第4話 簡潔に言うと冒険の始まり?

 今回の依頼は、荷物運び。簡単な仕事だ。報酬も安いけどな。

「ここか……」

 まずは荷物を取りに行かなくてはならない。というわけで、俺とメトレアは依頼主の家にやってきた。


 ――コン、コン。

「すみませーん。ギルドから派遣されてきたトーゴですけど」

 俺がドアをノックすると、ほどなくして背の高い男が出てきた。

 グレーのスーツに紺のネクタイ。赤髪をオールバックに、しっかり撫でつけてある。

 きっちりとした格好の男だ。少なくとも俺の主観でそう思うだけで、この世界では通じない常識かもしれないが。


「ああ、ギルドの……ティズさんから話は聞いてますよ。よくぞ依頼を受けてくれましたな。感謝します」

 ティズが事前に連絡してくれていたらしい。あいつはどうして連絡なんてできるんだろう?

 見たところ、あのギルドには電話もなかったと思うし、そもそもこの世界に電気があるとさえ思えないが。

 俺がそんなことを考えていると、男は俺の後ろに視線を送る。

「で、そちらのお嬢さんは?」

「ああ、こいつは同じギルドのメトレア……」

 って、メトレア?どうして俺の後ろに隠れるように立っているんだろうか?

 ああ、思い出した。こいつは人見知りするんだった。俺と初めて会った時も、こんな風だったよな。初日だけだが。


「こいつも、今回俺に同行します」

「ええ?荷物運びですよ。二人も必要とは思えませんが……」

 男は困惑している。

「ああ、大丈夫ですよ。報酬も二人分よこせ、だなんて言いません。二人合わせて一人分の報酬で承ります」

「ああ、そうですか。よかった。いや、この程度の商品を運ぶのに大金を賭けたら、送料が現品を越えてしまいますからね」

「アマゾンじゃあるまいし、送料無料とはいきませんよね」

「アマゾン?」

 ああ、そうか。こっちの世界にネット通販があるわけないか。

「いや、何でもありませんよ。それで、報酬は成功してからということで?」

 俺が聞くと、男は首を横に振った。

「あなた方のギルドの腕前は信頼しています。前払いで全額払いますので、よろしくお願いしますよ。ああ、達成報告も必要ありません」

「そうですか」

 そんな依頼は初めてだ。もしかして、こっちの世界では珍しくない事なのか?俺は半年前にこの世界に来るようになったから分からない。


「それでは、これが届ける荷物です。クロモリの町の図書館は分かりますよね?そこに届けてくれるだけで構いません。アセラという人がいると思いますので、可能な限り本人に」

「承りました」

 俺はその荷物を見た。手のひらサイズの桐箱である。思った以上に小さく、恐ろしく軽い。

「中は見ないでくださいね。開けてもいけません。それと、こぼれては困るので傾けないように」

「中身も教えてもらえないんですか?」

 俺が聞くと、男は少し迷ってから言った。

「いえ。中身は薬です。ただ揮発性でして、空気に触れると拡散します。つまり、箱を開けると台無しになる代物なんですよ」

「なるほど」


 まいったな。この世界の道って、舗装されていないんだよ。揺らしたり傾けたりしないというのは難しいかもしれない。

「それと、こちらが報酬の25プサイです。お納めください」

 大きな銀貨が1枚と、同じくらいの大きさの銅貨が2枚。そして小さな銅貨が1枚。これで25プサイ。

 この世界の通貨は綺麗な装飾もなく、案外簡素な形をしている。どれもこれも動物や草花が彫り込まれているだけで、数字も書いていないから分かりにくい。

「それじゃあ、行ってきます」

 受け取るものをすべて受け取り、依頼内容を再確認した俺は、メトレアと一緒に歩き出す。

 ちなみに、メトレアはずっと俺の後ろに隠れていた。しかも一言も発しない。いつもの元気はどうした?




「ああーっ。緊張した」

「うっわビックリした」

 いきなりメトレアが大きく伸びをして、声を出した。そりゃ俺だって驚く。

「ああ、ごめんごめん。ほら、あたしって知らない人と話すのが苦手っていうか……」

「そんなんで仕事ができるのかよ?」

「いや、あたしがいつもやっているのは、魔物の討伐なんかが中心だから。依頼主との話は、ティズが仲介に入ってくれるし……」

「ダメじゃん」


 ふと、俺はついでに気になっていたことをもう一つ聞く。

「そういえば、ティズはどうやって依頼主と連絡を取っているんだ?」

「あたしも知らないわよ。まあ、普通に考えたら伝書カラスとか、通信魔法じゃないの?」

 伝書カラスとは、伝書鳩のカラス版だ。たまに町で見ることがあるが、ギルドで見たことはないな。それはそうと

「通信魔法なんて便利なものもあるのか」

「何よ。仮にもトーゴは魔法使いでしょ。そんな初歩の魔法も知らないの?」

「知らないよ」

 何しろ、この世界の住人じゃないんだからな。まあ、それを言い出すと面倒だから隠しているが。

 だってそうだろう?いきなり『俺は異世界人だ』とかいう奴がいたら信じるか?俺は今なら信じてもいいが、普通は信じない。

 だから、俺は正体を隠してギルドにいる。身元不明の俺を信用してくれたティズには感謝してもし足りない。


「まあ、通信魔法はお互いに覚えていないと使えないし、間違って知らない人につながったりしやすいから、覚えなくてもいいかもね」

「混線しやすいって事か。ちなみにメトレアは使えるの?」

「使えるわけないじゃない。あたしは剣士よ?」

「そうだった」

 俺はため息を吐いた。じゃあ意味ないじゃん。

「さあ、そんなことより、早くクロモリの町に行きましょう。お昼にはついて、夕方前に帰ってくるわよ」

 メトレアがずかずかと、大股で歩き始める。

「そんな歩き方だと、スカートの中が見えるぞ」

「はぁ?地面すれすれのロングスカートよ。見えるわけないでしょ」

「いや、お前は忘れているみたいだけど、そのスリット。腰まで切れてんじゃん。しかも前後左右で合計4か所」

「なっ」

 気付いたらしい。ちなみに風が吹くと恐ろしいことになる。


「は、早く言ってよ。できれば半年前に」

「ああ、少なくとも、俺がお前と知り合った頃から大体そんな格好だもんな。っていうか、自分で気づけよ」

 メトレアだって毎日同じ服なわけではないが、同じようなデザインの服ばかり着ている。何かこだわりがあるんだろうか。それとも、この世界では普通なんだろうか?

 そういえば、ティズも常にカッターシャツにホットパンツだよな。この世界の風習なのかもしれない。

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