたイビルアイは叫んだ。


 モモンを呑みこんだイビルナイトの軍勢は、一つの塊となりその動きを止める。


 その塊の中心にいたモモンは土煙で見えないが、あの軍勢に押しつぶされたら、ひとたまりもない事などそれを見ていた者ならば、誰でもわかる事だ。


 聖王国の兵士達は、その光景を見て更に絶望した。









 時間は、作戦会議直後に遡る。


 レイナースと別れた後、モモン扮するパンドラズ・アクターにメッセージが入った。



―パンドラズ・アクター。


―はい。アインズ様。


―今回の戦い、開戦時にマーレの魔法で敵の動向を窺うとしよう。


―はい。畏まりました。


―それで、決着がつけばいいが、最悪、お前の手に負えない敵と判断した場合は、アウラとマーレを逃がした後、撤退するのだ。


―はい。畏まりました。


―お前に対処できる敵と判断した場合、戦い方についてはお前の判断に任せるが、一つ注意することがある。


―はい。なんでしょうか?


―はみ出すなよ。


―はい?どういう事でしょうか?


―モモンの鎧からはみ出すような者にはなるなよ。


―はい。そういう事ですか。


―絶対にはみ出すなよ!


―はい。


―絶対、絶対はみ出すんじゃないぞ‼


―はい。畏まりました。


―絶対、絶対、絶対にはみ出すんじゃないぞ‼


―はい。了解致しました。



 こうして、モモン(パンドラズ・アクター)は、アインズとのメッセージを終えた。


 アインズとのメッセージを終えたモモン(パンドラズ・アクター)は、その身を小刻みに震わせていた。

 

(フフフ、父上、わかっていますよ…) 


 そして、モモン(パンドラズ・アクター)の面付き兜の隙間から漏れる目が赤くピキーンと光った。


(それは、はみ出せって事ですよね…)







 イビルアイや聖王国の兵士達が見守る中、先程までモモンが立って場所の土煙は晴れ、そこには、イビルナイトの軍勢が押し重なった塊だけがあった。


 兵士達はその光景を見て、ただ絶句していた。


 

 しかし、その時だった。

 


―バリバリバリバリバリィィィィィ‼‼‼



 凄まじい音がその空間に鳴り響く。


 そして、轟くような音を発して凄まじい雷撃が、塊となった百を超えるイビルナイトの軍勢を真っ二つに両断した。

 

 その一撃だけでイビルナイト十数体が灰になって消え去って行った。


 雷撃の衝撃破によって、一度は晴れた土煙であったが更に大きい土煙が舞う。



 その光景を目の当たりにしたすべての視線が、その雷撃を放った中心の存在へと向けられた。



 その場所には、漆黒の英雄―モモンの姿はなかった。



そこには―

 


 鮮やかな血のように真っ赤な異国の鎧を纏い、



 右手には、雷撃を纏った鋭利で巨大な波打つ異国の刀を持ち、



 左手には、刃渡りが大人一人分はあるであろう長刀を持ち、



 角が四本生えた、まるで歯を剥き出しにした蜘蛛の化け物のような白磁の兜を被った、





―巨躯の武人が立っていた。






 




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