第5話 残された希望
レメディオスの話を一通り聞いたネイアは、息を飲み黙りこんだ。
聖王女が生きていた事もそうだが、さらにはヴァンパイアになっていたという事実に驚愕した。
しかし、その程度?というのが、正直な感想であろうか。
今の話を聞く限り、ヴァンパイアの勢力は、百から二百と言ったところであろうか。
それ程の勢力で、ヴァンパイア達が南聖王国を支配したとは思えなかった。
大いにブラフの可能性が高いとネイアは考えていた。
「ネイア、今の話を聞いてどう判断する?」
カスポンドがネイアを見ながら聞いてきた。
「今の話を聞く限り、それ程の脅威とも思えません。ヴァンパイアは確かに厄介ですが、聖水等の弱点も御座います。数で圧倒すれば、撃退は可能かと。」
ネイアは冷静に答える。
「お前は、私の話を聞いていなかったのか?敵は、南聖王国を支配しているのだぞ。
ヴァンパイアの数も相当な数になる筈だ。」
「それを確認されたのですか?」
ネイアは目を細めてレメディオスに質問で返す。
「そ、それは確認はしていないが…」
ネイアの言葉に、レメディオスが少し怯んだ。
(やはり、おかしい‥‥)
ネイアは、また、疑問を覚える。
ネイアが知っているレメディオスとは、少し様子が違う。
それに今の奇妙な恰好の説明を求める必要があるだろう、とネイアは考えた。
「レメディオス殿。その姿はどうされたのですか?」
「ああ、そうだ説明していなかったな。私はカルカの魔法で呪いを受けた。全身の皮膚が剥がれ落ちる呪いだ。だから、今は”安眠の屍衣”を纏って進行を遅らせている。」
「そんな呪いが…。レメディオス殿は、その状態で戦えますか?」
「無論、問題ない!」
レメディオスは胸を張って答える。
性格には多々問題はあるが、戦力としては必要不可欠になるとネイアは考えていた。
「それで、ヴァンパイアが攻めてくるのは何日後ですか?」
レメディオスの話の時点では、十日後という事だが、当然すでにそれから数日の時間が経過している筈なので、ネイアは確認する。
「わからん!」
レメディオスは再度、胸を張って答える。
「は?」
ネイアは大きな口をあんぐり開けた。
「だから、わからん、と言ったのだ。あれから何日経っているのか…。あれから馬を発見するのに一日掛かり、そして、ここまで一心不乱に走ってきたのだ。日にち等覚えていられるか!」
レメディオスは腕を組み、逆ギレする。
ネイアは頭を抱える。
同時にカスポンドも同様の仕草をした。
「わかりました。すぐに魔導兵団を招集します。」
ネイアは、気持ちを切り替えてカスポンドに進言した。
「何を言っている。招集するべきは聖騎士団であろうが!」
ネイアは、また、頭を抱える。
「レメディオス、聖騎士団はもう無いのだ。そなたが蟄居している間に解散した。今では、ネイア殿の魔導兵団がこの聖王国の軍事を司っている。」
カスポンドの言葉に、レメディオスは絶句する。
「レメディオス、暫く黙れ!これは命令だ。」
カスポンドの言葉に、レメディオスは舌を噛み、下を向いて黙り込んだ。
「それで、数はどの程度用意できる?」
カスポンドはネイアに尋ねる。
「今すぐとなると、王都内だけの数となりますので、二万と言った所でしょうか?」
ネイアの答えに、レメディオスが怒りの目を向ける。
「そうか、そうなると今のこちらの戦力は、魔導兵団二万、親衛騎士団三千、デスナイト五体といった所か?」
カスポンドの答えを聞き、レメディオスが今度はカスポンドに怒りの目を向けた。
ネイアもカスポンドもその視線に気づいていたが、あえて無視をする。
誰も野良犬に手を出して噛まれたくはない。
「はい、ヴァンパイアの数ははっきりしていませんが、例え、千か二千であってもこちらの勢力で対処できると考えます。」
ネイアは自分の分析結果を、カスポンドの述べた。
その時だった。
―バン!
突然、背後の扉が勢い良く開いた。
開かれた扉から一人の兵士が勢いよく入ってくると、その場に跪き、大声を張り上げる。
「陛下、都市カリンシャが堕ちました!」
「!!!」
その大声に、ネイア達は衝撃を受ける。
「誠か?その情報はどこから来た。信頼できる情報なのか?」
カスポンドは、兵士に問う。
「先程、カリンシャを治められていたモルドーレ卿がお越しになり、早急に陛下に伝えてほしいと言付かりました。」
「何、モルドーレ卿が?」
「はい、詳しくはモルドーレ卿にお伺い頂ければと思います。」
「わかった。下がってよい。」
「は!」
兵士は、その場を立ち去った。
「先程のヴァンパイアの所業かわからぬが、早急にモルドーレ卿に話を聞かなくてはな。ネイア殿、レメディオス、同席してもらうぞ。」
カスポンドは兵士に至急、モルドーレ卿を呼ぶように伝える。
暫くして、謁見の間の扉が開く、そして、二人の兵士を引き連れて、白髪の貴族然とした人物が入ってきた。
顔立ちは端麗、歳はカスポンドより少し上といった所であろうか。
表情は険しく、鬼気迫るものがあった。ネイア達の横に並び、カスポンドの前にひざまずく。
「陛下、至急のお目通りありがとうございます。」
「前置きはいい、何が起こったのかを話せ。」
「は!カリンシャがヴァンパイアの襲撃をうけ、堕ちました。」
ある意味、想定内の展開にカスポンドの動揺はない。
しかし、国の主として一都市が陥落したと聞き、顔の険しさが増した。
「その経緯は?」
「はい、三日前の夜、私宛に襲撃の予告が御座いました。」
「!!!」
そのモルドーレ卿の言葉に、ネイア達は再度、衝撃を受けた。
普通、襲撃とは奇襲がもっとも効果的である。
予告をするという事は、相当の自分達の戦力に自信がなければ行えない。
しかも、カリンシャが堕ちたという事は、その戦力が本物であったという事だ。
「詳しく話せ。」
「は、三日前の夜、私の屋敷に一体のヴァンパイアが現れました。そのヴァンパイアは私の屋敷の者を皆殺し、私に襲撃の予告をして去っていきました。」
モルドーレ卿は、体を震わせながら唇を噛み締めた。
「私は、早急に軍を組織してヴァンパイアの襲撃に備えました。愚かでした。あの時、私は避難を選択するべきでした。」
「敵の数は?」
「少なく見積もっても、五万はくだらないでしょう。」
「‼」
モルドーレ卿の答えにそこにいる者、皆、絶句した。
「私は、一万の軍を投入しましたが、五分と持ちませんでした。」
「そなたはどうやって助かったのだ?」
カスポンドは、モルドーレ卿に問う。
当然の質問だ。その戦力差ならば、逃げる事も難しい。
「私は、運はよかった。後ろの二人の兵士が私を逃がしてくれたのです。」
その言葉が、発せられた時だった。
その二人の兵士の服が波打つ、そして服が破れ、中から黒い蠢く物が飛び出してきた。
兵士の鎧は、その黒く蠢く物と一体となり、目は真っ赤に歪み、口は大きく裂けていく。頭には二本の角が生え、背中には蝙蝠のような翼が生えた。
―悪魔。
人間がそう呼ぶものに変化していく。
その変化に気づいたモルドーレ卿はその場で腰を抜かす。
ネイア、レメディオスは間合いを取り、前屈みに構える。
二人とも武器は所持していないが、どんな攻撃が来ても躱そうと戦闘態勢で敵の様子を窺った。
「―何者だ?」
悪魔の姿に変貌した化け物に、カスポンドは表情を変えずに問う。
こんな状況でも冷静なのは、さすが聖王という地位にいるものだとネイアは感心する。
「ふふ、さすが聖王様。この姿を見て、驚いた様子がないな。」
悪魔の一体が答える。
「俺達は、ただのメッセンジャーだ、ただ、伝言を伝えに来ただけだ。カルカ様のな。」
もう一体の悪魔が答える。
「その伝言とは?」
カスポンドは、表情を崩さない。
その時、一体の悪魔が、コホン、と一息つく。
「”愛するお兄様へ、私、ヴァンパイアになっちゃいました。ごめんね。ペロ。
私、そのお城欲しいから、襲ちゃうね!五日後の夜に!
逃げるなり、戦うなりしてもいいけど、戦うならブチ殺しちゃうぞ♡。”
だそうだ。」
悪魔なりに聖王女の口調を真似て、ボディーランゲージで交えて伝えられたその伝言に、周りの皆が固まった。
もう一体の悪魔も少し引き気味でそれを恥ずかしそうに傍観していた。
「・・・・・・・・」
感覚的にこの部屋のすべてが、白と黒の静寂へと変わる。
「さ、さあ、やるべきことはやったから帰るぞ!」
伝言を伝えた悪魔が赤ら顔で、もう一体の悪魔に訴える。
「そ、そうだな!」
二体の悪魔達は逃げるように背後の扉に向かう。
扉の前の兵士達は、持っていた槍を構え、顔を恐怖に歪ませながらその悪魔に向かっていく。
「ワァァァーーーー!!」
――バチャ、バチャ!
それは一瞬であった。
悪魔達の無造作な殴打でその兵士達は側面の壁に叩きつけられる。
叩きつけられた兵士はまるでトマトのように弾け、壁を真っ赤な血で染め上げた。
悪魔たちは扉を出ると、廊下の壁をブチ破り大穴を開けた。
そして、その翼を広げ、大空へと飛び立っていく。
ネイアとレメディオスは後追い扉の外に出るが、その時には、悪魔達の姿は遥か先の空にあり、米粒大の大きさのものへと変わっていた。
その消え去りつつある悪魔の姿を目で追いながらネイアの顔には冷や汗が滲んでいた。
ネイアはあの悪魔達が姿を現した時、ヤバい相手だと直感した。
例え武器を所持していたとしても、勝てたかどうかわからないと…
これ以上の補足しても無駄と判断したネイア達は、黙って謁見の間に戻る。
中には、腰を抜かしているモルドーレ卿と、頭を抱えているカスポンドがいた。
問題は山積みだ。
敵の勢力は、我々の想定を遥かに超えていた。
―敵の襲撃まで五日。
―ヴァンパイアが勢力は最低、五万。
それだけを考えてもこちら側は、最低でも十万以上の軍勢が必要になる。
しかも、中にはさっきのような悪魔までいるという事になると、その倍は必要かもしれない。
こちらにはデスナイトがいるとは言え、圧倒的な数の暴力には圧倒的な数の戦力が必要なのだ。
北聖王国の全魔導兵団を結集すれば、なんとかその数に到達できるかもしれないが、五日で招集できる戦力はたかが知れている。
つまりこのまま戦えば、こちらの全滅は必至。という事だ。
「へ、陛下どうかカリンシャをお救い下さい。」
モルドーレ卿がカスポンドに懇願する。
(そうか、そっちもあったか。)
ネイアは、また、一つ難題があったことに気付く。
敵の勢力が五万以上というのはカリンシャ襲撃時点の話だ。
さらに、仲間を増やしている可能性は高い。
それに、仲間になっていなくても人質として捕らえられてる可能性もある。
さらなる絶望がネイアを襲った。
「ネイア。使者になってはくれないか?」
カスポンドが頭を悩ませていたネイアに向かって言った。
「使者とは?今更、他の都市に救援を要請しても間に合いません!」
ネイアはカスポンドにくってかかる。
「魔導国のだ。魔導王陛下に救援を求める。」
―‼
その言葉に、ネイアは衝撃を受ける。
(そうだ。自分達だけで何とかする事だけを考えて、もっとも最善で最高で確実な方法に気付かなかった‥‥。でも‥‥)
「しかし、ここから魔導国まで早馬でも五日は掛かります。」
(そう、時間が足りない。魔導王陛下のように転移の魔法が使える者は、魔導兵団に僅かならがいるが、魔導国に転移できるものはいない。)
「魔導王陛下から借り受けている”魂喰らい”がある。アンデットの馬ならば、日昼夜全速で走れる。さすれば、三日は掛からないだろう。あとは、魔導王陛下と一緒に転移して戻ってくればいいのだ。」
カスポンドは誰もが納得のいく案を持ち掛けた。
確かに、道理的だ。これ以外に方法がないように思った。
―しかし…
(私だってアインズ様に会いたい。でも、たった半年程でまた助けを求めにいったら、呆れられるのではないだろうか…)
別れ際、掛けて下さったあの言葉を思い出しネイアは思う。
私は、頑張れているのだろうか、と‥‥
ネイアが黙り込んでいると、カスポンドは叫ぶ。
「これは、命令だ!!! 至急、準備を整えよ!!!」
ネイアは、その命令に、即座に平伏した。
(…………命令なら仕方ないよ、ね?)
ネイアの中で欲望の方が勝った瞬間であった。
「わかりました!!! 至急、準備を整えます!!!!!」
喜々揚々と顔を引き締めたネイアは受諾した。
そんな中、ネイアの口元は明らかに緩んでいた。
「私もいくぞ!」
その時、突然、傍にいたレメディオスも名乗りを上げる。
「は?」
ネイアはあからさまに嫌な顔をした。
「私も行くといったのだ!聖王。いいだろう?」
レメディオスがカスポンドに目で訴える。
「この件についてはすべてネイア殿に一任する。同行したいならばネイア殿に許可を求めなさい。」
カスポンドはネイアに丸投げした。
カスポンドも飼い犬(狂犬)に手は噛まれたくはなかった。
(このクソ聖王がァァァァァァ!!)
心の中のブラックネイアが吠えた。
「許可できません。」
ネイアは速攻拒絶する。
勘弁してくれ!とネイアは心底思った。
(この女、今まで自分がどれほど魔導王陛下に失礼な言動をしていたのかわかってないの?コイツ(レメディオス)を連れていくというのがどれ程のリスクになるのか…)
というか、ネイアは、レメディオスとは、できれば一生関わりたくないと思っていた。
そんなあからさまに拒絶オーラを出しているネイアに、レメディオスは神妙な面持ちで話し掛けて来た。
「ネイア殿。すまぬ。先程は嘘をついた。
実はカルカにかけられた魔法は、”全身の皮膚が剥がれ落ちる呪い”ではないのだ。
本当は、”アンデッドになる呪い”だ。今は、”安眠の屍衣”で進行を抑えているが、後、数日で私はアンデッドになるだろう。」
急にしおらしくなったレメディオスの態度に、ネイアの体にじんましんが発症した。
それと共に、今までのレメディオスのらしくない態度に納得した。
もし、ネイアも数日で死ぬ、いや、アンデッドになる呪いなどを掛けられたら、誰でも弱気にもなるだろうと考えたからだ。
「本当は聖王国を守り、死にたかったが、魔導王はアンデッドの王、この呪いを解く方法を知っているかもしれない。
絶対に魔導王には失礼な態度はとらないと約束しよう。
そして、今までの無礼も詫びよう。
だから、同行を許してはくれないか?」
そんな話を聞けば、誰でも絶対にダメとは言えなくなってしまう。
特にネイアは、NOと言えない聖王国民である。
まるで人が変わったような態度のレメディオスにネイアの同行を許可するしかなかった。
「話はまとまった様だな。至急準備を整えて出発してくれ!」
「は!」
カスポンドの言葉に、ネイア達は勢いよく返事した。
それから暫くして、カスポンドは王城の最も奥まったところに位置する聖王の間に、一人、誰かに平伏するように座っていた。
「これでよろしかったのでしょうか?」
誰もいない部屋でカスポンドは虚空に向けて独り言を呟く。
「ええ、上出来です。」
カスポンドの背後の影から一人の紳士が現れた。
カスポンドの上司にあたる存在だ。
「デミウルゴス様。このような事はご計画にはなかったと思いますが?」
カスポンドはその上司―デミウルゴスに尋ねる。
本来の計画では、私は近々死ぬことになっている。
私といっても、カスポンドという存在が、という事であるが…
「はい、私の計画にも、ありませんでした。」
デミウルゴスは、微笑みながら言った。さも嬉しそうに。
「では、一体?これは、イレギュラーな出来事なのですか?」
「フフフ…」
デミウルゴスは不敵に笑う。
「私の想定できない存在を貴方はご存じではないのですか?」
そのデミウルゴスの言葉に、カスポンドは息を呑む。
私の上司であるデミウルゴス様でさえ想定できない存在ー
それはこの世界にたった一人しかいないー
――魔導王アインズ・ウール・ゴウン
我々を創造された至高の御方の頂点に立たれている御方だ。
「フフ、アインズ様のご計画の一部を知り、悪魔を派遣しましたが、危ない所でした。
もう少し気づくのが遅かったら、私なしでこのご計画が遂行されるところでしたよ。」
「それでよろしかったのですか?」
カスポンドは心配になる。その計画が至高の頂点に座する方の物だっだとして、それにイレギュラーを発生させる事は、不敬にあたるのではないかと考えたからだ。
「心配しなくていいですよ。アインズ様の計画にイレギュラーなどある訳がないじゃないですか。」
デミウルゴスが手のひらを天に向け、首を左右に振った。
「私達は、アインズ様の計画の一部とすでになっているのです。」
「それは、どういう事なのですか?」
全く理解できていないカスポンドはデミウルゴスに答えを求めた。
「アインズ様の中では、我々などただの駒に過ぎないのです。勝敗の決しているゲームのね。後は、我々の動きで、そのゲームが面白くなるのか、つまらなくなるのかが決まるだけなのですよ。」
つまり、アインズ様はこの世のすべてを見透かされているという事であろう。
さすがは、至高の御方の頂点に立たれているお方だ。とカスポンドは思う。
「それは、どのような計画なのでしょうか?」
創造された者にとって、創造主の計画を知りたいと思うのは、当然の事だろう。
「そうですね。僭越ながら、私が名づけるならば、”英雄王の凱旋”と言った所でしょうか?」
「英雄王?アインズ様が再び聖王国をお救いになるという事ですか?」
「フフッ、まあ、あなたには少し難し過ぎたかもしれませんね。」
そのような言葉であるが、決して馬鹿しようとしていない優しい言い回しだった。
「いるじゃないですか。魔導国にはとっておきの英雄が。」
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