第6話 つまるところバトルシーン?
メトレアが剣を抜く。そして振り向きざま、後ろの大男を一振りで切った。
悲鳴も上げられないうちに、大男が倒れる。
うわぁ。これ頸動脈に綺麗に入ったな。血しぶきが凄い。俺の一張羅を汚してほしくはないんだが。
「な、なんだと……」
「この女、よくもっ」
ボウガン使いの二人が矢をつがえる。しかし遅い。その武器は距離が離れているから使えるもので、ここは剣の間合いだ。
「っはあああぁ!」
メトレアの剣がボウガン使いの二人を切る。そしてジジイに剣を突きつけ、見栄を切った。
「どうしたの?あんたたちは戦わないの?見たところ武器も持っていないみたいだけど?」
「う、く、くそぅ……」
袋小路に追い込まれたジジイは、後ろの二人に指示を出すこともなく両手を上げた。
どうやら後ろの二人には戦う力がないらしい。だとしたら何をしに出てきたのか分からないレベルだ。
と、思っていた。
「女、残念だったな」
二人の男のうち一人が、小さなビンを投げる。
そのビンはメトレアの顔面に向かって飛んでいき、案の定真っ二つに切られた。
ガラス製のビンが空中で二つに切れる理屈はどうなっているのか。俺の物理学知識ではどうにも解説できないが、こういう世界なんだろう。
問題は、そのビンの中に入った薬品を、メトレアが浴びてしまったということだった。
「きゃあっ!?」
「メトレア、どうした?」
「か、体が、痺れて動けない」
じゃあどうして喋れるんだよと言いたいところだが、本当に痺れているらしい。氷漬けとか、石化のような完全に動けなくする薬ではない。動きを制限する薬だろう。
事実、痺れたままなのに剣を振っている。遅いし、当たってないけど。
「うあぁっ」
どさっ
メトレアがバランスを崩して倒れる。どうやら踏み込んだ後の体重移動が遅れたらしい。この痺れ薬、結構強力なのか。
「ぎゃはははっ、これなら俺たちの勝ちは間違いないな」
「あっさり終わったな。この女、この状態で売ろうか。マニアに受けるかもしれないぞ」
「いや、せっかくだから正気を失うまで薬漬けにして売った方がいいだろう。これじゃ買った客まで切られそうだぞ」
「バカどもが。こんな女が売り物になるかっての。せいぜい二束三文。使った薬代の回収も出来ねぇよ」
確かに、と同意しそうになった危ねぇ。
「おい、お前」
山賊が俺を指さす。
「なんだ?」
「お前は戦いもしないのか。女にばかりまかせっきりとはな」
「腰抜けが。せめて女を連れて逃げるなりしたらどうだ?逃がさないけどな」
本当に言いたい放題だな。
実は俺だって何もしていないわけじゃない。
言っただろう。俺は魔法使いだってな。
天高く人差し指を突き上げた俺は、こうこうと輝く太陽を見て、言う。
「あ、ドラゴン」
「「「え?」」」
相手が上を見た瞬間、隙ができる。現実世界じゃ通用しない手だが、何があっても不思議じゃないこの世界では通じる。ただし、UFOが通じるかは謎だ。
この瞬間に、俺の魔法を発動する。
実はこの世界の魔法は呪文を唱えるものではない。手で印を結ぶ。そんなところだ。発動までに長い動きを要することや、そこに魔力をためなくてはいけないため難しい。
それを俺は、後ろ手でやっていた。片手でできるような簡単な魔法で、なおかつこの状況を打破できる魔法。
「クリンナ!」
それは、軽度の状態異常なら短時間の回復を行える。というものだった。
重症だったりしない限り、擦り傷、切り傷、ニキビ、肌荒れ、肩こり、冷え性まで治す。
ただし、治るのはほんの数分だ。完治させるというより、一時だけごまかすという考え方でいいと思う。
実際これで完治したのは道具屋のおばさんの便秘だけだ。しかも再発した。
ただ、メトレアの痺れなら治るだろう。
山賊たちも再び俺の方に向き直る。
「てめぇ。嘘をつきやがったな」
「ドラゴンなんかどこにもいないじゃないか!」
今更だ。現実世界では、古典的すぎると言われそうなほどだぜ。
「やっちまえ!メトレア」
「感謝はするけど、なんであんたはいちいち魔法を使うときに技名を叫ぶのよ」
「その方が魔法っぽいだろう」
「はぁ?」
まあ、俺のこだわりはどうでもいい。どうせ魔法を使うなら、かっこよく使いたい程度の話だ。
それより、今はあの盗賊どもだろ。
「ひぃっ、な、なんで起き上がってくるんだよ」
「待ってくれ。俺は何もしていないぞ。許してくれ」
「な、仲間を売る気か貴様……」
まあ、見事な命乞いと仲間割れだ。三流の悪党の最後の言葉としては上出来だろう。
「当然、逃がさないんだけどね」
メトレアは剣を下に向けると、土下座で命乞いをする男を一人、薙ぎ払った。
男の首がポロリと落ちる。首から下は見事に土下座の姿勢のままだ。
「ひぃっ……や、やめろ。ししし死にたくない」
「あたしが同じセリフを10秒前に言ったら、あんたらは見逃してくれたかしら?」
「それは……」
メトレアから質問しておいてなんだが、答えを聞くほど悠長ではない。
次々と、首だけを狙って切っていく。逃げまとうことなんかお構いなしだ。
女とは思えない強さだな。これについては、いくら異世界でも普通じゃないらしい。
まあ、目の前で人が死んでいくのを、冷静に見ている俺も普通じゃないけどさ。
「トーゴ、ありがとう。助かったわ」
「どうってことねぇよ」
実際にどうってことない。古典的なトラップを仕掛けたうえで、初歩的な魔法を唱えただけだからな。
まあ、大体この程度の仕事ができていれば評価されるだろうさ。
「そういえば、届け物の荷物は無事なの?」
「ああ、幸いにもな」
俺が魔法使いであったため、直接的な戦闘に参加しなかったことが功を奏した。見たところ荷物はノーダメージだ。最初のアレで壊れていなくてよかったよ。
「それじゃあ、図書館に……うっ」
返り血まみれになっていたメトレアは、剣を収めた直後に体を震わせる。ああ、さっきの痺れ薬の効果が戻って来たんだな。
「おいおい、大丈夫か?」
「う……ちょっと、ダメっぽい。休んでいいかな?」
「まあ、いいぞ。別に荷物は時間指定でもないしな」
それより、その返り血を何とかした方がいいと思う。衣装はともかく、顔くらいは洗ってから行かないと騒ぎにならないか?
まあ、人殺しが普通に合法の世界だから、もしかすると大丈夫か。
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