第3話 率直に言うとツンデレ?

 ガッシャーン!!

「おっはよぉ!」


 勢いよくギルドのドアが開かれ、見慣れた少女が飛び込んできた。

 ああ、まさしく『飛び込んできた』って感じだ。『入ってきた』なんて生易しいもんじゃない。

「メトレア。お前はまたドアを壊すつもりかっての!」

 俺が怒鳴ると、その少女――メトレアは俺の方に歩み寄って来た。


 現実世界では見たことがないピンクのツーテール。大きな胸を隠すには心もとない丈のシャツと、対照的に地面に着きそうなほど長いスリット入りのロングスカート。

 コスプレじみた恰好の、しかしこの世界では割と普通に流行っているらしい様式の服を着たメトレアは、

「何よ?あたしに文句があるの?」

 いきなり俺の胸倉をつかんで睨んできた。

「やめろ。離せ。ガントレットが当たる」

 剣士らしく銀色のガントレット(籠手)を身に着けたメトレアは、ふんと鼻を鳴らすと、すぐに手を離してくれる。

 相変わらず乱暴なやつだな。


「メトレア。トーゴの言う通り、このギルドを壊さないでほしいな。一応ボクが管理者代理だから、壊すと始末書を書かされるのもボクなんだよね」

 ため息をついて、再びコーヒーカップに口をつけるティズ。

「わ、分かったわよ。あたしが悪かったわ」

 メトレアは素直に謝ると、俺を手招きして呼んだ。何か用だろうか?

 俺が近づくと、メトレアは耳を貸せとジェスチャーしてくる。ティズに聞かれては拙い話らしい。

「ねぇ。どうしてティズって、このギルドの管理人なんかやってんのよ?あんなに小さいのに」

「俺が知るかよ。自分で聞けよ」

「聞いても教えてくれないのよ。ただ『ボクは依頼されて管理しているだけさ』とか言ってくるだけで」

「俺が聞いても同じ答えだったよ。『ここはボクのギルドじゃない。ただ任されているんだ』とかって」


 ギルド。そこは仕事を探す場所、あるいは依頼する場所だと思ってくれれば手っ取り早い。

 クライアントは自分の依頼内容のみを書類に書き、ギルドに預ける。

 俺たちはその依頼の中から、出来そうな仕事をやって報酬を受け取るわけだ。ちなみに2割ほどはギルドにマージンが入る。

 要はフリーランスの人材派遣だと思っておけば間違いない。その人材派遣センターの管理人が、どう見ても子供のティズだった。


「あの子って、不気味よね」

「そうか?」

「だって、いつ来ても必ずいるのよ。それもそこに座って、ずっとコーヒー飲んでるの。寝ている所なんて見たことないし、トイレもお風呂も行ってないわよ。不潔よ。ふ、け、つ」

「いや、そんなことはないだろう」

 さっきの事を思い出す。ティズに近づかれたとき、臭いどころかいい匂いがしたくらいだ。きっと風呂にも毎日入っているんだろう。俺たちが知らないだけで。


「と、こ、ろ、で」

 と、メトレアが話を切り替える。ひそひそ話ではなく、いつもの大声に戻り、

「あんたねぇ。いっつもギルドに来てるけど、仕事の依頼を受けるのは一週間に一回くらいって……もう少し真面目に働いたらどうなの?」

 腕を組んで、俺に説教を始めるメトレア。ガントレット同士がぶつかってガッシャンと音を立てる。

「俺だって、一応たまには働いてるじゃないか」

 つーか俺、現実世界でニートだったんだぞ。それに比べたら週一で働いているだけ褒めてほしいもんだ。

「はぁ……普通は働いただけで偉そうにすること自体が変なんだけどね」

 別に俺は偉そうにした覚えはない。


 メトレアは色とりどりのファイルの中から、青いファイルを取り出す。

 ギルドへの依頼が書かれた紙が、びっしりと入ったファイルだった。青い表紙のファイルは、難易度Cだ。報酬は少ないが、短時間で簡単にできる仕事や、空いた時間にちょいちょいできる仕事が中心になる。

 ちなみに、この難易度などはティズが決めているもので、報酬の相場を決めたり、交渉を進めるのもティズだ。


「これにしましょう。あんたの今日の仕事よ」

「俺の?お前のじゃなくて?」

「何よ?やらないの?言っておくけど拒否権は無いからね」

「今日は気分が乗らないんだ。なんならずっとティズとコーヒーでも飲みながら雑談をしていたい」

「そう。じゃあ、選択肢をあげるわ。私に勝てたら好きにしていいわよ?」

 そう言うと、メトレアは剣を抜いた。細身のまっすぐな両刃片手剣だ。

「わ、分かった。俺の負けでいい。働くから勘弁してくれ」

 俺がそう言うと、メトレアはにやりと笑う。

「それでいいのよ。安心しなさい。あたしも一緒に行ってあげるから」

「え?」

「何よ?何か不満?」

「い、いや、滅相もない」

 メトレアは、とにかく強い。町の剣術大会で10歳の時に優勝し、12歳で出禁になったという話は町中の噂だ。

 一緒に行けば頼りになることだろう。問題があるとすれば、俺は今日さぼることができなくなった事くらいだ。


「決まりだね。それじゃあ、二人とも頑張って」

 ティズがこちらを見て言う。当然だが、ギルドが仲介に入る以上は、ティズの許可なしに仕事をすることは出来ない。

「じゃあ、行ってくるわよ。ティズ」

 おい待てメトレア。せめて俺の腕を掴んで連行するのはやめろ。普通に歩かせてくれ。

 つーか、その掴み方だと、胸の横が俺の腕に当たるんだが……

「そうだ。ティズも一緒に行くか?」

 俺がそう提案すると、ティズは即答で首を横に振った。

「その依頼はボク向きじゃないよ。それに、ボクは管理者だ。ここから動けないんだ」

 少し寂しそうに見えたのは、きっと俺の目の錯覚とかじゃないだろう。

 ああ、やっぱたまには外に出たいよな。つーか、ギルドマスターって仕事はそんなにブラックなのか?この世界に労基はねぇのかよ。




「ところで、依頼内容ってどんなのなんだ?」

 ギルドを出た俺は、歩きながらそんなことを聞く。

「荷物運びよ。戦いにはならないし、怪我する危険もなさそうね」

「でも力仕事じゃないか。戦いとあんまり変わらないぞ」

 仮にも魔法使いとして勉強中の俺としては、残念極まれりだ。覚えた魔法は初歩の戦闘術ばかりで、まだ応用の利く段階じゃないんだが。

「で、その荷物は何なんだ?」

「それは……書いてないわね。でもクロモリの町にある図書館までだから、そんなに遠くないわよ」

「隣町か……重いものじゃないと良いな」

「小包って書いてあるわ。片手でも持てます。だって」

「そこまで書いて、どうして中身を書かないんだろうな」

 報酬の安さも気になる。たった25プサイじゃ、二人で飯食って終わりじゃないか。

「まあ、これなら俺一人でもできたかもな」

 俺がさらっと言うと、メトレアはむすっとした。

「ダメよ。あんたじゃ盗賊や魔物に襲われたとき、対処できないでしょ」

「でも、回復魔法や逃げ足は確かだぜ」

「そんなことで威張らないで。とにかく、トーゴはあたしと一緒じゃきゃだめなの!」

 よほど心配されているらしい。俺としては、報酬が半分ずつになる方が心配だな。

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