第9話 かいつまんで言うと新キャラ登場?

「変身」

 奇妙なポーズをとって、ベルトに手を当てる。30歳になるオッサンが自室で一人、何をしているんだという話だが、これは重要な儀式だ。


「よし。大丈夫だな」

 目を開けると、そこは異世界。すっかり朝になっているが、場所は昨日の少女と遭遇したところで間違いない。

 つまり安全にセーブされて、そのデータをロードできたわけだ。ゲームに例えるなら、の話だが。

 姿も20歳のころの俺に戻っている。何も問題はない。

 あえて言えば、ここが大通りであることが問題だな。俺が現実世界に戻っていた間、この世界でどうなっているのかは知らない。多分俺はそのあいだ消えているんだろう。

 だとすると、俺は急に道のど真ん中に出現したことになる。高度な転移魔法ならともかく、滅多に見られない事態に、周りの人たちが集まってくる。

 逃げよう。



「はぁ……はぁ……」

 ここまでくれば大丈夫だろう。俺はギルドに逃げ込んでいた。実際にここまで走る意味はなかったかもしれない。

「……やあ、どうしたんだい?そんなに慌てて珍しい」

 ティズが目を丸くする。

「ああ、ちょっとな――」

 言いかけた俺は、ティズの正面にいる人物に気づく。

 見たことのない女性だった。歳はメトレアと同じくらい。背丈はメトレアよりは小さく、ティズより少し大きいくらいだろうか。

 長い髪を後ろで結んで、さらにぐるぐる巻きにするような独特の髪型の女性は、切れ長の目を流して俺を見る。

「お客さんか?」

「ああ、君を訊ねてきたんだって」

「俺を?」

 俺が首をかしげると、その女性は立ち上がって一礼した。ティズは俺の分のコーヒーを入れながら言う。

「なんでも、昨日のアセラさんって人の妹さんらしいよ」

「マジで!?」



 アセラさんは、爆薬によって死んだ人だ。その爆薬は、俺が運んだもので間違いない。

 俺だって爆薬だと知らなかったから届けたわけだが、遺族からしたら俺は仇みたいに見えるのかもしれない。となると、用件は仇打ちか?

「ま、待て。違うんだ。俺は知らなかったんだ。俺は悪くない。全部アルヴィンっていう男が……」

 俺が弁明し始めると、彼女は首をかしげる。あ、あれ?

「ああ、別に君に恨みがあるわけじゃないみたいだよ。ただ、姉の最期を知りたいんだって」

 ティズがコーヒーをテーブルに置き、椅子を引く。つまり、そこに座れと?

「まあ、トーゴにとっては思い出したくないことかもしれないけど、こうして遺族の方が訪ねてきているんだし、話せる範囲でいいから教えてあげてよ。ボクは詳しくは知らないし」

 確かに、この女性からは敵意のようなものを感じない。俺は大人しくテーブルに着き、ティズが入れてくれたコーヒーを口に運んだ。いつもより少し苦い。


「俺は、トーゴ。貴女の名前は?」

 俺が聞くと、彼女は虚空にペンを走らせる。ペンは何もない空間に、あたかもガラス板でもあるかのように文字を書いた。

 魔法だ。それもあっさりやっているけど、それなりに繊細な魔法。魔力の消費は少ないが、見た目以上に高い技術が必要なはずのものだ。俺も本でしか見たことがない。

 異世界の文字で書かれていたが、なぜか俺には読める。

『アルタ』

 おそらく、彼女の名前だろう。

「えっと、アルタさん?」

 俺が聞き返すと、アルタさんは頷いた。今書いた文字を手で振り払うと、再びペンを動かす。

『よろしくおねがいします』

「見ての通り、アルタさんは喋れないみたいなんだ。ここまで見事な魔法で筆談をする人なんて、ボクですら初めて見たけどね」

 このギルドの管理人として、様々な魔法使いを見ているはずのティズすらそう言う。

『あまり、魔力はありません』

 アルタさんはそう言ったけど、魔法は魔力だけで使いこなせるわけじゃない。これはこれで、ものすごい才能だ。



「……と、いう感じです。俺も、その後は何が何だか……」

 1時間くらいかけて、俺はアセラさんの最期を語る。もちろん、爆発後のグロ映像に関してはオブラートに包みながら。

 ただ、違法薬物の話や、アルヴィンの話は包み隠さずに。

「本当は守秘義務があるから、アルヴィンさんの名前を出すのは困るんだけどね」

 と、ティズには言われた。ギルドの運営者としては、依頼者の名前を第三者には明かせないということだろう。

 でもアルヴィンは、俺に言わせればまっとうな依頼者とは言えない。それにアセラさんの妹を部外者扱いもしたくない。


 すべてを聞いたアルタさんは、顔を手で覆って泣き崩れた。当然の反応だと思う。

 俺は語ることをすべて語ったつもりだし、このまま退席しようと思った。

 その時、ドアが蹴り飛ばされる。

「おっはよぉ!さあ、アルヴィン探しに行くわよ!」

「うるせぇよメトレア。ドアは丁寧に扱えって何度言わせる気だ?」

 例によって、メトレアの登場だった。空気を読まないやつ……というのは酷だが、せめて音量だけは配慮して頂きたい。

「あら?その人は?」

「ああ、アセラさんの妹で、アルタさんっていうんだってさ。姉の最期を知りたいって言ってきたから、今あらかた話したところ」

「ふーん」

 メトレアが来たなら、俺もそろそろ出かけよう。アルヴィンのやつをとっちめて、今回の事を説明してもらわないとな。


 俺が立ち上がると、後ろからアルタさんが肩を叩いてきた。

「ん?どうしました?」

 俺が聞くと、アルタさんはペンを空中に走らせる。その様子を見てメトレアは驚いていた。初見だものな。

『私も、ご一緒させてください』

 空中に異世界の文字で、そう書かれる。

「一緒にって……アルヴィン探しに?」

 俺が聞くと、アルタさんは頷く。

 うーん。本来ならギルドの仕事に部外者を同行させてはいけないわけだが、今回のは正式な仕事でもないし、そもそも依頼でもないからな。

「っつっても、危険ですよ。いやぁ……魔法が得意なのは見せてもらいましたけど、戦闘となると話は別でしょうし……」

 俺が断ろうと、やんわり話す。メトレアも心配そうにしているし、止めた方がいいと思うな。

 しかし……

 アセラさんは近くにあった紙を手に取ると、そこにペンを滑らせた。空中に書いていたのと同じ、丁寧で細い筆致で文字が書かれる。

 その紙は、依頼書。ギルドの壁によく張り出されているものの白紙バージョンだ。


『姉の敵討ち。およびその期間の私の護衛

 依頼料 1,000,000プサイ』


 その紙を、俺たちにおずおずと持ってくる。これは……

「ああ、そうなっちゃうんだね」

 ティズが横から顔を出してきた。おいおい、まさか……

「依頼料は充分だし、断る理由もないから、このまま採用。このギルドマスター代理・ティズが承認します」

 芝居がかった様子で、ティズが判子を押す。あーあ。

「さて、あとは依頼を受けるかどうか、君たち次第だよ。もちろん、ギルドの誰が依頼を受けてもかまわないから、トーゴがやらないなら壁に張り出すけど?」

「そんなことしたら、金額に目がくらんだ連中が手を出すだろう。分かったよ。その依頼、このトーゴとメトレアが引き受けますよ」

「え?あ、あたしまで含まれるの?」

 当たり前である。もともと俺とメトレアでやろうとしていたことだろう。話が少し変わっただけで、構成メンバーまでガラッと変わったらたまったものじゃない。ましてメトレアは主戦力だ。

「じゃあ、決まりだね。ボクは応援しているから、頑張って」

 ティズが手を振ってくれる。何の魔法でもないくせに、なぜか自信をくれる応援だ。

『改めまして、アセラと申します。よろしく、メトレアさん』

「え?あ、は、はい。よよよよろしく」

「お前、本当に人見知り激しいよな。最初の一日だけ」

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