第13話 英雄の出生
魔導王との謁見を終えた青の薔薇の皆は、応接室の隅でひっそりと話し合いを始めていた。
「イビルアイ。倒せそうかい?」
ガガーランが、イビルアイに問う。
当然、その主語は「魔導王」であるが、ここは敵地なのだ。そんな主語を言葉に出せるはずがない。
「無理だな。私が、百人いれば可能かもしれないが。」
と、言いつつも、イビルアイはそれでも無理そうな気がしていた。
「それにしても、ここはすごいねぇ。ここに比べたら、王国の城は、子供部屋みたいなもんさね。」
ガガーランの意見に皆同意する。
「イビルアイ、我々が、今、どこにいるか分かる?」
「分かる訳ないだろ。エ・ランテルでない事は確かだろうが…」
「ここに転移先作っておけば、後で調べられるんじゃねぇ。」
「無理だな。」
「なんでだよ。」
「お前には、分からないだろうが、魔導王の城に入ってから、魔法を使用できない結界のようなものの中にいるんだ。」
「マジかよ…」
「ああ、大人しくしていた方が得策だな。」
そのイビルアイの言葉に、青の薔薇の他のメンバー達は沈黙する。
(それにしても、モモン様が聖王国に行かれるとは…)
「私は、モモン様と共に聖王国に行くぞ!!」
イビルアイは皆に自分の決意表明をした。
「なんだよ。お前もかよ。」
「は?」
「私達も行くわよ。」
「何を言っているんだ?昨日、行かないと言っていたじゃあないか。」
「あの時とは、状況が変わったわ。」
「状況?」
「隣国の者として、モモン様、いえ、魔導国の戦力を見ておかないとね。」
「あたしは、単にモモン様の戦いぶりを見たいだけだけどな。」
「同意。」×2
「お前達…」
「それじゃ、全員一致という事で、私がネイアさんに同行の許可をとってくるわ。」
ラキュースがそう言って、ネイアの元に駆け寄ろうとした時、部屋の入口のドアをメイドが開いた。
開かれたドアからモモンが颯爽と部屋に入ってくると言った。
「食事の準備ができたようだ。私が案内しよう。」
モモンに案内で、ネイア達は、これまた荘厳な通路を歩く。
そして、これまた立派な扉の前に到達すると、その扉は自然にゆっくりと開いていった。
そうして入った部屋は、食堂というには語弊ある程、広い空間であった。
先程の謁見の間程ではないが、百人程が入っても余りある程の広さがあった。
そして、部屋の内装も素晴らしくどこもかしこも煌びやかである。
その部屋の中には、五十人は座れるのではないかという豪華な長机があった。
その端っこの方に、ナイフやフォークやナプキンなどが準備されている席が用意されていた。
モモンは、その席の上座に向かうと
「さあ、好きな席に座ってくれたまえ。」
と、準備されている席を掌で指す。
その瞬間に、モモンの両脇の席は、即座にイビルアイとレメディオスに確保された。
ネイアと青の薔薇のメンバーは、その様子に半ば呆れながら、ゆっくりと各々空いている席へと座る。
そして、モモンは上座の席に座ると、突然自らの面頬付き兜を外した。
「‼‼‼‼‼」
モモン以外のすべての者に衝撃が走る。
王国のヤルダバオト襲撃の時、モモンが兜は外した事はあったが、あの時は、薄暗い場所であった為、イビルアイは、顔をはっきりとは覚えてえていなかった。
然し、ここは、天井には魔法の光を煌々と発しているシャンデリアがある。
しかも、この至近距離だ。
そんな中、英雄の素顔が、今、白日の元に晒された。
モモン以外の者達の目線はその素顔に釘付けとなった。
歳は、三十半ばから後半と言った所であろうか…
決して美男子とかではないが、吸い込まれるようなその大きな黒目には、なんともいえぬ魅力を感じる。
髪は、短髪で髪の毛の色は、その名の通り、漆黒であった。
皆、目を見開いてそのモモンの素顔をマジマジと見つめる。
(かっこいい~~~モモン様~~)
(モモン様、カ、カッコよすぎる。)
イビルアイの乙女の恋する視力補正を持ってすれば、そのモモンの素顔には背景に薔薇エフェクト、顔の周りにはキラキラエフェクトが掛けられるのは当然だろう。
だが、驚くべきことにレメディオスもこの短時間でその能力に目覚めていた。
「それでは、食事にしようか。」
モモンが指示を出すと、これまた、今まで食べた事がない程、美味しい料理が次々と運ばれて来るのであった。
「イビルアイ、仮面があっては食べられないのではないか?」
そんな中、モモンがイビルアイに当然の質問をした。
「だ、大丈夫です。慣れていますので!!」
イビルアイは、そういうと仮面の裏に食べ物を器用に運びながら食べていた。
「そ、そうか、ならばよい。」
モモンは少し動揺しながら、納得する。
皆の食事が終わった後、直ぐに、モモンは再び面頬付き兜を被る。
それを見てレメディオスは、少し残念そうな顔をする。
イビルアイの仮面も少し寂し気な表情をした。
「そうだな。それでは食後の余興として、私がお伽話でもしようか。」
そう言って面頬付き兜を被ったモモンが語り始めた。
―そう、東、海を越えた更に東に小さな国がありました。
その国は小さいけれど、豊かで、そして、強い国でした。
そこには、勇ましい国王と優しい王妃が居ました。
そして、元気な王子と病弱な姫が居たのです。
王子は、病弱な姫の病気を治そうと、薬を求めて国中を旅しました。
そして、ようやく、薬を見つけて城に戻ると、城の者は、皆、ヴァンパイアに殺されていたのです。
王子は、国王を王妃を、病弱な姫を探しました。
そして、王子は、国王と王妃、病弱な姫を見つけました。
皆、仲良くヴァンパイアになっていたのです。
皆は、王子に言いました。
一緒にヴァンパイアになりましょうと。
王子は、殺しました。国王を。王妃を。愛する姫を。
涙を流しながら、殺しました。
その後、その王子を見た者は、誰も居ません。
「―なんとも救いようがないお伽話だろう?」
モモンは、お伽話を話した後に、哀愁漂う雰囲気で呟く。
それを聞いていた者達の瞳の中に、薄っすら光る水が浮かんだ。
それを聞いた者は、即座に理解した。
―そのお伽話が、誰の物語であるのかを‥‥
(先程、ラキュースが質問した答えをモモン様は話してくれたのだ…
今ほど、自分がヴァンパイアである事を呪った事はない。
私の正体がバレた時、それはモモン様との永遠の別れになるだろう…)
―いや、もうすでにバレている可能性がある。
(そうだ、ラナーの書状…私は、ラナーがただの天然娘ではないと気付いている。
もしかしたら、あの書状に私の事が書かれていたかもしれない。
私の正体に気付いていたら、あいつならば絶対そうする…)
その不安で、それからの事をよく覚えていない‥‥
気付くと、エ・ランテルの魔導王の城内に戻っていた。
そこには、もうモモン様の姿はなかった。
「イビルアイ。ネイアさんに同行の許可を貰ったわ。明日の八時に城の入口前に集合よ。」
「ああ。」
イビルアイにはラキュースの言葉は入ってこないが、返事をする。
城の入口に到着すると、レイナースとナーベが立っていた。
「あれ、レイナースさん。今までどこに行っていたんですか?」
ネイアは、レイナースの事をすっかり忘れていたが、その姿をみて思い出すように言った。
「ずっと、皆さんをここで待ってたんですわよ!!」
レイナースは、涙ながらにネイアに訴える。
「すいません。本当にすいません。」
ネイアは、レイナースに頭を下げて謝る。
「それでは、明日、聖王国に行かれる方は、八時に城の入口前に集合という事でお願い致します!!」
ネイアは、城前の広場で大声を張り上げる。
そして、イビルアイが皆に連れ立って魔導王の城を去ろうとした時だった。
イビルアイとすれ違ったナーベが、小さな折られた紙きれをイビルアイの手の中にそっと忍ばせる。
そして、すれ違った際にイビルアイの耳元でナーベは小さく呟いた。
「午後七時、この紙に書かれている場所でモモンさ―んがお待ちです。あなた一人でお越し下さい。」
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