4−3

 アリーシアとグレンの二人は、城の壁を背に庭園の端へ座ってた。

 グレンは寒くないようにと自身のマントをアリーシアに着せ、肩を抱く。

 夜が近づきつつあった。

 雨は止み、厚い雲の彼方に薄く夕方の明かりが漏れていた。

 ふと、グレンが笑う。

 肩を揺らすその振動でアリーシアは気づいた。

「どうかされましたか、グレン様?」

 くくっとグレンが笑いながら、アリーシアを振り返る。

「そういえば、昔から変わった姫だったなと……今思い出した」

「8歳のときのことでございますか?」

 いや、とグレンは首を振る。アリーシアの肩を抱く腕に力を込めると、遠くの空を見つめる。夕闇が迫ろうとしていた。

「一六年前の、八賢者が集ったイジュラとの戦争の時のことだ。あんたは覚えているはずはないが……」

「私が、生まれて間もない頃のことですね?」

 アリーシアは確かめた。

「ああ、俺は旧アルゴン国の守護竜として、城の奥深くに眠っていた。それを開戦の直前に、アンカーディアが目覚めさせ、彼に仕えることが決まった。俺は竜の姿で、王と后に面会した。その横にはあんたがいた」

 グレンは面白そうにアリーシアを振り返った。肩を寄せ、アリーシアを自分の方へ向かせると、額同士を軽く突き合わせる。

「誰もがアンカーディアの横にいる俺の姿に驚き、恐れを抱いていた。なのにあんたは……覗き込んだ俺の顔を見て、笑ったんだ」

 アリーシアは思わず顔を赤くした。

「そんなことを、私が? 覚えておりません……」

「そうだろうとも。俺であればお前はひねりつぶせるほどに小さな、赤ん坊だったからな」

 グレンが笑い、それから目を閉じた。

「あの時から決めていた。俺は、この姫を守るため、何でもしよう。どこへでも行こうと。それが、たとえ故国の守護を放棄することでも」

「グレン、様……」

 グレンは目を開くと、間近にアリーシアを見つめた。

「あんたは変わった。自分で自分の道を掴もうと今、足掻いている。けれど、その瞳は変わらない」

「グレン様こそ、変わっておりません。私が覚えている、八歳のときのまま……」

「これ、だったか?」

 グレンがそっとアリーシアから手を離すと、手のひらを上に手をアリーシアへと差し出してみせた。その指先から炎がポッと出現し、グレンとアリーシアの二人を照らす。

「そう、これです。私は魔法を見たのが初めてで、びっくりしてしまって……涙も止まりました」

 二人は暫く、その炎を見つめていた。

 しかし、完全に週良い闇が訪れる頃、グレンが悲しげに言った。

「すでに、アンカーディアには全て知られているだろう。俺には爪も牙もあるが、アンカーディアには逆らえない。……お前の呪いを解く力もない」

 炎をかき消し、立ち上がる。アリーシアの手に手を添えると立ち上がるのを手助けし、階段へとアリーシアを導く。アリーシアは思い立って聞いた。

「呪いを、解く方法はあるのですよね?」

「ああ、あるとも。ある意味、とても簡単だが……難しい」

「グレン様は知っておられるのですね?」

「知っている」

 アリーシアは詰め寄った。

「教えてください! それが分かれば、どうにか……」

「俺たちには無理だ」

 グレンが首を振った。アリーシアを見据え、言い含めるようにゆっくりと話す。

「呪いは、アルゴン国の民でなければ解けない。……あんたを思うアルゴン国の誰かが、たった一人でこの城を訪れなければならない。呪われた黒の大地を越え、雪原を越え……あんたのために自分の身を危険に晒す。そしてその勇気をアンカーディアが認めれば、呪いは解ける」

 理解したアリーシアは肩を落として、グレンの腕に縋った。

「では、この度見えられたユーシス様では……駄目なのですね……」

「そうだ」

 ユーシスは隣国の王子。アルゴンの国民ではなかった。

 うなだれるアリーシアの頭の天辺に、グレンは軽くキスをする。

「明日は、そのユーシスとやらとアンカーディアの謁見だろう。気をつけろ。俺はここから、いつでも飛び出せるよう見ている」

 アリーシアは頷いた。

 別れは寂しかったが、心はどこかぬくもりも感じていた。

 運命との戦いは、一人ではない。グレンがいる。

 アリーシアはグレンに分かれを告げて、空中庭園を後にした。

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