第9話 交錯する想い  

 魔導王城内の階段を下りてくる二人の者がいた。


 一人は、二十代ぐらいの年齢で、すっと線を引いたような切れ長の瞳は黒曜石のような光を放ち、その長く艶やかな黒髪はポニーテールで結ばれていた。


 その異国の情緒を漂わせる美貌したその女性は、凛として階段を下りてくる。


 もう一人は、漆黒に輝き、金と紫色の模様が入った絢爛華麗な全身鎧に身を包みんでいた。

 面頬付き兜に開いた細いスリットからでは、中の顔を窺い知る事は出来ない。


 背中には二本の巨剣を背負い、大きな真紅のマントを棚引かせて階段を下りてくる。


 まるで、絵本に出てくるような美女と騎士の登場に、ネイアの視線は奪われた。


 そんな中、ネイアの後ろに控えていたイビルアイが呟いた。


「モ、モモン様…」


 その呟きを聞きネイアが振り返ると、イビルアイの体が凄まじい速さで振動していく。


「モ、モ、モ、」


 そして、その振動は更に小刻みになり、イビルアイは尋常じゃない禍々しいオーラを発し始めた。


 そんな様子を見ていた周りの者達は、その異様な状態のイビルアイを見ながら息を呑む。


 すると‥‥


「モモン様‼‼‼~~~~~~~~~~」


 甲高い叫び声と共に、まるで、パチンコ玉のようにイビルアイは発射した。


 ―モモン目掛けて…



(ああ、感動の恋人との再会‼こんな時は、熱い熱い抱擁こそ相応しい‼)


 イビルアイはそう思いながら、自らの想い人に向け、発射した。


 そう、この長い間のモモン不足によって、イビルアイの中では、モモンは、モモン=引き裂かれた運命の恋人(ロミオ的な)へとクラスチェンジを遂げていた。


 もう、(ストーカー+メンヘラ)を二乗して割らない感じである。


 そんなの誰も止められない。


 そんなイビルアイのファイナルアタックを階段を下り終えたモモンは、寸前で、軽く躱す。

 イビルアイは敢え無く階段に顔面を打ち付ける。


「モモン様~~~~」


 その結果、イビルアイは階段に頭を打ち付け、頭の上に星がクルクルと飛んでいるピヨピヨ状態になった。


「久しいな。イビルアイ。元気そうで安心した。」


 そんな中、モモンが首だけ横に回し、目線をイビルアイに送りながら口を開く。


(モモン様~~。モモン様はシャイなお方だから、こんな人前での抱擁が恥ずかしかったんだ~)


 モモンの言葉に有頂天になったイビルアイは仮面(顔)を赤らめる。



「モモン様、お久しぶりです。」


 ラキュースがモモンの前に立ち頭を下げる。


「これは、ラキュース殿。ご健在で何よりだ。」


 モモンは、雄々しい態度で応える。


「急な事で申し訳御座いません。内密にお渡ししたい物があるのですが。」


 ラキュースはここに来た目的を告げる。


「承知した。それでは後で受け取ろう。」


 モモンはそう言うと、すかさず、ネイア達の方に顔を向ける。


 正確には、ネイア、レイナース、レメディオスの三人の方である。


 目線を感じたネイアは、すぐさまモモンの元に駆け寄り、一礼をする。


「私は、聖王国が使者、ネイア・バラハと申します。今回、魔導王陛下への面会の許可を頂き誠に有難う御座います。」


 漆黒の英雄、魔導王陛下の側近である方には、丁重に対応しなければいけないと思い、ネイアは丁寧に感謝の意を述べる。


 しかし、ネイアの言葉にモモンからの反応はなかった。


 何も言わないモモンはネイアではなく、後ろのレイナース、レメディオスのいる方を凝視する。


 そして、モモンは口を開く。


 「この中で、呪いにかかっている者がいるな?」


 「‼」


 その言葉に、周りの全員の動きが止まる。



「呪いにかかっている者が魔導王陛下に面会される等許されぬ。名乗り出ろ。」



 高圧的でもなく威圧的でもないが、その言葉には力が宿っていた。


 そんな中、モモンの言葉に、即座に反応する者がいた。



「私だ‼」


 レメディオスが大声で名乗り出る。


 そして、レメディオスは、モモンの前にひざまずくと、自分に巻かれた”安眠の屍衣”を頭、腕、足部分を剥がしていく。


 そして、露わになったその姿は、ネイアが想像していたよりも酷い状態であった。



 顔の頬部分は、すでにほぼ剥がれて口の中が丸見えの状態になり、髪は白髪で所々抜け落ちていた。

 さらに、両腕の皮膚はすべて剥がれ落ちており、筋肉の筋が一つ一つ見える程の状態になっていた。

 両足も同じような状態になっており、まさにその姿は、ゾンビの一歩手前の状態と言っても過言ではなかった。



 よくこの状態で、理性を保っていられるものだ…とその姿を見たネイアは感心していた。


 「これは?」


 モモンがレメディオスに問う。


 「これは、ヴァンパイアになってしまったカルカにかけられたの呪い…

 私は後、数日でアンデッドになるだろう…」


 レメディオスはモモンの問いに素直に答える。


 「覚悟はできているのか?」


 モモンはそう言うと、右手の掌を自らの巨剣の柄に伸ばし、握る。


 「…ああ‥‥」


 そう言うとレメディオスは、モモンの前に跪き、頭を下げてゆっくりと目を瞑る。


―そう、レメディオスはこのために、魔導国に来たのだ…



「カルカ様から伝言です。『十日後、王都ホバンスを攻めます。止められるなら、止めて見みなさい』だそうです。それともう一つ― 」


 満月の光が二人を照らす中、隊員Aはレメディオスに優しく語りかけた。


「『あなたには、数日でアンデッドになる呪いをかけました。アンデッドになってしまう前に私の元へ来なさい。仲間にしてあげるから』だそうです。」


 その隊員Aの言葉にレメディオスは自らの疑問をぶつける。


「それならば、なぜ今しない!」


「わかりません。ただ、カルカ様は自分の意志で仲間になってほしいと考えられているのではないでしょうか?」


 隊員Aのその言葉にレメディオスは言葉が詰まる。


 そんなレメディオスの様子を見ながら、隊員Aは黙り込みながら包帯のような布を腰のバックからとり出した。


「これは、カルカ様からです。この”安眠の屍衣”を体に巻けば、進行は遅くなるとの事です。」


(隊員A、というかカルカの真意がわからない…

 襲撃の予告をしたり、自分で呪いを掛けておきながら、その進行を遅くするアイテムをその相手に渡すとは、支離滅裂だ…

 一体、アイツは何を考えているんだ…)


「私は、カルカ様に尋ねました。なんでこんな事をするのですか。と…」


 レメディオスがいろいろと思考している中、隊員Aはその考えを見透かすような言葉を投げかけてきた。


「そうしたら言われたのです。『彼女は私の心のオアシスだから』と…」


 隊員Aのその言葉に乾いたレメディオスの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


「私は、ヴァンパイアになっちゃいましたけど。隊長の事は今でも好きです。」


 隊員Aは少し照れながらレメディオスに言った。


「カルカ様に命令されたら、殺さなきゃいけないですけど…

 できれば、自分は隊長を殺したくないです…」


 隊員Aは悲しそうな顔でそう言った。

 そして、静かにその場を去って行った。




―私は、どうすればいいんだ。


 レメディオスは、その場の何もない荒野の上に寝転がりながら己の中で葛藤した。





 その後、なんとか王都ホバンスに何とか辿り着いたレメディオスは、早急に聖王に事の次第を告げた。

 その後、聖王国の神殿に向かい、自分の呪いについて神官に意見を求めた。


―そして、自分にかけられた呪いが未知の呪いであるという事を説明された。



 解除する方法も不明の上、、例え呪いを解くアイテムがあったとしても国宝級、いやそれ以上のアイテムであろうと‥‥



 そんなレメディオスは、ヴァンパイアになるか、アンデッドになるかの究極の二択問題の回答を迫られたのだ。


 『死』という選択肢のない回答の…


 レメディオスにとっては、どちらの選択も許容できないモノであった。


 自分は、ヴァンパイアやアンデッドになるために、聖騎士になったのではない。


 聖王国の国民の幸福の為に命を捧げる。


 そのために聖騎士になったのだ。


 しかし、もし今度カルカが私の目の前に現れたら、おそらく私はヴァンパイアになる道を選んでしまうであろう―とレメディオスは確信していた。


 そして、レメディオスはこんな自分は生きていてはいけないのだ―と決断した。



 でも、どうする?―レメディオスは考える。


 おそらく、自殺してもアンデッドになるだけだろう。


 自分に火をつければ、死ねるのか?


 それでも、スケルトンみたいなアンデッドになるかもしれない。


 それに、自分がアンデッドになった場合、相当強いアンデッドになってしまう可能性もある。

 そうなったら、この国の兵士達には止められないだろう。


 結局、その時のレメディオスの頭の中では満足のいく解答は出せなかった。



―魔導王。というキーワードを聞くまでは。



 奴とはいろいろあったが、強さだけは信頼に足ると思っていた。


 奴にかかれば、私など、一瞬で灰、いや痕跡も残らずに滅してくれよう。


―そう考え、この魔導国までやってきたのだ。


 モモンの前に、目を瞑ったレメディオスは思った。


 (あのヤルダバオトを恐れさせた戦士モモン、この者ならば私を滅してくれよう。


 これも神の思し召しだろうか、私を滅する存在をアンデッドではなく、


 人間にしてくれたという事は…)



 その時、覚悟を決めたレメディオスの体の中から熱いものが込み上げてくる感覚が生まれた。


 今まで呪いによる脱力感しかない体に火が灯ったように、活力が生まれてくる。


 それまでの沈んだ気持ちが高揚していくのを感じた。


 もしや、私は今、天に召されているのか―と、本気で確信していた。


 そう思う中、レメディオスの耳に力強い男の声が響く。


 「もう、目を開けてもいいぞ。」


 レメディオスは、その声に従うようにゆっくりと瞳を開けた。


 すると、レメディオスの瞳の中に眩しい光の束が飛び込んできた。


 その神々しい無数の光はレメディオスの体を包み込むように駆け巡る。


 そして、その光の束はレメディオスを中心に高速で回転し始めた。


 回転した光の束はレメディオスの体に溶け込むと、更に激しい光を放ち弾ける。


 そうして弾け飛んだ光は空間で砂のように細かく散って消えていった。


 そして、光が弾け飛んだ後、光に包まれていたレメディオスがその姿を現す。

 そこには、呪いが掛かる以前の、まさに健康優良児というようなレメディオスの姿があった。


 「これは、一体?」


 レメディオスは、今自分に何が起こったのか理解できなかった。


 そんなレメディオスは、目の前に無言で佇む漆黒の騎士を呆然と見つめていた。


 そして、レメディオスはその騎士の手に、非常に奇麗で繊細なデザインのポーションの小瓶が握られているのに気が付く。


 騎士はその中身を振りかけたような格好で持っており、ポーションの中身は空っぽだった。


 すぐさま、レメディオスは自分の元に戻った腕、脚、そして顔を手のひらで触りながら確かめる。


 ある程度、状況が呑みこめてきたレメディオスは、モモンを見上げた。


「なぜだ‥‥なぜ、私を助けたのだ‥‥。」


 (この者は、私を助けて私に何かさせようとしているのか?。今の聖王のように私を使い捨ての道具としようてしているのか?)


 そんな事を考えながらレメディオスは、目の前の漆黒の騎士を凝視する。


「なぜ、なぜとは‥‥?

 人を助けるのに理由がいるのか?」


 モモンは、自らのマントを翻し、華麗に答える。


(ドキ――――ン‼)


 その言葉に、そしてその華麗な姿に、レメディオス、ネイア、イビルアイ、ラキュースの心は撃ち抜かれた。


 ガガーラン、ティア、ティナも少し頬を赤らめた。


 そんな中、レイナースだけがその光景を冷静にそして、真剣な顔で見つめていた。


(このマジックアイテムであれば、私の呪いが解けるかもしれないわ…)



 レイナースは、先程の聖王国の女が受けていた呪いは、自分以上のものであると判断した。


 それがあっという間に全快したのだ。賭けてみる価値はあると判断した。


「それでは、魔導王陛下の元へ案内しよう。」


 モモンは体を翻し階段を上り始めた。


 そして、階段を上り終えるとその先の巨大な扉を開く。


 その先に、部屋はなかった。通路さえも…


 ―そう何もないのだ…


 ただ、そこには揺らめく黒い空間だけがあった。


 「さあ、こちらへ。」


 何事もないかのようにモモンは掌で空間の先を指す。


「おい、あれは転移の魔法か?」


 ガガーランがイビルアイに問う。


「さあな。そうかもしれないし、違うかもしれない。でも、モモン様が一緒ならば問題ないだろう。」


 そう言うとイビルアイは何事も無いかのように、最初にその空間に入っていた。


 その様子をみてガガーラン達、ネイア達も黙ってその空間の中へと入っていく。


 そして、最後にレイナースが入ろうとしたとき、モモンに肩を掴まれる。


「先程の話を聞いていただろう。」


 モモンはレイナースの耳元に涼やかに呟く。


 そんなモモンにレイナースが口を開こうとした時、


「それでは、ナーベ。この方を入口まで丁重にお連れしろ。」


 モモンはそう言うと颯爽と黒い空間の中に飛び込む。


 モモンが空間に入ると、そこはただの石壁となった。


 そんな石壁の前で呆然と立ち尽くしていたレイナースにナーベは言う。


 「それでは、入口までお送り致します。」














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