4−5

 ひどい、とラルフが呟いた声を、アリーシアは聞いた。

 アリーシアはパニックになりそうな頭を、深く呼吸することでどうにか押さえた。

 何度掴もうとしても、鎖はアリーシアの指をすり抜ける。

 けれど、城の奥深く……おそらくは牢へと繋がっているだろう魔法の鎖はたしかにアリーシアの目の前にあった。

 アリーシアは目を閉じる。

 アンカーディアと過ごした懐かしい日々。

 幼い頃より側で数えられないほどの花を与えられ、衣装を与えられた。馬も、宝石も、剣さえ。それにアリーシアはどんなに慰められたかしれない。

 アンカーディアとラルフがいたおかげで、孤独にも耐えられた。

 だが、これは……。

「……これを、解いてください。アンカーディア様」

 静かにアリーシアは言った。今までアリーシアにはない毅然とした声音だった。

 アンカーディアの前へと回り、その瞳を見つめる。

「このように……獣のように鎖で捕えなくとも、私は逃げません。あなたのお側におります。実際、ずっとお側でお仕えしたではありませんか」

 アンカーディアに握られた手をぐっと自身に引き寄せて振り払った。質量がないはずの鎖はシャランと音を立てる。

「あなたが逃げる、逃げないは関係ないのです。これが、呪い。これが契約。……あなたはこうして捕えられて、24歳の終わりにこの城で死ぬ」

 アンカーディアも冷静だった。

 詰め寄るアリーシアに真剣な眼差しで応える。首を軽く振った。

「あなたにこれを見せるつもりはなかった。……きっと今頃あなたの竜も怒っていることでしょう」

 そこで、成り行きを見守っていたユーシスが訝しげに声を上げた。

「竜? あの漆黒竜ですか? 漆黒竜は旧アルゴン国の守護神。そして、今はアンカーディア様の騎獣なのでは……」

「それは……っ」

 追い打ちをかけるようなユーシスの言葉に、アリーシアは声を失った。アンカーディアには全て知られているとは分かっていたが、改めて言及されると返す言葉がなかった。

「アリーシア!」

 そこに、グレンが駆けつけた。

 人間の姿で、玉座の間へつかつかと入ってくる。

 玉座に居るアンカーディアを睨みつけると、怒りで声を震わせた。

 ユーシスの前に立ち、怒鳴る。

「アンカーディア! お前、アリーシアに何をしている!」

「グレン様!」

 アリーシアが駆け寄ろうとすると、アンカーディアが立ち上がった。腕を上げて自身の腕に何かを巻きつける仕草をする。

 それだけで、アリーシアはアンカーディアの側から動けなくなった。手首や足に絡みつく鎖が急に短くなったようだった。

 グレンの目の前で、アリーシアはアンカーディアに腰を抱かれる。体には力が入らず、なされるがままだった。

「アリーシア姫、あなたは私の花嫁ではなかったのですか? 今なぜ、あの竜のもとへ行こうとするのですか?」

 声はあくまで優しく、いつものアンカーディアだった。瞳を覗き込まれて、アリーシアは震える。心と体がバラバラになりそうだった。

 アリーシアを腕に抱いたまま、アンカーディアはグレンへと向き直る。

「グレン、我が竜よ。お前は、私と主従の契約をしている限り、私からは離れられない。命令に背ことくこともできない。……アルゴン国の民でも、人間でさえない。姫の呪いを解くこともできずに、そこでどうするつもりだ?」

 悔しげに、グレンが下を向いた。重い沈黙が全員に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る