第17話 それぞれの思惑

 地平線の果てから朝日が昇り、薄暗い夜空から白く輝く空へとその風景を変えていく。


 昇り始めた太陽に醒まされるように、魔導国の街並みは、その彩られた姿をくっきりと、あらわし始めた。


 小鳥たちが囀りが、静寂の夜から目覚め朝へ移り変わっていくのを知らせてくれる。


 そんな中、魔導王の城の入口には、赤いローブを纏う小さな体躯をした者がポツンと一人佇んでいた。


(結局、ここに来てしまった。)


 そこにいたのは、つい先ほどまで、ベットの端から端までを転げまわっていたイビルアイであった。


 このままでは永遠にベットに転げまわると確信したイビルアイは、朝日が昇ったと同時に、意を決してベットから飛び上がりこの城の入口まで歩を進めた。


(この城の中に、モモン様がいるのか…)


 イビルアイは、妄想した。


 朝日が窓から差し込み、それに気づいたモモン様が目を覚まし、ベットから全裸で起き上がるシーンを。


 さらには、その起き上がったモモン様の逞しい肉体を。


(わ、私は、何を考えているのだ!)


 と、思いつつも、様々な妄想を展開し、時間は経過していくのであった。


「青の薔薇の魔法詠唱者か。早いな。」


 その言葉を掛けられたイビルアイは、振り向く。


 そこに立っていたのは、昨日会った聖王国の女であった。


 その女は、昨日とはまったく違う衣服を着ていた。

 それは、何処かの国の軍服のようであった。


(たしか、名前はレ、レメ・・、ダメだ。思い出せん。)


「お主こそ、早いではないか。」


 イビルアイは、名前を呼ぶ事を諦める。


「当たり前だ。モモン様をお待たせする事などあってはならないからな。」


―モモン様。の言葉にイビルアイは反応する。


(この女、モモン様に気があるのではないか?)


イビルアイは、レメディオスに同情した。


(かわいそうな女だ。モモン様には私という運命の恋人がいるのだ。)


 イビルアイは、モモン不足が解消された事で改善した症状が、昨日の出来事で再発していた。 


 そうしている間に時間は経ち、他の青の薔薇のメンバーやネイア達が集まって来ていた。

 そして、その中には、レイナースもいた。


「レイナースさん、見送りに来て下さったんですか?」


 ネイアは、レイナースに声を掛けた。


「いえ、私も同行させて頂きます。」


「え、でも…」


「こうして知り合ったのも何かの縁ですわ。少しでもお力になりたいと思います。同行をお許しください。」


 ネイアはその言葉に感激して同行に同意する。


(レイナースさんて、本当にいい人だなあ。)


(よし!!これでモモンと接触できますわ。

 後は、どうやってあのポーションを手に入れるかですが、それは同行中に機会を窺う事にしましょう。)

 

 レイナースは、思案を巡らせていた。


 時刻が八時になる前に、城の入口からモモンが現れた。


 モモンの後ろには、美姫ナーベと昨日のダークエルフの二人の少女を伴っていた。


「皆、揃っているようだな。」


「はい‼モモン様。」


 モモンの言葉に、イビルアイとレメディオスが同時に返事をする。



(何なのだ。この女は、モモン様に気に入られようとして。)


と、二人同時に思っていた。



「モモン様、昨日は…」


と、これまた、二人同時に話掛ける。



「何の事かな?とりあえず、私について来てくれ。」


 モモンはそう言うと、二人の間を通り過ぎた。


(そうだった。あれは、モモン様と私だけのヒ・ミ・ツだった。そして、モモン様はこう仰っているのだ。「これからも共に歩もうと」)


(さすが、我が君。昨日の私の醜態を見なかったことにして下さるとは。そして、私に戦士としての道を指し示そうとされているのだ。)


 モモンは、魔導王の城には入らず、逆の方向へと歩を進める。


「モモン様、城の中には入られないのですか?」


 てっきり、これからアインズ様に転移魔法で送って頂けると思っていたネイアはモモンに聞いた。


「ああ、これから空港に向かう。そこで、ある乗り物に乗って聖王国まで行くとしよう。」


「クウコウ?ある乗り物?」


「ああ、昼までにはホバンスに到着できるだろう。」


 その言葉にネイアは驚く。



 ”魂喰らい”という乗り物で三日間走り通しで到着した魔導国から、僅か数時間で移動できる乗り物などネイアには想像がつかなかった。



「ネイア殿。歩きながらですまないが、現状の王都でのヴァンパイアへの対応について聞きたい。」


「はい、何でしょうか?」


「王都では、ヴァンパイアの襲撃を国民には伝えているのか?」


「い、いいえ…」


「では、どのような対応をとっているのだ。」


「はい。聖王様のご意見で今の状況を国民にそのまま伝えると、混乱が起きて暴動になりかねないという事で、国民に伏せて、秘密裏に軍隊を招集しております。」


「そうか。」


「最初は、避難について話し合ったのですが、現在の王都の人口では、五日で避難させる事は不可能です。さらに、受け入れ先の当てもありません。なので、交戦という選択肢しかありませんでした。」


「それでは、今頃、王都では暴動が起きているだろうな。」


「え、それはどういう意…」


 ネイアが質問を言い終える前に、モモン達は、巨大な闘技場のような建造物の中に入っていく。




 長いトンネルのような通路を通り抜けると、そこには、まさに闘技場というような開かれた何もない空間が開けた。

 ただ、大きさは、通常の闘技場の数倍はあるスペースがあった。建物には、天井はなく、そこには開けた空が見えていた。


「ここは?」


「ここは、空港だ。アウラ、頼んだぞ。」


「はーい。モモン様。」


 アウラと呼ばれたダークエルフの少女が指を口に入れて口笛を鳴らす。


―ピィィィィィィィィィィィィ


 魔導国全体に鳴り響くような音がこの建物全体に鳴り響く。


すると、


―バサ、バサ、バサ、バサ、バサ、バサ


 複数の羽音が、響き渡る。


 その建物の開けた空に複数の大きな影が現れ、空を覆い被せた。


 大きな影は、その地面に降り立つ。


 その大きな影の正体を確認したネイア達は、驚愕する。


―ドラゴン。そう呼ばれる、この地上最強の生物に。


 しかも、一匹ではない。

 大きなドラゴンが一匹。中くらいなドラゴンが五匹である。

 いや、これは正確な表現ではない。

 そもそもドラゴンを始めてみたネイアの初見の表現である。

 実際は、超巨大なドラゴンが一匹、中くらいドラゴンが五匹であった。


「このドラゴン達は?」


「このドラゴン達は私のペット。」


 ネイアは、モモンに聞いたのだが、その答えをダークエルフの少女が答えた。


 ネイア達は、そのドラゴンをただただ見渡す事しかできなかった。


そんな中―


「イビルアイ。倒せそうかい?」


 ガガーランが、口をポカンと開けながらいつもの質問する。


「あの中ぐらいのヤツ数匹ならいけるだろうが、あのバカデカいヤツは無理だな。

ヤツがもし王国で暴れ出したら、一月もせずに王国は滅びるぞ。」


(それにしても、このドラゴンたちをペットだと!)


 イビルアイは、モモンの傍にいるアウラとマーレに視線を送る。


 イビルアイは、直感した。


(この二人、強いな。おそらく、魔導王の単なる従者ではない。

モモン様には及ばないだろうが、相当の強者だ。)


「それでは、このドラゴンで聖王国に向かいまーす!! それぞれお好きなドラゴンに乗って下さい。」


 アウラはそう言うと、ドラゴンの背にある椅子を指した。


 ドラゴンにはその背にそれぞれ二つずつ椅子が備え付けられていた。


 最も大きい巨大なドラゴンには、ダークエルフの少女二人が乗り込んだ。


イビルアイとレメディオスは、すかさず、モモンと一緒のドラゴンに乗ろうと画策するが、モモンは、ナーベと同じドラゴンに乗り込む。


 あえなく、イビルアイとレメディオスは同じドラゴンに乗り込む事となった。


「それでは、出発しまーす‼」


 アウラの声で、ドラゴン達は、その場を飛び立つ。


 飛び立ったドラゴン達は、上空へと舞い上がる。


 その余りの速度に、スカートを抑えたマーレが言った。


「お、お姉ちゃん!スカートが捲れちゃうよ~」


「あんた、それぐらい我慢しなさいよ。男の娘でしょ!」


「なんか、お姉ちゃん。気合が入っているね。」


「当たり前でしょ!久しぶりの任務なんだから!」


 アウラは、満面の笑みで答える。

 

 至高の御方に創造された者にとって、その頂点に座するアインズ様のお役に立てるという事は至上の喜びである。


「あんたも気合入れなさいよ!」


「わ、わかってるよ!お姉ちゃん!」


 マーレの返事を確認したアウラは叫ぶ。


「それじゃあ、超特急で行くから飛ばすよお‼」


 アウラの言葉にドラゴン達は、急上昇して上空の雲を突き抜ける。


 突き抜けるとドラゴンは気流に乗り、音速の安定飛行に入る。


 そんな上空の清々しい景色を前に見据えながら、アウラは昨日の夜の出来事を思い出していた。

 少し、不機嫌な顔して…


(それにしてもシャルティアのヤツ…)

 

 昨日の夜、任務を仰せつかった事を自慢しようとシャルティアをからかいに行ったのだが、部屋の中には入れてもらえなかったのだ。


 なんだか、気分が乗らないだの、化粧がキマっていないだの言って、結局、面会することはできなかった。


ただ、去り際、ドア越しに


「せいぜい、頑張ってくださいまし」と言われたのだ。


(あいつ、せっかく友達が会いにいってあげたのに。あの態度はないんじゃないの?)


 アウラは、さらに不機嫌な顔になった。


(アインズ様のお役に立って、悔しがらせてやる‼)


 アウラは、さらに気合を入れた。


 そんなアウラよりも気合を入れている人物が、実はこの中にいた。



その人物とは、


 漆黒の英雄モモン―に扮したパンドラズ・アクターであった。


(それにしても、このような重要な任務につくのは、初めてではないでしょうか。宝物殿の管理もまた、重要ではありますが。)


 パンドラズ・アクターは感慨にふけっていた。


(父上が、恐らくこのような任務を私に与えて下さったのは、あの言葉を私に体現させるためでしょう。)


パンドラズ・アクターは、あの言葉を思い出す。


―私によって生み出されながらも私が生み出していない部分を見せてほしいのだ。お前の成長の証として


(そう、父上は、この任務につけて、私の成長を促しているのだ。)


 パンドラズ・アクターは、父の愛情を深く感じていた。


(このパンドラズ・アクター。父上の期待、そのすべてを越えて見せましょうぞ‼)


 パンドラズ・アクターは、これからその期待以外のすべてのものを越えていく事になる。


モモン(パンドラズ・アクター)達を乗せたドラゴン達は、聖王国を目指して空を駆ける。














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