3−5

 ラルフは開口一番アリーシアに向かって頭を垂れた。

「申し訳ありませんでしたっ……アリーシア様」

 ラルフは握りしめた拳で涙を拭った。涙がポタポタとラルフの両眼からこぼれ落ちる。細い肩も震えていた。

「こんな、ことになるとは思わず……アリーシア様を、危険に晒して」

 アリーシアの部屋だった。

 グレンとユーシスが争った晩、アリーシアは部屋にラルフを呼んだのだった。

 アリーシアはラルフの前へと立った。

 眉を寄せて、首を傾げる。泣かせるつもりはなかった。

 軽く屈み、ラルフの体を柔らかく抱きしめる。

 元気づけるように明るい声を出した。

「泣かないで。……私は何事もなかったんだから。あなたこそ、大丈夫? 怪我はない?」

 肩を持ち、顔を覗き込む。

 ラルフは慌てて涙を拭い、顔を上げた。

「大丈夫、です。というか、離れて下さい、アリーシア様」

 主人とは言え、同い年の少女とこんなにも接近したのは初めてだった。粗相がないようにと慌てて身を離す。

 アリーシアは笑った。

「良かった。……けれど、ユーシス様にもう一度会わなければならないわ。グレン様はお許しにならないだろうけど」

 アリーシアはベッドへ座り、ラルフの前で考え込んだ。故国に何かあったのか、なぜ故国の者ではなく隣国のユーシスが来たのか、謎はいくつもあった。

「僕も、同じ考えです。僕にとっては、アンカーディア様も、アリーシア様も同じくらい大切です。けれど、アリーシア様が若くして亡くなるというのだけは、耐えられない」

 ラルフは恐る恐るというようにアリーシアの前に進み出た。

「恐れながら……実はユーシス様から、言付かっていることがあります」

 驚いて、アリーシアは身を乗り出して問い返す。

「一体何を……?」

「ユーシス様は、アルゴン国国王様からアリーシア様への密書を預かっているとのことです。また、もしかしたら……アリーシア様にかかった呪いを解けるかもしれないと。だから、もし自分が捕えられるようなことがあれば、アリーシア様には必ず、会いに来てほしいと」

 ラルフは入れ墨の彫られた自身の腕をまくってみせた。そこには細い革に呪文を書きつけた腕輪が巻き付いていた。

「……ユーシス様からいただきました。風の加護で、他の魔術師や、竜からもその存在を知られることなく動けるそうです。これを、アリーシア様にと」

 ラルフはアリーシアの前まで進むと平伏する。腕輪を外すと、アリーシアへと捧げ持った。

「アリーシア様の呪いが解けるかもと聞いて、ユーシス様を城内に引き入れました。その罪は分かっています。けれど、どうか……。ユーシス様に会いに行って下さい。可能性は万に一つかもしれませんが、お願いします」

 アリーシアはラルフがそこまで自分を思ってくれていることに驚いた。

 けれど確かにアリーシアとラルフはこの黒い城で共に暮らし、共に笑い生きてきた。知らず知らずの問に、お互いが心の支えにもなっていたのだ。

「……わかったわ」

 アリーシアはラルフから呪文の書かれた腕輪を受け取った。

 これを受け取り、ユーシスに会いに行くことは即ち、グレンやアンカーディアへの裏切りだ。それでも、行かねばならないと思う。

 自分自身の生き方。

 目を逸らし続けていたこれから先の運命を変えられるかもしれない。

 アンカーディアを慕いながらも、どこかで諦めていた自分の運命。

 それにほんの少しでも抗い、自分の意志で生き方を決める。

 アルゴン国のためにのみ生きようと、どこかで自分の人生を諦めていたアリーシアだが、そう強く思った

(……そして、もしその側にグレン様がいてくれば……)

 そこまで考えて、アリーシアは首を振った。

「ありがとう、ラルフ。ユーシス様に会いに行くわ」

 アリーシアは革の腕輪を手に巻き付けて、前を向いた。

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