第16話 二人の英雄

 窓の外に、三日月が浮かぶ。


 月明かりが、暗闇の部屋に注ぎこみ、部屋を薄暗いものへと変えていた。


 その部屋の大きなベットの布団には、人二人分の膨らみがあった。


 横にではなく、縦に膨らんだその膨らみは微かに蠢いていた。


 その布団の中には、一糸纏わぬ姿の女が仰向けで横たわっていた。


「モモン様…」


 その女は、真っ赤に染まった頬をしながら、相手と思われる人物の名を呼んだ。


「なんだ。レメディオス…」


 モモンと呼ばれた男が答える。


 男もまた、一糸纏わぬ姿で女に覆いかぶさり、その女の顔を見つめていた。


「私、初めてなのです…」


 女は、両腕を胸の前に合わせ、そのたわわな胸を隠しながら、恥ずかしそうに言った。


「何も、心配することはない。私にすべてを任せるのだ。」


 男は、優しく、女の耳元で囁く。


「はい、モモン様…」


 その優しい言葉の吐息が、女性の耳元を擽り、女は軽く絶頂をむかえる。


「お前のすべてを見せて欲しい。」


 その言葉に、女は胸を隠していた両腕をゆっくりと広げた。


 そして、そのたわわな胸を男の前にさらけ出す。


 女は、あまりの恥ずかしさに目をその男の顔から背ける。


「は、恥ずかしいです。モモン様…」


 女は、弱々しい声でさえずる。


「美しい…」


 男のその言葉に、女は女性として生を受けた事に幸せを感じた。


 男は、女の唇へとその顔を近づける。


 女は、その男の顔を寸前まで見ようとゆっくりと目を瞑る。


 その女の唇に生々しく柔らかい感触が…


―という所で、レメディオスは、我に返ってくる。


 黄金の輝き亭の自室内のシャワールームで、シャワーを浴びながら、白昼夢を見ていたレメディオスは、荒い息づかいで顔を赤らめていた。


(はあ、はあ、とんでもない妄想をしてしまった。)


 レメディオスが、こんなしょうもない妄想するのもしょうがない。


 何せこれからそれが現実になるかもしれないのだ。


「ところで、その服を脱いでくれないか?」


 モモンのその言葉を聞いたレメディオスは、困惑する。

 そして、その意味を即座に理解した。


(モモン様が私を求められている‼)


 レメディオスは、今まで恋などしたことがなかった。


 まだ、聖騎士団に入団したての頃は、言い寄る男が何人かいたが、男に一切の魅力を感じなかった。

 それどころか嫌悪していた。


 本気で、自分が同性愛者なのではないかと悩んだこともある。


 しかし、聖騎士団の団長になった時、心に決めた。


 私の愛、いや、私の命は、聖王国、そして聖王女に捧げるのだと!


 しかし、今や、以前の聖王国はなく、以前の聖王女はいない…


 そんなレメディオスにとって、我が君と心に決めた男に求められる事は、至上の喜びであった。


「わ、わかりました…。しかし、モモン様、このような場所では…その…」


 レメディオスは、恥ずかしそうにモジモジ答える。

「では、どこならば良いのだ?」


 モモンは、レメディオスの眼前に迫る。


「黄金の輝き亭の私の部屋でなら…」


 レメディオスは、下を向き顔を赤らめモジモジ答えた。


「わかった。それでは行こうか。」


 そう言うと、モモンはレメディオスの手を取り、黄金の輝き亭に向けて歩き出す。


 モモンと手を繋ぎながら夜の街の街道を歩いていたレメディオスは思った。


(これが、話に聞いたデートというものか。)


 レメディオスは恋愛経験もなく、しかも、そういう事に一切興味がなったので、そういった知識を全く持って持ち合わせていなかった。


 二人は黄金の輝き亭に着くと、足早にレメディオスの部屋へと向かう。


 部屋に入ると灯りをともし、ただ、立ちながら二人は、黙って見つめあった。


 (い、いかん!! これからどのようにすればいいのだ…)


 まったく男と女の契りの知識がないレメディオスは、体を硬直させ立った冷凍マグロと化す。


「それでは、脱いでくれないか?」


 そんな中モモンが、立った冷凍マグロ(レメディオス)の眼前に迫る。


 モモンに迫られた立った冷凍マグロ(レメディオス)は、自らの熱で解凍マグロとなった。


「さ、先にシャワーを浴びて来ます!!」


 レメディオス(急速解凍されたマグロ)はそう言うと慌ててシャワールームに飛び込んだ。


―そして、今に至るという訳だ。


 これから、どうすればいいのかわからない。


 昔、ケラルトから、裸同士でキスをして抱き合うと子供ができると、聞いた事がある。


 シャワーを浴びながら、自分の体に目をやる。

 自分の体にモモンが満足してくれるのかを心配して行為であったが、自分の体を見てレメディオスは驚いた。


 今まで戦闘で負った傷が無くなっていたのだ。古傷さえも。


 (これは、モモン様がお使いになったアイテムの効果だろう。

 そんな凄いアイテムを惜しみもせず、初めて会った人間に使うなど、モモン様はどこまで心が広いお方なのだろうか‥‥

 シャワールームの向こう側にはそのお方が私を求めて待っているのだ。)


 レメディオスは、女性として生を受けた事に感謝した。


 レメディオスは、体を隅々まで念入りに洗い、心の準備する。


(よし、行くぞ‼)


 レメディオスは、心を決めて体にタオルを巻いてシャワールームを出る。


 しかし、シャワールームから出ると、部屋にはモモンの姿はなかった。


 レメディオスが部屋中を見渡しても誰も居ない。


(ま、まさか、私は何か手順を間違ってしまったのか?

 それとも、これが話に聞いた『放置プレイ』というヤツなのか?)

 

 そんな中、机に見慣れない衣服が置かれ、メモ帳にメッセージが書かれている事に気付いた。


 レメディオスはそれに目を通す。


”ドレスは回収させて頂いた。代わりにこちらを置いていく。モモン”


 そのメッセージを見ると、その衣服をレメディオスは広げた。


 それは、軍服だった。


 聖王国やこの国のものとは、全く違うが、間違いなくそう呼ばれる服であろうという形状をしていた。


 それを見てレメディオスは、モモンからのメッセージの意味を理解した。


(自分は何を考えていたんだ!!

 今、聖王国はヴァンパイアに襲撃されるという危機的状況になっているというのに‼

 自分は聖王国を守る聖騎士だろうが‼)


 そう、モモン様はこう言われているのだ。


(今は、ドレスなど着ている時ではない。戦う時なのだと‼)


 さすが、我が君だ。


 私の心構えを優しく諭そうと、こんな茶番を演じてくれたのだろう。


 レメディオスは颯爽とその軍服に着替える。


 そして、部屋の大鏡の前に立ち、鏡に向かって渾身の敬礼をした。









 三日月が天高く上り、夜の闇を薄っすらと照らしている。


 その柔らかい光に、照らされた美しい白い花々が微かな光を放ちながら、ゆっくりと風に棚引いていた。


 イビルアイは薄っすら目を開けると、その視界には照らされた白い花々が揺れているのが見える。


 視界が開けているので、自分は仮面を付けていないことを認識する。


(まあ、さすがに、死んだら仮面はいらないか。)


 イビルアイは、夜空に三日月が浮かぶ中、沢山の花に囲まれた花畑の中で、寝そべっていた。


(ここは、天国なのだろうか・・・)


 先程の戦闘で死を覚悟した時を思い出し、その情景をだだ眺めていた。


 そうして、夜空を見上げていたイビルアイは、視界の脇に、こちらを覗きこむ愛しの騎士の姿を捉えた。


「モ、モモン様…」


「ん?目が覚めたか?」


 モモンは優しい声で反応する。


「ここは?私は死んだのでしょうか?」


「フフッ。アンデッドがおかしな事をいう。お前はすでに死んでいるのだろう?」


 モモンは、軽く笑いながら優しい声で答えた。


 その優しい声に、イビルアイは涙する。


(天国でも、夢でもいい。モモン様に本当の気持ちを伝えるんだ。)


「モモン様、私はヴァンパイアである事、隠してました。ごめんなさい。」


 イビルアイは、少女のように謝った。

 

 いや、イビルアイは少女に戻っていたのだ。


「気にすることはない。誰でも秘密はあるものだ…」


 モモンは優しく許す。


(夢の中でもモモン様は優しすぎる…)


「モモン様、私、モモン様の事が大好きです。」


(どうせ、夢ならすべて言ってしまおう。)


「そうか。それはありがとう。」


 愛しの騎士は、動揺もせず、淡々と返す。


(まったく、夢の中でもモモン様はシャイなんだから。

 夢なんだから、そこは、「私も愛しているぞ。イビルアイ」ぐらいいってくれてもいいじゃあないか。)


「それでは、そろそろ起きてくれないだろうか?もう夜も遅い。」


「え。夜?」


 モモンの言葉にビックリしたイビルアイは上半身を起こして、周りを見回す。



 イビルアイの周りには、森があり、森の向こうには魔導国の城壁が見えていた。


「え?ここは?」


「ここは、先程のダンジョンの近くの花畑だ。お前が気を失ったからここまで運んで来たんだ。」


 モモンのその言葉でイビルアイは思い出した。


 モモンが、あの蟲メイドの攻撃を弾き、まるで絵本の騎士の如く守ってくれた事を。


「私、生きているんですか?」


「だから、お前はアンデッドだろう。」


「いえ、そうではなくて、私を滅ぼされないのですか?ヴァンパイアなのですよ。」


 イビルアイは、そう言うとモモンの眼前に迫る。


 その時、モモン、いや、アインズはあの時の光景を思い出す。



(だって、仕方がないじゃないか。この娘がシャルティアに見えたんだから・・・)


 そう、イビルアイが素顔を晒した時、その瞬間、アインズの目にはイビルアイの姿とシャルティアの姿が重なったのだ。


 そして、シャルティアに剣刀蟲が刺さるのを幻視したアインズは、すかさず、それを阻止した。


 もう、そうなってからは、彼女を殺すことが出来なくなってしまった。


 エントマも自分の意志に従うと納得してくれた。




「お前は悪いヴァンパイアなのか?」


「い、いえ、故意に人を襲った事はありません。」


「ならば、いいんじゃないか?私が追っているのは悪いヴァンパイアだ。試すようなことをして悪かったな。」


 そのモモンの言葉に、イビルアイは思う。


(モモン様、なんて心の広いお方なのだろう。この方こそ、まさに精錬潔白な英雄だ。)


 すると突然、モモンはイビルアイの体をその手で抱えた。

 そして、小さな小包を抱えるような感じでイビルアイを抱え込む。

 それは、よく言えばお姫様抱っこ状態である。


「え!ち、ちょっと‼」


 イビルアイはあまりに突然の出来事に困惑する。


「傷はアイテムで治したが、まだ、魔力は戻っていないだろう?」


 モモンはそう言うと、叫ぶ。


「フライ!」


 その声と共に、モモンの鳥の羽の首飾りが微かな光を放った。


 モモンはイビルアイを(よく言えば)お姫様抱っこで抱えた状態で、宙に浮いた。


「モモン様…」


 夢見心地のイビルアイは、モモンの名を小さく呟いた。


「もう、城門は閉まっている。このまま城壁を越えるぞ。」


 モモンは空を駆けるように飛び上がった。


(わぁ。これは空中デートというやつじゃないのか~)


 イビルアイは顔を赤らめた。



―三日月が輝く夜に姫を抱えて空を舞う騎士。


(まるで、吟遊詩人の歌に出るような状況ではないか~)


 そんな中、イビルアイは全世界の吟遊詩人に謝った。


(すまん。歌に出るような騎士って存在するんだ~。ここに~)




 モモンはフライの魔法で軽々と城壁を越える。

 そして、城壁裏の人気のない木の下に着地した。


 モモンはイビルアイを優しく降ろすと、イビルアイに仮面を手渡した。


 イビルアイは、黙ってその仮面を被る。


「イビルアイ。今日の事は内密に頼む。」


 モモンは体を翻すと、イビルアイに背を向けて言った。


「内密ですか?」


 イビルアイの言葉に、モモンは顔を横に向け、イビルアイに視線を送りながら口を開く。


「二人だけの秘密という事だ。」


(ドッキーン‼)


モモンの言葉にイビルアイの心は撃ち抜かれる。


(ダメだ~カッコ良すぎる~)


「も、もちろんです。モモン様‼」


 イビルアイは、快諾する。


(当たり前だ。こんな特別な夜の事を、他の誰かに話したりするものか‼)


 イビルアイの返答を確認すると、足早にモモンは去って行った。


 イビルアイは、次第に小さくなっているモモンの後姿をただ黙って見守った。


 モモンの姿が街並みの中に消えた後、イビルアイは黄金の輝き亭に向かてゆっくりと歩み出す。


 黄金の輝き亭の自分の部屋に戻ったイビルアイは、自室の机に置いてあった封筒を突然ビリビリと破り始めた。


 これは、青の薔薇の皆に宛てた手紙だ。


 ここには、急な用事が出来たので暫く戻らない旨が記載してある。

 

 今となっては不要な手紙である。


 破った手紙を丸めて、部屋のゴミ箱に投げ入れると、イビルアイはジャンプしてベットにダイブする。

 そして、仰向けになった。


 今日のこの夜は人生で最悪の夜になると思い、この部屋を出たが、実際は人生で最高の夜を迎えてしまったのである。


 暫く、部屋の天井をボケーと見つめながら放心状態になっていた。


 そして、ベットの棚の上に置いてあったモモン様フィギュアに手を伸ばし、それを胸の中で思いっきり抱きしめた。


(モモン様・・・)


 イビルアイは、モモン様フィギュアを抱きしめながら、先程までの最高の夜の出来事を思い返していた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・あれ、私、モモン様に告白したのでは??」


 イビルアイは、今日あった全ての自分の言動を頭の中でチェックした。


「ああああああああああああああああああああああああああああ~」


 イビルアイは、ベットの端から端までをこれから朝まで延々と転げまわる事となる。



















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