4−6

 そこまで、沈黙を守っていたユーシスは声を上げた。立ち上がり、グレンの前へと出る。

「アンカーディア様。姫の呪いを解くのにアルゴンの民……人間が必要というのは、本当ですか?」

 ユーシスは初めて聞く内容に驚きが隠せないようだった。

 アンカーディアが首を傾げた。

「そうだ。普通は、呪いを解く方法は、他に漏らさぬものだが……ここまで聞かれては仕方ない」

 アリーシアをちらりと横目で見ると、ユーシスへ向かって話し始めた。

「アリーシア姫にかかっている呪い、この城で死を迎えるという呪いは、アルゴンの人間によって解くことができる。アルゴン国の人間が、たった一人でこの城を訪れれば。私はその勇気を讃えて、アリーシア姫を開放する」

「ならば、」

 と、不意にユーシスが声を張り上げる。皆がユーシスに目をやった。

「ならば、私にはその資格はないのでしょうか? 実はここに、アルゴン国からの密書がもう一通ございます。アリーシア姫のみにお見せするようにと、そう言い使って参りましたが……」

「どういうことだ?」

 グレンがユーシスの肩を掴む。ユーシスは腰に下げた筒からもう一通の手紙を抜き出すと、その場で広げた。

「私は、この度、アリーシア様の故国アルゴンの使者としてこの場に参っております。それがなぜかと言うと、現在跡継ぎのおらぬアルゴン国に、王子として迎えられたからです。ここには、この度私がアリーシア様の次に王位継承権を持つ、アリーシア様の兄として正式に認められたと、そう書いてございます」

 誇らしげにユーシスが微笑む。

「義兄という立場ではございますが、私は結果として、今日アルゴンの人間としてこちらまで参りました。……実際はアンカーディア様のご参戦が了解を得られなかった場合、アリーシア様の救出、アンカーディア様の暗殺をも目的として、派遣されて参った次第です。賢者アンカーディアよ、これは契約上どうなりますか? そして、呪いは?」

 突然のことに皆が今度はアンカーディアを見た。

 アリーシアは、驚きで声も出なかった。

 しかし、次の瞬間には自身の手のひらを強く握り、アンカーディアへ訴える。

「アンカーディア様!」

 アンカーディアは沈黙を守っていたが、しばらくして首をかすかに振った。

 そして、次の瞬間、アリーシアを捉えていた腕を離し開放した。

「魔術師は契約に全てを縛られている。……仕方のないことだ」

 アンカーディアはアリーシアから身を離すと目を伏せ、口の中で聖句を唱える。

「闇の魔法よ、いかなる鎖、呪いの手をも断ち切り……」

 アリーシアを捕らえていた、黒い鎖が発光しだした。わずかに熱を帯びたその光は黄金色で優しく、玉座の間の全てを照らす。

 光の向こうに、アリーシアはアンカーディアの悲しげな笑みを見た。

「あなたを愛していた……今も愛している。始まりはたった一枚の金貨だった。魔術師を知らぬ人間たちは、たった一枚と思ったろうが、私には違った。あなたをただの虜囚と思ったことはなかったが、成長していくあなたを見るに連れ、心は乱れた。こんなにも心を奪われるとは思ってもいなかった」

 アリーシアを包む光は次第に弱く、鎖はボロボロとこぼれ落ちる。

「あなたがグレンに心を傾けるなど、思いもしていなかった。人ではない存在、恐ろしいあの竜に。……だが、あなたは彼を選んだ」

 アンカーディアの言葉が終わるか終わらないかのうちに、最期の鎖が弾け飛んだ。

 後には自由になったアリーシアが立っているばかりだった。

「アリーシア!」

 グレンが一飛びにアリーシアの元へと駆けつける。

 アリーシアも玉座から駆け下りてグレンの胸へと飛び込んだ。 

「グレン様、呪いが……」

「ああ、この目でしっかりと見た。アリーシア……遠い昔アンカーディアとともに故国を焼いたのはこの俺だ。何度、自分を責め、苛まれたかしれない。その償いと思い、幼いお前を守るためにも、アンカーディアと新たに、あんたを守りアンカーディアの元に下る契約を交わした」

 グレンは、アリーシアの頬にそっと触れる。

「成長したあんたは俺の竜の姿を見ても驚かず、逆に褒め好いてくれた……俺もいつしかあんたに心を寄せるようになってしまった。竜なのにだ」

 アリーシアは首を降る。

「竜か人かなど関係ありません。私は、馬車で灯してくれた温かな炎を忘れたことはありません。ずっと、あなた様を気にかけておりました……。私を強くさせてくれたのは、グレン様です。私はグレン様とともに、これからも変わり続けたい」

「あんたらしい答えだな。……アリーシア、愛している。この世の誰よりも」

 グレンは言い、片手をアリーシアから離すとその手のひらの小さな炎を生み出した。

 アンカーディアにちらりと見やると、その炎を大きくして、城内を照らし出す。

 アンカーディアは二人から目を逸らした。

 グレンとアリーシアは炎に照らされて、しばらく抱き合っていた。

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