第3話二度あることは三度ある

目が覚めると病院に居た。

咄嗟に日付を確認する。


「午前7時。3月14日……。一日経ってる……」


救えなかった。事故としては3度目のはずなのに、車の来るタイミングも知っていたのに……。


後は、自分が飛び込めば助けれたのに。

あと一歩がでない。


すぐ前に迫り来る死の恐怖には勝てない。


身がすくんで足が出ない。手が出ない。声も出ない。


覚悟を決めたつもりだったのに、いざ、その場面になると動けない。


助けると誓った。2回のタイムスリップまでして。

あんな雪の死に様は見たくないとそう誓ったはずだったのに。


奏の心はもう、折れてしまった。

そうなってはもう、自分は悪くないと考えるしかなかった。


自分は2回もタイムスリップして、2度も同じ人の死に様を見て、それでも頑張った。責められることはない。

もともと、初対面の人を、赤の他人を助けるために自分の命を犠牲にするなんて狂ってる。


きっと自分は何も悪くない。むしろ褒めて欲しいくらいだ。


そうやって何とか心を保とうとする。


そうすると何故か、雪の顔がチラつく。


10年前の事故では、うしろ姿しか見れなかった。

1度目のタイムスリップでは、彼女の無残な死に顔を見た。

そして2度目のタイムスリップで、彼女の死ぬ瞬間の顔見た。


たった3度。彼女の顔をまともに見たことなんか数回程なのに、何故か頭から彼女の顔が離れない。


病室のベッドを拳で思いっきり叩く。

ベッドのクッションで大して大きな音も立たない。


ポタポタポタ


振り下ろした拳に、水滴がつく。

その水滴が、ベッドのクッションに、シーツにどんどんしみていく。


気がつけば奏は泣いていた。

なぜ泣いているのか分からない。


無力感からかそれとも、悔しさからか、はたまた、自分が死にかけたことによる恐怖か。


違う。彼女を救えなかったことに涙している。

顔を合わしたのも数回。第一印象は最悪。なんなら10年前に死んでいる。なのにどうしてか、彼女を思うと涙が止まらない。


彼女ともう一度会いたい……。


奏は、涙を拭い、ふらふらと病室をでる。

今度は母に心配をかけないように、「コンビニに行ってくる」といい、靴も履いて、外に出ていく。


母は、調子が良ければ明日には退院できると言った。


一体退院したら何をしようか。生きる希望が湧いてこない。


フラフラと、コンビニにつく。

ポケットに入っている昨日のタクシー代の残り360円でおにぎりと、お茶を買う。


残った120円は募金箱に突っ込んだ。


──どうせ俺には要らない。


なら責めてもの募金なればいいとお釣り全てを募金した。

なんか格好をつけているが、実際は俺は募金もできる心優しいやつだという、自己満足に過ぎない。


それでも、折れた心を治すほどのエゴにもならない。


そのままのふらふらとした足取りで病院に向かう。

帰り道、心優しい女性に「大丈夫ですか?」と声をかけられたが「大丈夫です。ありがとうございます」と一言返し病室に戻る。


何だか世界から色が消えたように見える。

全ての物が、無彩色に見える。


ベッドに入り、買ってきたおにぎりをかじる。

味がしない。

お茶を飲む。

味がしない。何だか泣きそうになってくる。でも、

涙は出ない。声も出ない。


何もかもを抉られたようにあらゆる五感の機能が落ちている。


目は白黒でしか見えなくなり、味はほとんど感じない。耳は自分とかろうじて会話している人程度しか聞こえない。匂いはほとんど感じない。体の感覚が鈍い。


そして奏は、察する。これが本当の絶望と言うやつなのだと。


ここまでくると悲しいとか、嬉しいとか、そんなことは無くなってくる。

ただ、苦しい。生きるのが苦しい。こんなことならあの事故で自分が死んで、雪が生きていた方が何倍もマシだと思う。


それでも体は拒んた。心は拒んだ。死を拒んだのだ。

口で死にたいと言うのは簡単だ。実際は死にたいと思っているのに、死ねない。これが現実。


神から2度もチャンスを与えられ、1度も生かさず、自分の身だけ案じた愚かな者には、活力ある生は許されず、そして全て楽になれる死すら許されない。


ただその罪と、その苦しみを感じながら残りの人生を生きなければならない。


気づけば周りは暗く、夕食なんてとっくの前にさげられていたことに気づく。

だんだんと瞼が重く、意識が遠のいていく。それでもあの、時間を超えているような感覚はない。


目が覚める。そこにはカーテン越しに朝日が差し込んでいる。


「朝が来た……」


一人でそう呟き、退院の準備をする。


昼頃には母も来て、病院の先生と検査の結果、退院することが許された。


仕事は明後日から始めても問題ないとの事だ。


「仕事か……」

「あんたあんまり仕事無理しちゃダメよ、また倒れたら困るんだから。それにお酒は控えなさい。あんた急性のアルコール中毒で危なかったんだから」

「分かってるよ母さん。子供じゃないんだから」

「もう、こんな事になっちゃダメよ」

「はいはい」


家に帰ると同時に帰ってくるのは現実だ。

仕事に家事に。一人暮らしはそれら全てをこなさないといけない。


それでも前みたいにやる気が起きない。

一日ダラダラ過ごして、ご飯は、味がしないので、安い、腹にたまるそれだけのご飯を黙々と胃に入れていく。


そして夜になれば疲れからか、自然と意識が遠のき、気づけば周りは明るくなっている。


会社が始まってもそうだ。朝起きて、とりあえずご飯を胃に詰める。会社では仕事を黙々とこなし、家に帰る。家ではダラダラと過ごし、また意識が遠のいていく。気づけば周りは明るくなっている。


寝ている間は雪の死に様を何度でもみる。それでも飛び起きることなく、ただ、うなされて、だんだんと雪が死ぬ事に慣れていく。


そんな生活が3週間ほど続いた頃。会社からの帰り道。


駅前の交差点を通っている。夢に何度でも出できたこの場所。


信号が青になる。奏は今日も気力なく、ただ、横断歩道を渡っていく。


「キャー!!!」

「やばい!車が突っ込んでくる!!!」


青信号に暴走した車が突っ込んでくる。

車のヘッドライトと奏の目があう。


今までの奏なら、雪を見捨ててまで生きることを選んでいた。しかし今回は違う。


奏はただ、突っ立ている。体が動かない。声も出ない。死を予感する。それでも体は動かない。

何だか夢見心地だ。何度でもみるあの夢とほとんど同じ状況。

それでも逃げようと思えば逃げれたかもしれない。


しかし奏は何だか突っ込んで来る車が救いに見えて、この生地獄からの終止符に見えて。


ドーン!!!


自分の体が宙を舞っているのが見える。鉄の匂いが鼻を刺激する。血の味を舌で感じる。悲鳴が聞こえる。全身痛むのがわかる。


今まででなかった五感たちが死の間際にして戻ってくる。


身体が熱い、痛い、目に光が入ってこなくなる。

悲鳴が聞こえなくなってくる。血の味がしなくなる。鉄の匂いがしなくなる。痛みも熱さも感じなくなってくる。


だんだん意識が遠のいていく、瞼が重くなっていく、もう、何も感じない。


──退屈な人生だった。


──あぁ、もし、神様が本当にいるのなら、もう一度彼女に会いたかったなぁ


奏が意識が途切れていく最中、思い出したのは両親でもなく、姉のことでもなく、友のことでもなく、雪の顔だった。


──死んだのか?


──まあ、死ぬわな。これで生きていたらそれこそ、雪に合わせる顔がねぇ


──うぇ気持ち悪い


──何だ?やけに眩しいぞ……


目が覚める。覚めるはずのない目が覚める。


光を感じる、匂いを感じる、音が聞こえる、味を感じる、感覚がある。


気づけば周りは10年前と少しレイアウトの違う自分の部屋だった。

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