第4話 絶望の幕開け
その日は、突然起こった。
亜人狩り部隊として参加していたレメディオスは、王都ホバンスから遥か南の山脈に差し掛かろうとしていた。
小高い丘の上に立ち、周りを見まわしたレメディオスは、絶望していた。
そこには、存在価値のない土地が広がっていた。
木々は痩せ細り、自生している植物もない。
川もなく、土を掘っても湧き水も出ないであろう。
当然、そんな場所に住んでいる獣などいる筈もない。
確保していた軍用食はすでに枯渇していた。
レメディオス達は、自然の恵みを期待してこの場所に降り立った。
その結果がこの惨状である。
「隊長どうでしたか?」
頬をげっそりとした痩せ細った一人の隊員が、レメディオスに声を掛ける。
「ああ。何とかなりそうだ。」
レメディオスは、悟られないようにできるだけ大きな声で言った。
「そうですか!!よかった!!ここら辺を捜索して早く王都に帰りましょう!」
痩せ細った青白い隊員が、空元気のような明るい声を出した。
(絶望だ・・・・・・。
ここで少なくとも王都に帰るだけの食料を確保しようと考えていたが、その考えが甘かった。
考えてみれば、自分は王都の周辺の土地しか知らない。
だが、自分の直感を信じて、ここまでの道中を歩んできたが、全く自分の知識など役に立たないと改めて悟った。
しかし、ここまで自分を信じて付いてきた隊員たちを裏切るわけにはいかない。)
敗残兵となった亜人を共に狩りながら、レメディオスの部隊はかつての聖騎士団を思わせる結束で結ばれていた。
当初のレメディオス以外の兵士は、ゴブリンも殺せないような新米の兵士達であった。
そんな兵士達を守りながら、レメディオスは戦った。
そんな中、兵士達は、そんなレメディオスを慕った。
そして、レメディオスに教えを来い、劇的な早さで強くなっていった。
レメディオスもそんな彼らに少しずつであるが心を開いていった。
しかし、そんな順調に進んでいたかに思えたこの遠征も大きな難題に直面していた。
物資が枯渇してきていたのだ…
そもそも、聖王国はそれ程豊かな地ではない。
国土の多くが実りがない土地である。
その中でも実りがある土地の周囲に人が集まり都市となったのだ。
故に、逃げようとする亜人の敗残兵達は、当然、実りのない土地へと向かう。
それを追う亜人狩り部隊もまた、実りのない土地へと向かうのは当然の事だろう。
レメディオス達は遠征時に支給された物資で今まで何とかしてきたが、それがついに枯渇してきていた。
このような状況になる前に、補給を要請するため隊員を派遣したが、その隊員が戻ってくる事はなかった。
そんな中、一途の望みをかけ、更に南下する選択をレメディオスはした。
聖王国の南には海があり、北よりも比較的、土地が豊かであると聞いた事があるからだ。
その結果が、これだ…
レメディオスは、唇を噛み締める自分の不甲斐なさと共に。
その時、レメディオスの前方の砂嵐の中にうっすら人影が映る。
その人影はやがて濃くなり、レメディオスに向かって叫んだ。
「隊長!! この先に聖王国の軍隊の野営地を発見しました!!」
実りのない何もない荒野にそれはあった。
それは、荒野の真ん中で複数のテントが張り巡らせており、その中心には明らかに人間がいるであろう建造物が建っていた。
遠目で見るとそれは教会のような造りをしていた。
それを見た時、なぜ、このような所にそのような建造物があるのか、と少し不思議には思ったが、レメディオスはそんな事よりもこれで問題が解決するであろうと確信していた。
レメディオスは、数人の隊員を引き連れ、その野営地へと向かう。
レメディオス達がその野営地に向かい、歩を進めている時、レメデイオス達の周りには日が暮れたのか薄暗く、冷たい風が流れていた。
その野営地の間近に迫ると、レメデイオス達はその場で所持していた枯木を使い、火を起こす。その枯木が燃え盛ると、即座ににレメディオスは、所持していた球体状のアイテムを熾した火に投げ入れた。
すると、その炎から黄色い狼煙が上がる。
火に投下すると特定の色の狼煙が上がる聖騎士御用達の信号である。
その信号を目にした付近を探索していた残りの全隊員たちがレメディオスの元に集う。
レメディオスを含め、総勢、八名、最初は二十名であったが、その数はこれまでの亜人討伐やサバイバルにて、今はその数まで減ってしまった。
「隊長。何か見つけたんですか。」
「あれを見ろ」
レメディオスは嬉しそうにその教会を指さした。
レメディオスは、発見した教会へと向かう。気づくと周りは夜の闇へと誘われていた。
レメディオス達がテントを横切って教会に向かおうとすると、横のテントからムズムズと動き出す音がした。
レメディオスを先頭に部隊は、剣を抜き戦闘態勢に入る。
これまでの戦闘でレメディオスの部隊は、かつての聖騎士団に劣らない程の手練れの部隊となっていた。
そのテントから一つの影が頭を覗かせる。
「なんですか~あなた達は?」
若い男が顔を出して緊張感のない声を出した。
その男は、明らかに人間であった。しかも若く、細く、青白い顔をしていた。
(なんだ? この部隊も食料が足りてないのか?)
半ば、失望したが、この規模、そして建造物があるという事は、そこそこの食料は確保していると考える。
「休んでいるところ、すまなかった。」
レメディオスは剣を鞘に納めて、言った。それに合わせて、他の隊員たち剣を納める。
「私は、聖王国亜人狩り部隊隊長のレメディオス・カストディオ!! 貴殿等の指揮官に会わせて頂きたい。」
レメディオスを胸を張り声を張り上げる。
(隊長カッケー!)
(さすが隊長だ!)
(………好きだ。)
背後の隊員たちは各々、これまで自分達を支えてきた隊長に対する思いを巡らせていた。
「あー。そうなんですか~。 でも僕一番下っ端なんで、向こうのテントの中で寝ているオッサンに声を掛けて貰えますか?」
そういって二つ先のテントを指さした。
若い兵士はそう言うと「まだ、寝たりないわ」と小さく呟き、テントの奥に消えていった。
レメディオスをは啞然とする。確かに今は、聖騎士団団長としての任にはついていないが、名乗りを上げた聖騎士がこのような対応をされる事は、かつてなかったからである。
しかし、明確に返答をした事を無下にもできぬか…。そう思い、言われた通りのテントの前に立ち、先程のように名乗りを上げた。
「な、レメディオス・カストディオですと!」
テントの中から驚いた声が聞こえ、その主が顔を出す。
「わ、私は、南の聖王国が貴族、コルデオ・ドル・ケーレと申します。」
その声と共に、頭がデカい、しかし、体は小さい、良くて四頭身、悪ければ三頭身の中年の男がテントから飛び出してきた。
その頭は、キッチリ七三分けになっており、何かで固めているのか髪の毛は月夜に輝いていた。
「わかった。では貴殿等の指揮官に会わせていただけるかな?」
全然、わかってはいなかったが、とりあえずレメディオスは要求を伝える。
「はい、畏まりました。」
コルデオは二つ返事で答えた。
コルデオを連れ立って、レメディオス達は、テントの中央の教会へと向かう。
その教会に向かうにつれ、その教会の大きさが、通常よりも遥かに大きいことに気付いた。
建造物はそれ程でもないが、それを支える土台部分が建造物の敷地の二倍以上の大きさであったのだ。レメディオスは疑問を覚える。
(この建造物はどういう目的で作られたのだ。簡易的な建造物であればここまで大袈裟な基礎工事の必要ではないのではないか?それとも、実りのないこの土地に永住する目的で建てられたのか?)
そんな疑問を抱いている間に、教会の扉の前に、立った。
その扉は重厚で、簡易的に造られた建造物ではもったいない質感をしていた。
コルデオは、その細腕で重厚な扉をまるで苦も無く両開きに開ける。
(やはり、この建造物は一時的簡素な素材で建設しているな。)
レメディオスは、この扉は、見た目だけで安物の軽い素材でできていると確信した。
扉の奥には、まさに教会の礼拝堂が広がっていた。
その造りは、レメディオスが今まで見てきた礼拝堂よりも奇麗であった。
コルデオに連れ立って、レメディオス達もその中に入る。
レメディオス達が入るとその扉はゆっくりと閉まっていった。
普通であれば、危惧することであるが、ここは教会、聖なる場所であるこのような所に罠などある訳がない。レメディオスはそう思った。
コルデオが礼拝堂の通路を進む。
奥には、女性と思しきシルエットが見えた。
その女性は頭から黒いローブを纏い、後ろ向きでひざまずき、その祭壇に祭られている紫色の服を着た銀髪の人形に祈りを捧げていた。
おそらく、この女性が彼らの上官なのだろう。
コルデオはその女性に近づき、言った
「聖王女様。ご面会ですぞよ。」
その言葉に真っ先に反応したのは、レメディオスだった。
「貴様!何を言っている!聖王女カルカ・ベサーレスは天に召されたのだ!あいつ以外に聖王女を名乗るものなど許されるはずがない!」
レメディオスの大声は礼拝堂内に大きく響いた。
「レメディオス!あなた、そのすぐに頭に血が上る癖を直さないと。いつものようにケラルトにしかられるわよ!」
そう言うと、黒いローブの女性はレメディオス達方に振り返る。
その女性―カルカ・ベサーレスの顔を見た時、レメディオスの瞳には自然に涙が溢れた。
そう命を懸けて守ろうとして、でも守れなかった。自分のすべてを捧げても惜しくはないと思った唯一の人物が、再び、自分の目の前に現れたのだ。
(―これは夢なのか?)
レメディオスは、自分の頬を人生の中で一番強くつねる。しかし、痛みは感じなかった。目の前の奇跡には、どんな痛みも、悲しみも感じない。
(-はは、やっぱり夢だ…)
レメディオスが自分の頬の肉をその手でそぎ落としそうになってるところで、背後にいた隊員がレメディオスの腕に飛び掛かり、その行為を制止する。
「隊長!夢じゃないですよ!」
「しっかりしてください、隊長!」
他の隊員達も全員でレメディオスに飛び掛かり、その体を取り囲んだ。
その衝撃でわずかな痛みを感じたレメディオスは、小さく呟く。
「これは、夢ではないのか?」
「夢じゃないです!」
「聖王女様は生きておられたのです!」
「……好」
各々の隊員たちが、レメディオスを囲み、歓喜の声を上げていた。
その声に、レメディオスの瞳から涙が溢れ出した。
(なんだ、この涙は。カルカとケラルトが亡くなったと知った時、もう、尽きたはずではなかったのか?)
レメディオスは涙を拭う。こんな恥ずかしい姿を主の前で見せられるはずがない。
カルカの前まで行き、レメディオスはひざまずいた。
そして、涙でビショビショとなった顔をカルカに向ける。
「生きていたのだな…信じていたぞ。お前があんな奴に殺される訳がないと…」
カルカはその言葉を聞き、笑顔で言った。
「そうね。レメディオス。じゃあこれからあなたに死んでもらっていいかしら?」
レメディオスは耳を疑った。
(今、カルカは何を言ったのだ?)
聞こえてはいたが、その言葉を受け入れることはできなかった。
「レメディオス?聞こえなかったの?死んでっていったの。」
レメディオスは、しっかり聞こえてはいたが理解できなかった。
「カルカ。お前は疲れているのだろう。少し、休んだらどうだ?」
レメディオスは、その言葉を聞こえなかった事にした。
カルカは少し拗ねた態度で腕を組み、
「いいわ。。貴方が死んでくれないなら、まずは貴方の部下に死んでもらうから!」
そう言うと手を挙げた。
すると、それと同時に礼拝堂の椅子の下から無数の影がレメディオスの背後の隊員達を襲う。
レメディオスは背後に目をやると、そこには二十人以上の兵士に隊員達が押し圧し潰されていた。
レメディオスはカルカに向かって叫ぶ。
「カルカ!!何をするんだ!!」
「何って、みんなを私の仲間にしてあげようとしてるんじゃない。」
その笑顔の中に、真っ赤な瞳、口から覗かせる牙が、レメディオスの瞳に写る。
(吸血鬼―ヴァンパイア)
「貴様、よくも騙したな。カルカの姿をして!」
レメディオスは、激昂し叫んだ。
「レメディオス。勘違いしないでよね。私がカルカなのは間違いないから。」
少し困った顔をしてカルカは言う。
「カルカがヴァンパイアになどなる筈がない!」
「そうね。私もまさかヴァンパイアになるなんて思ってなかったけど。彼のお方に気に入られちゃってね。」
「彼のお方?」
「そう、私の主様」
レメディオスは無い頭で考える。
(どこの誰だか知らないが、カルカをヴァンパイアとして復活させて、この聖王国を狙っているのか!)
「これから、王都ホバンスに攻め込んでみんな仲間にしようと思ってるの。」
カルカは、淡々と笑顔で言い放つ。
「カルカ!お前は本当にカルカなのか!お前は聖王国を…聖王国の民たちを幸せにするといっていたではないか!」
カルカに理性があると信じるレメディオスは、訴えるように語りかけた。
「何を言っているのレメディオス?幸せにしたいから仲間にしてあげるんじゃない?」
(だめだ。カルカは何者かに操られているだ・・・ )
「それに、南の聖王国は皆仲間にしちゃったから、もう、北に行くしかないのよね。」
これまた、軽い口調でさらっと凄い事を言う。
「南の聖王国が…」
カルカの言葉にレメディオスは、絶句する。
「でも、みんな弱くて少し退屈してたの。ちょっと、面白くしましょうか?」
そう言うと、カルカは魔法を唱えだした。
すると、カルカの前方に小さな黒い炎に燃える魔法陣が複数展開した。
それはめまぐるしく形を変えながら一つの魔法陣へと変化していく。
レメディオスの直感が告げていた。
今が攻撃の最大のチャンスだと。
しかし、レメディオスの体は、ピクリとも動かなかった。
決して魔法の力などで動かないのではない。
自分がどうしていいかわからず動かないのだ。
詠唱が終わった直後、カルカはその一つの魔法陣にその手のひらを翳す。
その途端、レメディオスの体は、黒い炎に包まれた。
「グワァァァァァァ!!」
礼拝堂中にレメディオスの絶叫が響き渡る。
レメディオスが体中に巡る激痛の中、意識を失った。
次にレメディオスが目を開いた時、そこには天高く、そして、丸く満ちていた月が映っていた。
レメディオスは何もない荒野の上で、仰向け状態で寝そべっていた。
レメディオスは思った。
(ああ、悪い夢を見てしまった。
カルカがヴァンパイアになるとか、隊員達が全滅するとか、有り得ないだろ…)
目線を横に逸らすとそこには、いつもの隊員Aがひざまずいてレメディオスを見下ろしていた。
レメディオスは、隊員Aの名前が何だったのか未だに覚えられないでいた。
「隊長。」
「なんだ。お前。何か用か?」
名前がわからないから、どうしてもこうした会話になる。
「カルカ様から伝言です。」
その言葉に、レメディオスの躰は硬直した。
「お前…。今、何を言った?」
「カルカ様から伝言です。って言いました…」
隊員Aは少し困った表情で言った。
「お前、それは私の夢の話で…」
「夢じゃないんです…」
隊員Aは少し悲しそうな顔で言う。
よく見れば、隊員Aの顔はいつにも増して青白かった。
そして、その瞳には薄っすら赤い光が宿り、口元から飛び出した八重歯が月光で輝いていた。
レメディオスは、慌てて上体を起こす。
そして、自分の体を見ると驚愕した。
両腕は血の気がなく灰色になり、皮が所々剥がれていた。
まるで、腐乱した死体の肉塊のように…
そして、理解した。
すべては現実だったという事を‥‥
「なんだかわからないが、私は死ぬんだな?」
レメディオスはすべてを諦めた顔で隊員Aに問いかけた。
ここにカルカがいないという事は、もういる必要がないという事だとレメディオスは理解した。そう、死に行く者になど構っていられないのだと。
「いえ、隊長はまだ死にませんよ。」
隊員Aは笑顔で答える。
「カルカ様から伝言です。”十日後、王都ホバンスを攻めます。止められるなら、止めてみなさい” だそうです。それともう一つ―」
満月の光が二人を照らす中、隊員Aはレメディオスに向かって優しく話し始めた。
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