第19話 作戦会議
聖王国内の暴動が沈静化したのは、日が落ちかけてきた午後の事であった。
暴動を収めたモモン達は、聖王に会うべく聖王の城の廊下を歩いていた。
謁見の間の扉の前まで来ると、案内していた兵士が大きな声を上げる。
「聖王陛下、モモン様をお連れ致しました!」
すると、モモン達の目の前の扉が両開きに自然に開いていった。
その先には、聖王の城の謁見の間が広がっていた。
ナザリック大墳墓の謁見の間と比べると可哀想な程小さな部屋であった。
そんな謁見の間の玉座には、聖王がいつになく厳しい表情で座っていた。
モモン達が入室すると聖王は玉座から即座に立ち上りモモン達を笑顔で出迎える。
「おお!モモン様!!
遠路はるばるこの聖王国の為にお越し下さり、感謝の言葉もございません。
私は、この聖王国を治めるカスポンドと申します。」
「これは、お初にお目にかかる。カスポンド殿。」
その二人のやり取りを見ていた謁見の間の兵士達は、心の底で聖王に落胆していた。
方や、この事態を国民に内密に処理しようとしたあげく、国民に更なる不安と混乱を招いた国王。
方や、魔導国から救援に駆け付け、あっという間に国民の暴動を鎮めた英雄。
そんな二人が挨拶を交わしている光景を見て、滑稽な図柄だと内心嘲笑っていた。
「それでカスポンド殿。現状のヴァンパイアの動向はどの程度把握されているのかな?」
「はい、最初、五日前に偵察部隊を編成して送り出したのですが、その者達は、戻ってきませんでした。おそらく、ヴァンパイアに襲われたのではないかと考えております。」
「それで、その後、偵察部隊は派遣しなかったのか?」
「いえ、その後も定期的に偵察部隊は派遣致しましたが、皆、戻ってきておりません。」
「それでは、現状、ヴァンパイアの動向はまったく把握できていないという事か?」
「はい。しかし、今朝、送り出した偵察部隊が無事ならばそろそろ戻ってくるかもしれません。」
「それでは、その偵察部隊を待ちつつ、作戦会議を行う必要があるな。カスポンド殿。作戦会議を行えるような部屋を用意していただけるだろうか?」
「はい、畏まりました。至急、ご用意致します。」
そんなカスポンドの低姿勢な対応を見ていた兵士達は、呆れを通り越して怒りを感じていた。
その態度が、到底、王と呼べるものの態度ではなくただ強き者に媚び諂う商人のような様であったからだ。
(なんだ⁉コイツ(聖王)。普段はあんなに偉そうにしているくせに…
こんな奴が俺達の王なのか⁉)
そんな事を、その場居合わせた謁見の間の一人の兵士は考えていた。
そして、その場に居合わせた他の兵士達もその兵士と同じ思いであった。
暫くして、モモン達はカスポンドが用意した会議室へと案内された。
モモン達は、その会議室へと入室する。
そこには、十数人が座れる程の大きな円卓があった。
モモン達がその部屋に入ると、すでに聖王はその円卓の対面上に座っていた。
そして、聖王の隣には顔色悪いモルドーレ卿が座っていた。
モモンは部屋に入ると、聖王と真正面で対面する席に速やかに座る。
すると、モモンの両脇にはダークエルフの少女達が当たり前のように座った。
そんな中、モモンの後ろには、ナーベ、ネイア、レメディオス、レイナース、青の薔薇のメンバーが直立して控えていた。
その状況に納得できない表情をした者が多々いたが、そうして、作戦会議は始まった。
「それでは、現状の敵戦力の分析から始めようか。」
モモンが聖王―カスポンドを見据えながら口を開く。
「はい。」
カスポンドはモモンの言葉に、了解の意を示す。
「現状、把握している敵の戦力は、カリンシャ襲撃時点でヴァンパイア五万以上、それに悪魔が二体以上、そこにヴァンパイアになった聖王女という事でよろしいかな?」
「はい。」
「カリンシャには、どれ程の国民がいたのだ?」
「はい、約九万人程かと…」
その時、聖王の横にいたモルドーレ卿がモモンの問いに答える。
「そうか。では、最悪、ヴァンパイアは十五万はいると仮定した方がいいかな。」
モモンのその言葉に、そこにいるほとんどの者に絶望感が漂う。
現在、王都の人口は約十六万程である。
ヴァンパイアと人間の戦闘力の差を考えると、人口とほぼ同数のヴァンパイアの襲われたらひとたまりもないだろう。
「その数だと、分散されて襲撃された場合、ひとたまりもないな。」
モモンは、そんな中、動揺もせず軽く言う。
(分散しなくてもひとたまりもないんですけど…)
モモンの言葉に、そこにいたほとんどの者はそう思った。
「そうだな。アウラ。」
「はーい。何ですか。モモン様。」
「お前の配下の魔獣を貸してくれないか?」
「!!!」
そこにいた者、皆、モモンの言葉に衝撃を受ける。
―犬や猫じゃないのだ。
そこら辺に魔獣なんておいそれといる訳ないし、例えいたとしても、「ちょっと、傘貸してくれない」ぐらいの感覚で言って、そう簡単に貸し借りできるものではない。
「でも、アインズ様の許可がないと…」
ダークエルフの少年は少し困った顔をして答える。
「それは安心していい。魔導王陛下からちゃんと許可は頂いている。」
「そうですか。じゃあ、どれくらい呼んじゃいます?」
「そうだな。王都の広さを考えると百くらいでいいんじゃないか?ドラゴンもいるし。」
「‼‼」
更なるモモンの言葉にそこにいた皆は、更なる衝撃を受ける。
―犬や猫じゃないのだ。
いや、犬や猫だって百匹集めるのは大変なのに、「ちょっと切りが悪いから、この際、百いっちゃおうよ」ぐらいの感覚で、魔獣を貸し借りしている状況に皆、理解が追い付いていかない。
しかも、最後にドラゴンとか言っているし。
「そうですか。それじゃあ。早速、準備してきますね。」
そう言うとダークエルフの少年は席を立ち部屋を出て行った。
ダークエルフの少女もそれに続く。
「それでは、王都周辺には、こちらで魔獣とドラゴンを配備させて頂こう。」
モモンのその言葉に誰もが無言で返した。
その時だった。
会議室の扉が突然開かれ、兵士が一人入ってきた。
「陛下!!偵察部隊が帰還いたしました‼」
会議室に入ってきた兵士は、ひざまずき叫んだ。
「至急、その者を連れてまいれ!」
カスポンドは即座にその兵士に命令する。
すぐに偵察部隊の兵士が呼び出され、モモン達の前でその報告がなされた。
その兵士の話では、この王都より馬に乗って三時間程、西方に向かった場所に多数のテントが張られているのを発見したらしい。
その数は、千はくだらないという。
それを目にした兵士は、身の危険を感じ、すぐにその場から立ち去ったという事で報告は終わった。
その報告を聞くと、モモンは、少し考え込む素振りを見せた後言った。
「そうか…。その程度か…。」
そして、暫くの沈黙の後、モモンは口を開いた。
「それでは、私が考えた作戦を聞いていただこうか。」
暫くして作戦会議が終わり、モモンは会議室の扉より退室した。
美姫ナーベ、ネイア、レメディオス、レイナース、青の薔薇のメンバーもそれに続く。
そんな中、レイナースだけが青ざめた顔をしていた。
(やばい。やばい。やばい。やばい。)
レイナースの頭の中には、だたただ、その言葉だけが駆け巡る。
(いくら、漆黒の英雄モモンが強くても、あんな作戦でヴァンパイア数万も相手にできる訳ないじゃない。)
レイナースは絶望していた。
(私がここに来たのは死ぬためじゃないわ…
モモンから早くあのポーションを手に入れて、ここを抜けださなくては!)
レイナースは決意する。
「それでは、私は魔導教団に戻らなければいけませんので失礼します。」
そう言って、ネイアは別れた。
「それでは、私はアウラ様達のお手伝いに行ってまいります。」
そう言って、ナーベは別れた。
「我々もメンバー内で話し合いがありますので、失礼します。」
そう言って、青の薔薇のメンバーも別れた。
そうして、モモン、レメディオス、レイナースの三人だけとなった。
(よっしゃーーーーーーー!!!)
レイナースは、心の中で歓喜のガッツポーズをした。
(後は、この女さえいなくなれば!!!)
レイナースは、モモンに脇に控えているレメディオスを見た。
「それでは、私も準備があるので失礼する。」
そう言って、モモンが立ち去ろうとする。
(ちょっと、待てーい!あんたじゃないのよ!!!)
レイナースは、心の中で叫ぶ。
「モモン様。私もお供します。」
そんなモモンに、レメディオスは付いていこうとする。
「レメディオス殿。そなたは聖王国の聖騎士であろう。親衛騎士団の編成もある。職務を果たすのだ。」
そのモモンの言葉に、レメディオスは俯く。
「わ、分かりました。そ、その代わり、一つお願いがあるのですが…」
「なんだ?」
「私の事を『レメディオス』とお呼び頂けないでしょうか‥‥」
レメディオスは、顔を赤面させてモジモジ言う。
「・・・・・・」
その時、その場に何とも云われぬ静寂が訪れる。
その間も、レメディオスからは乙女の純情オーラが発せられ続ける。
(な、なんですのーーーー!!この、ジャンル違いの展開は!!)
レイナースはそんな摩訶不思議な空間に心の中でツッコんでいた。
そんな展開を脱出したいのか、モモンが口を開く。
「‥‥‥‥‥‥わかった。レメディオスよ。聖騎士として職務を果たせ……」
「は、はい‼」
レメディオスは満面の笑みでモモンの言葉に答えると、スキップしてその場を去って行った。
(な、なんなのこれ!?
私は何を見せられていたんですの?)
一部始終を見ていたレイナースは、心の中で困惑していた。
そんな中、モモンはすでにその場を立ち去ろうとしていた。
レイナースは、去ろうとするモモンに慌てて声を掛ける。
「モモン様!!少しお話をさせて頂いてよろしいでしょうか?」
モモンとの対話に成功したレイナースは、単刀直入にモモンにあのポーションを譲ってほしい旨を伝える。
そして、自分が受けた呪いの事も包み隠さず話した。
同情を引くように少し脚色して。
(この国の為に、命を捨てるようなお人よしだもの。これだけ言えば、譲ってくれるはずだわ。)
「その呪いとやらを見せてくれないか?」
レイナースの話を一通り聞き終えたモモンが言った。
(できれば、見せずに終わりたかったんだけど…)
レイナースは仕方がないとばかりに嫌そうに前髪をまくり上げ、モモンにその醜い素顔を晒す。
(見せてやったんだから、早くポーションを渡しなさいよ!!)
そう思いながら、レイナースはモモンを殺気だった目で見据えた。
そんな目で見られながら、モモンはただ黙ってレイナースの顔を観察する。
レイナースからは、モモンが面頬付き兜しているので、その表情は読み取れない。
(さぞ、あのヘルムの中では驚いているんでしょうね。この醜い顔に。)
「それのどこが呪いなのだ?」
そんな中、モモンが淡々とレイナースに質問した。
「あなた、目腐ってんじゃないの!?」
デリカシーがないモモンの言葉に、レイナースは思わずキレた。
「私の同僚には、もっと個性的な者達がたくさんいる。だが、皆、その姿を誇っているぞ。」
「私をその人達と一緒にしないで、私はこんな姿になりたくてなったんじゃないわ。」
「それでは、レイナース殿。あなたはどのような姿になりたいのだ。」
「それは、こんな醜い顔じゃなくって、昔の奇麗な顔に戻って、昔みたいにお化粧して、昔みたいに…」
その時、レイナースは気付いた。
自ら、自分の昔の全部を消し去っていたことを…
婚約者も…家族も…帰る場所さえも…
言葉が詰まり、顔を下に向け俯いていたレイナースを見ながらモモンは小さく呟いた。
「どうやら呪いにかかっているのは、その顔ではないようだな…」
「レイナース殿。賭けをしないか?」
モモンが突然、そんなレイナースに向けて提案をする。
「賭け?」
レイナースは、俯いた顔を上げ、モモンの顔を見る。
「貴方は、私がこの戦いで死ぬと思ったからこうして話をしに来たのだろう?」
(見透かされてる!)
レイナースは思った。
「それはどのような賭けなのかしら?」
レイナースは、気持ちを切り替えてモモンに対峙する。
「そうだな。では、この戦いで私が死んだら、あのポーションを贈呈しよう。」
「それじゃあ。賭けにならないじゃない。あなたが死んだら、ポーションを受け取れないわ。」
「私が死んだのを確認したら、ドラゴンに乗って魔導国に向かうがいい。魔導国に戻った後、あなたにあのポーションが渡る様手配しておこう。」
「…それで、あなたが死ななかったら、私は何をすればいいのかしら?」
「そうだな…」
こうして、モモン達の賭けは成立した。
日は落ち、空は闇に支配される。
闇の中、星たちが小さな煌めきを放ち三日月がほのかに地上を照らす。
そんな中、荒野から地響きのような凄まじい数の足音が響いていた。
凄まじい足音と共に、無数の鎧の金属の擦れ合う音や、息づかいが轟く。
無数の人影は、荒野を黒く染めていく。
人影の最後尾には、大きな建造物があった。
その建造物もその人影に合わせて移動していく。
建造物の天面には、月明かりに照らされた一人の女性が立っていた。
「さあ、始めましょうか。彼のお方のご加護があらんことを。」
その女性―聖王女カルカ・ベサーレスは呟いた。
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