第2話 早い話が異世界転移?

 俺、島野 東吾しまの とうごは、何も最初から異世界に生まれていたわけではない。仮に異世界生まれだったら、そこを異世界とは呼ばないだろう。

 で、現実世界の俺はどんな奴だったか。簡潔に言うと、ただのニートだった。

 30歳で童貞。見事に魔法使いになれたわけだ。あっはっはっ……

 ……むなしい。


 しかし、そんな俺には強い味方があった。この変身ベルトである。

 これを手に入れた詳細はいずれまた、機会があったら話そう。

 この変身ベルトを身に着けて、鏡の前でポーズを決めて、変身!と叫ぶのだ。

 別に赤い竜が出てきたり、鏡の世界に入れるわけではない。

 ゆっくりと目を閉じて、再び目を開ける。

 するとそこには――


 俺の住んでる世界と違う世界がある。

「ふぅ。今日も成功したか」

 たまに失敗すると何も起こらない。成功すると、この世界に飛べるのだ。

「しかし、まさか若い頃の姿に戻れるとはな。お、服も昨日のままか」

 独り言の癖がついてしまった俺は、自分の置かれた状況をいちいち口に出して確認する。しょうがないだろう。10年も引きこもりをしていれば、必然独り言だって増えていくさ。

 俺はこの世界で、10年ほど若返った姿になっていた。髭も今ほど濃くはないし、腹も今とは比べ物にならないくらいすっきりしている。

 服はこの世界のものだった。俺が以前購入したもので、一式で1500プサイもした高級品だ。いや、1500プサイが日本円にしていくらなのかは知らないが。


 いつものように、魔導士ギルドに行く。当然のように、そこにはティズがいた。

「やあ、トーゴ。今日も来たんだね。昨日のごたごたでお疲れだと思ったんだけど?」

 13歳くらいの少女、ティズ。いつもここにいる管理人だ。ギルドの全権を任されていると言っていた。

 そのためか、本当に24時間365日(?)をここで過ごしているらしい。引きこもりの俺が言えたことではないが、少しは外に出た方がいいと思う。と言うより、食事とか風呂とかトイレとか、いったいどうしているんだろう?

「なあ、ティズ。他の連中は?」

「さあ?今は君とボクしかいないよ?ご覧の通りだね」


 ギルドと言えば聞こえはいいかもしれないが、ただの広い空間にテーブルが並ぶだけの場所。この一室のみで構成された建物には、隠れるところもない。つまり見渡す限りに人がいなければ、それは留守ってことだ。ティズを除いて。

 ティズは退屈そうに、コーヒーを飲みつつ雑誌を読んでいた。この建物にあるのは最低限の水道設備とコーヒーセット。そして複数の雑誌や新聞と、いくつかの魔法関連の依頼が書かれた紙だけだ。

 言うまでもないが、ネットとか、テレビとか、そんなものは無い。この建物に限らず、こちらの世界で見たことがない。

 こんな空間に、見た感じ思春期真っ盛りの少女が独りぼっち。

 まともに育つのかどうか、将来どころか現在すら心配になるレベルだな。


 そんな俺の視線に気づいたのだろう。ティズがこちらを見て、首を傾げた。手に持っていた雑誌をテーブルの上に伏せて、コーヒーを一口飲んでから、言う。

「トーゴ?さっきからボクをずっと見ているけど、何か用事かな?」

「え?ああ、いや……お前って、全然外に出ないよな……って」


 ボク、という一人称を使うティズは、ときどき初対面の人(だいたいギルドに依頼を持ち込む客)から男だと間違われることもあるらしい。

 わざわざ訂正するのもめんどくさいという理由で、ティズも自分の性別を教えたりしない。

 俺だって最初はティズを男だと思っていた。でも否定も肯定もしてくれないから、半年も気づかなかったな。


「この世界に来るようになって、もう半年もたつのか」

 感慨深く独り言をすると、ティズが返してくれた。

「ああ、トーゴとボクが初めて会ったのも、半年前だね」

 どうやら、日本と異世界を行ったり来たりする俺にとっての半年は、日本を知らないティズにとっても半年だったらしい。


 ティズは立ち上がると、俺の方に歩み寄ってきた。

 ……って、近いぞ。身長差もあるもんだから、そこまで近づかれると首が痛い。そんな真下から見上げてくるような視線を向けるな。子供か!……ああ子供だった。

「な、なんだ?」

「ありがとう。トーゴ」

「は?」

 なんだ?俺は何か礼を言われるようなことをしたか?


「ボクはね。君が来るまで、一人で一日中を過ごすこともあったんだよ。でも、トーゴは毎日このギルドに来てくれるようになった。国王生誕記念日だって、禁忌の日だって、君は毎日ここに顔を出してくれていたでしょう?」


「つっても、いても1時間くらいだろう?酷い時は本当に挨拶に寄っただけだし」

 俺がそう言うと、ティズは首を横に振る。肩で切りそろえられた黒髪が、ブンブンと広がった。

「ボクは、そのわずかな時間だけでも、誰かと一緒にいられたことが嬉しいんだ。だから、ありがとう。これからもよろしくね」

「お、おう」

 カラコンなどではない、ナチュラルな茶色の瞳が俺を見る。

 一瞬吸い込まれそうな感覚を味わった。現実世界の俺は、こんなふうに女の子から見つめられることなんてなかったからな。

 何か言うべきか。さっきの『ありがとう』と、『これからもよろしく』に対して、

 何を言うべきだ?『どういたしまして』か?『こちらこそよろしく』か?

 答えが決まらず迷っていると、


 ガッシャーン!!

「おっはよぉ!」


 勢いよくギルドのドアが開かれ、見慣れた少女が飛び込んできた。

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