4−4

 ユーシスは囚われた牢をから出されて、アンカーディアと謁見を許されることになった。

 ユーシスの支度を整えるのを手伝いながら、ラルフはこっそりと耳打ちした。

「大丈夫だと……思います。アリーシア様はユーシス様の味方です」

 ユーシスは安堵の表情を浮かべ、自信を持って頷いた。ラルフの肩に手を置く。

「ありがたい。お前には本当に世話になったな……どうだ、私の国に来てはどうだ?」

 いきなりの誘いにラルフは目を見開いた。自身を欲しがるものがいるなど、居るとは思ったこともなかったのだ。

 しかし、すぐに首を振り破顔した。

「恐れ多い……ありがたき幸せ。ですが、私には恩を受けたアンカーディア様とアリーシア様がおられます。あの方々の側にいたいと思います」

「そうか……」

 ユーシスは残念そうに、頷いた。ラルフの肩に置いた手を浮かし、ラルフの緑の髪をくしゃくしゃと撫でる。

「本当に世話になった」

 驚くラルフを背に、ユーシスは謁見の間へと向かった。


 謁見は、旧王城の玉座の間を使って行われた。

 王座へ、漆黒の衣装を纏ったアンカーディアが腰をかける。

 アリーシアはラルフを従えて、その横で立ってユーシスを迎えた。

「アンカーディア様」

 入室してきたユーシスは、アンカーディアの前まで進み出ると、その場に膝をついた。開口一番に言う。

「我が名はユーシスと申します。お話は、すでに聞き及んでいるかと思います……お願いでございます。アリーシア様の故国アルゴンと、我が故国ハイホンのために、その力をお借りしたい。ここに、アルゴン国からの親書もございます」

 一息に言い切り、革の巻物の親書を差し出す。

 ラルフがそれを受け取り、アンカーディアに手渡した。

 アンカーディアは受け取った親書をふっと息を吹きかけて開いた。空で巻物はパラリと解かれて、頬づえをついてアンカーディアはそれを眺めた。

「アンカーディア様……」

 心配げにアリーシアが声をかけると、肩越しに振り返ったアンカーディアが口の端を小さく上げる。

 目を通し終えて、手の内にまた親書を取るとアンカーディアは立ち上がった。

「ユーシスとやら。承知した。開戦が間近ならば、すぐにでもこの力を貸すために私はアルゴンへと向かおう」

「ありがとうございます、アンカーディア様」

 ユーシスが頭を垂れた。

 しかし、とアンカーディアは付け加える。

「二国を救うのに、ここにある金貨四千枚では少なすぎる。五千枚で契約ではどうだ」

「……承知、いたしました。この件に関しては全権を私は委ねられております。金貨五千枚、たしかに約束いたします」

 ユーシスは悔しげに、だが肩を震わせてさらに頭を下げた。

 アンカーディアはさらに続ける。

「それと……」

 まだか、とユーシスは顔を上げた。その親書に書かれているアンカーディアへの要求はあと一つだけだった。

「アリーシアの一時帰国をとあるな。これは、頷けない」

 アンカーディアが親書を空へと投げると、床から突如として現れた骸骨の兵士がそれを受け取り、アンカーディアの後ろへとすっと控える。兵士の足元には暗黒魔法の印である黒い沼ができていた。

 アリーシアは顔をアンカーディアへと向けた。

「アンカーディア様……私は、そんな話は知りませんでした! 故国への帰郷が、一時でもできれば、私は……」 

「無理なんですよ、アリーシア姫」

 アンカーディアはどこか楽しげに言った。

 手を、とアリーシアに催促する。アリーシアは分からぬままに、そろりと手をアンカーディアへと差し出した。

「我が精霊よ、その闇の手を現せ……」

 アンカーディアが呪文を唱える。

 すると、アリーシアの手首、足首、そして首へとふわりと漆黒の鎖が現れた。

 重さは一切無い。その全てがアリーシアの目の前で一つの鎖に繋がると、その先は床を突き抜けて城の地下へと一直線に向かっていた。

「これは!?」

 アリーシアが悲鳴の様な声を上げる。

 アンカーディアはアリーシアの手を握りしめ、首を傾げて微笑んだ。

「今、繋いだわけではないのです。あなたが幼い頃にこの城に来てからずっと……この鎖はあなたをこの城に繋ぎ止めていた。今はそれを見えるようにしただけです」

(そんな……!)

 アリーシアは自身の鎖に触れようとしたが無駄だった。

 鎖は手には触れられないように、魔法で作られているのだった。

「あなたは、呪いが解けない限り終生この城から出られない。一時帰国などできないのですよ」

 優しく微笑むアンカーディアに、アリーシアは目を見開いた。

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