第20話 開戦

 王都ホバンスに深い漆黒の闇が訪れる。


 夜の闇は深まり、いつもならば賑わっている王都の街は灯りもなく静まり返っていた。


 そんな闇の中、多くの国民達は家の中で息を潜めながら魔導王陛下に祈りを捧げていた。


 そんな静寂に包まれた王都の外周には、唸り声を上げる多くの魔獣やドラゴンが取り囲む。


 しかし、そんな聖王国の正門近辺には、その魔獣やドラゴンの姿はない。


 その代わり、多くの兵士達が正門前に隊列を組んで控えていた。




「モモン様。軍の配備が終わりました。」


 正門に控える兵団より遥か先の小高い丘に立っていたモモンに、ネイアが馬で駆け寄りながら報告する。



「ご苦労。」


 ネイアの報告を受けたモモンは、地平線の先の荒野を見据えながら答えた。


 モモンの後ろにはダークエルフの少年と少女が控えていた。


 その少女達の服装は、先程会った時とは少し変わっていた。


 黒い杖を持った少女の方は、その両手に不似合いなガントレットを嵌めていた。


 そのガントレットは、左手は黒を基調とした禍々しい形状をしており、それに対して右手側は白を基調としたスラッとした形状をしていた。


 装備の事に詳しくないネイアでさえ、それが並大抵のものではないと感じる程、そのガントレットからは、なんとも言えないオーラを感じた。


 それに対してダークエルフの少年は、その背中に大きな巻物のようなものを背負っていた。

 それは明らかに武器や防具の類ではないとネイアでもわかるものだった。


「モモン様。本当にこのような作戦でよろしいのでしょうか?」


 ネイアがモモンに心配そうに尋ねる。


「ああ。問題ない。」


「こちらには、ドラゴンや魔獣、それにデスナイトもいるのですから、そちらの戦力で対抗した方がよろしいのではないのでしょうか?」


 ネイアは、モモンに意見した。


「彼らは、万が一のための保険だ。もし、敵が奇襲を行ってきた場合、それを防いでもらわなくてはならない。」


「それなら、せめて私も共に戦います‼」


 ネイアと共に馬で駆け寄っていたイビルアイが懇願する。


「それは、先程の会議で却下しただろう。」


「でも…」


「イビルアイ。お前は私が信じられないのか?」


「い、いえ、もちろん信じております。誰よりも‼」


「ならば、黙ってみているがいい。」


 モモンの言葉には力が宿っていた。



 モモンの力強い言葉を聞いたイビルアイは、先程の会議を回想する。





「それでは、私が考えた作戦を聞いていただこうか。」


 モモンは作戦を語り始めた。



「襲撃の予告をするという事は、敵側は余程自分たちの戦力に自信があると見える。

おそらく、正々堂々と正門から侵攻してくる可能性が高い。」


 続いてモモンは言う。


「ヴァンパイア達の対処については、私と先程のダークエルフの少女達に任せて頂こう。以上だ。」


 モモンの言葉にそこにいた皆が絶句する。


「モ、モモン様!!敵の数は万単位ですよ!!」


 ネイアが思わずモモンに詰め寄る。


「そうだな。心配なら軍隊を配備するがいい。必要ないだろうが。」


 モモンはそんなネイアに淡々と返す。


「モモン様、私も一緒に戦います!」


―と、イビルアイとレメディオスが同時に発言する。


「足手まといはいらない。」


 モモンのその言葉に二人とも返す言葉がない。


 あのヤルダバオトに手も足も出なかった二人に、そのヤルダバオトを恐れさせた戦士の言葉は、重くのしかかった。


「で、では、あの少女達はなぜモモン様と共に戦えるのでしょうか?」


 それでも、レメディオスは食い下がった。


「それは、強いからだよ。おまえ達の何百倍もな。」


 モモンのその言葉に、レメディオスは絶句する。


「まあ、見ているがいい。百聞は一見にしかずというからな。」


 モモンは皆に聞こえるように呟いた。








「どうやら、ようやくお出ましの様だ…」


 地平線の先を見ていたモモンが突然呟いた。


 そして、ネイア達は地平線を遮る遥か先の丘に目を向ける。


 その丘を覆い尽くす様に丘の影から更なる黒い影が生えて来る。


 アッという間にその丘は無数の黒い人影に埋め尽くされた。


 その人影は凄い速度で、丘を呑みこみ瞬く間に王都近辺までその黒い影は大地を侵食していった。


 その無数の人影に切れ目はない。


 その数の詳細は分からないが、ザっと、十万は下らないだろう…



 ネイアはその優れた視力で、その人影の群れを凝視する。


 その人影はどれも銀色に光る鎧のようなものを纏っていた。


 そして、剣、斧、槍などの武器を所持しており、この距離からでもその者達の瞳が赤く輝いているのが見えた。


(あれが、皆ヴァンパイアなの‥‥。想定以上だわ…)


 ネイアは、その現実を直視して心の底で軽く絶望感を感じた。


 ヴァンパイアの軍団は、モモン達から一キロメートル程離れた小高い丘の上で動きを止めた。


 その時、その丘の上に白い建造物のようなものが顔を出す。


「な、なんですか!あれは?」


 ネイアは、思わず声を上げる。


 そして、ネイアは突然現れた建造物を凝視する。


―それは教会だった。間違いなくそう呼ばれる建造物であった。


 ネイアは、その教会の屋根の上に立つ人影を目測する。



「あれは教会だ。おそらく、あそこにヴァンパイアになったカルカがいる‼」


 その時、馬に乗ったレメディオスがこちらに駆け寄りながら叫んだ。


「おそらく、〈浮遊板〉を利用して建物ごと移動させているのであろう。」


 そんな中、モモンが冷静に自分の分析した結果を述べる。




 蠢いていたヴァンパイアの軍団は完全に動きを止め、その場は闇夜の中で静寂に包まれる。




 「我が名は聖王女カルカ・ベサーレス‼」


 静寂に包まれたその場で、突如、その場に恐らく魔法で拡大された大声が響き渡る。

 その声は、この大地一体に響き渡る。



 「我が名の元に、これより王都を私の支配下とします。投降するならば、仲間にして差し上げます。投降しない場合は、我々の食事になって頂きます。」


 ヴァンパイアとなったかつての聖王女から無慈悲な宣戦布告がなされた。


 「戦争でもないのに律儀な事だ…」


 その最中、モモンが小さく呟いた。

 



 「それでは、我々以外はここより下がって頂こうか。」


 そんな状況の中、モモンは、ネイア達に言い放つ。


 「でも…モモン様…」


 イビルアイは、モモンに向かってその手を伸ばし弱々しい声を出す。


 「私は死なんよ。目的を果たすまではな。」


 モモンは、ヴァンパイアの軍勢を見据えて覇気漂う背中を見せながら呟いた。


 (モモン様~カッコいい~)


 イビルアイは、そんな愛しの恋人のカッコイイ姿を見て昇天しかけていた。



 そんなイビルアイを背負いながらネイアはモモンに言われるままに、正門付近の兵団まで下がっていく。


  小高い丘には、モモン、マーレ、アウラだけとなった。




 「これから、どうすんの?パンドラズ・アクター。」


 アウラがモモンに向かって尋ねる。


 「そうですね。アウラさんには魔獣とドラゴンの指揮をお願い致します。」


 モモン、いや、パンドラズ・アクターはいつもの口調に戻り、アウラに依頼する。


 「じゃあ。僕は何をすればいいんですか?」


 「マーレさんには、最初にドカンと一発かましてもらいましょうか。」


 「わ、わかりました!頑張ります!」

 

 パンドラズ・アクターの頼みに、マーレは気合を込めた表情で答えた。




 そんな中、兵団まで戻ったイビルアイ達は、モモン達の姿を遠くで見守っていた。


 (モモン様…)


 「なにも問題はありません…」


 モモンを心配そうに見つめていたイビルアイの後ろから、急に現れたナーベが呟く。


 ナーベはそう呟くと、兵団の前方に向かって静かに歩き出して言った。


 ナーベは兵団の一番先頭に立つと、黙って両手を前に突き出した。


 すると、ナーベの掌から複数の巨大な魔法陣を展開する。


 その魔法陣は、イビルアイが見たどの魔法陣よりも大きかった。


 そして、多かった。


 (な、なんだんだ!この魔法は!)


 イビルアイがその光景に驚愕する。



 「モモンさ―んより、こちらの守りをまかされましたから…」


 ナーベはまたも独り言のように呟く。

 

「ワイデンマジック・エレメンタルウォール‼〈魔法効果範囲拡大化・精霊障壁)」


 ナーベが叫ぶと、巨大な魔法陣は凄まじい光を発した。


 その光は黄緑色に光の膜を生み出した。

 

 そして、その光の膜は二万を超える兵団を包みこむ。


 その範囲は、端から端までの数百メートルに及んだ。


 「な、なんだこれは!」


 見た事もない魔法を見せつけられたイビルアイは叫んだ。


 その見た事もない魔法、いや、光景を、その場の全ての者が目を見開きながら呆然と傍観していた。


 「イビルアイ…これ…なんなんだ?」


 ガガーランが口をアングリ開けながら、イビルアイに問う。


 「おそらく防御系の魔法だろうが…。」


(こんなの二百五十年以上生きているが見た事がない…

 これは、おそらく第六位階、いや、第七位階以上の魔法だ。

 ナーベはこんな魔法が使えるほどの魔法詠唱者だったのか?)


 イビルアイは、魔法を発動しているナーベに目を向ける。


(いや、少なくとも王国のヤルダバオト襲撃の時は、これほどの魔法は使用できなかったはずだ。

 もし、使用できたならば、あれほどの苦戦はなかった。

 だとすれば、魔導王の影響…か?)

 


(これならば、モモンが死ぬのを確認した後でも逃げる時間はありそうね…)


 そんな中、兵団の中に身を潜めていたレイナースは一人そんな事を考えていた。




  ナーベが防御魔法を展開した直後の事であった。


  防御魔法が発動した事を確認したモモンは、一人でヴァンパイアの軍勢に向かい歩み出した。


 

 モモンが歩み始めた事に気づいた聖王国の兵士達が、皆、その後ろ姿を目で追う。


 イビルアイは、ナーベが発動した魔法障壁のギリギリまで近づき、モモンの後ろ姿を見守った。


 (モモン様…)


 イビルアイは、両手の掌を組み合わせ祈る。


 愛しの騎士の無事を‥‥


 そして、モモンは王都の正門とヴァンパイアの軍勢の丁度中間程の地点で歩みを止めた。


 歩みを止めたモモンは、右手で背中に背負う大剣を静かに抜く。


 そして、その大剣を天へと翳した後、その剣先をヴァンパイアの軍勢に向けた。


 それは、誰がどう見ても宣戦布告、いや、相手を挑発している様であった。



 「おおおおおおおおお‼」


 万の軍勢の前に一人で立ち、さらには相手を挑発する―


 その英雄的な行動に、聖王国の兵士達が唸るような歓声を上げる。


 (この絶望的な状況でも、あの御方ならばなんとかしてくれるかもしれない。)


 兵士達は、モモンのその姿に希望を見た。



―ドドドドドドドドドドドドド‼



 次の瞬間、凄まじい足音が荒野の上を地鳴りのような音が鳴り響く。


 モモンの挑発に触発されたのかヴァンパイアの軍勢はモモンに向かい凄まじい勢いで駆けだしたのだ。


 十万以上のヴァンパイアの軍勢がモモンに向かって津波の如く雪崩れ込んでいく。


 その余りの絶望的な光景を見て、先程までモモンの行動を見て高揚していた兵士達は元の青白い顔に戻っていた。


 (本当に勝てるのか?こんな軍勢に?)


 魔導王陛下の配下といっても、同じ人間。


 しかも一人。


 いくら強いといっても、相手は十万以上。


 それにヴァンパイアの上、同時に襲ってくるのだ。


 ハッキリ言って勝算なんてないんじゃないか?


 兵士達の頭の中には、絶望的な未来しか思い浮かばなかった。




 そんな時だった。


 その絶望の暗闇に囚われていた兵士達を照らす光が差す。


 その光に気付いた兵士は、己を照らす神々しい光に目を向け始める。


 そして、その場にいた兵士達は皆、救いを求めるかのような目でその光を凝視する。


 その光の正体は、十数メートルになろうかという巨大なドーム状の魔法陣の光であった。


 その魔法陣の中心にいたのは、黒い杖をもつダークエルフの少女だった。


 その幻想的な光景に、すべての者が目を奪われる。


 その魔法陣は、青白い光を放ち、目まぐるしく形を変え、展開されていく。


 その展開が止まった時、魔方陣は更なる光を放つ。


 そして、ダークエルフの少女は可愛く叫ぶ‼


「ワイデンマジック・メテオフォール‼〈魔法効果範囲拡大化・隕石落下〉」



 

 


 

 



 

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