第14話 偽りの代償と黒歴史の始まり

 日も落ち、城内の街灯には魔法の光が灯る。


 その光が集まり、エ・ランテル全体が光りを放っていた。


 その光とは、対照的に、空に浮かぶ三日月には雲がかかり、城外には深い闇が訪れていた。


 高い城壁の上から小さな赤いローブが城外の闇へと落ちてくる。


 そのローブは、地上に近づくにつれ、速度が遅くなり、そしてゆっくり着地した。


 赤いローブに身を包んだイビルアイは、モモンに指定された場所へと歩みを進める。


 今朝までのイビルアイであったならば、多分、今頃、スキップしてその場所に向かっていただろう。


 しかし、今のイビルアイの足取りは重い。


 イビルアイは死を覚悟していた。


 先程、イビルアイはモモンの過去を知ってしまった。


 (私は、元は人間だし、ヴァンパイアに同族意識など持っていない。

 しかし、モモン様の家族を奪ったヴァンパイアと同じ種族である事に間違いはない。

 私の罪はモモン様に正体を隠した事にある。

 モモン様は私を仲間と認めてくれたのにだ。)


 城外の森を抜けた先に石で出来た神殿跡のような建物が見えてきた。


 そこが、モモンに指定された場所だった。


 その建物に近づくと建物の入口に人影が映る。

 

 その神殿の柱にモモンは寄り掛り、俯きながら立っていた。


 モモンを見つけると、重い足取りでイビルアイは近づいていく。


 モモンはイビルアイの接近に気付くと顔を上げた。


「イビルアイ。わざわざ、呼び出して悪かった。」


「いえ、モモン様。それで、用件はなんですか?」


 イビルアイはモモンに恐る恐る尋ねる。


「お前に会いたいという者がいるんだが、付き合ってくれないか?」


「会いたい人ですか?」


「ああ、こっちだ。」


 モモンはそう言うと、柱の陰にあった地下に通じる階段を降りて行く。


 イビルアイは黙ってモモンについて行く。


「ここは、何ですか?」


 階段を降りながらイビルアイはモモンの背中に向かって尋ねる。


「ああ、ここは、魔導国が造った冒険者訓練用のダンジョンだ。」


(魔導国はそんなものも造っているのか…)


 モモン達が長い階段を降りると、地下には円形状の闘技場のようなスペースが広がっていた。


 その時になって、ようやくイビルアイは気付いた。


 その空間に灯りという灯りがなかったことを‥‥


 いや、今、降ってきた階段にも灯りはなかった。


 真暗だ。


 普通の人間では、こんな全く灯りの無い所では夜目に慣れたとしても周りを見通せないであろう。


 しかし、イビルアイは、ヴァンパイアのため、この暗闇でも昼間と同じように見通せる。


 こんな場所に普通の人間を連れて来る筈がない。


―モモン様は、私の正体に気付かれている…


 イビルアイは、そう確信した。


 そんな時だった。


 そのスペースの内周に備え付けられていた松明が一気に燃え盛る。


 周りの空間は、オレンジ色と染め上げられた。


 明らかに尋常ではない状況の中、その空間の奥の洞窟から人影がゆっくりと現れた。


 その姿を捉えた時、イビルアイは固まった。


 それはイビルアイが知っている者であった。


「貴様は、ヤルダバオトの蟲メイド‼」


 イビルアイはその人影に向かい叫んだ。


 その人影は、松明の炎に照らされる。


 そこには、メイド服を着た幼女の姿があった。 


 その幼女は、何も言わず、表情も動かさず、ただ、黙って立っていた。


「これは、どういう事ですか‼モモン様‼」


 イビルアイは、横に佇んでいたモモンに振り向き、答えも求めた。


「彼女は、今では私の同僚だ。どうしても君ともう一度戦いたいらしい。」


 その言葉に、イビルアイは絶句する。


 これは拷問だ―とイビルアイは感じた。


 (モモン様がその気になれば、私など瞬殺であろう…

 しかし、それではモモン様のヴァンパイアに対する積年の憎悪は癒されないのだ…

 だから、あえて格下の相手と戦わせて苦痛を与えながら滅ぼそうとされているのだ…)

 


「エントマ。」


「はい、モモン様。」


「思う存分戦うがいい。」


「有難う御座います。感謝致します。モモン様。」


 モモンの言葉に、エントマと呼ばれた蟲メイドは可愛い声で礼を言う。


 そんな中、イビルアイは俯きながら微動だにしない。


「それじゃあ、いくよー!!」


 エントマはそう言うと、両手を上に上げる。


 すると、メイド服のゆったりした袖下から、多くの脚を持つ蟲達が両手に絡みついた。

 エントマの右手に宿った蟲は剣に、左手に宿った蟲は盾へと形状を変化させていく。

 エントマは、剣刀蟲を突き出し、イビルアイへと一直線に飛び掛かる。


 イビルアイは、エントマが接近しても微動だにしない。


 今、まさに、エントマの剣刀蟲がイビルアイに突き刺さろうという瞬間―


「マキシマイズマジック・シャード・バックショット‼〈魔法最強化・結晶散弾〉」


 イビルアイの声と共に、尖った水晶の欠片が散弾となって、至近距離のエントマを襲う。 

 エントマは、寸前に硬甲蟲の盾で防御態勢を切り替えるが、水晶の散弾は、硬甲蟲を吹き飛ばす。

 

 エントマはすかさず、衝撃を緩和しようと後ろに回転しながら飛び、転がった。


 回転が収まるとエントマは何事も無かったかのようにムクッと立ち上がる。


 一連の攻防で砂煙が舞い、二人は見合った状態で動かない。


 そんな中、イビルアイは叫ぶ。


「この命、蟲にやる程、安くはない‼」


 イビルアイは、吹っ切れた。


 モモンに殺される覚悟ならできている。


 しかし、この蟲に殺されるのには納得がいかなかった。


 イビルアイとエントマの死闘が今、始まった。




 日は暮れ街灯が灯り、魔導国の市街地は夜の街へと姿を変えていた。


 そんなエ・ランテル城内の街道を漆黒の英雄モモンが美姫ナーベを連れ立って、歩いていた。


 二人は、メッセージで対話していた。


―パンドラズ・アクター様。いつまでこうして歩いていたらいいのでしょうか?


―そうですね。イビルアイとの待ち合わせが午後七時ですから、その前後二時間程ですかね?


―これに、どのような意味が?


―イビルアイが何者かにモモンと会う事を話していた場合、イビルアイが行方不明になったら、モモンが疑われます。ですから、街の皆に証人になって貰うため、こうして人通りの多い街道を歩いているのです。


―なるほど。考えが及ばず、申し訳御座いません。しかし、それならば、ドッペルゲンガーを使用してイビルアイのコピーを作って、暫くあとに、行方不明にさせた方が確実なのでは?


―…これは、アインズ様が考えたご計画ですから、きっとそれ以上に深い理由があるのでしょう。


―も、申し訳御座いません。私如きの浅知恵とアインズ様のご計画を比べるとは、大変愚かでした。この命で謝罪を!


―ま、待って下さい。貴方は今は私の監督下にあります。貴方に何かあれば、私がアインズ様に叱られてしまいます。


―も、申し訳御座いません。


 そうして歩いていると、モモンの目の前にドレス姿のレメディオスが現れた。


 その姿を見てモモン、いやパンドラズ・アクターは思う。


(やはり、アインズ様の持ち物だけあって、美しいドレスですね。特に特殊効果は備えていませんが、エレガ~ントなディザインをしております。

は、しまった!命令に夢中でこの女性から回収するのを忘れていました。)


「モモン様。お話を聞いて頂いてよろしいでしょうか。」


「何かな。レメディオス殿。」


「ここでは、ちょっと―」


 レメディオスは、そう言ってナーベを見る。


「ナーベ。少しここで待っていてくれないか。」


「はい、モモンさん。」


 そう言って、二人は、路地裏に入った。


「それで、話とは?」


「はい、先程のモモン様のご家族の話を聞いて、ご相談が御座います。」


「先程したのは、お伽話だ。私の話ではない。」


「は、はい、申し訳御座いません。そのお伽話の事でご相談が御座います。」


「なんだ?」


「私は、ヴァンパイアになったカルカに仲間にならないかと誘われています。」


「そうか。」


「今度、カルカに会った時、ヴァンパイアになる道を選んでしまうかもしれません。

 お伽話の王子は、なぜ、家族に仲間にならないかと言われて、それを拒絶できたのですか?ご家族を殺してまで…」


「ならば聞きたい。ヴァンパイアになる前のカルカは好きだったか?」


「はい、もちろんです。」


「以前のカルカに、もし、自分がヴァンパイアになったら、どうしてほしいか聞いたとしたら、彼女はどう答えると思う。」


「・・・殺してっていうと思います。」


「そういう事ではないのか?ヴァンパイアはアンデッドなのだ。いくら、以前と同じ、姿、記憶を持っていても別の存在なのだよ。人間(如き)と一緒にするな。」


「そう簡単に割り切れるものなのですか?」


「お前のカルカはどこにいる?」


「私のカルカ?」


「私の中には、多くの御方が住んでいる。」


 そう言うとモモンは自分の胸に手を置く。


「それが私の誇りであり、生きる意味なのだ。」


 モモンの言葉に、モモンのその信念にレメディオスは心を打たれる。


(そうだ!!あれはカルカじゃない!!

 私は知っている。あいつの本当の高潔さを。そして、生きているのだ。私の中で‥‥ケラルトと共に!)


 レメディオスは、自分の中のカルカとケラルトを感じた。

 そこには、彼女達と笑いあった日々、お互いを支え合った絆、ともに聖王国を良き国と導こうと誓い合った友との思い出がたくさん詰まっていた。


(私はなんでこんな簡単な事に気付けなかったのだ‥‥

 私は一人ではないのだ…。お前達の分まで生きて聖王国を守らねばならぬのだ…)


 レメディオスの頬に熱い涙が伝う。


 その涙をモモンが人差し指で優しく拭う。


 そして、言った。


「お前の誇り、生きる意味が見つかるといいな。」


 モモンの言葉に、レメディオスは顔を火照らせ潤んだ瞳でモモンを見つめる。


(なんと漢らしいお方なのだろうか…。高貴で‥‥そして、お優しい‥‥。

 この方こそ、真の英雄だ‥‥)


 レメディオスは今、見つけた。


 誇りと生きる意味を。


 そして、確信する。


 今、自分の目の前にいる方こそ、まさにそれなのだと―


 そんな中、惚けているレメディオスに向かい、モモンは言った。


 「ところで、その服を脱いでくれないか?」
























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