第10話 ナザリックにて
黒い空間を抜けた先は、そこは磨き抜かれた大理石の床に絢爛たる絨毯が敷かれた広く荘厳な通路であった。
建築に詳しくないネイアでも、その建築技術、歴史の重み等が、この前歩いたばかりの聖王国の王城の通路と比較すると大人と子供、いや、ドラゴンと赤子ぐらいの差があるとわかる程だ。
そんな中、モモンが先頭に歩き出し、ネイアに付いて来るよう促す。
少し歩くと、大きな白い両開きのドアに突き当たった。
モモンはそのドアを勢い良く開く。
ドアの先には、更に天井の高い部屋があった。
二階の建物を打ち抜いて作られているのか、上側には小さなテラスのような空間が部屋中を取り巻いていた。
そんなテラス部分にも高価そうな花瓶に幻想的な花が飾られており、大きなシャンデリアの煌びやかな光に照らされて、更に幻想的な光を放っていた。
そうした部屋の内装を見回していると、
「いらっしゃいませ」
一糸乱れぬ声が歓迎を伝える。
部屋の奥には美貌を誇るメイドたちが横一列で大勢並んでいた。
ざっと十名といった所であろうか。
「それでは、魔導王陛下の面会の準備ができるまでここで寛いでくれたまえ。」
モモンは、部屋にある複数の重厚な机、柔らかそうなソファー、長椅子を掌で指し示す。
「なにかほしいものがあれば、メイドにいってもらって構わない。」
そう言うと、モモンはレメディオスに近づく。
レメディオスは顔を赤くして、
「あ、あの、さ、先程は…」
「その恰好は、魔導王陛下に面会するのにふさわしくないな。」
モモンはボロボロになった”安眠の屍衣”を纏ったレメディオスにそう言うと、メイドを呼び、レメディオスを着替えさせるように指示を出す。
何か言いたそうであったレメディオスは、複数のメイドたちに拉致られて部屋を出て行った。
「それで、青の薔薇の方々。私に渡したい物とは?」
青の薔薇メンバーとモモンは部屋の隅の席に座り、なにやら話し始めた。
ネイアは部外者なので、その反対側の席に座り、部屋の内装を見渡していた。
(ここって、アインズ様の本当のお城ってことだよね。)
今まで、エ・ランテルの城が魔導王の城だと思っていたネイアは、その違いを周りを見渡して改めて実感していた。
そこに一人のメイドがネイアに声を掛ける。
「ネイア様、お飲み物はいかかでしょうか?」
「あ、それじゃ、お願いします。」
「畏まりました。ハーブティー、紅茶、コーヒー、ルレッシュ・ピーチ・ウォーターが御座いますがいかかいたしますか?」
「ル、ルレッシュ・ピーチ・ウォーターって何ですか?」
「はい、こちらは、新鮮なアルフヘイム産の桃の果汁をルレッシュ山脈の湧水で割った飲み物となっております。」
「じゃあ、それでお願いします。」
「はい、かしこまりました。」
ネイアの前に置かれたグラスに、透明な液体が注がれた。目の前にほのかに甘い香りが漂う。
ゴクリ、と喉を鳴らした後、ネイアはそれを口に含んだ。その余りの美味さにネイアはその液体を一気に飲み干した。
「はー」
ネイアは息を吐いて、その美味しさに感動する。
それは、今まで生きてきてもっとも美味しい飲み物であったからだ。
「もう一杯、如何ですか?」
「い、いただきます!!!」
ネイアは、その味に夢中になりお腹がタプタプになるまで飲んだ。
「もう、飲めない~」
さすがに十杯も飲むとそれ以上はいくらおいしくても飲めなかった。
「だ、大丈夫ですか⁉ネイア様。」
メイドが心配そうな声を掛ける。
「だ、大丈夫です~。」
「申し訳御座いません。こうなる前に止めるべきでした。」
「いえ、こちらが要求してしまった事ですから。私の責任です。」
「そうは、行きません。アインズ様から丁重にもてなす様言われておりますから。」
「‼」
―アインズ様という言葉にネイアは反応する。
一国の国王の名を、一メイドが呼ぶ事に違和感を覚えたからである。
「あの、アインズ様っていいましたよね。今…」
「はい、申しました。」
「その、魔導王陛下とは、どういうご関係でしょうか?」
魔導王陛下を崇拝する者にとっては、どうしても気になってしまう。
「はい、私達はアインズ様達、至高の御方々に創造されましたから。」
「どういう事ですか?」
「はい、かつてこの世界(ナザリック)には、四十一の至高の御方々がいらっしゃいました。そして我ら(ナザリック)を創造されたのです。しかし、長い年月が経ち、至高の御方々は別の世界へ旅立たれて行きました。そんな中、四十一の至高の御方々を纏められていた頂点であるアインズ様だけが、我々の為に、お残り下されたのです。」
「‼」
ネイアは、真実を知り、言葉を失った。
内心はそうじゃないのかとは思っていた。
アインズ様は神といわれる存在ではないかと。
(や、やはり、我々は、アインズ様に創造された存在であったのだ!!)
ネイアは、その真実を知り歓喜に体が震える。
そして、今までのすべての疑問に答えを得た気持ちになった。
(アインズ様が、人間だけでなく、異形や亜人を受け入れるのも、すべてを創造されたからこそ、すべてを平等に扱っておられるのだ…
王国の虐殺の話も納得できる…
王国が創造主を否定したのだ。
アインズ様が、どれ程お悲しみになられた事であろう。
国が滅ぼされないだけ、王国の民はアインズ様に感謝すべきなのだ!!)
「真実をお教え頂き有難う御座います。」
ネイアは、そのメイドの手を握りしめ感謝した。
「いえ、お役に立ててよかったです。」
(早く、魔導教団に戻り、真実を広めねば‼)
ネイアは決意する。
ネイアがそんなやり取りを行う前に、青の薔薇のメンバーとモモンとの談合は始まっていた。
青の薔薇のメンバーとモモンは大きな長机を挟んで対面するように、大きなソファーに腰を掛ける。
「それでは、こちらをお受け取り頂けますでしょうか?」
ラキュースは、腰布から小さな親指程の大きさの筒を取り出して机の真ん中に置いた。
「イビルアイ。」
「ああ…」
イビルアイはラキュースの呼びかけに答えると、その筒に向かって魔法を詠唱し始める。
すると、その魔法に反応して、筒は一般的な書状大の大きさに姿を変えた。
「こちらは、ラナー王女からモモン様にお渡しする様依頼された書状です。」
「それでは失礼する。」
モモンは、その筒の中の書状を取り出し広げた。
そして、その書状に目を通す。
それから暫くして、目を通し終わったのか、モモンはその書状を丸めた。
「ご苦労。確かに受け取った。」
モモンは感謝の言葉を述べる。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「我々は、書状の内容は聞かされておりませんし、その書状も見ていません。」
「そうか。」
「できる事なら、その書状の内容をお教え頂いてもよろしいでしょうか?」
「そうだな。知る権利はあるか…
すべてを教えるわけにはいかないが、どのような内容かは教えよう。」
「お願いします。」
「ヴァンパイアについてだ。」
「‼」
その言葉に一番反応したのはイビルアイであった。
「私が、ヴァンパイアを追っているのは知っているか?」
「はい、噂で。」
「私は、ラナー王女の情報収集能力を高く評価している。だから、彼女に近隣のヴァンパイアの情報収集をお願いしたのだ。それがこれというわけだ。」
モモンは丸めた書状を軽く振る。
「差し支えなければ、モモン様がヴァンパイアを追う理由をお教え頂いてもよろしいでしょうか?」
ラキュースのその質問に、モモンは沈黙した。
その沈黙は暫く続く。
そんな時、モモンの沈黙を遮るかのように部屋の入口のドアが勢いよく開いた。
部屋の中にいた者達はすべて、その開いたドアの方に顔を向けた。
そこには、鮮やかな水色のドレスを纏いバリバリに化粧されたレメディオスが立っていた。
はっきり言って、これからどこの社交界のパーティーに行くんだーー!!!と、ツッコミたくなる程のお嬢様感を出していた。
そんなレメディオスの背後には、やり切った感を出しているメイドたちがいた。
その姿を見たモモンは即座に立ち上がり、レメディオスに近づく。
レメディオスの前に立ったモモンは、小さく呟いた。
「美しい‥‥」
その言葉を聞き逃さなかったイビルアイの怒りゲージはグングン上昇した。
(モモン様!!私という運命の恋人の前で浮気ですか!!)
そんな中、レメディオスは、モモンの言葉に顔を赤らめていた。
「モ、モモン様、さ、先程は呪いを解いて下さり、あ、有難う御座いました。」
レメディオスは、そんな耳まで真っ赤になった状態で声を張り上げる。
「気にする事はない…」
「い、いえ、そういう訳にはいかない…いえ、いきません。あ、あのポーションはいくら、いえ、お幾らですか?べ、弁償致します。」
「あれには、値はない。」
「ど、どういう事…ですか?」
「あれは、遺跡で発見した希少なレアアイテムだ。値など付けられんよ。」
「そんな‥‥なぜそんな希少なアイテムを…私如きに?」
「何度も言わせるつもりか?」
そのモモンの言葉に、レメディオスの言葉が詰まる。
レメディオスは、その答えをすでに聞かされているからだ。
(「人を助けるのに理由はいらない」…)
それはレメディオス自身も常に想っている信念である。
しかし、自分が同じ状況だったとしたら、同じ事が出来るだろうか?
いや、決してできない。
きっとアイテムを温存しようと考える。
来る日の為に。
以前のカルカのような自分の守るべき者の為に使おうと…
そんな貴重なアイテムを、見ず知らずの者のために使用しようとは考えなかっただろう。
しかし、この男は躊躇なくそれを行った。
―漆黒の英雄モモン。
私は、常々その名の冒険者の事を内心馬鹿にしていた。
冒険者の分際で、英雄ともてはやされてるお調子者だと…
でも、違う。
この男、いや、この御方こそ、紛れもなく英雄だ‥‥
レメディオスは、目を輝かせながらモモンを見つめて呆然と立ち尽くす。
その時、部屋の入口に新たなメイドが現れる。
そのメイドは、深々とお辞儀をすると、顔を上げて透き通るような声を張り上げた。
「魔導王陛下の準備が整いました。私がご案内させて頂きます。」
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