第8話 分かりやすく言うとだまされた?

 依頼主であるアルヴィンに話を聞きに行った俺は、驚いた。あの立派な家がもぬけの殻になっており、アルヴィンもいない。

 周辺の住民に聞いても、『アルヴィンなら数か月前に出ていった』の一点張りである。じゃあ今日見たのは何だよ。

「やられたな……」

 つまり、俺たちは薬と偽って爆弾を運ばされていたわけだ。最初から、アルヴィンの目的はアセラさんの殺害だったとみていい。

「仕方ない。ギルドに戻るか」



 メトレアは一足先にギルドに戻っていた。ティズに報告する必要があるからだ。

 俺がギルドに戻ったのは、メトレアの報告が終わったタイミングだった。

「……なるほどね」

 ティズはメトレアから状況を聞いて、一人で納得していた。

「残念だけど、ボクからは何も言えないし、何もできないね。依頼主に必要以上の詮索をしてはいけないっていうのはギルドの掟だし、事実として依頼主のアルヴィンがどこにいるのか、ボクには分からない」

「そんな……」

 俺が納得のいかない表情をしていると、ティズはコーヒーを一口飲んで、冷静かつ事務的に棒読みで言う。

「まあ、確かに想定外ではあるけど、どこにも契約違反はないんだよ。使われたのは発火性の爆薬。つまり薬と呼んで差し支えない。振動や衝撃を与えないこと、傾けたりしないこと、と忠告も受けている」

「つまり、これは正規の依頼だと……?この結果が仕事の成功だっていうのかよ!」

「そうだよ。前払いで報酬を受け取っているし、間違いなくアセラさん本人に届けている。だからこれは確かな成功なんだよ。本来ならボクも『おめでとう。ご苦労様』って労いたいくらいなんだ」

「そんな労いはいらねぇよ!」


 テーブルをガツンと叩く。なんだかむしゃくしゃするのは、俺が悪事の片棒を担がされた気分だからだ。

「ちょっと!気持ちは分かるけど、ティズに当たったってしょうがないでしょ」

 メトレアが怒って立ち上がる。ティズは少しおびえたような表情で、俺を見ていた。俺が思っていたより強くテーブルを叩いてしまったらしい。

「え?ああ、悪い。別にお前に非があるわけじゃないのは、分かってるんだ」

「……いや、いいよ。ボクも結構、反省するところは多そうだからね」

 ティズが俯く。メトレアは嘆息して俺を見た。

「人が死んだり殺されたり、あるいは殺したり、そんなことは日常茶飯事でしょ。今日だってアセラさんだけじゃなくて、盗賊の数人も殺しているわ」

「冗談じゃない。序盤の使い捨てキャラみたいな名前もないモブと、ちゃんと名前のあった眼鏡巨乳の妙齢女性が、同じ命の価値なわけないだろ……」

 どちらも初対面だったし、アセラさんだって薬物中毒の犯罪者に違いはないんだが、それでも盗賊どもの命をいくつ天秤にかけても、アセラさん一人と釣り合わないだろう。



「とにかく、俺はアルヴィンを探す」

「探すって言っても……手がかりも何もないわよ」

「……それでも、納得はいかないんだ。それに何とかなるような気がするしな」

 俺はなんだか自信に満ちていた。やってやるさ。

「はぁ……しかたないわね。それなら明日からにしましょう。あたしも手伝うから」

「え?メトレアも?」

 マジか。てっきりメトレアの事だから、そんな事より次の仕事を探しなさいとか言うんだと思ったぜ。

「なによ?あたしだって少しは責任を感じているんだからね。そもそも、この仕事を受けようって言ったのはあたしだし」

「そっか。ありがとう」

「ふんっ」

 メトレアはガシャリとガントレットを鳴らすと、腕組をしたまま歩き出した。

「じゃあ、今日はもう帰るわ。月が出る前に」

「そうだな。気を付けて」


 この世界で、月が出ている時間には幽霊が出る。幽霊と言っても、死後の人間の魂とかではなく、そういう呼ばれ方をしているモンスターと言う意味だ。

 モンスターである以上は撃退が可能で、物理的な攻撃も効く。メトレアなら一刀両断だと思うが、

「まあ、あれって面倒くさいものね。ボクも出来れば相手にしたくない存在だよ」

 と、ティズが言うように、幽霊は面倒くさいんだよな。急所と呼べるところがないから、結構細かくなるまで切り刻むことでしか殺せない。

「本気を出せば素手でも引きちぎれるけど、服が汚れるしな」

「いや、トーゴは自分が魔法使いだってことを忘れてないかな?」

「忘れてないけど、あんまり強力な攻撃魔法なんか使えないし、咄嗟の事だと手が先に出るんだよ」

 ティズの冷たい視線を浴びつつ、俺は言い訳を繰り返す。そもそも魔法使いになった理由が、異世界っぽいからってだけだぞ。そんな俺に高度な魔法を求められても、才能も経験も足りねーよ。



 ギルドを後にして、夜の街へ出る。この世界に俺の住む場所なんかないけど、元の世界に戻る方法はある。このベルトを外すだけだ。

 ベルトをつければこの世界に来る。逆に外せば現実世界……俺の部屋に戻れる。本当によくできたベルトだ。

 おかげで異世界で生活に困ることもなければ、ホームシックに陥ることもない。


 せっかく夜の街に出たのだから、少し探索していこうかな。空には月が昇っているが、幽霊が出たらベルトを外して現実世界にとんずらすればいいんだろ。最高だ。

 そう思って大通りのど真ん中を歩く。普段は馬車が走っている所だが、今は人通りもない。みんな幽霊におびえて、この時間は外に出ないのだ。


 そんななか、俺は珍しいものを見た。

 中学生くらいの女の子だ。まだあどけない顔立ちに、すらりとした体系の少女。おおよそこんな時間に出歩いているのは不自然である。

 その少女は、俺を見つけると、すっと近づいてきた。

「トーゴ。こんばんは」

「えっ!?」

 いきなり名前を呼ばれたぞ!? どこかで会ったことがあるか?……いや、ない。

 腰まで届きそうな綺麗な金髪に、大きな赤い瞳。柔らかそうな頬に、小さな口。この世界でも現実世界でも見覚えのない人物だ。

 じゃあ、知り合いではないのだろう。しかし今、確実にトーゴと呼ばれた。人違いで名前が一致することはないだろうし、この世界でトーゴと言う名前も珍しいだろう。ティズとかメトレアとか、いかにも異国情緒あふれる名前がありふれているはずだ。

「ふふふっ、困惑しているね。私にもわかるよ。でも大丈夫。私とトーゴは初めて会うから」

 その少女は、ゆっくりと喋る。眠いのかと思うくらいに遅い喋り方で、身体も横に揺れていた。

「ねぇ。トーゴ。あなたはここで街を歩く運命にないわ。帰りなさい」

「は?」

 何を言っているんだ?と、俺が聞こうと思った時、その少女は突然、俺のベルトを掴んだ。あまりの速さ。緩急がなかったとしても対応できなかっただろう。

「しまっ……」

「おやすみなさい」

 その少女の声を最後に、俺は自分の部屋に戻ってきていた。




 もちろん、現実世界である。謎の少女もいないし、夜の街でもない。いや、まあ夜になっているけど。

 俺は照明をつける。電気によって光る現代的な明かりは、間違いなく現実世界に帰って来たのだと実感させてくれる。

「そうだ!ベルト」

 部屋を見回してみると、ベルトは床に落ちていた。どうやら外見上は壊れていない。

「よかった。こいつがないと異世界に行けなくなる」

 いずれにしても、このベルトを起動できるのは1日に1回だけだ。つまり、明日になってみないとベルトが機能するか確かめることができない。

「外見上は傷もないが、中身も無事でいてくれよ。俺じゃ修理できないし、仕組みもさっぱり分からないからな」

 特に信じている神様がいるわけでもないので、ベルト本体に祈っておく。


 それにしても、あの少女は一体何者なんだ……?

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