第2話もう一度

奏はふと手を着いたベッドみる。


赤い。それも真っ赤の中に少しドス黒いような赤だ。


匂う。明らかに鉄のような匂いがする。


それは血だと確信する。


奏は慌てて手を洗う。自分のてから傷口は見えない。

心臓が早くなっているのがわかる。

目眩もしてくる。

それに吐き気も。


明らかに過労と違う。どうして寝込んでいたのか分かりかけるもそんなことはあるはずもないと否定する。


そんなことはあるはずもない。あってはいけない。


自分が一度10年前に戻ったなどと。


口から出てくる嘔吐物を必死で抑え飲み込み、後ろを振り返ればあの手形が着いている。


もう一度奏は自分の手をみる。傷口はいくら確認しても見当たらない。なら一体誰の血なのか。


もしかしてあの女子高生……


また嘔吐物が込み上げてくる。

もう、抑えることもできない。


おぅぇえぇえええ!


戻す。3日寝込んでいたらほとんど胃液のはずなのに、それは10年前の朝食やら、お弁当やらを食べていたと思わざるおえないような嘔吐物だ。


まだまだ心臓は早くなる。

目眩も増してくる。

それなのにじっとしていることは出来なくて、ふらふらになりながらも病室を駆けて出ていく。


はぁはぁはぁ


息が切れる。

車が奏の横を通る。それだけで吐き気をもよおす。

人が交差点を歩いている。それだけで目眩を起こす。

それなのに何故か体は走り続ける。

まるで吸い込まれるように。病室着を着たままあの日の事故現場に向かっていく。


駅前に着いた奏はあの日の事故現場で隅っこに花が手向けられているのをみつける。


きっとあの女子高生の為の花だと確信する。


さっきまで車に、人に、交差点に吐き気をもよおし、目眩がし、そんな状態でこの駅前の交差点にきたのにはるかに今のほうが落ち着いている。


それも、この事故現場の花を見てからは特に。


どうして自分が10年前に戻ったのか分からない。

どうしてあの事故の日の事が忘れられないのか分からない。

でも、もし、もう一度あの日に戻ったならば……あの子を助けないといけない。そんな気がして仕方ない。


初対面の人のはずなのに何故かとても大切な人のような気がして。


たとえ自分の命を犠牲にしてでも。


ブーブーブーブー


右のポケットで何かが振動している。

奏は右ポケットに手を入れると携帯が振動しているのが分かった。

きっと誰かが電話しているのだろう。


奏は電話にでる。


「あんた!一体どこに行ってるの!病院を飛び出して!!」

「ごめん母さん。ちょっと今駅前にいて……」

「なんで駅前なんかにいるの!しかも裸足で!」

「裸足?」


奏は視線を下に移す。

するとそこは裸足で、しかも病院からここまで駆けてきたので足が傷だらけで血も出ていた。ふと振り返れば地面に血の足跡のようなものがついており、周りの人が自分のことを不思議そうな目で見ていることが分かった。


「ちょっと!あんた聞いてるの?病院戻ってきなさい!」

「あっごめん。分かった病院行くよ」


奏はポケットに入っていたお金を使ってタクシーを呼び病院まで帰った。


運転手さんには不思議な顔をされたがそんなことを気にする余裕は奏にはなかった。


病院に着くと母が病室で待っていた。


「あんた何してたのよ」

「ごめん何だか外に出たくて」

「外って……駅前まで裸足で出ていくやつがあるものですか!今日は寝なさい。また明日来るわね」

「ごめん。分かったよ」


足をあらって消毒し、包帯をまいて貰ったところで外を見る。


夕焼けだ。今日は3月13日。

もし夢から過去に戻れるとするならば今日がラストチャンスだ。


10年前と今過ごした時間はリンクしていない。

リンクしているのは日付のみ。

ならば今日中に過去に戻れたらそれはきっと10年前の今日の朝から始まるはずだ。


すると眠たくないのにも関わらず瞼が重くなっていく。意識が遠のいていく。

きっと今日は色々あり過ぎた。

これこそ過労で倒れているというのを奏は理解する。


本当に死にそうだ。そこで奏ひとつ気づく。

そう言えばあの日。最初に過去に戻った日は強くもない酒をたらふく飲んで、寝たと言うより、意識が落ちていくような感覚であったと。

そして母が、過労の他にアルコール中毒気味でもあったと言っていた気がする。


奏は確信する。


これがラストチャンスだと。


何だか最初の日と同じような感覚が体を襲う。


そして、体が動かなくなり、光を感じられなくなり、意識が無くなる。


目が覚めるとそこは10年前の自分の部屋になっていた。


奏はガッツポーズをする。日付を確認する。


「3月13日」


戻ってる。あの日に。外を確認する。明るい。

時計は午前7時を指している。


戻っている。あの日の朝に。


奏は急いで支度をする。

学校に行く途中の事故現場の交差点でその女子高生がいないか確認する。


すると一人のその子らしい子が交差点を渡っている。


奏は思わず声をかける。


「きっ君」


声をかけられたその子が振り向く。

制服は隣の高校の制服を着て、黒髪ロングの超美人だった。


「危ない!事故に遭うから!だから今日は家でいた方がいい!」


言葉がまとまらず、思ってる事が垂れ流しになって口から出ていく。


「なっなんですか?危ないのはあなたですよね」

「いや、そうじゃないんだ。君は事故に遭うんだよ」

「何言っているんですか?警察呼びますよ」

「ほっ本当だ!」

「もういいですか?」

「あっあの!」

「いい加減にしないと本当に警察……」

「君の名前は?」

「はぁ?そんな危険人物に言うわけないでしょ?」


奏は鬼気迫った勢いで彼女に聞く。


「名前は?」


それが通じたのか嫌々ながら彼女は答える。


「柳原 雪(やなぎはらゆき)」

「柳原雪……分かった。ありがとう」

「なんなんですかもう、二度としゃべりかけないでください。」


そう言って雪は急いで学校に行ってしまった。


奏も学校に向かい、放課後になると直ぐに下校し、あの時間まで雪を探して交差点で待っていた。


午後5時半


「時間だ」


そう呟いた途端、雪の姿が視界に入る。

急いで人の波を分け雪のもとに走っていく。


信号が青になる。


キャー!!!

やばいやばい


青信号に自動車が突っ込んでくる。

それがわかっている。奏は叫ぶ、


「雪ー!!!!」


雪がこっちに振り返る。


車が雪に迫っている。


そうだ。この為に俺は10年前に来たんだ。

あいつを助けるために。

たとえ命を犠牲にしてでも。


そう決意した。……


はずだった……


車が雪に突っ込んでいく。それを止めようと、奏は雪を何とかつき飛ばそうと駆け寄っていく。そしてつき飛ばせば雪は助かり、自分ははねられる……そこまで来た時。


奏は体が動かなかった。すぐ前を死が通り抜ける。


車が雪に突っ込んでいく。前と違って雪は奏の方を向きながら車にはねられる。


柳原雪。彼女は雪柳のような子だった。この時期に朽ちていく命。

人は雪柳が枯れる時に吹雪くというふうに表現したようだ。

正に彼女だった。


不意にも奏は美しいと思ってしまう。


諸行無常。かたちあるものはいつかは滅びる。その儚さを美しいと思う心。

それは決して命も例外ではなかった。


血が舞い上がり、鈍い音が響き、むせ返るような鉄の匂いが鼻を刺激する。


彼女の死に様はまるで吹雪く雪柳のようであった。


意識が遠のいていく、瞼が重い、体が動かない。

光を感じられなくなり、自然と体が地に倒れ込む。


そして気づけば病院に居た。


日付は3月14日である。

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